ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
天から目も眩むような光の柱が降り注いだ。
それが唐突に消え去ると、そこには二人の男が立っていた。一人はスーツを着た地味なサラリーマン風の若者、もう一人はシャツを着崩した胡散臭い中年である。
赤城紅一は眩しそうに目を細め、周囲を見回した。
「……え? 一体何が起きたんですか?」
「おおっ!? 見てみろよあんちゃん。さっきまでいたビジネス街の交差点とは、全然違う場所にいるぞ」
青山藍乃介が面白そうに声を上げる。二人の目の前に広がっていたのは、ところどころが崩落し、完全に廃墟と化した見慣れぬ商店街だった。
「どういうことだ……。あの時、OLゾンビが光になって消えて、そのあと私たちは光に包まれて……? 包まれて、どうなったんだっけな?」
赤城が記憶を掘り起こそうと頭を抱える傍らで、青山は呑気に喉を鳴らした。
「おう! とにかく、あの時飲んだ大吟醸は旨かったなぁ!」
「酒の話はいいんですよ! そのあとの話です、そのあと!!」
「あと? えーと……わからん! がはは!」
豪快に笑い飛ばすおっさんを見つめながら、赤城はすっと目を細めた。
(……このクソおやじめ。いつか絶対にギャフンと言わせてやるからな)
心の中でささやかな逆襲を誓いつつ、赤城は小さく溜息をついて頭を切り替えた。
「まぁ、いいです。これもきっとあのクソ神の仕業でしょう。おそらくですが、あの時ゾンビが消えたのが、依頼にあった『なんとかしろ』ってやつの中身ですよ」
赤城はかねてから組み立てていた自身の推測を、青山に披露することにした。
「現状わかっていることをまとめてみました、と言っても青山さんの話をまとめただけですが」
そう言って、赤城はスーツの懐から使い古したメモ帳を取り出した。
「まず、知性を持ったゾンビに接触すると『イベント』というものが発生するんですよね?そこで選択肢?を選ぶと、ゾンビの過去らしき映像が見えたとのこと。おそらくですが、それらから察するに、『彼女たち』としておきますね、これからも遭遇すると思うので、そこで彼女たちの『未練を解消』することが、あのクソ神の言う依頼の完了条件なんだと思うんですが、どうでしょう?」
「ほーん……なるほどねぇ。確かに辻褄は合うな」
「はい。ですので、今後は知性ゾンビを探し出し、その未練を解消する方向で動けばいいかと」
赤城がビシッと話を締めくくると、青山は頼もしく胸を叩いた。
「よっしゃ! 任せろや、がはは!」
「……ええ、お願いします(前回のOL戦はたまたま上手くいっただけだろーが。こっちは何度も肝を冷やしたんだよ)」
青山への尽きない不満は顔に出さず、赤城は愛想笑いで返した。
「んじゃあよぉ、まずはその知性ゾンビってのを血眼になって探すってことでいいんだな?」
「はい。とはいえ、闇雲に歩き回って、走るタイプのスーパーゾンビに見つかったら一貫の終わりですからね。慎重に行きましょう」
「なら、どうするよ?」
「生存者コミュニティ、つまり現地民たちの隠れ家を探すのはどうでしょう?」
「な~るほどな! 確かにあの連中なら、身の安全のために化け物の縄張りを知り尽くしてそうだ。冴えてるなぁ、あんちゃん!」
「では、行きましょうか」
方針が決まり、二人は崩壊したアーケードの奥へと歩き出した。
---
「はいよ。じゃ、俺はあっちのタバコ屋の跡地でも見てくるわ」
青山はひらひらと手を振り、勝手に奥へと歩いていってしまう。
赤城はその後ろ姿を見送りながら、自分は近くにある半壊した書店の店先を調べることにした。生存者が残したメモや、この街の地図でも落ちていれば儲けものだ。
足元に散らばる瓦礫や、雨風でふやけた実用書を退けていく。そのとき、泥にまみれたコンクリートの隙間に、一冊の雑誌が挟まっているのが目に入った。
「これは……」
引き抜いて、表紙の汚れをパッパと手で拭う。
タイトルには、どこか懐かしいフォントで大きく『月刊アイドルトラック』と書かれていた。一部の熱狂的な層に愛読されていた、知る人ぞ知るアイドル専門誌だ。
