『あ、あの……、神様?』
「なんだ?」
各種手続きと検査、政府や企業関係者との対談や交渉に追われた激動の2週間、それを何とかこなし、今ボクはここIS学園の、一教室の座席に着いている。
『すごい注目されてますけど……?』
ボクの首に巻かれたチョーカー、待機形態のIS『エリュシオン』、通称エルシィが分かりきったようなことを言い出す。今は入学式が終わり、クラスメイトの面々が自己紹介をしているところだ。
「ある程度注目されるのは仕方がないだろう」
そう、ボクは世界に二人しかいない男性のIS操縦者だ。注目されるのは必然と言っていいだろう。
他に理由があるとすれば、エルシィと意思の疎通をする際に、ボクが声を実際に出さなければならない点だろう。周りに内容が聞こえないように注意を払っているとはいえ、何か独り言を口にしている、程度には思われているかもしれない。
全く以って欠陥品だが、ボクのことをしっかりと神と呼ぶのは評価できる。この現代、当たり前のことを当たり前にできる奴は少ないからな。
「もしお前が気になるのなら、あまりボクに話しかけるな」
エルシィが話しかけ、それにボクが応える。それが注目を呼ぶのならば、ボクに話しかけなければいい。エルシィが気にしても、ボクは気にしない。クラスメイトなど、じゃがいもだとでも思っていればいいんだ。じゃがいもの芽がこちらを向いているからといって、何だというのだ。
『いやぁ、その……』
「なんなんだ、一体……!」
エルシィのしつこさと歯切れの悪さに小声とはいえ、つい不機嫌な調子で言ってしまったが、このポンコツが全面的に悪い。
『教室のど真ん中の席で、しかもホームルーム中に堂々とゲームやってればいやでも注目を浴びますって!!』
なんだと、このポンコツめ。ボクに責任転嫁しようというのか。ホームルーム中にゲームをやって何が悪い。
「あ、あのぉ、桂木君でしたよね? ゴメンね? みんな自己紹介してるから、できればゲームを止めて聞いてほしいなぁ~、なんて……」
『ほらぁ! 先生だってこう言ってますし!』
先生だと? こんなキャラの薄そうな奴を先生などと認めるものか。あるものと言えば無駄に大きい胸と、とりあえず掛けました、みたいな眼鏡だけだろう。
「えーっと、聞いてます? か、桂木く~ん?」
「別にボクの番という訳でもありませんし、気にせず続けてくれてけっこうです」
しかし、便宜上は一応教師だ。初日ということもあるし、敬語は使っておこう。神からのせめてもの情けだ。その内忘れるだろうが。
「ゲームは止めてくれないのかなぁ?」
「……」
馬鹿か、こいつ。学習能力が皆無だ。ボクにとってゲームは酸素、ゲームをするということは呼吸にも等しい。この教師は、自分が生徒に死ねと言っているようなものだということがわからないのか。
「う、うぅ……。じゃあ、えっと、次織斑君お願いします……」
ようやく理解したか。確か織斑というのはボクの他にいる、もう一人の男子生徒の名前だった。
「は、はい! えーっと、織斑一夏です」
「……」
『あれが織斑一夏さんですかぁ~。ここからじゃあ背中しか見えませんね。こっち向いてくれないかなぁ』
街中で有名人を見かけたミーハー女か、お前は。
「よろしくお願いします」
『あ、こっち向いてくれましたよ! ほらほら!』
街中で有名人、以下略。だが、確かに顔立ちは王道の主人公属性を持っている……、ように見える。といっても所詮はリアルだが。
「以上です!」
「えー!?」
馬鹿か。なんだその気合の入っていない自己紹介は。クラス中がブーイングをあげている。今回ばかりは三次元女に同意だ。ボクなら時間いっぱいまで、ギャルゲー愛とゲーマー魂を語ってやるぞ。
「失礼」
少し教室が騒がしくなったとき、黒スーツを着た黒髪の女が教室に入ってきた。服装から考えれば生徒ではない。そういえば、あの眼鏡教師は副担任だという話だったな。ということはこの女が担任か。
「あ、先生! 会議はもう終わったんですか?」
「ああ。生徒の相手を押し付けてしまって申し訳ない」
『あ、あの方は……!』
女の顔を見たからか、エルシィが驚いたように呟く。見れば、眼鏡教師の黒スーツの女を見る視線が若干熱っぽいような感じがする。有名人なのだろうか。
しかし、初回のホームルームに担任教師の登場を間に合わせないほどとは、よほど重要な会議だったんだろうな。ボクには関係ないが。
「さてと――」
黒スーツの女がボクと織斑一夏に、視線を交互に配る。まるで品定めしているような目だ。その眼光の鋭さも相まって、大変失礼極まりない態度だ。それを見て、何故だか織斑一夏は呆然としている。
「このクラスには、自己紹介もまともにできない馬鹿と、自己紹介をまともに聞くことすらできない大馬鹿がいるようだな」
◇
「チッ……」
『あわわわわ』
1限目のIS基礎理論などというままごとのような授業が終わった後の休み時間、ボクの頭には、あの黒スーツの女から受けた、不愉快で鈍い痛覚の残滓がまだ残っていた。
「桂木、だよな?」
教師から生徒への虐待に限らず、暴力的な行為は二次元だからこそ、ギャグ描写で済ませられるんだ。それをリアルでやろうなどと、全く片腹痛い。
「おーい」
