ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
「──つまりあんちゃんは、その白くて綺麗な目を爛々と輝かせながら、この泥だらけのストリートを凝視してるってわけだ」
崩壊したアーケードの隅、日当たりの悪い路地裏で、青山は顔に被せたハンチング帽を少しだけ持ち上げ、愛嬌のある笑みを浮かべた。
「やれやれ。いいですか青山さん、これは元・アイドル研究会としての、極めて真面目な行動分析です。それと、少しは隠れる努力をしてください」
赤城は、手元のメモ帳に素早くペンを走らせながら、ここ数日間にわたる緻密なフィールドワークの成果を青山に開示した。
「いいですか、彼女の行動ルーティンは完璧に固定されています。まず朝、あのCDショップのポスターの前に立ち、30分間じっと見つめる。次に、二つ隣の服飾店のガラス窓を鏡に見立てて、自分の立ち姿を何度も確認している。そして午後になると、商店街の奥にある舞台衣装専門店の前へ移動し、中を寂しそうに覗き込む……。これらが意味するものはひとつしかありません」
赤城はメモ帳をピシャリと叩き、真面目なトーンで告げた。
「彼女の生前の夢は、アイドルとしてステージに立つこと。それも、ただの憧れではなく、本気でそれを目指していた『アイドル志望』だったんです。あの時見えたのは過去、その情熱は死してなお、死してなお、この体に焼き付いている。……つまり、彼女の『未練』はそこにあります」
「そういうもんかい」
青山は深く考える風でもなく、ただ赴くままに言った。
「夢がアイドルなのは分かった。で、どうやってその未練ってやつを解消する? まさか、あのゾンビのお嬢ちゃんを今から本物のオーディションに連れて行くわけにもいかねえだろ? というより、あるのか? こんな世界にオーディションなんてよぉ……」
「そこですよ、青山さん。オーディションは無理でも、私たちができることをすればいい。つまり彼女のための、彼女だけの──『ステージ』を用意するんです」
「なるほど、ステージねぇ。そいつはわかったが、どこからそんなもん持ってくるんだい、あんちゃんは?」
「決まっているでしょう! 作るんですよ! 私たちで!!」
「はっ?」
青山が呆気に取られる。
赤城は真っ直ぐ広場へ視線を向け、一歩踏み出そうとした――その瞬間。
——テレレーン♪
あまりにも不釣り合いな、レトロな電子音が響き渡った。
途端に、世界からすべての音が消え去る。アーケードの屋根から落ちかけていたガラスの破片が空中でピタリと静止し、色彩が急速にモノクロームへと反転していく。
世界が、完全に静止した。
そして赤城の目の前に、半透明のシステムウィンドウが出現した。
【イベント発生】
お馴染みの3つの選択肢が浮かび上がる。
▶ 【ライブを行うためのものに必要なものを、送ってもらう】
▶ 【わざわざこんなメンドイは事をしてられない、別の攻略対象を探しに行く】
▶ 【青山にアイドルを布教するために、様々なグッズを送ってもらう】
赤城は、最後の一つを見て激しい頭痛を覚えた。
「布教するために、はぁ……。やっぱり出ましたか。なんとなく出るんじゃないかと思っていましたが……今は後回しです!」
彼は迷わず、一番上の選択肢をタッチした。
▶ 【ライブを行うためのものに必要なものを、送ってもらう】
ポチッ、と電子音が響いた瞬間、世界に色が濁流のように戻り、時間が再び動き出す。
ドササササササササッ!!!
「おっとぉ!?」
青山が驚いて飛び退いた。
二人の目の前、路地裏の狭い空間に、天から凄まじい量の巨大な木箱やダンボールが、絶妙なバランスを保ちながら降ってきたのだ。ご丁寧に、設営マニュアルまで添えられて。
赤城はすぐに近くに落ちていたバールを手に取り、一番大きな木箱の釘を抜き始めた。
「驚いている暇はありませんよ、青山さん。設営しますよ!」
箱を叩き割ると、中から出てきたのは信じられないほど本格的な舞台物資だった。
煌びやかな衣装素材のロール。頑丈なアルミ製の折りたたみ式ステージの土台。そして、業務用と思われる大型のスピーカーと、簡易的なミキサー、さらには何本もの配線コード。
「おいおいおい、想像よりもスゲーのが来たな。搬入だけでも骨が折れそうだぜ」
「えーと……説明書だと、よし!さあ青山さん、まずはそのステージの骨組みをあっちの広場まで運んでください!」
「やっぱり、俺も頭数かい……。後で一杯奢れよ?」
「この物資搬送が無事に終われば、いくらでも」
「そんときゃ、あんちゃんも一緒に飲むんだからな?」
「わかりましたから、じゃあ始めましょう!」
「おう!」
青山は文句を言いつつも、意外に手際自体は悪くなかった。赤城の的確すぎる指示に加え、資材のパーツごとにどこに配置すればいいのかが色分けされていたことも幸いした。二人は汗だくになりながら、商店街の中央にある小さな広場に、即席の『特設ステージ』を組み上げていった。
