ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
「よし、おねえちゃん。特訓の成果を見せてやりな! 行ってこい!」
青山の威勢のいい声に背中を押され、制服の埃を払った女警官ゾンビが、ずいと前へ足を踏み出した。
先ほどまでうなだれていた姿が嘘のように、背筋だけはピシッと伸びている。
彼女が向かったのは、廃倉庫の開けたスペース。そこでは三体のスーパーゾンビが、本能の赴くままにドラム缶をブン投げたり、壁を殴って破壊したりと、荒れ狂った狂暴性を撒き散らしていた。
「……本当に大丈夫なんですかね、青山さん」
物陰から様子を伺う赤城が、呟く。
「大丈夫に決まってんだろぉ? 俺の英才教育だぜ?」
「それが一番不安なんですって。黄瀬さんはどう思います?」
「そうですね……」
黄瀬は女警官ゾンビへ鋭い視線を向け、どこか陶酔したように頬を染めた。
「頼りない無能指揮官が、粗野ながらも熱い心を持つ男の指導によって、眠っていた真のポテンシャルを開花させ、
やがて最強の軍勢を率いる英雄へと至る――――」
「いや、長いです」
そんな外野の声を余所に、女警官ゾンビはスーパーゾンビたちの正面に立った。
そして、ゴホンと喉を鳴らす仕草をしてから、右手をビシッと突き出し、周囲を指図するようなジェスチャーを繰り出した。
それを見た赤城が。「あれって、そこの、あなたたち、静粛に!とか 暴れるのをやめなさい!」みたいなこと言ってるんですかね?
とご丁寧に解説をしていた。
だが。
ドゴォン!!
目の前を、スーパーゾンビが投げたコンクリート片が猛スピードで通り過ぎ、背後の壁を粉砕した。
スーパーゾンビたちは、女警官ゾンビの存在など一瞥もくれない。それどころか、一体が彼女の真横を猛ダッシュで駆け抜け、その風圧で女警官ゾンビは再び「すてーん!」と派手に尻餅をついた。
またもや無視である。命令は機能してる、していない、どころの騒ぎではなかった、まるでただの背景扱いだった。
「……あーあー……」
「……」
赤城が乾いた声を漏らし、黄瀬が静かに目をそらす。
「やっぱ気迫だな! もっと腹から声出せや!!」
「それ、さっきやったー!!
「おかしいですね。あの完璧な熱血指導の直後です、彼女の能力値は飛躍的に上昇しているはず。
やはり、指導者である青山さんとの『絆』……いわゆる信頼度の数値が、まだ覚醒のラインに達していないという事でしょうか……?」
「もうヤダ、コイツら……」
赤城がツッコミを諦めたとき、あたり一面に響き渡った、その瞬間だった。
――テレレーン♪
「うわ、もう、きた!?」
突如として世界から色彩が失われ、完全に静止する。
吹き飛んだ砂埃も、尻餅をついたままフリーズした女警官ゾンビも、すべてがモノクロの静止画となった。
三人の視界の真ん中に、システムウィンドウが割り込んでくる。
【イベント発生:???】
そして、選択のカーソルは、やはり青山の前に浮かび上がった。
▶ さらに「頑張らせる」
▶ こいつは才能がない、諦める
▶ 今日はもう終わらせて、缶蹴りで遊ぶ
「青山さーん! 缶蹴りってなんですかー!?なんでそんなの出てくるんですかー!まさかソッチを選びませんよねー!」
「『缶蹴り』……! ゾンビ徘徊地帯という極限の環境において、あえて音を鳴らして敵を誘導する、
高度なタクティカル・心理戦を提案してくるというのですか……! なんという深淵な選択肢……!」
赤城が必死に叫ぶ横で、黄瀬はシステムが提示した不条理な選択肢を、恐ろしいほどの深読みで肯定していた。
二人の耳には届いていなかった、そして、青山は肩をまわし、
赤城の方へと向き直り。
「バカ言え、赤城よぉ。男がな一度やる!と決めたことを、一回失敗したくらいで放り出せるかってんだ!!うおお!!!」
青山は全身のバネを使いジャンプして、一番上の選択肢をぶち叩いた。