表紙を飾る、水色の衣装を着た少女たちのまばゆい笑顔。それを見つめているうちに、赤城の胸の奥から、学生時代にすべてを懸けて熱狂していたあの頃の記憶が、濁流のように蘇ってきた。
(……懐かしいな。私も昔は、こういう雑誌を発売日に本屋に並んで買っていたものだ。まさか、ゾンビだらけの世界で再会することになるとはね)
生存者の情報とは何の関係もない、ただのゴミだ。置いていくべきなのは分かっていた。しかし、どうしても赤城はその雑誌をその場に見捨てることができなかった。
彼は、そのボロボロの雑誌をビジネスバッグの中へとそっと滑り込ませた。
「おい、あんちゃん! こっちに来てみろ!」
アーケードの先から、青山の声を潜めた、だが緊迫した呼び声が響いた。
赤城はハッとして、声のした方向へと急ぎ足で向かった。
青山が身を潜めていたのは、完全に閉鎖されたCDショップの建物の陰だった。
「青山さん、何かありましたか? 生存者ですか?」
「いや……生存者じゃねえ。見ろよ、あそこだ」
青山の指さす先──色褪せたシャッターが降りたCDショップの壁面に、一枚の大きなポスターが貼られていた。かつて一世を風靡したであろう、華やかな衣装を身にまとったアイドルグループのポスター。
そして、そのポスターの前に、一人のゾンビが立ち尽くしていた。
衣服の擦り切れ具合からして、元は女子学生だろう。
制服のセーラー服はボロボロに裂け、右の肩口からは青白い骨が覗いている。髪は乱れ、顔の半分は土気色に変色していたが、他のスーパーゾンビのように狂暴に徘徊する様子は一切ない。
ただ、ゆっくりと、ふらふらと、その場にとどまり続けている。
彼女の濁った両眸は、ポスターに描かれたアイドルたちの笑顔に、完全に釘付けになっていた。
二人は見つからないよう、極小の声で話し始める。
「(しかし青山さん、あれだけじゃ知性ゾンビかスーパーゾンビかの区別はつきませんよ?)」
「(実はよ、あんちゃんを呼ぶ前に一回こっちに目を向けたんだよ。でも襲ってこなかった。あんちゃんの推理通りなら、アイツがそうじゃねぇのか?)」
「(無事だったから良かったものの、不用心すぎますよ!)」
「(わりぃわりぃ、次はうまくやるからよ)」
「(ヤレヤレ……)」
まったく反省の色が見えない青山に、赤城はこれ以上の説教は無駄だと悟り、再び女子学生ゾンビの方へ目を向けた。
「(確か、前のエリアの生存者のリーダーが言っていましたね。『こちらの言葉を認識している恐ろしいヤツだ。だが、こちらが手を出さなければ何もしない。それでスーパーゾンビと見分けろ』って……なら、決まりですかね)」
赤城はごくりと唾を飲み込んだ。
間違いない。彼女が、このエリアの『知性ゾンビ』──第二の未練解消の相手だ。
しかし、彼女が何をそんなに熱心に見ているのかを改めて確認した瞬間、赤城の脳内に電撃が走った。
「バ、バカな……!? あれは……伝説の限定解散ライブのポスター!? なぜこんな場所に!!?」
あまりの衝撃に赤城が驚愕した、その時だった。
——テレレーン♪
赤城の脳内に、あまりにも不釣り合いな、レトロな電子音が響き渡った。
直後、世界の色彩が急速に失われていく。
アーケードの隙間から降り注いでいた月光も、風に舞う埃も、すべてが空間に固定され、完全なモノクロームの世界へと変貌した。女子学生ゾンビも、すぐ横のおっさんも、完全に静止している。
そして赤城の視界の前に、半透明のシステムウィンドウが出現した。
【イベント発生】
女子学生ゾンビの頭上に浮かぶ『??』の文字。
続いて、その下に3つの選択肢が出現する。
▶ 【この子はアイドルに興味があるに違いない、アイドル雑誌を渡す】
▶ 【やっぱ、ばっちぃから、捨てる】
▶ 【青山が酒を飲もうとしているのが気になった】
赤城は、最後の一つを見て激しい頭痛を覚えた。
「なんだこれ!!? 一体全体どういう脈絡だ?? ……いや待てよ、そういえば前回、青山さんが言っていたな。『世界が止まって選択肢が出る』って……これのことか!」
彼は初めて直面する謎のシステムに戦慄した。
