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今回は難産…圧倒的難産……しかも文章がやたらと長くなりました。おかしいな…これは本筋ではないというのに…
場所はカルデア、会議室。
その部屋は大抵は管制室にて会議などを行うために、重要そうな名前とは裏腹に普段はあまり使われていない。しかし今回はその重要度の薄さが役に立ったようだ。部屋の中央では幾重にも重なった魔術陣が青白く輝いていた。床一面に刻まれた複雑な紋様はゆっくりと回転し、魔力の流れに合わせて淡い光を明滅させている。
その術式を維持しているのは、キャスターのサーヴァント、メディア。神代の魔術師だ。大昔に視た記憶がある。ちなみに言うと僕は割と彼女のファンだ。彼女の書く術式はとても綺麗で、書いている過程を数えるほどしか視ることはできなかったが、随分と魅入っていたと思う。こんな状況でなければサインとか欲しかったものだ。こんな状況でなければ。
そんな彼女を中心に、ロマニ・アーキマン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、マシュ・キリエライト、エミヤ、ゲオルギウス。一部を除き僕が視たこともある大物ばかりだ。やっぱりカルデアって面白い。…それはさておき、彼らの他には、僕の近くで藤丸が小さく肩を縮こませていた。
仮にも人類最後のマスターである藤丸と不審者の僕を隣り合わせにして大丈夫なんだろうか。いや、そもそも藤丸がこうして怒られている原因の九割は僕だけども。
まあよほど拘束することには自信があるんだろうな、と目の前の英霊達を見て自分を納得させ、ただ大人しくすることにしていた。
「それで? もう一度聞くけれど、貴方の答えは変わらないのね?」
静かな声が部屋へ響く。
僕ことカセン__もといウィリアム。ただ今尋問中である。前回のフラグ回収をしてしまったのだ。やっぱり調子に乗っちゃダメだね。
ちなみに先程言った通り藤丸もセットだ。
僕が夢のことをあらかた忘れさせていたとは言え、彼女が自分の意思で周囲に報告しなかったのは事実だからね。その罰としては当然なのだろう。でも、少しは申し訳ないかも?
「そうだね。僕はずっと前からあのロザリオの中にいた。そして弟のもとへ行きたいから、そのために必要な魔力を集めるために、こっそりカルデアの魔力を吸い上げてた。藤丸の夢へ行ってたのは、ただのお節介さ。頑張り屋な子を見てると応援したくなるんだよね」
簡単なことだからすぐに答える。
けれども。
「……」
「……」
誰一人として「なるほど」とは頷かない。
まあ、そりゃそうだろう。“数年間、正体不明の存在がカルデアの魔力を盗んでいました。理由は弟のためです。しかもただの気まぐれで人類最後のマスターに夢で接触していました”…カルデアがそんな説明をされて、すぐに納得できる組織であるなら、人理はとうの昔に灰になっていたに違いない。
ただし、僕としては素直に話しているつもりなのだ。隠していることはあるけれども、それだって身バレ防止のためであって、別に企みがある訳ではない。しかもそれ以外はちゃんと答えるつもりでいるし、嘘はつかないようにしている。
「一度、情報を整理しよう」
オレンジ髪のロマニと呼ばれる人が、顔を上げてバインダーから僕へ視線を移す。
「君は数百年前に魔術礼装《黄昏》へ封じられた人物であること」
「うん」
「カルデアの魔力を無断で吸収していた理由は、弟のもとへ戻るため」
「そう」
「そして、藤丸くんへ夢で接触していたのは善意によるものだった、と」
「善意っていうよりは、お節介かな」
僕が言い直すと、ロマニは指先でこめかみを軽く押さえた。うっすらと隈がある。元は医療担当だったのに今は所長代理という重責の掛かる任をやってるらしいから、苦労は絶えないんだろう。その苦労の一端を担う者がどの口でという話かもしれないが。