▶ さらに「頑張らせる」
世界に、ドッと色彩が戻る。
「次だ、おねえちゃん! 立ち上がりな!」
青山がずかずかと進み出て、尻餅をついた女警官ゾンビの腕を引いて無理やり立たせる。
「いいか、今のじゃ大人しすぎるんだよ! もっとこう、体全体で『ゴラァ!』って凄むんだよ! 迫力だ、気迫だ!根性だ!!」
青山がドスの利いた顔で、スーパーゾンビを威嚇するような大振りのジェスチャーをやって見せる。
女警官ゾンビは、その凄みに圧倒されつつも、コクコクと何度も頷き、再びスーパーゾンビたちの前へと歩き出した。
数分後。
両手を大きく広げ、怪獣のように「がおー」と威嚇するジェスチャーを試みる女警官ゾンビ。
それを見たスーパーゾンビの一体が、自分への敵対行動だと本能で勘違いし、「ガァァァァ!」とさらに恐ろしい形相で威嚇し返した。
秒で萎縮して、女警官ゾンビは瞬く間に隠れて見ている青山たちの背後へと移動していた。
「……ダメみたいですね……」
赤城が頭を抱える。
「なるほど、威嚇の方向性が間違っていたのね。野生動物の―――」
「要するに?」
「失敗よ」
「あ、はい」
だが、青山はへこたれない。
「次だ次! 逃げるんじゃねぇ、おねえちゃん! 今度はもっと毅然と、こう、胸のバッジを見せつけるようにだな!」
さらに数分後。
ピシッと姿勢を正し、胸を張ってスーパーゾンビたちの前に立つ女警官ゾンビ。
今度こそいけるか、と思った刹那、彼女の足元を、カサカサカサッと一匹のゴキブリが横切った。
女警官ゾンビは飛び上がり、自分の足に絡まって自滅。そのままドラム缶に頭から突っ込んだ。
「…………」
「今のは完全に不慮の事故です! 往年のサスペンス作品においても、完璧とおもえた作戦が、たった一匹の羽虫の乱入によって瓦解するスリル描写は定番中の定番――」
「細けぇわ!!」
青山の怒鳴り声が、黄瀬の考察をシャットアウトする。
「お~い、おねえちゃん! ドラム缶から出てこいよ! んで、もう一回だ!!」
「このおっさん……もういいや、疲れたよ……」
赤城はその場に座り、様子を見ることにした。
特訓、実践、失敗。
威嚇しては怯え、胸を張っては自爆し、何度も何度もそれを繰り返す。
そして、ついにその時が訪れた。
泥と埃にまみれながらも、なぜか妙に「ビシッ」とした立ち姿だけは完璧になった女警官ゾンビが、肩を揺らしている。
その執念に気圧されたのか、それとも単に飽きたのか、気付けばスーパーゾンビたちは去っていた。
その瞬間、視界の隅に、青い文字が流れる。
【イベントno.2 実践 完了】
直後。
青山の意識が、ぐにゃりと歪み、一瞬だけ別の記憶の断片へと引き飛ばされた。
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一人の少女が彼女は姿見の鏡の前に立ち、
何度も、何度も、ぎこちなく笑顔の練習をしている。
その腕には、『風紀委員』の腕章。
翌朝、震える足を前に出し、正門の前に立った。
登校してくる生徒たちに向けて、挨拶をしようとする。
けれど声はあまりにも小さく、騒がしい生徒たちの波にかき消されていた。
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――ぷつん、と記憶の映像が途切れる。
現実の廃倉庫に戻ってきた青山は、前回同様、気にも留めずに熱心に指導を行っていた。
「よっしゃ。いいじゃねぇか、なぁ、おねえちゃん」
青山がガハハと笑いながら、泥だらけになった女警官ゾンビの肩を、手荒に、けれどどこか嬉しそうに叩いた。
「……フフ。不器用な師匠と、それに応えた弟子。これぞ絆を深め合う、珠玉の師弟愛ですね……」
「……もう、なるようになれ~アハハ……」
赤城は、ツッコミすら疲れたとなり、そして考えるのも完全に放棄していた。
つづく