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今回は短いです。
「……その、君が欲しいものというのは?」
ロマニ・アーキマンは慎重に問いかけた。
カルデア側にとって、先程の少年の提案は大胆で、同時に無視できない魅力を持っているからだ。
特異点内部の情報。
それはこれまで幾度となく彼らを苦しめてきた“未知”そのものだ。敵サーヴァントの構成、聖杯の所在、異常の性質。どれか一つでも事前に把握できていれば、大きなアドバンテージになることは確実である。
まだ特異点は三つ残っている。
しかも魔術王の出現という最悪の事態を経た後だ。これから先の道のりが、これまで以上に熾烈なものになることは疑いようがない。
誰もが理解していた。
この場の判断一つで、カルデアの未来が変わり得ることを。
たった一つの決断が、人類最後の希望に新たな追い風をもたらすか、あるいは致命的な穴を開けるか__その分岐点に、彼らは立っている。
だからこそ、誰も軽々しく言葉を発することができなかった。
静寂の中、少年__カセンは、いつもと変わらぬ調子で口を開いた。
「簡単なことだよ。僕が欲しいのは魔力だけ」
あまりにもあっさりとした答えだった。
「特異点の情報を渡す。その対価として、魔力を分けてほしい」
「……その対価はどの程度のものだ?」
エミヤが鋭く問う。
「それは君達が決めてくれていい。僕の提示する情報に見合うと思った分だけで構わないよ」
「……報酬の裁量をこちらに委ね、更には後払いだと?」
「うん。そっちの方が君達には安心でしょ?」
まるで当然のことのように言い切る。
そのあまりにも大きな譲歩に、場の空気がわずかに変わった。
条件が良すぎる。
それは取引というよりも、むしろ“用意された答え”に近い。
だからこそ、誰もそれをそのまま受け取ることができなかった。
「……妙だな」
エミヤの声が低く落ちる。
「うまい話が過ぎる。君にとってのメリットが薄すぎるだろう。何故そこまで譲歩する?」
「そうだよ」
ロマニも続く。
「これでは、こちら側に有利すぎだ。何を企んでいるんだい? 君を信用できる材料が何一つない」
その追及に、カセンは特に驚いた様子もなく、小さく頷いた。
「別に企んでなんかいないよ。それに、今は信じられなくても構わない」
「……何?」
「この時代で言うと……サブスクリプションの無料トライアル的なものだとでも考えてくれればいいかな。要はお試しってやつだ」
軽口のようでいて、その声音には一切の揺らぎがなかった。
拒絶される可能性すら、最初から織り込み済みであるかのように。
カセンは凪いだ灰色の瞳で、静かにカルデアの面々を見つめる。
「僕が本当に役に立つのか、この取引に価値があるのか。それは僕が情報を渡して、その結果を見てから判断してくれればいい。信用なんて、そうすぐに手に入るものじゃないしね。だから、今の時点で僕を信用する必要はない。僕に価値があるかどうかだけを評価してくれ」
そして、ほんの少しだけ間を置いて。
「それに、取引を提案している側が譲歩するのは当然だろう? その上僕には信用がないからね。これは僕なりのサービスなんだ」
誰も言葉を返せなかった。
あまりにも割り切っている。
だが同時に、その在り方は奇妙な説得力を帯びていた。
彼は信用を求めていない。
ただ、価値だけを提示している。
ダ・ヴィンチが楽しそうに小さく笑った。
「ふふ。交渉の仕方はちゃんと分かってるみたいじゃないか」
腕を組み、軽く顎を引く。
「自分の目的を明かしている、自分の価値を提示している、自身のリスクを受け入れている、相手に明確なメリットを提示し、譲歩案まで用意している。……なるほどね」
ロマニの背中を軽く叩く。
「“信用できる人物”かどうかは別として、少なくとも“交渉相手としては筋を通している”よ。話の通じない相手ではないみたいだね、ロマニ?」
その一言で、場の均衡がわずかに崩れた。
拒絶に傾いていた針先が、検討へと向かう。
「うぐぐ……」
ロマニは頭を抱え、胃のあたりを押さえて深くため息を吐いた。
排除するのは簡単だ。
だが、それは同時にこの情報を失うことを意味する。
そしてカルデアには、未知を切り捨てられるほどの余裕はなかった。
「……分かったよ。だけどもう一つ聞かせてくれ」
「どうぞ」
「その魔力を、何に使うんだ?」
カセンは隠す様子もなく、あっさりと答えた。
「身体を作るためだよ」
「身体?」
「うん。仕組みとしてはサーヴァントに近いかな。核を用意して、それを仮初の肉体で覆うことで作れる。この過程には膨大な魔力が必要になるんだ。維持するとなれば更にね。だから、こうして集めてるのさ」
「……そして、その身体で弟のもとへ向かうと?」
「そういうこと」
少なくとも、話の筋は通っている。
そして何より__その説明に、嘘の歪みは感じられなかった。
再び沈黙が落ちる。
今度のそれは、警戒ではなく、判断のための沈黙だった。
その間は数秒。
だが、それがやけに長く感じられた。
そして。
「……いいだろう」
ロマニが覚悟を決めた顔で口を開いた。