「しっかし、これは何なんだ、ふざけているのか? 特に一番下は……いや、確かに今のおっさんが何してるかは気になるというか無性に頭にくるが! ……とにかく、これは未練解消なんだから、上を選ばないと話が進まないな」
迷う必要はなかった。
赤城は、上の選択肢をタッチした。
▶ 【この子はアイドルに興味があるに違いない、アイドル雑誌を渡す】
カチリ、と脳内で小気味よい音がした。
次の瞬間、世界に一気に色彩が戻り、静止していた時間が動き出す。
赤城は建物の陰から、意を決して一歩を踏み出した。
「お、おい、あんちゃん!?」
背後からの青山の制止を聞き流し、赤城は真っ直ぐに女子学生ゾンビへと歩み寄る。
気配を察したゾンビが、ガチガチと骨の音を鳴らしながら振り返った。その顔は恐ろしい死者のものだったが、赤城は怯むことなく、バッグから先ほど拾ったボロボロの雑誌を取り出し、大真面目な顔で差し出した。
「どうぞ」
女子学生ゾンビの動きが完全に止まった。
彼女の濁った瞳が、赤城の手にある『月刊アイドルトラック』に落ちる。表紙に踊る、彼女が生前憧れたであろうトップアイドルの笑顔。
彼女は震える手を伸ばし、落とさないように、そっと、大切そうに両手で雑誌を受け取った。そして、愛おしそうに胸に抱きしめると、そのまま夜の闇へと静かに立ち去っていった。
ゾンビは襲ってこなかった。赤城は自身の推測の正しさに、ホッと胸をなでおろした。
頭の中に、冷淡なシステムアナウンスが流れる。
【イベントNo.1『追っかけ』完了】
「ふぅ……」
赤城はその場にへたり込み、大きく息を吐き出した。どうにか上手くいき、最初の選択肢も正解だったらしい。緊張が解けた途端、体中が汗ばんでいることに気が付いた。
背後から、感心したような足取りで青山が歩み寄ってきた。
「いやはや、大したもんだ。いつの間にそんなもん拾ってたんだよ。……で、さっきから見てりゃあさ、あんちゃん。なんでそんなにアイドルに詳しいんだい? あのポスターを見た時もさ、『あれは!』って色めき立ってたよな?」
赤城は少し気まずそうに視線を逸らした。
「……まぁ、特段隠すようなことでもないんですけどね」
「なら言っちまえよ! ほらほら、気になるじゃねえか」
「学生時代、アイドル研究会に所属していたんですよ。あの頃は本当に楽しかった……」
一瞬の沈黙。
アーケードに夜の静寂が満ちた後、青山はパチパチと目を丸くし、それから破顔した。
「ほー! あんちゃんがかい? なんつーか意外だな。てっきりおれぁ、運動部系かと思ってたんだがね」
「あはは、確かに自分でもそう思います。現に走るのとかは今でも好きですからね。でも私は彼女たちがステージに懸ける熱量に魅せられてしまいましてね。そこからはもう、ずるずると沼にはまっていったわけです」
「なるほどねぇ~。じゃあ、あのポスターに対して異常に反応したのはなんでだ?」
「あれは……」
赤城がその熱弁を振るおうとした、まさにその時。
彼の脳裏に、鮮明な光景がフラッシュバックした。
~~~
一人の幼い少女が、画面の向こうで色とりどりの衣装を着て歌っているアイドルを、食い入るように見つめている。
やがて少女はおもちゃのマイクを両手で強く握りしめ、テレビの音に合わせて、小さな声で楽しそうに歌い始めた──。
~~~
ハッと気づくと、赤城は元の薄暗い商店街に立っていた。
「……今のは……」
青山が、いつもより少しだけ真面目なトーンで呟いた。
「あんちゃん、今、見えたのかい?」
「……」
青山の質問には答えず、赤城はゾンビが去っていった暗闇をじっと見つめていた。
胸の奥が、先ほどの光景のせいで妙にザワついている。
「夢、か……」
「ん? 何か言ったか、あんちゃん」
「いえ……。これで私の仮説は完全に証明されました。やはりこれは『未練の解消』です。彼女の未練がどこにあるのか……今後はさらにしっかりと観察して、見極める必要があります」
赤城は立ち上がり、スラックスについたゴミを払った。
その横顔からは先ほどまでの怯えが消え、かつて学生時代に燃やしていた「あの頃の熱」が、彼の身体に静かに灯り始めていた。
「行くかい?」
「はい!」
二人の第二の攻略が、静かに幕を開けた。
つづく