「……ここまではいい」
よくないんだろうなぁと察せる。だって見るからに言葉と表情が合っていなかった。眉間にしわが寄ったままだし、目元や口元が引きつっている。
「問題は、君の言う弟だ。君が数百年前の人物であるなら、その弟はもう既に亡くなっているはずだろう」
「そうだね」
「なら、君は誰のところへ帰るつもりなんだい?」
少しだけ考える。
正確に答えるなら、きっと今も嬉々として轟々と燃やされているだろうリチャードのいる煉獄…もとい英霊の座である。だが馬鹿正直に言った所で彼らは混乱するだけだし、僕の身バレにも繋がりそうだ。なのではぐらかすことを選んだ。
「弟の遺体の所かな」
「……遺体?」
「そう。弟は僕と違って有名人だからね。遺物として遺体が残されているんだ。だからせめて、その傍で眠れたらいいなって」
嘘ではない。
当初の目的は本当にそうだった。
ただその後に眼で幾つかの可能性を視た結果、英霊の座に直接行けるのでは?という結論になり、ちょっと行き先が教会から座に変更されただけのことである。
結構違う? そういうツッコミはこの際なしにしてほしい。「
それに弟との約束を守れなかったお詫びなんだから、それくらい大胆なことをしなければ兄として示しがつかない。それに弟もきっと喜ぶことだろう。たとえ煉獄にて焼かれて真っ黒くて厳ついライオン丸になっていたとしても、僕の可愛い弟であるリチャードはにっこり満面の笑みで喜んでくれるだろう。うん、なんならしっぽを振って犬のように喜ぶ場面まで想像できる。
ちなみに「お約束」と「約束」は別にかけていない。狙ったワケじゃないからね? 本当だよ?
「随分と余裕そうね」
呑気にしてたらメディアが目敏く見咎め、一歩前へ出る。
僕を見るその瞳は、形容するなら取調室にて容疑者を問い詰める刑事のそれだった。
「私たちが、今ここで貴方を危険因子として処分するとは思わないのかしら」
「別に構わないよ」
「……」
「僕には目的はあるけど、それが途中で終わったなら、それまでだし」
部屋が静かになるが、構わず続ける。
「勘違いしないでほしいんだけど、自暴自棄ってわけじゃないよ」
「じゃあ何だというの」
「僕自身が、こういう奴なんだ」
そう、僕は生きることにも死ぬことにも興味がない。生命としては致命的な欠陥品だ。生まれた時からこうなのだから、これは僕のアイデンティティと言ってもいいだろう。他から見たら死すら脅しに使えないというのは厄介な手合いだろうなとも思う。弟ならそういう輩は気兼ねなくノータイムで首を刎ねるが、今まさに人理を救おうとしている彼らがそうもいかないことくらいは、僕にも想像がつく。
もちろん、死が怖くなくとも、弟に会えなくなるのは多少残念だ。だが、所詮その程度のことでしかない。我ながら本当に面倒な奴である。カルデア諸君にはこんな厄介者さっさと見切りをつけて処刑とかするほうが賢明だろう。捕虜ではなく処刑ね。リチャードなら間違いなくそうした。ソースは
「だから、僕には死は脅しにならない」
「……」
「もっと言えば、人理にも興味はない」
焼かれて灰になろうと、無事に修復されようと、僕の行動自体は変わらない。約束を果たすため、ただリチャードのもとへ向かう。それだけのことだ。
もっと言えばそれが達成されるかすらも重要ではない。僕は自分がやるべきだと思ったことをして、勝手に満足して、いずれ死ぬ。これで十分なのだ。確かどこかのご長寿バトル漫画のラスボスの一人は結果だけが全てみたいなことを言っていたが、そうすると僕は過程の方を重視しすぎているのだろう。
僕にとってはそれだけの事なのだが、世界を救うために命をかけているカルデア側には、今の僕の発言はとうてい見過ごせるものではなかったらしい。
先程から静観していたサーヴァント達の視線が鋭くなり、大盾を持つ少女__藤丸の後輩、マシュ・キリエライトも思わずと言った様子で藤丸の傍へ半歩踏み出している。
