ワールドオブぞんび ~ぞんび世界でオレたちだけギャルゲー!?~ 作:しょーもないおっさん
「……青山さん、そっちのスピーカーの角度、あと五度だけ内側に傾けてください。んー……もう少しこっちの方が、音響のデッドスペースを無くせるかな?
初ライブだから気合を入れないと!準備は入念にはあらゆることの基本!」
「はいよぉ。それにしてもあんちゃん、神様に祈ったら本当に衣装の生地だの音響機材だのが降ってくるなんて、つくづくすげー世界だねぇ。おれぁてっきり、また冷えたビールでも届くのかと期待しちゃったよ」
荒廃した商店街の一角、かつてはお祭りなどで使われていたのであろう古びた広場。
赤城と青山の二人は、額の汗を拭いながら、目の前に完成した『特設会場』を見上げていた。
赤城は、学生時代に情熱を注いでいた『アイドル研究会』の知識をフル回転させ、青山を馬車馬のようにこき使い、数時間をかけて見事な即席ライブステージを設営してみせたのだ。
煌びやかさが足りないと、ベニヤ板の端が少しささくれ立ってはいるが、手作りのバックパネルには、どこからか拾ってきたきらきら光るアルミホイルが綺麗に敷き詰められている。
「いいですか青山さん。私たちは今、一人の少女の魂を救おうとしているんです」
赤城は真剣な面持ちで、スーツの袖をまくり上げながら語る。
「もう一度確認しますよ。おそらくこの世界の攻略条件は、知性ゾンビたちの生前の『未練』を解消し、成仏させること。そして今回のターゲットである彼女の執着の対象は、ポスター、鏡、衣装店……そして何より、このステージです。生前の彼女は、間違いなくアイドルになりたかった。しかしその夢は、なんらかによって無残に引き裂かれてしまった。夢の舞台に立つことすらできずに死んでいった彼女の無念を、私たちがこの手で晴らすんですよ!ってなにしてるんですか!?」
「ん?ああ、ここの壁が寂しく見えてよ~、ちょいとペイントをな……」
「ちょ、ちょっと、これでいいんですよ、いらん装飾はかえってバランスが……?」
いつの間に手に入れたのか、青山はラッカースプレーを持ちステージ後方の壁にイラストを施していた。
「どうだ?中々悪くないだろ?、若ぇ頃に小遣い稼ぎでやってた時期があってな」
「確かに……、不思議とマッチしている、なんで?」
「がはは、それが巧ってやつよ」
「なにが、巧ですか……まったく、あ!でもこれ流れたりしません?」
「ん?、ダイジョーブだろ?、こんだけお天道さんがご機嫌ならよ」
作業を終えたのか缶ビールのプルタブをプシューと開けた。作業の合間にちゃっかり自分の分の酒を混ぜて要求していたらしい。
「ちょっと、神聖なライブ会場の裏方で酒を飲まないでください! アルコール臭が……!」
赤城がツッコミを入れた、その時だった。
ガサリ、と商店街の壊れた看板の影が大きく揺れた。
「――ッ、来ました!」
赤城が息を呑み、青山の背中の後ろへと身を隠すようにしながら前方を見据えた。
路地の薄暗がりから現れたのは、ボロボロのセーラー服を身にまとった知性ゾンビの少女だった。
彼女の身体はあちこちが損壊し、肌は青白い。衣服の隙間から覗く肌には痛々しい傷跡があり、お世辞にも「可愛い女の子」と呼べる状態ではない。
しかし――その虚ろな瞳が、自分たちの作り上げた手作りのステージを捉えた瞬間、彼女の身体が明らかに小さく震えた。
彼女は、おぼつかない足取りでありながらも、どこかリズムを刻むような奇妙なステップで歩みを進めた。それは赤城が以前、ボロボロの雑誌やポスターのポーズから推測した「アイドルとしての歩き方」そのものだった。
一段、また一段と、ベニヤ板で作られた即席の階段を上っていく。
きしむ音を立てながら、彼女はステージの中央へと文字通り「登壇」した。
「見てください、青山さん」
赤城は興奮を抑えきれない声で、しかし音を立てないように囁いた。
「彼女は言葉を発することはできません。ですが、あの立ち姿、あの手の位置……音の出ないマイクを両手で握り締めるようなあの仕草! 間違いなく、生前彼女が焦がれ続けた『お披露目』の瞬間を、今この場所で再現しようとしているんです。これこそが物語の核心、イベントの発生条件です!」
ステージの上の少女は、誰もいない、荒れ果てた商店街の空間をまっすぐに見つめていた。
その瞳には、かつて彼女が見たかったであろう「何か」が映っているかのようだった。
その瞬間、世界のすべてがその動きを止めた。
——テレレーン♪
赤城の脳内に直接響き渡る、あのチープで、レトロな電子音が響き渡った。
同時に、視界から一切の色彩が鮮やかに失われ、世界が完全なモノクロームの静寂に包まれる。
風に舞い上がっていた埃も、青山の口から溢れ出ようとしていたビールの泡も、すべてがその場でピタリと静止した。
「くっ、やはり来たか……!」
赤城はこの「システム」の介入に身構えた。これで通算3度目だが何度経験しても、この現実がゲームのような、ルールに上書きされる感覚には慣れない。
