ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
「はぁ……。あのおねえちゃん、完全に自信を失くしちまってるな」
ドラム缶の上に腰掛けた青山が、気まずそうに頭を掻いた。
彼の視線の先では、女警官ゾンビが廃材の陰で体育座りをし、膝に顔を埋めている。
先ほどのドタバタ特訓で、立ち姿だけは『ビシッ』と美しくなったものの、肝心のスーパーゾンビたちには相変わらず鼻であしらわれ、尻餅をつき続けた。
「当たり前でしょう! ゾンビにスパルタ部活みたいな特訓を強いるからですよ。青山さんの熱血指導、今は普通にパワハラ案件ですからね!?」
赤城が見に覚えがあるのか必死に抗議する。
「そんなことはありません、赤城さん」
黄瀬は人差し指を美しく立て、神聖な儀式を語るように、大真面目な声音で告げた。
「これは物語において最も尊く、最も過酷な『試練の刻』なのです。師の熱い想いに応えられず、己の無力さに打ちひしがれる彼女……。ですが安心してください。
この深い絶望の淵から這い上がってこそ、彼女は真の覚醒を遂げ、かつてない強大な力を得る至高の『覚醒イベント』へと繋がるのですから……! 私は彼女の可能性を信じます!」
「なんですか!真の覚醒って!!しかも、ゲホッゲホッ……喉が……」
二人がいつもの不毛な議論を交わし、青山が「まあ、次はもっと優しくいくか……」と立ち上がった、まさにその時だった。
「……?アイツどこ行った?……」
「……え?さっきまでそこに?」
赤城がふと気づく。
さっきまで廃材の陰で丸まっていたはずの女警官ゾンビの姿が、どこにもなかった。
ただでさえ荒廃した廃工場だ。物陰はいくらでもある。
慌てて辺りを見回すが、彼女の影は、すっかり消え失せていた。
「おいおい、まさか本当にいねぇのか?」
「青山さんが追い詰めすぎるから!」
「二人とも、騒ぐのはそこまでよ」
黄瀬が静かに、だが緊張を孕んだ声で告げる。
「……すこし、騒ぎすぎたみたい。私たちの背後、何か嫌な気配がするわ」
振り返れば、工場の奥から、暗い瞳をぎらつかせたスーパーゾンビたちが、じわじわと這い出てきていた。
その数、実に五体。
今はまだ向こうも気がついてはいないらしく、あさっての方角を向いていた。
「グルルルル……!」
スーパーゾンビたちが、歯を剥き出しにして、低く唸り声を上げる。
「や、やばくないですか?見つかるのも時間の問題ですよ?なんか冴えてるアイデアのある人いません?」
「おれもあんちゃんとも、一般人だからなぁ、戦うなんて無理だぜ!」
「仕方ないですね……一か八か武器を願ってみましょう、吉と出るか凶と出るか、わかりませんが命にはかえられません」
絶体絶命のピンチ。まさにその瞬間。
――テレレーン♪
世界から色が失われた。
三人の視界の真ん中に、お約束のシステムウィンドウが浮かび上がった。
【イベント発生:???】
カーソルは青山の前。提示された三択は以下の通りだった。
▶ あっちに向かった気がするから、スーパーゾンビたちの方角に向かって探しに行く
▶ スーパーゾンビたちのいる方を迂回してこの場から逃げ切る
▶ はっはーん、かくれんぼだな。「あいつホントに好きだな」と自分も隠れる
「はぁぁぁ!?なんだこれ!!?探しに行くと”死”じゃないですか!!!」
「だからといって、逃げるのも不味いんじゃないかしら?」
「あぁぁぁぁぁ!、一体どうすればー!!」
赤城が絶叫している横で、青山は不敵に鼻で笑った。
「へっ!なぁに言ってんだ?赤城よぉ、おれぁよ、一度こう!と決めたことは絶対に半端で投げ出すようなことはしねぇんだよ!!!」
「……はぁぁ、だと思いましたよ。青山さんなら探しに行くって思ってましたからね」
呼吸を整えながら、赤城が答えた。
「命懸けの全力疾走ね……そういえば、そういう展開のゲームが……」
黄瀬がなにかを思い出そうとしたとき。
「「それはあとにしてくれ」」
二人の声がハモッた。
そして青山は、一番上の選択肢を叩いた。
▶ あっちに向かった気がするから、スーパーゾンビたちの方角に向かって探しに行く
世界に、一瞬で色彩が戻る。
「おい! 走るぞ、テメェーら!」
「言われなくても走ってます!!」
三人は一斉にスーパーゾンビたちの方に向かって走り出し、廃工場の迷路のような通路のような地形を利用する
獲物を逃すまいと猛スピードで追いかけてくるスーパーゾンビたちだが障害物が多く簡単には追いつけずにいた。
「ハァ、ハァ……! 黄瀬さん、何かサブカル的突破口はありませんか!?」
「ハァ、ハァ……! このような絶体絶命の包囲網においては、頭上の通気口へと這い上がるか、
あるいは私の中に眠る隠された異能が今この瞬間に目覚めるしか生存ルートは――っ、くっ、仕方ありません、あの子を救い出すまで、このまま泥臭く全速力で駆け抜けるのみです!」
「ハァ、ハァ……!長い!つまり、ハァ……走ればいいんでしょ!!」
逃げ回るうち、三人は行き止まりの資材置き場へと追い詰められてしまった。
背後には冷たいコンクリートの壁。
目の前には、猛スピードで迫る五体のスーパーゾンビ。
「というか、選択肢!どういうことだよ!?こっちにいるんじゃないのか!!