「人理に興味がない、か」
誰も口を開かない空気の中、赤い外套をまとったアーチャー__エミヤが口を開いた。藤丸からオカンだとか呼ばれてるのを聞いていたが、それらの話からは想像できないほどに恐ろしい眼光である。いや、むしろそう呼ばれるに相応しいものかもしれない。なにせこの眼光の鋭さ、子を守る母熊のそれに近い気がするから。…こんなイケボの母熊はいない? それはそう。
「それは、人理焼却を止める意思もないという意味だな」
「そうなるね。なんなら、条件さえ揃えば黒幕側につくこともあるだろう」
「……」
誰もが一瞬言葉を失い、眉を寄せたり目を細めたりと快くなさそうな反応が返ってくる。いやはやとても真っ当な反応である。得体の知れない、かつ正直すぎる僕に対する、ごく健全な拒絶反応である。カルデアにはまともな人間が多いんだなと感じさせられる。少なくとも、僕やリチャードが生きてた頃よりは。
再び静寂が戻ってきた中で、ロマニが口を開いた。
「それを、この場で言うのかい?」
「言うよ」
「君が不利になるだけだ」
「そうだね。でも、君達に僕を知ってもらいたかったから」
「知ってもらう?」
「ああ。良いところだけ話しても、信用には繋がらないだろう? だから、君達に必要なことだったら、僕は自分が不利になることもちゃんと話すさ。話す必要がないと思ったことは伏せるけど」
「必要かどうかはこちらが決めることだ」
「それもそうか。しかし話せない事は話せないんだよね」
「ますます怪しいな」
「失礼だな、嘘は吐いてないのに」
「嘘を吐かないことと、全てを話すことは別問題だ」
「うーん、おっしゃる通り」
素直に頷く。相手方がしつこいので少し不快感があるが、事実として、周りから見ると僕って凄く怪しすぎる。以前藤丸には“身体が健康だったら大体なんでもできる”とか調子に乗ったことを言ってしまったが、訂正しなくちゃいけない。僕は多分、弁明というものが致命的にド下手なタイプだ。ちなみに弟の方はめちゃくちゃ弁が立つ。居酒屋に立ち寄って捕まるとかいうヘマしておきながら、裁判にかけられた時の自己弁護力は非常に素晴らしかったと言っておこう。……こんなところでまで弟との差を思い知ることになるとは、兄として不覚である。
次はどうしたものかと考えていたところで、小さく手が挙がった。
「あの〜……」
声の主は藤丸だった。
「その、私……カセンに何度も助けてもらいました」
恐る恐る僕を窺うように見る。小動物みたいで可愛い。かつて末弟が飼っていた子犬に似ている気がする。あれもきゅるっとした目でプルプルと震えながらも手足を動かしていて、視ていた時はあまりの可愛らしさに眼が釘付けになった。流石に藤丸はそこまでではないけども。
「夢の中で休ませてくれたり、話を聞いてくれたりして……。無理をしすぎないようにって、ずっと気にかけてもらったんです」
「だから、その……少なくとも、私を傷つけようとしたことは一度もなくて。危険な人だとは、思えなくて……」
部屋中の視線が一斉に彼女へと集まっていたので声は震えていたものの、藤丸はきちんと自分の主張をした。
それに対し、エミヤが低く抑えた声で口を開く。
「マスター」
「は、はい」
「君がそう感じていることは理解した」
一度言葉を切り、彼は真っ直ぐに藤丸を見据えた。
「だが、君は彼に魔術を掛けられていたも同然。当事者の証言は重要ではあるが、いささか公平性に欠ける」
「うっ……」
「加えて、君は彼と何度も接触していたにもかかわらず、その事実をカルデアへ報告しなかった」
「……はい」
「君の言葉を疑っているわけではない。だが、今この場において、我々は慎重に判断を下さなければならない」
エミヤの声音は厳しい。しかし、責め立てるようなものではなかった。むしろ、僕というものに誑かされたのを哀れに、というか心配しているようにも聞こえる。
「君個人が彼をどう思うかと、カルデアが彼を信用できるかどうかは別問題だ」
