ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
「うわぁ……」
まばゆい光の柱が収まり、視界が晴れた瞬間、赤城紅一の口から漏れたのは感嘆とも、あるいはただの現実逃避ともつかない溜息だった。
これまで灰色の廃ビルや血生臭い資材置き場を渡り歩いてきた彼らの目の前に広がっていたのは、驚くほどにのどかな光景だった。
さらさらと流れる川。青々と茂る土手の草むら。どこか懐かしさすら覚える、絵に描いたような「河川敷」の風景がそこにはあった。
「へぇー、今回はまた随分とマイナスイオン、バリバリな場所に飛ばされたねぇ」
青山藍乃介が着崩したシャツの襟元をパタパタと仰ぎながら、のんきに辺りを見回す。相変わらず無精髭の浮いた顔には緊張感のかけらもない。
「油断しないでください、青山さん。見た目はただの土手ですが、ここはゾンビ世界なんです。いつ、どこからスーパーゾンビが――」
「あら、赤城さん。私に言わせれば、このシチュエーションは実にベタ、かつ王道よ」
背後から、知的で落ち着いた声が割り込んできた。
振り返ると、冷徹なまでの美人――黄瀬蘭が、腕を組んでフンスと鼻を鳴らしていた。
「川、青い土手、そして傾きかけた夕日……。赤城さん、この完璧なロケーションを前に、まだ気づかないのですか?」
「面白そうだなぁ、続きは?」
珍しく青山が興味をそそられたのか、黄瀬に続きを促した。
「では、これらが揃ったセカイにおいて、私たちに許された選択肢は二つしかありません。夕日に向かって走り、拳と拳で魂をぶつけ合う『泥だらけの熱血青春』か、
あるいは、不治の病を患った私が、愛する人と共に余生を駆け抜ける『涙の純愛ラブストーリー』のどちらかです。間違いありません、私の魂が今、激しくリンクしています……!」
「語り合おうにも相手はゾンビですが、難病以前に全員すでに死んでますからね!?」
間髪入れずにツッコミを入れ、赤城はこの二人の強烈なマイペースぶりに付き合わされるのにも、そろそろ限界が来そうだった。
ふぅ、と息を整えるために、赤城は川沿いの未舗装の道を眺めた。平らで、どこまでも続いている、踏み固められた土の道。
過酷な社畜生活で心がボロボロになっていた頃――すくなくとも体の健康だけは維持しようと足掻いていた頃の記憶が、その景色に重なる。
「……でも、まあ。こういう道を見ると、ちょっと懐かしくなりますね」
「ん? 何がだ、あんちゃん」
青山が不思議そうに首を傾げる。赤城は泥だらけのスーツの肩をすくめながら、少し誇らしげに胸を張った。
「いや、実は私、元の世界にいた頃、健康のためにランニングをやっていたんですよ。ちょうど2年目に入ったところでこっちに呼ばれちゃいましたけど……。シューズの選び方から、フォームの維持、長距離を走るためのペース配分なんかには、ちょっとしたこだわりがありましてね。やっぱり、走るっていうのはただ足を動かすだけじゃなくて、自分との対話なんですよ」
青山に対してほんの少しマウントを取りたくなり、つい語り口調に熱が入ってしまう。
すると、青山がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて赤城の肩を小突いた。
「へぇ~? 言うねぇ、あんちゃん。ってことは何かい? 結構いい線いってたのか? 実は社内の大会で優勝したとか、韋駄天の赤城とか呼ばれてたりしちゃったわけ?」
「え? いや、そこまでは……」
「あら、素晴らしいわ赤城さん。まるで過去の栄光を隠して生きる『元・天才ランナー』そのものね。実は足に致命的な爆弾を抱えていて、走るたびに寿命が縮む設定でしょう? 聞かせてちょうだい、その熱い過去を!」
「黄瀬さんまで乗っからないでください! ……まあ、でも!」
青山に煽られ、黄瀬に過剰な期待の目を向けられた赤城は、男のプライドからか、ほんの少し、本当にほんの少しだけ見栄を張りたくなってしまった。
「……まあ、そこそこは、速かったですよ。ええ。ハーフマラソンくらいなら、一般の部でも上位に食い込めるくらいのポテンシャルはあったんじゃないかな~とちょっとした自負はあります。かなりストイックに追い込んでいましたからね!」
フッ、と都会のスマートなランナーを気取って眼鏡を押し上げるフリをする赤城。
――まさに、その瞬間だった。
――テレレーン♪
「え!?なんで??まだ対象いないけど!!どうして!!」
本日一発目のシステム音。
赤城の悲鳴を置き去りにして、大気がピキリと凍りつき、世界から一切の色が失われた。
ニヤニヤと笑ったままの青山の顔も、オタク特有の早口を始めようとしていた黄瀬のポーズも、モノクロの空間の中で完全に静止する。
【イベント発生:???】
不意に、赤城の目の前に現れたのは、もはや見慣れたはずの、しかし何度見ても心臓に悪い「3択のシステムウィンドウ」だった。
今回の選択権は、赤城の前で輝いている。
▶青山のニヤケ面に、ムッときて、さらに熱く話を語る
▶ 冷静に、事実のみを淡々と語る
▶ 「ランニングなんてうそ」といい実は「プロレスやってたんです」と、盛大にほらを吹く
「……ん?なんだこれ?攻略とどう関係するんだ?下は論外として上と真ん中はなんだ?」
赤城は凍りついた空間の中で、ウィンドウを凝視した。
静止した世界の中でも、青山と黄瀬が、ぬるりと動いたのだ。
「お、今回はあんちゃんが選択者か。どれどれ……って、プロレスってなんだよ、お前プロレスラーだったんかい」
「違いますよ!盛大にほらを吹くを書いてるじゃないですか!大体なんでレスラーなんだよ?」
「お、そこをつつくかい?ほれ黄瀬ちゃん、お得意のアレ聞かせてやんな」
「では、これは、システムが赤城さんの心の奥底に眠る『絶対的な強者への渇望』を具現化したのです!
