ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
それから、いつものように二人はぶらぶらと荒廃した街を歩いていた。
赤城は相変わらず周囲の警戒に余念がなかったが、隣の青山はといえば、物資支給でせしめた最高級の切子グラスを二つ、カチャカチャと涼しげな音を立てて弄んでいる。
「いやー、まさかコイツが手に入るなんてな~。願ってみるもんだぜ、がはは」
「はぁ……それはよかったですね……(クソがこのオヤジまた飲む気かよ!)」
赤城が辟易したその時、前方の開けた交差点に「それら」は現れた。
群れの先頭を成す数十体、総勢数千体。地響きを立ててビルを跳び、アスファルトを削りながら疾走してくる恐怖の軍勢——『スーパーゾンビ』の群れだった。
「ひ、ひぃぃぃっ……!? あ、あお、青山さん、は、はやく、逃げましょう!!?ひっ!?か、囲まれた! もうダメだー!、今度こそ終わ……え!?」
赤城が絶望に顔を白くしたその瞬間、群れの中心から、一人の女性が静かに歩み出てきた。
あのOLゾンビだった。
ヘアピンで不器用に留められた髪、幾分か汚れの落ちたスーツ。彼女がすっと手を掲げると、あれほど狂暴だった数十体のスーパーゾンビたちが、ピタリと動きを止め、まるで上司が部下に指示を出すように整列した。
OLゾンビは青山を見つめ、昨日どこからか見つけてきたのだろうか『純米大吟醸』のボトルを無言で差し出した。
「へぇ!いいモン持ってきたじゃねぇか、やっぱコイツを選んどいて正解だったな」
青山もまた、とっておきの冷えたボトルを取り出す。
互いに言葉はない。そこにあるのは、酒による無礼講。
青山は持ってきた切子グラスに、お互いの酒をトトト……と静かに注ぎ、一つは彼女に手渡しもう一つを自分の元へと置いた。
互いに無言。けれど、互いの手にあるグラスが、何よりも饒舌に感情を語っていた。
その時だった。
——テレレーン♪
五度目となる、あまりにも厳かな、けれどやっぱり少しマヌケな電子音が青山の脳内をジャックする。
視界から色彩が急速に失われ、音も、風も、数十体のスーパーゾンビの呼吸さえも完全に停止した、静寂のモノクローム世界。
そして、青山の目の前の虚空に、蛍光ピンクの半透明ウィンドウが大きくポップアップした。
【イベント発生】
OLゾンビの頭上に浮かび上がる『??』の文字。その下に表示されたのは、いつもの三つの選択肢だった。
▶ 親しげに、名を呼び、グラスを掲げ、飲み干した
▶ 何も言わない、無言で、飲み干した
▶ 周りにいる、スーパーゾンビに向かって、キミの瞳に乾杯♪と告げる
青山は何も悩む様子もなく、ただいつもの笑みを浮かべたまま、人差し指で力強くタッチした。
▶ 親しげに、名を呼び、グラスを掲げ、飲み干した
ポチッ、と、どこか祝福するような電子音が響き渡る。
激流のように世界が色彩を取り戻した。
青山は自然な動作でグラスを掲げ。
そして、誰に聞かせるでもなく、いつもの調子で目の前の彼女の名を親しげに呼んだ。
名前を呼ばれた瞬間、OLゾンビの身体が動きを止め、彼女は手元で静かに揺れる酒を見つめた。
そして、ゆっくりと青山へ視線を向けると。
青山は、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべたまま、酒には口をつけることもなく、ただ静かに待っていた。
その笑みを見た彼女は、肩の力を抜いたように見えた。
青山は、ただ静かに頷いた。
OLゾンビは静かにグラスを掲げ返した。
その表情は、もう何も求めていないようだった。
青山の脳内に、いつものフラッシュバックも起こらない。ただ、どこか満足げな気配だけがそこにあった。
直後。
彼女の身体が、淡い光の粒子となってサラサラと崩れ、青空へと溶けるように消滅していった。
それだけではない。彼女を囲んでいた数十体のスーパーゾンビたちもまた、ドミノ倒しのように次々と光の粒子へ変わり、一瞬にしてその場から完全に消え去ってしまったのだ。
跡形もなく、静まり返る交差点。
【イベントno.5『送杯』完了】
脳内に響く冷徹なシステムアナウンス。
「……?」
スーパーゾンビに囲まれた時の死の恐怖と、目の前で起きた超常現象の連続に、赤城の脳の処理能力は完全に限界を迎えていた。
「OLゾンビが光の粒子になりましたよ?青空へ溶けましたね?そしたら周りのバケモノも全部消えちゃいましたよ?……んー??」
しかし、混乱が完全に閾値を突破した次の瞬間、赤城の口から魂の抜けたような絶叫が飛び出した。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? なに、何が起きたんだよこれえええええええ!!」
「がはは! ……久々に旨くて良い酒だったなぁ」
「はぁ……はぁ……もう嫌だ、知らん……」
赤城が頭を抱えてその場に倒れ、脱力したまさにその時。
ドォォォォン!! と、天から巨大な光の柱が二人を直撃した。
「うおっ!?」
「ひゃあ!?」
光の柱が激しく明滅し、次の瞬間、それが収まった時には。
交差点には、二つの切子グラスだけが、交差点にぽつんと残されていた。
一方、
例の二人組も今まで同様、返り討ちにあったのだろうと、結論づけられた頃。
静かになったエリアに、不審を抱いた現地の生存者たちが恐る恐る調査に訪れた。
崩壊したビルの隙間、かつて「天災」とまで呼ばれた知性ゾンビと、最凶のスーパーゾンビの群れが巣食っていた交差点。
そこに足を踏み入れた調査メンバーたちは、一様に言葉を失い、騒然となった。
落ちていたのは、冷ややかな光を跳ね返す、割れた切子グラスの瑠璃色の破片だけだった。
本来、この周辺を埋め尽くしていたはずの、数千、数万に及ぶゾンビ群が、「消滅」という、あり得ない現実に直面したからである。
生存者たちの間に、戦慄と、不可解さが静かに広がっていった。
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