「はい……」
「だから、今は発言を控えたまえ」
「うぅ……わかりました……」
しゅん、と肩を落とす。
う〜ん見事な完全敗北。藤丸のライフはもうゼロだ。
僕が口止めのために記憶もあらかた薄れさせていたとはいえ、黙っていたのは彼女自身の意思だったのだから、当然の処遇ではあるだろう。
ちょっとしおしお過ぎて可哀想なので、あとで少しフォローしてあげよう。…諸悪の根源の分際でフォローした所で焼け石に水…どころか、火に油を注ぐことになるかもしれないが。
そんな呑気な思考を見透かしたのか、エミヤが改めてこちらへ向き直った。
「では、質問を変えよう」
その声には、先ほどよりも一段と重い圧が含まれていた。
「君は、条件によっては人理焼却側につく可能性があると言ったな」
「そうだね」
「なら聞くが、その判断基準は何だ」
僕は一拍だけ考えてから、答えた。
「前までなら弟だけだったよ」
「前まで?」
「うん。今は違う」
「なら……」
「今は藤丸も判断に入っている」
ちらりと隣の彼女を見る。
その顔はポカンとしていて、今度は犬ではなく、豆鉄砲をくらったハトかのように見える。犬やら鳥やらコロコロ忙しなく変わって、表情豊かで非常に面白い。これが噂に聞く日本の百面相ってやつだろうか? 次は金魚にでもなってくれるかもしれない。既に色味が似ているし。
周囲もそうだ。僕の一言によって、部屋に奇妙な沈黙が満ちていた。
サーヴァントたちの放っている刺々しい気配は未だに僕へ向けられているが、そこに困惑が混ざったのを肌で感じられる。特に目の前のロマニはバインダーを抱えたまま、狐につままれたような顔で僕と藤丸を交互に見つめていた。
「立香ちゃんが……?」
「そう。さっきも言ったと思うけど、僕は彼女みたいな子にはお節介を焼きたくなる性分だ。それに、“人類を救う”というおよそ英雄ですら無謀と断じるような道を、一人の平凡な子どもが懸命に挑んでいる。その姿に、僕は心を動かされたんだよ」
「私なんかを、そんなに……」
「なんかじゃないさ。僕は君みたいな頑張っている人を見るのは好きなんだ」
そこまで言って、僕は彼女の顔を見据えた。同じくこちらを見つめる琥珀色の透き通った瞳は、驚きでまあるくなっていて、月みたいに綺麗だ。
「__でも君は、少し頑張りすぎる」
「……え?」
「だから心配だったんだ」
彼女の柔らかい心が沢山傷付いて、引き裂かれそうになって、それをほんの少しの休息で治せただなんて痛々しく笑い、感謝を告げる姿を僕は何度も見届けてきた。
張り詰めた糸が今にも千切れそうなのに、辛くても何でもないように笑う。
足がすくみそうなほど怖くても、無理やり前に進む。
誰にも弱音を吐けず、その細い背中に世界なんて想像もつかない重荷を背負い、傷付いたままであるというのに歩みを止めようとしない。
こういう不器用な子は、放っておくとすぐに自分を犠牲にして無理をするものだ。
確かに、君が幾度も立ち上がって切り開いた旅路は美しいと思っていた。
けれど、その旅が望まぬ形で、呆気なく途中で終わってしまうのは違うとも思った。
せっかく前へ進もうとしているのだから、行けるところまで、もっと先まで歩いてほしい。
いつかその旅が終わるとしても、それは今である必要はないはずだ。
「現代風の言葉を借りるなら、僕は君のファンみたいなものなんだろうね。ファンだから、応援もしてあげたいし、傷付いていたなら当然心配もする」
「……」
「だからお節介を焼いていたんだよ。僕なりに、精一杯にね」
本当に、それだけの思いだった。
ひたむきに走り続ける人の輝きを、その先を見ていたい。
そしてそうやって全力で走れる人が、すぐに躓いて、理不尽に転んで終わってしまうことのないよう、ほんの少しだけ手を貸したくなる。折れないように、後ろから支えてあげたくなる。
そんな、僕のささやかな、ひどく個人的な望みに過ぎない。
しかし藤丸はそれきり、何も言わなかった。
