ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
◇◇◇
現地民視点
「――なにか、何か変だ?なんだ??……まさか!?おい、嘘だろ……。なあおい……!」
鉄錆とカビの臭いが立ち込める地下シェルターの監視口。偵察員の男は、凍りついた手で双眼鏡を握りしめたまま、歯の根も合わない音を立てていた。レンズの先にある地上を凝視するその瞳は、恐怖のあまり限界まで見開かれている。
「どうしたんだよ、おい!何があった!?まさか……あの群れがこっちに向かってんのか!?」
背後から相方の男が、色を失った顔でその肩を激しく揺さぶった。だが、偵察員はガタガタと震えるだけで、まともな言葉を返さない。
「ヤバいなんてもんじゃない……! 違う、逆だ、逆なんだよ! おい、はやく戻るぞ! はやく中に戻ってリーダーに、みんなに伝えないと! 俺たちは……俺たちはとんでもない『何か』をこの街に呼び込んじまったんだ! 早くしろ、一刻を争う!」
双眼鏡を床に放り出すようにして、男は狂ったように地下への階段を、足をもつれさせながら駆け下りていった。その報告を元に組織された武装調査隊が目撃した光景は、彼らの貧弱な想像力を遥かに超越していた。
数日前、あの「くたびれたビジネススーツの若造」と「泥酔したような赤ら顔のおっさん」の二人組が、狂気の沙汰としか思えない笑顔で地上へ飛び出していった。コミュニティの誰もが、彼らは数時間でゾンビの胃袋に収まるだろうと確信していた。しかし、あの日を境に地上の騒音はピタリと止み、不気味な静寂だけが街を支配していた。
「……誰も、いない? おい、もう一度言え。どういうことだ。誰もいないとは、一体どういう意味だ!?」
作戦室の古びた机を両手で叩きつけ、コミュニティのリーダーが絶叫した。報告を持ち帰った調査隊の面々は、一様に幽霊でも見たかのような顔で俯いている。
「言葉通りの意味なんです、リーダー! 誰も、一匹も、影も形もないんですよ!」
調査隊のひとりが、自分の髪を狂ったようにむしり取りながら叫び返した。
「肉片ひとつ落ちてない! 血痕ひとつ残ってない! 激しい戦闘が行われた形跡すら、どこをどう探しても、大通りにも路地裏にも見当たらないんです! まるで、最初からそこには何も存在していなかったかのように、あのエリア一帯が……あの大群がいたはずの場所が『真っ白』に空っぽなんです!」
「馬鹿な……そんなことがあってたまるか! 相手はあの『天災』もいたんだぞ!? 過去にいくつものシェルターをその統率力で壊滅させた、知性を持つあの化物だ! その周囲を固める数千のスーパーゾンビの軍勢が、跡形もないだと……!? 撃退したというのか? あの二人だけで? 数千体を、一瞬で消滅させる秘密兵器でも持っていたとでも言うのか!?」
「違う! 違いますよリーダー! 兵器なんかじゃない、そんな生易しいもんじゃない!」
それまで部屋の隅で爪を血が出るほど噛んでいた別の男が、ギラついた目を剥いて狂気交じりに割り込んできた。
「兵器なんかじゃないから恐ろしいんだよ! 痕跡がないんだぞ!? 爆発の跡も、硝煙の臭いも、弾痕も、転がっているゾンビの死体すら、ただの一体もないんだ! そんな倒し方がこの世にあるかよ! 常識で考えろ!」
「じゃあ、何があったって言うんだ! 説明しろ! あの数千の大群が、あの天災が、煙のように消えたとでも言うのか!?」
「『操った』んだよ……!」
男の絞り出すような言葉に、作戦室の空気が一瞬で氷結した。男は全員を見回し、確信に満ちた声で捲し立てる。
「あいつら、あのスーツの若造と酔っ払いのおっさんは、最初からゾンビを狩りに行くようなタマじゃなかったんだ! あの『天災』を、自分の配下にするために接触したんだよ! 現に、あのおっさんはゾンビの前でヘラヘラ笑いながら酒を掲げてたって、最初の偵察報告にあっただろ!?」
「はっ??酒を……掲げていた? それがどうしたというんだ」
「そうだ! あれはただ掲げていたんじゃない、ゾンビ共を従えるための『契約の儀式』だったんだよ! そうに違いない!そうじゃなきゃ、数千の軍勢が、当然消えるわけがない!奴らが、あの化物を完全に手懐けて命令を下したんだ! 『移動しろ』ってな! だからゾンビどもは、自分たちの足で、あいつらの後ろを歩いて去っていったんだ!……そうだよ!あいつらは過去に来たのとは全く違う奴らなんだ!ここに来たのも情報収集が目当てに違いない、ははっおしまいだよ俺ら……」
「おい、待て、落ち着け、それはいくらなんでも飛躍しすぎだ、あの二人がやったって証拠もないだろ?……。それにあのゾンビが、人間に従うわけが……」
リーダーが額から滝のような冷や汗を流しながら宥めようとするが、一度芽生えた恐怖の妄想は、誰にも止められない濁流となって周囲の人間を飲み込んでいく。
「いや、アイツの言う通りだ! じゃなきゃ絶対に説明がつかない!」
「そうだ! あのスーツの男、ずっと怯えたフリをしてやがったが、あれは俺たちを油断させる為だ、油断してこっちの情報を抜くための演技だったんだ!現に俺たちは色々な事をあいつらに教えちまった」
「知性ゾンビを……あの天災すら手懐けて従える支配者……」
「おい、冗談じゃねえぞ……。俺たちは、ゾンビより恐ろしい『最悪の怪物』を、すぐそばで生かしておいて、地上に見送っちまったんじゃないか……!?」
