「ねえカセン。君の名前、ようやくわかったよ」
無機質なカルデアのマイルーム。そのベッドに腰掛けている彼女__藤丸立香は、手の中にある大ぶりな十字架を見つめて、誰にともなく語りかけた。
それは、人理修復の旅の始まりにロマニから手渡された魔力補助の魔術礼装。銀細工の中央には、深く鮮烈な赤色の宝石と、穏やかな灰青色の宝石が嵌め込まれている。
「〈そうらしいね。どうやら僕の運も、ここまでだったみたいだ〉」
立香の脳裏に、声が響いた。
淡々としていて、中性的で男とも女ともつかない声音。本来なら何者かが脳内に語りかけてくるなど怪現象以外の何物でもないが、立香の表情に怯えはなかった。
「へへ。まあ、知っちゃったのは偶然だったし……本当はもっと、カセンの口からちゃんと明かしてほしかったんだけどな。でも、流石にそろそろ、君のことを知りたくなっちゃったからさ」
立香はこの人類を救う旅にて、彼とはもう十分に絆を育んでいた。
だからこそ、何も驚かない。ただ、これまでずっと隠されていた彼の名前を、真っ直ぐに呼ぶ。
「__ウィリアム。リチャードや、ジョンのお兄さん。これが、君の本当の名前なんだね」
立香がその名を明確に言い切った、次の瞬間だった。
ドアは閉じられているはずの室内に、ふわりとそよ風が吹き抜ける。
手の中の十字架から柔らかな光が溢れ出した。光の粒子はやがて一人の少年の形を編み成していく。
薄い金髪に、一筋だけ混じる鮮烈な赤のメッシュ。それを耳元の小さな三つ編みに編み込んだ、立香と同い年ほどの少年。その灰色の瞳は、何も映していないかのように穏やかで、酷く凪いでいた。
「その通りだ。……改めて挨拶をしようか。
僕こそはウィリアム。生まれた時からポワティエ伯の位を戴き、次代のイングランド王になることを望まれ、そして__人理そのものに排された、無名の王子さ」
彼の名はウィリアム。
後の世に獅子心王と謳われるリチャード1世や、欠地王と呼ばれるジョンの兄。
史実においてはわずか3歳で夭逝したと記録され、本来生きていたならばイングランド王として国を戴くはずだった、不運の第一王子。
しかし、この世界では違う。
これは、獅子心王の選定の剣として弟の傍にあり続け、兄として生きた者の話。
もしくは、弟に特大の感情を芽生えさせ、挙句それを顧みる様子もなく好き勝手に生きる情緒が人でなしな兄と、そんな兄に対して想いを寄せ、明るさと不穏さを同居させる様子のおかしい弟の織り成す家族愛(?)の物語である。