「君を全面的に信用したわけじゃない。監視もつけさせてもらうし、処遇もこちらで決めさせてもらう。だが……その上でなら、取引を受けよう」
マシュがわずかに肩を強張らせる。
エミヤは最後まで警戒を解かなかったが、否定もしなかった。
それが、この場の総意だった。
「ありがとう。なら、これで交渉成立だ」
カセンは満足そうに小さく頷く。
カルデアは彼を信用したわけではない。
それは信頼ではなく、“利用価値に対する暫定的な評価”に過ぎない。
だが。
彼は疑わしき不審者から、監視下でなら利用可能な協力者へと位置付け直された。
これは賭けではない。
試すだけの価値がある。
こうして、正体不明の少年はカルデアの中に居場所を得たのだった。
…………
そうして、張り詰めていた空気がようやく緩みかけたその時のこと。
「そういえば、一つ聞きたいのだけれど」
黙って成り行きを見ていたメディアが、ふと思い出したように口を開く。
「あなたを閉じ込めていたあの魔術礼装__《黄昏》の箱の方はどうしたの? あれがあったなら、わざわざカルデアで魔力を集めるなんて回りくどいことをしなくても済んだでしょう」
魔術礼装《黄昏》は、封印を司る本体と、それを解呪・解放するための“箱”の二つで対をなす。
故にメディアの疑問は当然のものであり、カセンはそれに対して「ああ……それね」と、今までと同じようにのんびりと答えた。
「え~と……弟が燃やして捨てちゃった」
__沈黙。
冗談ではないと理解した瞬間、空気の温度がわずかに下がった。
「………………は?」
会議室の時が止まった。
ロマニの思考が停止し、エミヤの眉が限界まで寄り、ダ・ヴィンチの笑みが引きつる。
「待って」
ロマニが引きつった声で割り込む。
「今なんて?」
「だから、弟が燃やしちゃった」
その内容が、あまりにも簡潔では済まないにも関わらず、カセンはもう一度何事もないように答える。
「も、燃やしたって……どういうことだい!? 君を解放するための重要な道具だろう!?」
「うん。まず僕が《黄昏》に封印されたのは弟が原因なんだけど」
「待って、一言目から大問題な発言だぞぅ!?」
「それでね、その礼装にはそこのキャスターが言った通り、閉じ込めた僕を外に出すための箱があったんだよ。でも、弟は僕を出す気が毛頭なかったらしくてさ」
カセンはロマニのやかましいツッコミを無視して、どこまでも平然と首を傾げながら言葉を続けた。
「そのままずっと閉じ込めるのに、解放するための箱なんて必要がないから消してしまおう……みたいな? で、火を付けて捨てちゃったんだよね」
「「「「………………」」」」
先程の尋問などとは別の意味で静まり返る会議室。
絶句するカルデアの面々を余所に、カセンは思い出すようにぽつりと付け足した。
「まあ、あいつ僕に対してはなんか凄いから……」
「……待ってくれ」
ロマニがこめかみを両手で押さえ、震える声で尋ねる。
「君の弟……一体何者なんだい……!?」
「僕のかわいい弟かな」
「そういう意味を聞いてるんじゃない!!」
「うーん……ちょっと、僕に対して重いかも?」
「ちょっとどころの話ではないと思うんだけど!!? 実の兄を礼装に封印して脱出道具を焼却処分してるんだよ!? ヤバいなんてレベルを超えてるよ!!!」
悲鳴のようなロマニのツッコミが響き渡る。
当の被害者であるはずのカセンは、「うーん。まあでも」とどこ吹く風で言葉を重ねた。
「有能ではあるし、普段は結構頼りになるからさ。カルデアに召喚されたら君達の役にも立つと思うよ?」
「役に立つかどうかより、懸念点の方が遥かに巨大すぎるよね!?」
「大丈夫。弟は僕が関わらなければ、基本的に言うことを聞いてくれるはず。……多分、ある程度は」
「不安でしかないんだが!?!?!?」
頭を抱えて崩れ落ちそうになるロマニ。エミヤは無言で深々と額に手を当て、ダ・ヴィンチは「いやあ、これはちょっと面倒な話になりそうだねぇ……」と若干冷や汗交じりに苦笑いを浮かべている。
正体不明の危険人物だと思っていた少年。
しかしその実態は、本人もさることながら、その背後に「兄を永遠に封印しておくレベルで執着してくる弟」という、とんでもない爆弾を抱えた厄ネタそのものだった。
もしカルデアでその弟まで喚ばれたら、カセンとの生活は間違いなく一筋縄ではいかない__
尋問での緊張感が一気に吹き飛んだ会議室で、カルデアの面々はこれから訪れるであろう苦労を予感し、遠い目をするのだった。
しかしカルデアはまだ知らない。
彼の言う「弟」が。
そんな自分たちの想像を遥かに上回る厄介な存在であることを。
本日の兄弟の様子
リチャード「兄上、それはなんだ?」
ウィリアム「これ? チャトランガ……いや、チェスかな。この前“視た”やつで面白そうだったから作ったんだ。盤上の駒を動かして勝負する遊戯だね」
リチャード「凄いな! 兄上は物作りにも秀でていたのか! ところでこれは俺もやってみてもいいだろうか!」
ウィリアム「いいよ。というかこれ戦略みたいなものだし、お前のために用意したみたいなものさ。ルールは教えてあげるから、その後やってみよう」
リチャード「ああ! 楽しみだな!!!」
仲良くゲームしてる