ゾンビの少女もまた、ステージの上で完全に静止している。
そして、赤城の目の前の空間に、半透明のシステムウィンドウと、大きな3つの文字が浮かび上がった。
【イベント発生】
▶ ライブには見てもらう人がいるので、観客席を用意する
▶ ここまで、頑張ったからこれでいいさと、ステージだけで満足する
▶ ここまで来たら、もはや自分が”P(プロデューサー)”だな、名刺を用意し始めた
「……ふっ、簡単な問題だ」
赤城は、実際には眼鏡などかけていないが、眼鏡の位置を直す仕草をしながら、不敵な笑みを浮かべ持論を述べた。
「これだからシステム側の意図は透けて見える。基本的には王道を行けば間違いがないんです。いいですか、ステージだけがあっても、それを見るファンがいなければアイドルは成立しない。彼女の『アイドルとしてみんなに歌を届けたい』という未練を綺麗に解消し、満足して成仏させてあげるためには、当然、それを受け止める客席が必要不可欠だ」
赤城の頭脳は肉体的に疲れとアイドルライブが生で見れることの2つにより変なテンションが入ってしまい、脳汁が出まくり絶好調といわんばかりにフル回転していた。
二番目の『ステージだけで満足する』などは論外だ。そんな妥協をしたところで、彼女の胸にある熱い未練が解消されるはずがない。
「そして三番目の選択肢……『名刺を用意し始めた』だと?」
赤城は額に青筋を浮かべた。
「ふざけるな。これは私の過去の経歴――学生時代にアイドル研究会でプロデューサー気取りの評論をしていたという黒歴史を、システムがわざわざ思考盗聴して提示してきた悪質な嫌がらせに決まっている! こんなゾンビ世界で誰と名刺交換を始めるというんだ!いないじゃないか!!」
赤城は、己の『未練解消理論』を確信し、一番上の選択肢をタッチした。
▶ ライブには見てもらう人がいるので、観客席を用意する
――カチリ。
頭の中で、ポチッ、と電子音がした。
次の瞬間、世界に濁流のように色彩が戻り、止まっていた時間が再び猛烈に動き出す。
「おわっとおっ!? なんだ、なんだぁ、気づいたらいきなり、俺たちの後ろにパイプ椅子がズラッと出現したぞ!?」
青山の驚愕の声が響いた。
彼が持っていた缶ビールから泡がボタボタと滴り落ちる。
いつの間にか、自分たちが立っていたステージの手前のスペースに、整然と並んだ十数脚の折りたたみ式パイプ椅子――見事な陳列の「観客席」が突如として出現していたのだ。
「これですか、青山さん、私の選択の結果です!」
赤城は誇らしげに胸を張った。
ステージの上の女子学生ゾンビは、突如として目の前に現れたパイプ椅子の群れ――「観客席」を一瞥し一瞬体を震わせた。
彼女は、音の出ないマイクを両手でさらに強く握り締めた。
そして、まだ誰も座っていない、がらんとした客席に向かって、全力で、生前何度も何度も練習したのであろう鮮やかなステップを踏み始めた。
言葉は聞こえない。歌声も響かない。しかし、彼女の全身から放たれる熱量は、確かにそこに「音楽」が存在していることを証明していた。
視界の端に、静かに文字が浮かび上がる。
【イベントNo.3『お披露目』完了】
「よし!」
赤城が確信した、その直後だった。
赤城の目の前がその時、鮮明な光景をフラッシュバックした。
~~~
――少し古びた区民会館っぽい場所だった。
手作りの看板には『新人アイドルお披露目公演』と書かれている。
薄暗い照明がパチパチと頼りなく明滅する小さなステージの上で、一人の少女が、懸命にマイクを握り、歌い、踊っていた。
しかし、そのステージの前に広がる客席の景色は――あまりにも寂しいものだった。
そこに座っているのは、わずかな人数だけ。
熱狂的な歓声などない。地響きのようなコールもない。ただ、パラパラと、静かで、小さな拍手が響いているだけだった。
少女は、その数少ない観客一人ひとりの目をまっすぐに見つめながら、心からの満面の笑顔で、最後まで全力で歌いきっていた。
~~~
「はっ……!」
赤城は激しく息を吐きながら、現実の世界へと意識を引き戻された。
目の前では、セーラー服の女子学生ゾンビが、相変わらず音のない世界で健気に、しかし確実にダンスを踊り続けている。
赤城は額にじっとりと浮かんだ冷や汗を拭いながら、自分の推理をさらに補強し、組み立て直した。
「今のはやはり回想で間違いない……なるほど。生前の彼女の、売れなかった時代の記憶……。あんなに寂しいステージしか経験できなかったからこそ、彼女の中に強い『未練』が残ったんだ。もっとちゃんとしたステージで、もっと多くの人に……」
「おい、あんちゃん。さっきから急に黙り込んじまって、どうかしたかい?」
青山がビールの缶を片手に、不思議そうに顔を覗き込んできた。
「……いえ、何でもありません。イベントは無事に完了しました。あとは彼女のこのステージを、最後まで見届けるだけです」
ステージの上の少女のダンスは、いよいよ終盤へと差し掛かろうとしていた。
つづく