少しだけ視線を下に向け、小さく唇を噛んでいる。
…おっと。
僕の眼が正しく周囲を捉えているなら、彼女は今、なんとか涙を堪えているように見える。しかし瞳には薄く水の膜が張られており、それが雫になるのは時間の問題な気がする。
しまったな、少しくらい印象が良くなればいいとかは思っていたが、泣かせる程までの予定では無かったんだけれども。どうやら今の発言は彼女の琴線に大変触れてしまうものだったらしい。
女の子を泣かせるのは良くない。泣かせるのは幸せすぎる時と死ぬ時だけにしておけと母や湖の乙女には仰せつかっている。刻み込まれたあれらの徹底的な女性への対応の仕方の教育は今でも鮮明に頭に浮かべることができる…ある種、トラウマ染みたものが。
しかしこんな状況下で藤丸にどういう言葉をかけたら落ち着いてもらえるのかと思考を巡らせていると、くすりと笑い声が聞こえてきた。
「なるほどねえ」
声の主はダ・ヴィンチだ。面白そうに腕を組んで、口元には笑みを湛えていた。人工灯の光が彼女の姿を照らし、まるで美術品のような雰囲気を醸し出している。
「つまり君は、藤丸くんを守りたいわけだ」
「そうだね」
一拍置いて、想定通りの問いかけが来た。
「世界より?」
「うん」
それに一秒の間もなく、即座に肯定する。そこに考える余地なんて最初から存在しない。少なくとも僕の現在の優先順位は藤丸が堂々の一位だからだ。…これ、弟には内緒。僕があいつよりも他の何かを優先することがあるだなんて知られたら、非常に面倒なことになる。たとえ可愛い弟だからといって、正直に僕の全てを教えてはいけない。語るべきものだけ語り、それ以外は口を閉じる。僕の千個以上ある弟専用ライフハックの一つだ。そう言えば現在ではこんな諺があるらしい__雄弁は銀、沈黙は金。
いい言葉だ。後で僕の座右の銘として“諸行無常”と“塞翁が馬”に並び書き連ねておこう。
「やっぱり、そこは世界より立香ちゃんを選ぶのか……」
ロマニは頭を抱えながら思わずといった風に声を漏らしていた。胃を痛めていそうな、苦痛の顔だ。可哀想に。僕程度でこんなにも苦悩しているのだから、きっとこれまでの出来事ではとても精神と胃がボロボロにされ尽くしていただろう。とある縁のよしみで治癒魔術でもかけてあげようか、なんて思い付いたが。恐らく煽りとでも受け取られるとわかるので没にした。元々医療スタッフなんだしきっと自分でなんとかするだろう。
「……随分と酔狂な価値観をしているようだな」
次は部屋の隅で佇んでいたエミヤが、呆れたように一度目を伏せてから言った。
「世界より、一個人を優先するのか」
「うん」
同じ質問であるのですぐに頷く。理由はさっきの通りなので省略。
エミヤはそれ以上、何も返さなかった。
僕の答えを否定するでもなく、かといって理解を示すでもなく。ただじっとこちらを見つめる。しかしそれは先程のような正体不明の何かを見るものではなかった。彼はこの短時間で僕というものを“そういう性質の人間なのだ”と評価して、自分を納得させたようだ。
「では」
不意に、低く穏やかな声が響いた。
今まで沈黙を保っていた、聖人の英霊__ゲオルギウスだった。
「一つだけ、確認させてください」
「どうぞ」
「貴方は先ほど、条件次第では黒幕側にもつく、と仰いましたね」
「うん、言ったよ」
「逆に言えば」
ゲオルギウスの瞳が、真っ直ぐに僕を捉える。穏やかでありながら、決して揺るがない強固な意志を宿す声音が、部屋の中に心地よく通った。
「条件次第では、我々の味方にもなり得るのですか」
その問いを聞いて、僕は内心、ようやくだと小さく口角を上げた。
そう、まさにその通りだ。僕は彼らに、その点に気づいてもらいたかったのだから。
「うん、その通りだ。少なくとも、今の僕は君達と積極的に敵対したいとは思っていないよ」
ゲオルギウスは、その言葉を噛みしめるように小さく顎を引いた。