もしここでプロレスを選択すれば、次の瞬間、あなたのスーツは弾け飛び、黒のショートタイツ一枚でリングに立つことになるでしょう。
ゾンビ相手に命がけのジャーマンスープレックスを炸裂させる、漢のプロレスラー・赤城紅一の伝説が、今ここから開幕するのです……!
素晴らしいわ、早く肉体言語で語り合いなさい!」
「面白くありませんよ!! なんでゾンビにジャーマンで語り合うんですか! そもそも私はランニングですから、ラ・ン・ニ・ン・グ!!」
赤城は、半ばヤケクソ気味に、一番上の選択肢を勢いよく叩いた。
自棄になっていたため、適当に叩いてしまっていた。
しかし、どうせ最初から話を盛ってしまったのだ。ここで今更「実は」なんて引き下がるのは、なんかアレである。
▶青山のニヤケ面に、ムッときて、さらに熱く話を語る
世界に鮮やかな極彩色が戻る。
「先程にも言いましたが、マラソンはただ走る競技じゃないです!相手と戦う前に、自分との戦いなんです。足が引きつり止まりそうになっても、もうだめだと、心が折れそうになっても、それでも、一歩だけ前へ出す。その積み重ねこそが、自分を超えたって実感できるです。そのために私は走るんです!」
赤城は拳を握りしめて声を張り言い切った、
まさにその刹那――。
ドサササササササササッ!!!
「ひっ!?」
背後の土手の草むらが、爆発したかのように激しく揺れた。
三人が驚愕して振り返った先。そこから這い出てきたのは、一体の『ゾンビ』だった。
体のあちこちの皮膚が剥がれ、ドス黒い血が滲んでいる。だが、その個体は明らかに異質だった。
首からは薄汚れた「ホイッスル」をぶら下げ、手には何故か色褪せた「ストップウォッチ」を握りしめている。そして何より、
その双眸の奥には、『獲物』を執拗に見つめていた。
「でたーーー!!」
赤城が突然のことに叫び。
「なんでホイッスル持ってんだ?」
青山はなぜか手に持っているホイッスルのことが気になっていた。
「あの首にかけられたホイッスル、そして手にしたストップウォッチ……!
間違いありません、彼はかつて数々の名選手を地獄の特訓でしごき上げたという――」
「「長い!」」
二人からのツッコミに黄瀬は不満顔を浮かべていた。
現れたトレーナーゾンビは、赤城の顔をじっと見つめ続け、親指を立てた。
「なんか、親指を立ててますが、な、なんでしょう?」
「合格ってことじゃね?」
「そうですね、『俺の眼鏡にかなったぜ』と言ってるんじゃないですか」
ピピッーーーーーーーーー!!!
静寂を破る、あまりにも甲高いホイッスルの音が河川敷に響き渡った。
ゾンビは、おもむろに力強く右腕を突き出し、人差し指で赤城をビシッと指差した。
そして、そのまま親指を立てて自分の胸を叩き、狂ったように足踏みを始める。
言葉なき圧が、赤城の全身を襲う。
「え?なに!なにっ?なにぃ!?あ、ちょっと待っ――」
ピピィーーーーーーッ!!!
間髪入れずに二発目のホイッスル。
次の瞬間、トレーナーゾンビは猛然と地を蹴り、もの凄いスピードで川沿いの道をダッシュし始めた。そして、走りながら首だけを真後ろにギチギチと回し、赤城に向かって激しく手招きをする。
「う、嘘だろ……。これ私が走る流れ……?」
「やったな、あんちゃん、相手にとって不足はねぇだろ!」
青山がゲラゲラと笑いながら赤城の背中をドカンと叩いた。
「ほら、現役陸上部より走れるんだろ? 行ってこい!」
「行ってらっしゃい、赤城さん。私たちの分まであの夕日の向こうへ走り抜け、眩い『風』になってくるのです。あなたの流した汗と涙の感想、楽しみに待っていますね」
「他人事だと思ってえええええええええッ!!」
ピピピッ!!!と、前方から執拗に催促のホイッスルが鳴り響く。
引くに引けない状況、そして何より、あの知性ゾンビの命令に呼応するように、草むらから無数のスーパーゾンビたちが「障害物役」として這い出し始めていた。
「ちくしょう! やるよ!!やってやらぁぁぁぁ!!!」
赤城はビジネスシューズを脱ぎ、物資支給で送られきたランニングシューズの紐をきつく締め直すと、涙目で土手の道を蹴り出した。
今、幕が上がった。
【イベントno.1 自爆 完了】
赤城の脳裏に、すうっと冷たい風と共に、ある一場面が流れ込んできた
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一人の少年が、テレビを食い入るように見つめている。
画面の中では、陸上大会のゴール板の向こうで、
ボロボロになりながら走った選手と、それを大号泣しながら抱きしめるジャージ姿のトレーナーが、
笑顔で喜びを分かち合っていた。
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が、とうの赤城には気にしている暇はなかった。
つづく