今回は短いです。
プロットばかりが膨らんで本編が疎かになりそうでした…自省します。
減速してはいますが、のんびり完結させる予定なので、気長にお待ちいただけると幸いです。
カルデアの謎の潜伏者への尋問、ならびに取り引きという一悶着を経て、更に第五特異点も修復完了した頃。
ダ・ヴィンチちゃんの工房にて、モナリザの姿をした万能の天才が作業をする中、優雅に紅茶の香りを漂わせて本を読む少年が一人。
紙にペンを走らせる音。工具が小さくぶつかり合う音。そして時折、カップの縁がソーサーに触れる澄んだ音が、静かな工房に心地よく響いていた。
「それにしても、君って案外すぐ馴染んじゃったねえ」
不意に、作業台に向かっていたダ・ヴィンチちゃんの澄んだ声が響いた。
「そうかな?」
カセンは本から視線を外し、小さく首を傾げる。彼はカルデアへ来てからまだ一ヶ月も経っていないが、本人としては特別何かをした覚えはない。ただ決められた場所で本を読み、頼まれたことをしているだけだ。いや、何もしていないからこそ馴染んだと言えるのだろうか、と結論づける。
「そうとも。最初は工房に何を持ち込むかで、キャスター陣がちょっとした会議になったんだからね。君のロザリオをどう管理するか、どこまで自由を認めるか。術式もいくつか用意することになったし……いやあ、大変だったよ」
「へえ。それは知らなかった」
「そりゃあ君はされる側だからね。ま、でも今じゃ私の助手(仮)みたいなものさ! 紅茶もコーヒーもどちらも美味しいし、ず〜っと居てくれてもいいんだよ?」
「それは流石にないかな。ここは楽しいけど、弟の所には行かなきゃだから」
「おや、フラれちゃった。相変わらず弟思いだねえ」
先程の発言はジョークだったのだろう。モナリザの姿の彼女__カセンはいまだにそう呼んでいいものか少し迷うのだが、彼女はカセンの答えにくすくすと楽しそうに笑う。
「そういえば、今日のお茶は何にしたの?」
「アッサムだよ。この間藤丸から貰ったんだ」
「へえ、紅茶の王道じゃないか。私にも淹れてくれたりしないかな?」
「あとでね。今は手が離せないでしょ」
「あー、手が離せない。うん、確かに離せないなあ」
そう言いつつも、彼女の手は器用に部品を組み立て続けている。カセンはそんな彼女を横目に、紅茶をもう一口。
工房での生活は、彼にとって思いのほか快適だった。与えられた行動範囲は狭く、監視も厳しい。だが元々外を出歩きたい性格でもない。だからむしろ、工房という場所は彼にとって存外居心地の良い空間だった。
「それにしても、君がここまで大人しくしてくれるとは私も思っていなかったんだけどね」
「そうなの? 僕からすれば、これだけ色々なものを見せてもらえている時点で十分だよ。むしろ好待遇なくらいだ」
「ふふ、好評で嬉しいな! ……今なら分かるけど、君が最初に工房に来たときって結構はしゃいでたよね」
「そうだったかな?」
疑問が湧きながらも紅茶を口元へ運んだカセンは、工房へ来た日のことを見返してみた。
…………
「さて、ここが君の居住スペースになる場所だよ!」
両手を広げ、ダ・ヴィンチが得意げに告げる。
そこは一言で言えば、秩序ある混沌だった。
見たこともない機械類に、魔術礼装。壁のボードに広がる設計図たち。用途の分からない素材の数々に、工具や試作品もある。そしてそれらは工房内で多様さを見せつつも整理整頓されていて、清潔さを保っている。
「すごいね」
素直な感想だった。
千里眼によって、この工房の様子を過去に視たことはある。だが、それと実際にこの場へ足を踏み入れることはまるで別物だ。
過去の光景だけを視ていたところで、そこに込められた発想や、どういう目的で作られたのかという製作者の思考までは分からない。
だからこそ、こうして足を踏み入れて、積み上げられたもの全てを間近で見れるのは新鮮だった。
「おや、思っていたより反応が薄いね?」
「こんななりでもかなり驚いてはいるよ。特にこれとかさ」
「ちょっと触っていい?」と許可を得て、机の上に置かれていた物品の一つを眺める。
「部品が組み合わさって、一つの完成品になる。その過程は過去に視ていたけど、実際に見ると本当に綺麗だ」
「おお、分かってくれるかい!」
ダ・ヴィンチの表情が一気に明るくなる。
「発明っていうのはね、完成品だけじゃないんだ。発想して、設計して、試行錯誤して、ようやく形になる。そこに至るまでの全部が芸術なのさ!」
「うん。その通りだと思う」