しかし、エミヤが腕を組んだまま、冷ややかな口調で制動をかける。
「言葉だけなら、どうとでも言えるな」
「まあ、そうだね」
「君は自分の口で、人理の存続には興味がないと言い切った」
「もちろん、今だって無いね」
「状況次第では敵にもなるとも」
「ああ、それも否定しない」
「なら、君の言葉を我々が素直に信用する理由がどこにある?」
「うーん、至極まっとうな主張だ」
君達の立場なら、その判断が正しいだろう。
「……否定しないのかい?」
「しないよ? だって当然のことだろう」
ロマニが意外そうな顔をして疑問を呈したのに対し、すぐに答えた。僕があっさりと頷き、彼らの疑念を受け入れたのがそこまでおかしな事だっただろうか? だってその言い分は至極もっともで、痛いまでの正論だ。反論の余地もない__そもそも僕にはする気がないが__そういうわけで、否定なんてするはずがないんだよな。
なにせ今の僕が怪しいことなんて自分が一番分かりきっている。素性を言う気も人理への興味も無い。おまけに条件次第でいつでも敵に回ると断言する。我ながら見事なスリーアウト。ここまでくると怪しすぎてお笑い種じゃなかろうか。目出し帽被ってバールと大きなカバン持っているのと大差ない気さえする。
こんなものを歓迎する組織があったら、逆にこっちが心配になるだろう。
「だから、まだ信用してもらわなくて構わない。でも、提案くらいは聞いてほしいんだ」
その言葉で、段々とピリピリとした緊張感がまた部屋を満たしていく。沈黙カムバック。
しかしその沈黙もすぐに破られた。この場において最も発言力のあるうちの一人である、万能の天才によって。
「……へえ、どんな提案なのかな?」
ダ・ヴィンチは興味深そうに片眉を上げており、その瞳は知的好奇心で輝いている。
どうやら無事に食いついてくれたようだ。僕にとってはようやくここからが本題である。
たとえこちらに向けられた視線に含まれたものが一時の気まぐれによるものだとしても、僕にとってはそれで十分。
僕が今求めているのは、僕という存在の“価値”を正しく彼らに理解してもらうことだ。
僕には何ができて、何ができないのか。君達にとって、僕という存在がどれほどの利益をもたらし得るのか。その一点だけを、この場で示すこと。単純明快、簡単なことだ。自己弁護よりもずっと楽。
信用云々については、さっきの通り。そんなものは数十分の問答で手に入るほど安いものじゃないし、そもそも僕も最初から期待していない。後から少しずつ積み上げればいい話である。
最悪、信用なんて十年後でも百年後でも構わないのだ。僕は気が長い方だし、約束のためなら待つこと自体は苦じゃない。
頼むよカルデア。僕の目的のために。
「取り引きをしたい。僕は今の君達にとって非常に重要なものを持っているんだ」
「……それは何かな?」
「情報だよ」
その言葉にロマニが不信感を滲ませた声で口を挟む。
「情報? どういうことだ」
「その説明のためにも、まず君達に一つ、僕の特別な力のことを開示しておこう」
僕は一拍を置き、淡々と、けれど確かな重みを持って告げた。
「僕は__千里眼を持っている」
部屋の空気が、まるで凍りついたようにぴたりと止まった。
「……なんだって?」
「……千里眼?」
ロマニと、それまで一歩引いていたメディアの声色が一瞬で変わる。
前者の驚きは言うまでもないが、後者は神代を生き、魔術のなんたるかをよく知る魔術師だからこそ、その単語が持つ決定的な重みと最上位の格を肌で理解したのだろう。
なにせ魔術における千里眼とは、単なる遠見を意味するものではない。冠位に連なる資格を持つ、最高位の魔術師の証とも言える代物なのだ。
残念ながら僕は資格持ちなだけで実際には成れない可能性が非常に高いので、宝の持ち腐れなのだが。過去視も正直、弟との思い出を見返すか、退屈しのぎのために他人の人生を覗くのにしか使っていない。こういうのを何と言うんだったか。豚に真珠?
