ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
「はっ……ひー、ふー、はーっ……!!」
吐き出す息が熱い。というか、肺が燃えている。
赤城の視界は、己の汗と涙で、激しく歪んでいた。
目の前には、河川敷につきものの「急斜面の土手の坂道」。
そこを、スーツのズボンを膝まで捲り上げ、支給された最新のランニングシューズを履いた赤城が、四足歩行に近いフォームで這い上がっていた。
ピピィーーーーーーッ!!!
「無茶、言うな……ッ!!」
坂の上で、腕組みをしたトレーナーゾンビが、激しくホイッスルを鳴らしながら地団駄を踏んでいる。その引き締まった肉体と、ストップウォッチをカチカチと連打する親指が、何より雄弁に物語っていた。
ダッシュ、坂道、もも上げ、体幹トレーニング。
この地獄のフルコースが、水分補給のインターバルすらまともに与えられないまま、ノンストップで繰り返されている。
「あーあ、あんちゃんの、足が生まれたての小鹿になってんな」
土手のひだまりに腰掛け、観戦者気分で見ている、青山が笑っている。
「当然です、青山さん」
黄瀬は土手の草むらに佇み、限界を迎えている赤城を、まるで聖戦を見守るかのような厳かな目で見つめた。
「肉体が悲鳴を上げ、精神が削られていく……。これぞ血と汗の先にしか存在し得ない、青春の『ブートキャンプ』です!
この過酷な試練を乗り越えた者だけが、全国大会の決勝という約束の地で、宿命のライバルと固い握手を交わす権利を得るのですよ。
……赤城さん! フォームが乱れています! 骨盤をさらに前傾させ、己の中に眠る野生の闘争本能を呼び覚ますのです!」
「他人事、みたい、に……ッ!!」
坂を登りきった赤城は、白目を剥きながら土手の草むらに倒れ込んだ。
もう指一本動かしたくない。限界だ。ギブアップ。そう心に決めて泥を舐めようとした、まさにその瞬間だった。
――テレレーン♪
「な、なんで!? こ、このタイミングでぇ!?」
二度目のシステム音。大気が凍りつき、世界から色が失われる。
ビールを喉に流し込もうとした姿勢のままフリーズした青山と、人差し指を立てて筋肉の解説をしかけていた黄瀬を背景に、
赤城の目の前に「3択のウィンドウ」がポップした。
【イベント発生:???】
▶ 青山の目を気にして、やせ我慢をして頑張る
▶ もう無理と倒れこむ
▶ そんなことより、「サッカーしようぜ!」と青山たちを誘う
「はぁ、はぁ……っ、ちょっと待て……!」
モノクロの世界で、赤城は激しく息を切らせながらウィンドウを睨みつけた。
「一番下! なんだ『サッカーしようぜ!』って! 今すぐこの修羅場を爽やかな放課後に改変しようとするな! そもそもボールがないだろボールが!
ゾンビの生首でも蹴れって言うのか!?」
「素晴らしいわ、赤城さん! まさかこの極限状態から、ボール一つで世界の命運を懸けて戦う『超次元フットボール』のシナリオへと分岐させるつもりですね!?」
首だけを動かせるようになった黄瀬が、大真面目な顔で瞳を輝かせた。
「お!なんか、面白そうなこと、いいそうじゃねぇか」
青山がニタニタしながら話に参加してきた。
「必殺シュートのネーミングなら私に任せてください。青山さんがゴールを守る鉄壁のディフェンダー、そして私は、泥だらけのあなたたちを陰から支える麗しのマネージャー……
完璧な布陣です。さあ、ホイッスルを鳴らしなさい!」
「そもそもサッカーて22人必要だろうーが。くそったれ。最低限のルールくらい知っとけや!
……ここで『倒れ込む』を選んだら、どうなる?あのトレーナーゾンビはどう動く?下手に去られた場合、
前みたいにスーパーゾンビに狙われるんじゃないか?だとすると、
一択じゃないか……ちくしょう。神はいないのか?……アイツだったよ!あの野郎ならこっちから願い下げだ!!」
赤城は、チラリとモノクロの中で笑ってる青山を見た。
ここで無様に泣き言を言えば、このおっさんに今後「あん時のお前、ひでぇ顔してたなぁ!」と酒の肴にしてイジり倒してくるに違いない。
それだけは、プライドが許さなかった。
「……やってやる。やってやるよ。やったらぁぁぁ!社畜なめんなぁぁぁ!!」
赤城は自棄っぱち気味に、一番上の選択肢を拳で殴りつけた。
▶ 青山の目を気にして、やせ我慢をして頑張る
極彩色の現実が戻る。
「おおおおお大したことないですよ青山さん!!」
赤城はガクガクと震える膝に力を込め、バッと勢いよく立ち上がった。
それを見た青山は「無茶しやがって」とこぼした。
「この程度、現役時代の僕にとっては朝飯前です! ほら、次は何ですか!? 腹筋ですか!? スクワットですか!? どんと来いですよ!!」
これには、トレーナーゾンビの目がカッと見開かれた。
両腕を天へと掲げた。
ピピピピッーーーーーーーー!!!
狂ったような連打のホイッスル。トレーナーゾンビは自らお手本を示すように、もの凄まじいスピードで腕立て伏せからジャンプを繰り返す地獄としかおもえない運動を始めた。さらに一切のブレがなく。
「ひ、ひえぇ……」
あまりの熱量に赤城が引きつった声を漏らすと、後ろからドタドタと足音が近づいてきた。
「おっ、いいねぇあんちゃん! 男を見せたじゃねぇか! こうなりゃ俺も黙って見てる訳にゃいかなぇや!」
青山が、赤城の隣に並んだ。そして、何を血迷ったか、一緒になって動き始めた。
「いやいや!? なんであんたまでやってんだよ!?」
「うん?なんか身体がウズウズしてきちまってよ!ほら!もっとだ!もっといけんだろあんちゃん!トレーナーも言ってるぜ!」
ピピッ! ピピッ!
「おっさん……」
トレーナーゾンビのジェスチャーと、青山のバカげたハイテンション。二人の「もっとだ!」の挟み撃ちに遭い、赤城は、もはや引き返せない領域へと突入した。
「……なるほど。限界を迎えた赤城さんに対し、あえてさらなる負荷を重ねることで、体のリミッターを強引に解除せんという、
これぞスポ根特有の『荒療治』ですか……! 二人の間に言葉を超えた魂の共鳴が――」
「だから、長いって!いつも、言ってる、でしょ!要点、だけを!……ッ!!」
黄瀬の冷静な声は、激しいホイッスルの音と、青山の「オラオラ! もっとだ!」という怒号にかき消されていく。
地獄の特訓は、夕日が沈み、月が昇り、そして再び朝日の光が河川敷を照らし出すまで、延々と続いていくのだった――。
【イベントno.2 根性 完了】
(赤城の脳裏に、すうっと冷たい風と共に、ある一場面が流れ込んできた)
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それは、学校の校庭らしき場所。
砂埃が舞う中、一人の男子が、色褪せた赤メガホンを片手に声を枯らして叫んでいる。
その傍らには、すり切れたノート。そこには、部員たちの名前と、書き込まれた日々の練習記録があった。
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が、当の赤城には、やっぱり気にする暇など一秒すらなかった。
「もう……一歩も……動け……ぶほっ!?」
朝露に濡れた草むらに、赤城は今度こそ、文字通り泥のように沈没した。
つづく。