彼にとって、千里眼で見る過去とは単なる情報の集積に過ぎない。だが、実物には重さがあり、温度があり、触れた時の感触がある。
それは、どれだけ過去を見通せる眼を持っていたとしても得られないものだった。
「そうだ、こっちの棚は何? 慎重に取り扱っているのを視たけど、危険物?」
興味を惹かれた別の一角を指差す。ずらりと並んだ小瓶や、色とりどりの結晶らしきものが目に入った。
「ああ、うん。君の予想の通り、危険物だ。そこの青いやつとか、うっかりすると工房が半分は凍るかな!」
「へえ。そんなもの置いてていいの?」
「私はその道のプロだよ? 扱いも完璧にしているから、万が一は……そうそうないとも!」
「無いとは言い切らないんだ……まあ、僕は見るだけにしておくよ」
「うんうん、賢明な判断だね」
ダ・ヴィンチちゃんは満足げに頷くと、今度は逆にカセンの方へずいと顔を寄せてきた。
「ところで、君の方はどうなんだい? さっきも視てたって言ってたけど、千里眼ってそんなに詳しく見えるのかい?」
「うん、視れるよ。人が作業してる過程とか、どこになにを置いているかとか……でも、やっぱり実物を見るほうが好きだな」
「へえ。それまた何故?」
「動きだけ視ても意味を掴むのは難しいからね。何を考えて、何のために手を動かしてるのかまでは、本人に聞かなくちゃわからない。そして本人に聞くには、その場にいないとできないだろう?」
「それはそうだ。なら、これはカセンくんにとって貴重で素晴らしいことに違いないね!」
「うん。その通りだよ」
「よし、ならこの調子で色々案内してあげよう……と言いたいところだが、その前にルール説明だ」
ダ・ヴィンチちゃんは人差し指を立てる。
「まず一つ。工房から出る時は必ず私に伝えること。君も知っての通り、まだ信用はゼロに近いからね。無断で出ていかれると困るんだ。まあ、先程からの君に限っては、自発的に外へ行くことはそうない気がするけど」
「そうだね。あんまり機会はないかも」
「二つ目。魔術礼装や素材に触る時はさっきみたいに必ず一声かけること。危険な物は少ないけれど、万が一というものがあるからね!」
「肝に銘じておくよ」
「三つ目。ロザリオはこちらで管理する。もちろん定期的な魔力測定も行うよ」
「うん、構わない」
「最後に、もし何の前触れもなく大きな魔力の増減があれば、拘束と尋問が待っている。そのつもりでよろしく!」
「妥当だね」
「あっさりしてるなあ。もうちょっと怖がってくれてもいいんだよ?」
にんまりと笑うダ・ヴィンチちゃんに、カセンは肩を竦めた。なにせ怖がる必要なんてない。そもそも、彼は提案する側だった。信用のない相手にこれだけの配慮をしてもらっているのだ。むしろこれくらいの制約があるのは当然と言える。
「どうだい? 不満はあるかな?」
「ないよ。なんなら思っていたよりずっと自由だ」
「それなら良かった。これからよろしく頼むよ、カセンくん」
「うん、こちらこそよろしく。ダ・ヴィンチちゃん」
こうして、カルデアの謎の潜伏者――否、カルデアの外部協力者カセンは、万能の天才の工房へと居候することになったのである。
…………
「__と、まあそんな感じだったね」
回想を終えたカセンが紅茶を飲み干すと、ダ・ヴィンチちゃんはドライバーを片手に振り返った。
「懐かしいなあ。あの頃はまだ、君がどこまで信用できるか手探りだったよ」
「今も割とそうでしょ」
「まあね! でも、触ってはいけない物を一度も触ってないだけで、私の中での評価はだいぶ上がったよ」
「それ基準低すぎない?」
「触るなと言われると逆に触りたくなる輩もいるのさ。その点、君はしっかりしてる」
彼女はけらけらと笑いながら、再び作業へと戻っていく。
工具の音、紙をめくる音、そしてカップがソーサーに触れる音。 一ヶ月前と変わらないようで、少しだけ空気が緩んだ工房の中で、今日もまた穏やかな時間が過ぎていった。
本日の兄弟の様子
ウィリアム「リチャード、ポケットできたよ。飲める?」
リチャード「あ、ありがとうございます兄上……自分で飲めます…」
ウィリアム「流石にこの時期に川に飛び込むのはダメだったね。しかも理由が落とし物って。お前今いくつだっけ?」
リチャード「反省しております……でも、せっかく兄上からもらったハンカチが……」
ウィリアム「はいはい。今度は落とさないような物あげるよ。とりあえずこれ飲んだら寝ようね」
リチャード「はい……」
ほのぼのしてる