「青山さん、そっちのスピーカーの配線が逆です! マニュアルによると、音の定位が狂います」
「へぇ、音が出りゃなんでもいいかと思ったが、そうじゃねぇのか」
「基本です! それから、その衣装素材をあそこのハンガーラックに並べてください! 彼女がいつでも選べるようにするんです!」
「あいよ」
時折、このエリアの主であるゾンビ女学生が近くを徘徊しているからだろうか。遠くからは別のスーパーゾンビの唸り声が聞こえてきても、不思議とこの広場に近づいてくる気配はなかった。
「ところで、あんちゃん。ちーとばっか、聞きてぇことがあんだけどよ」
作業の手を止めずに、青山がかねてからの疑問を口に出した。
「はぁ、はぁ……なん……ですか?」
赤城はスピーカーの位置を微調整しながら、青山の方へと顔を向ける。
「あんちゃんよ、前にポスター見てえらく驚いたときがあったよな? あれ、なんでだい?」
「……あの時ですか。別にたいした理由じゃないですよ。ただ、あのポスターのアイドルは、私が学生時代にアイドルにハマった『原点』なんですよ」
「ほーん……。でもよぉ、それっておかしくねぇか? なんで俺らの世界のアイドルのポスターがここにあるんだよ。ここは違う世界じゃないのか?」
「ああ、それは別におかしくないですよ。だってあの後よく見たら、あれ、全くの『別人』でしたから」
「確証でもあるのかい?」
「はい。私がハマったアイドルはですね……トレードマークとして、左目にだけ特徴的なカラーコンタクトをつけているんですよ」
その程度の違いが別人判定になるとは思いもしない青山は、不思議そうに尋ねた。
「??? それが別人の理由かい? ただの付け忘れとかじゃないのか?」
「トレードマークですよ!! 付け忘れなんかあるわけないじゃないですか!!」
いつの間にか限界まで距離を詰めていた赤城が、目を血走らせて力説してきた。その気迫に、青山は両手を上げて一歩退く。
「わ、悪かったよ。そうだな、トレードマークを忘れちゃいけねぇよな。よし、作業に集中しようかね」
これ以上の追究は危険と判断した青山は、作業を理由にそそくさと会話を打ち切った。
作業を始めてから、およそ数時間。
設営しやすいよう配慮されていたのか、部材は組み立て式で、色分けまで済んでいた。
月が中天に昇る頃、そこには、荒廃したゾンビの世界にはあまりにも不釣り合いな、白く輝くポータブルステージと、巨大なスピーカーシステム、そして美しい衣装が並ぶ、完璧な『舞台裏』が完成していた。
赤城は額の汗を拭い、満足そうにその出来栄えを眺めた。
「……よし。これで、準備は整いました」
「一生分、木箱を開けた気がするぜ……」
青山はステージの端に腰掛け、肩をぜこぜこと揺らしながら、完全にグロッキー状態になっていた。
そんな二人の泥臭い努力を肯定するように、赤城の頭の中に澄んだアナウンスが響き渡る。
イベントNo.2『舞台裏』完了
「終わった、か……」
赤城が呟いた瞬間、またしても世界の景色が、ぐにゃりと水面のように反転した。
~~~
大きな鏡の前で、汗だくになりながら激しく踊る中学生ほどの少女。
開いたドアの隙間から、同情と哀れみの視線を送る同級生たち。
「オーディション、また落ちたんだって?」
少女は不合格の通知書を強く握りしめ、悔しさに唇を噛み締めながらも──鏡に向かって、再び鋭いステップを刻み始める。諦めることなど、最初から選択肢にないかのように。
~~~
「──っ」
意識が現実に戻ったとき、赤城は自分の胸の奥が、痛いほど熱くなっていることに気づいた。
彼は自分のメモ帳を、指が白くなるほど強く握りしめた。
回想の中で、ただひたすらに、誰に見られるでなく踊り続けていた少女の姿が、どうしようもなく胸を締め付ける。
元の世界での自分はどうだっただろうか。
生きるため、出世のため、いつの間にか「現実」という言葉に妥協し、本当に情熱を傾けていたものを「無駄なこと」として切り捨てて生きてきたのではないか。ただ曖昧な理由で「死にたくないから生き返りたい」と望んでいた自分が、少しだけ恥ずかしく思えた。
「青山さん」
赤城の声に、静かだが固い決意が宿る。
「ステージは作りました。次は、彼女をここに招待する番です。彼女の努力が、決して無駄ではなかったと、この世界で見せてやりましょう」
「おうよ、あんちゃん」
青山はニカッと笑い、赤城の肩をバシバシと力強く叩いた。
「いいぜ、とことん付き合ってやるよ。その、お嬢ちゃんの特等席での晴れ舞台ってやつを、見届けてぇからな」
絶望の街に作られた、一夜限りのプライベートステージ。
少女の夢への挑戦が、いよいよ動き出そうとしていた。
つづく