「赤城さん、提示されたのは『スーパーゾンビの方向へ探しに行く』という事のみ。あの子がこの行き止まりにいるなど、最初から一文字も書かれていません!」
「万事休すってやつかい?」
青山がさすがに冷や汗を流しながら、それでも正面を見据え、落ちていた角材を構える。
スーパーゾンビたちが、一斉に跳躍した。
その時。
「――!!」
スーパーゾンビたちの動きが一瞬だけ止まった。
そして、声にはならない、けれど確かに空気を裂くような『なにか』が、資材置き場に響き渡った。
ドタドタと足音を荒げ、物陰から飛び出してきたのは、制服を着た女警官ゾンビだった。
彼女は、三人の前に立ちはだかるようにして割り込むと、その細い両腕を大きく広げた。
恐怖なのか、彼女の膝はガタガタと震えている。
けれど、その背筋だけは――青山の特訓で叩き込まれた、あの美しい姿勢のまま、ピシッと伸びていた。
女警官ゾンビは、大きく右手を突き出し、スーパーゾンビたちの顔面をビシッと指差した。
そして、今までの自信のなさをすべて振り払うかのように、体全体で、怒りを表現するような大振りのジェスチャーを繰り出した。
彼女の全身から、ただ『力強い意志』が放たれる。
そして本能だけで動くスーパーゾンビたちは、空中で不自然に体勢を崩しながら着地した。
上位種としての命令権。
彼女が「恩人たちを守るべく一歩を踏み出した」ことによって、本来あるべき姿として機能した瞬間だった。
スーパーゾンビたちは、ただ頭をたれ、低く唸りながら、暗闇の奥へと退散していった。
「……たすかった……?」
赤城がへなへなと腰を抜かした。
「……素晴らしい。弱気で内向的だった彼女が、大切な居場所を守るために、己の恐怖を克服して立ち塞がる……。
これぞ、これぞ私が何百回と夢に見た、魂を震わせる『覚醒シーン』そのものです……っ!」
黄瀬は興奮気味に熱弁しながらも、その膝は生まれたての小鹿のようにガタガタと震えていた。
そして、ついに足の限界を迎えた彼女は、壁を伝ってずるずるとその場に座り込んでしまう。それでも、その瞳だけは輝いていた。
その時、視界の端に、静かに文字が流れた。
【イベントno.3 転機 完了】
直後。
青山の脳裏に、すうっと冷たい風が吹き抜け、一瞬だけ別の光景が映し出された。
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そこは、陽光が降り注ぐ、どこかの大学のキャンパス広場。
サークルの勧誘ブースが立ち並び、きらきらとした大学生たちの笑い声が響いている。
「―――さんも、一緒にサークルやろうよ! 絶対楽しいからさ!」
快活そうな女子学生が、一人の少女にパンフレットを差し出し、満面の笑みで誘っている。
少女は、俯き、何かを言おうと、小さな唇がわずかに動くが結局足早にその場から逃げ去ってしまった。
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光景が消え去った後、
青山はへっと息を吐き、「やりゃできんじゃねぇか」と頭を掻いた。
そして、まだ緊張で肩を怒らせている女警官ゾンビの隣に歩み寄ると、その頭に警官帽を被せ、親指を突き上げて。
「よぉ、おねえちゃん。言ったろ? 前向いて、胸張りゃよ、それだけでなんとかなるもんだ」
女警官ゾンビは、青山と同じように親指を突き上げていた。
「……まったく。こんなのは二度とゴメンですね。心臓がいくつあっても足りませんよ」
赤城は壁にもたれかかり、ようやく緊張を解いて深い、深い溜息を吐くのだった。
つづく