「そう。一つ言っておくと僕の眼は未来や現在を明確に捉えることはできない。けれど、“過去”と定義づけられるものであれば、あらゆる事象を……全てを見通すことができるんだ」
「……」
「もちろん、その中には君達が追っている特異点も例外じゃない……ただ、君達はその特異点において、何が起こっているのかまでは観測できない。しかし僕は違う。僕の眼なら、観測できないその先まで視ることができる」
「……っ!」
「君達がこれから向かう特異点にて、どんな状況で、どういう異常があるのか……僕ならそういった情報を把握できるんだ。まあ、欠点もあるし、あの魔術王の邪魔を受ける可能性はあるから、全てとは言い難いんだけどね」
誰も喋らない。いや、喋れなかった。
既にいくつもの特異点に挑み、その攻略の難しさに日々頭を悩ませているカルデアだからこそ、この情報の価値がどれほど計り知れないものであるか、骨の髄まで理解しているからだろう。
情報を制した者が戦いを制すとまで言われるのだ。こんな大変な時に、少しでも情報が必要なのは見て取れる。
「……欠点というのは?」
「僕の眼は過去の全てを見せる。逆に言えば
でも、それが致命的なものにはならない事を約束しよう。僕は確実に、価値のある情報しか出さない」
「……それが言葉だけではないという、証明はできるのか」
「もちろん、できるとも」
エミヤが低く鋭い声で僕の言葉を試すように問うたが、僕はそれに鷹揚な態度で頷いてみせる。
「そうだな、君達が次に向かう特異点を当てようか。もう見つけてあるでしょ?」
ロマニとダ・ヴィンチが、視線を交錯させる。
僕はゆっくりと息を吸い、その決定的な答えを勿体ぶらずに告げた。
「次の特異点は、西暦一七八三年。__場所は、北アメリカだ。どうかな? 当たってるだろう?」
その瞬間、会議室内の全ての視線がロマニとダ・ヴィンチに集まる。
二人はしばらく沈黙していたが、意を決したのか、ロマニがおもむろに口を開いた。
「……確かに、次の特異点は君の言った通りの年代と場所だ……」
続いてダ・ヴィンチも小さく肩を竦めながら言う。
「いやはや、驚きだ。まだ君の言うそれが千里眼によるものだと断定はできないけれど、その技術、あるいは能力がとんでもなく価値のあるものだということだけは疑いようがないね」
驚愕、警戒、そしてほんの僅かな期待。その場にいた全員の感情が綯い混ぜになった視線が、再び僕へと戻る。
「それは良かった」
僕は煽るように彼らを見渡す。少なくとも、これで話を聞くだけの価値は証明できたはずだ。
「それなら、僕との取り引きに応じる価値が少しくらいはあると思わない?」
「僕にも欲しいものがあるんだ」
「だから、それと引き換えで__君達が欲している情報を、渡そう」
人物紹介、ウィリアム編
生まれた時から自我と
千里眼を制御できるまで、非常に苦労したそう。もしも魔術を極めていたら、冠位に届いていた可能性があるとか。
自己弁護が下手ということを自覚した。
座右の銘には“諸行無常”、“塞翁が馬”、“雄弁は銀、沈黙は金”←NEW! がある。