「落ち着け! 全員静かにしろ! 確証のない噂でパニックを起こすな!」
リーダーの必死の怒声は、もはや怯えきった生存者たちの耳には届かなかった。
彼らの頭の中ではすでに、ゾンビの軍勢を背後に従え、
世界を滅ぼす新たな『なにか』が完全に誕生していた。
***
その頃――観客席では。
【第一・第二話のあと】
「ひゃあはははは! おっかしい、お腹痛い! まさか、ボクでさえ存在を忘れてたあのクソシステムを起動させるなんてさあ!!」
真っ白な、果てのない空間。そこに浮かぶ巨大なホログラムスクリーンを見上げながら、以前赤城たちの前に現れた球体ではなく、少年の姿へと変えた『神』が、床をのたうち回って爆笑していた。
「いやあ、たまんないね! ノルマであの世界を作ったとき、ちょっとした思い付きと悪ノリでネタ枠として仕込んだモノだよ? 『ギャルゲーシステム』なんてさ! 誰が起動できると思う? 起動条件、ボクが設定しておいてなんだけど、あんなの正気の人間なら絶対に踏まないハズなんだよね!」
神は涙を拭いながら、空中に浮かぶリプレイ映像を何度も巻き戻した。
「だってさあ! 目の前に、現地民が絶望するような知性ゾンビの女の子がいるんだよ? 普通なら、一歩も動けずに腰を抜かすか、持ってる武器で必死に攻撃するじゃない?なのに何、あのおっさん。青山って言ったっけ? 命の危険を感じた直後に、酔っているとはいえ、ゾンビに酌してもらって、おまけに差し出された三択の中からは、『お返しの酌をする』って、どんな神経してるわけ!?」
画面の中では、青山が嬉しそうに一升瓶を抱え、赤城が白目を剥いてツッコミを入れている。
「初手でビール!! ゾンビ相手に居酒屋のノリを持ち込むなよ! 偶然とはいえ、それでフラグがたって進めちゃうんだから、もう最高。あははは、傑作すぎる!予想の斜め上を突っ走りすぎ」
【第三話のあと】
「あはは……はあ、もうダメ、苦しい……!」
画面には、泥に汚れた社員証を執拗に凝視する青山のドアップが映し出されている。
「なんなの、あの青山って男。怖。ゾンビ相手に平然としてるだけでも頭のネジが4、5本飛んでるのに、観察力が野生じゃん! ねえ、システムが提示した選択肢は『首から下げているモノを注視する』だよ? 普通のゲームなら、落ちてる日記の切れ端とかを何話もかけて集めて、
ようやく察するレベルのヘビーな背景じゃないの?」
神様はソファーの上にひっくり返り、足をバタバタとさせた。
「それを何!? 全部飛ばしておっさんの長年の『経験?』だけで、見抜いちゃうって!? 、本当に予期せぬことだらけで面白いんだけどね!」
【第四話のあと】
「うひゃひゃひゃひゃひゃ! ちょっと待って、本当にお願いだから誰か止めて!
お腹よじれる!」
神様は床をバンバンと叩き、過呼吸気味に笑い転げた。画面には、プラスチック製のような安っぽいチープなヘアピンで、不器用に前髪を留めたOLゾンビの姿が、画面いっぱいに映し出されている。
「アハハハ! なんで身だしなみを整えてきちゃってんのさ! システムなにやってんの!?ゾンビだよ!? 死体だよ!? それがおっさんに名前を呼ばれて褒められたからって、次の日に髪型気にして現れるって、乙女心が限界突破しすぎでしょ! 」
神様は立ち上がり、画面の青山に向かって拍手を送り始めた。
「そこへきて青山の選択肢ね! 『褒める、根拠のない保証付きで』だよ!
普通の男ならさ、たとえ選択肢の助けがあったとしても、目の前の恐怖に顔を引きつらせるでしょ? ゾンビがピン留めて迫ってくるんだよ!? なのに微動だにしないって、あのホントおっさんありえないわ!? なんであんなに堂々としてんのさ! 肝が据わってるレベルを通り越して、恐怖の感情をどこかに置き忘れてるよね!?」
【第五話のあと】
「いやあ……素晴らしい。完璧。拍手喝采だよ。まさかクリアまで持っていくなんて、ボクの予想を遥かに超えてるね」
神様はパチパチと優雅に手を叩きながら、エンターテインメントを観終えたかのような、深い満足感に満ちた笑みを浮かべた。画面には、光の粒子となって消えていったOLゾンビと、その後に残された、完全に魂の抜けた顔で呆然と立ち尽くす赤城の姿。
「それにしてもさあ、赤城くん! キミだよ、キミ! キミ、実にいいよ!
そのキレッキレのツッコミ、THE普通って感覚で、最高にこの世界のシステムにマッチしてる!」
神様は画面の赤城の絶望に満ちた顔をズームアップし、笑いを必死に堪えながら眺めた。
神様はパチンと指を鳴らした。画面が切り替わり、新たなステージ――別の生存圏の映像が映し出される。
「さて、根幹だけ作って放置したシステムだからさ、次の『ルート』で、一体どんなおもしろ選択肢が生成されるか、それともシステムを起動できずに終わるのか? ボクにも全くわからない。
あとは全部、『アレ』任せだからね。だからこそ、ぜひこれからも頑張って、
精一杯楽しませてもらいたいね」
神様は意地悪く、そして心底楽しそうに口元を歪めた。
「さあ、次はどんな喜劇をみせてくれるのかな?愛すべきプレイヤーたち……!」
神様は意地悪く、そして心底楽しそうに口元を歪め、画面の向こうの二人を指差した。
白い世界に、神の歓喜の残響だけが、いつまでも響き渡っていた。
――第一章・幕間 終