ボクは何も悪いことはしていない。それなのに、あの脳天を割るような一撃、その上PFPを一台没収されてしまった。これを横暴と言わず、何を横暴と言うのだ。
「イヤホンしてるから聞こえないのか?」
あと、そこの鈍感そうな男よ、聞こえた上で無視しているのが分からないのか。
この男、織斑一夏はどうやらあの黒スーツの女、織斑千冬と実の姉弟らしい。二人そろって的外れな思考回路とは恐れ入った。
「おーい!」
叫ぶな、やかましい。いい加減うんざりし、はっきり拒絶しようかと顔を上げると、こちらに近付いてくるポニーテールの女が見えた。
「ちょっといいか?」
「ん? おお、箒か」
どうやら織斑一夏の知り合いらしい。いいぞ、ポニーテール女。そのままフラグを建てて、こいつと共にどこかへ消えてくれると有難い。
「あ、ああ、いいぜ。悪いな桂木、また後で」
ミッションコンプリート。ナイスだ、ポニーテール。次のゲームはポニテ女子から攻略するとしよう。あと、もう来なくていいぞ。
『あ、あのぉ。同じ男の子同士なんですから、もうちょっと仲良くした方が……』
「同姓だから、異性だからとか関係ない。ボクはそもそも、リアルと仲良くする気がない」
『そんな身も蓋もない……』
◇
「……」
「……」
「桂木、いい度胸だな」
2限目の開始早々、織斑千冬がボクに詰め寄ってきた。この姉弟はボクに詰め寄るのが好きのようだ。揃って性癖が同じとは、仲が良くて結構なことだ。
「机に出す物が違うのではないか? そもそもそのゲーム機は先程没収したはずなんだがな……」
素人め。備えあれば憂いなしということわざを知らないのか。ボクのPFPは百八台まであるぞ。ちなみに、セーブデータはストックしている全てのPFP間でリンクさせることができる。
「教科書はどうした?」
「全部理解してるのでなくても大丈夫です」
「ほう……」
『お、織斑先生の顔が、どんどん般若に近付いていってます……』
例え相手が般若だろうと、鬼だろうと、悪魔だろうと、ここで屈するわけにはいかない。言わば、これはボクとこの女教師との戦争だ。授業中でもゲームをしたいというボクの意思の正当性を証明しなければならない。
「ということは入学前に渡された参考書の内容も、当然全て理解しているんだろうな?」
嫌味ったらしい言い方だな。入学前に色々とごたごたがあったため、正式にこの学園への入学が決まったのは五日前、電話帳ほどの厚さがある参考書を渡されたのが三日前だった。おそらくは、その間にそれを全部理解するのは不可能だと思っているのだろう。
「あんなもの、一日あれば全部理解できる」
「ええ!?」
「黙れ。大声を出すな、織斑。では桂木、これからいくつか質問をする。皆の参考になるような答えを期待しているぞ?」
◇
『織斑先生、すごく忌々しげな顔してましたね……』
結局、前の時限に行われた織斑千冬のボクに対する質問は、ボクが悉くその正解を導くことで決着がついた。二問ほど、あの参考書でも網羅していないものがあったが、他に読んだ文献で確認済みだった。
「まぁ、これでボクの正当性が証明されたのだから、良しとしよう」
『本当に正当なんでしょうか……? それにしても神様はすごいですね! 本当にあの参考書も一日で理解してましたし。わたしなんかチンプンカンプンでしたよ』
何でお前が分からないんだ。本当にポンコツだな。しかし、人間でも人体の構造や機能を隅々まで把握している奴は少ないのだから、ISがISを理解していなくても、案外普通なのかもしれない。
「な、なぁ、桂木……」
また来たのか、この男は。懲りない奴だ。
「実は俺、授業の内容が全然分からなくてさ……、ちょっと助けてくれないか?」
ボクより一足以上早くにIS学園の入学決まっていただろうに、こいつは一体何をやっていたんだ。
「参考書はどうした?」
仕方なく会話に応じる。もちろんゲームをする手は休めないが。
「古い電話帳と間違えて捨てた……」
真正の阿呆がボクの目の前にいた。さすがに信じられず、思わず画面から顔を上げてしまった。
『うわぁ、意外とお馬鹿さんなんですね……』
エルシィが呆れるように言う。こいつに言われているようでは本格的に危ない。
「付き合ってられん……」
「ちょっと、よろしくて?」
目の前の馬鹿について、匙を投げようとしたボクの耳に届いたのは女の声。どうやら、背後から声を掛けられたようだ。ポニテ女に続き、この馬鹿を引き取ってくれるなら大歓迎だ。
「訊いてます? お返事は?」
「あ、ああ、すまん。えっと、君は誰だ? 自己紹介は途中で打ち切られちゃったし、まだクラスメイトを把握できてなくてさ」
先程のポニテ女と違い、今度のは知り合いではないらしい。
「こ、このわたくしを……、イギリス代表候補生にして、入学試験首席のこのセシリア・オルコットを知らないですって!?」
どうやら、ボクの背後で喚いているのはイギリス人のようだ。IS学園では外国人など珍しくないため、特に驚くこともない。
「ああ、知らないけど」
「し、信じられませんわ……。こちらの方は当然知ってますわよね? 座学は優秀の様ですし」
こちらとはどちらのことだ。まさか、ボクのことか? こんな喧しい女と関わるのは御免だぞ。
「知らん」
とりあえず、ボクのようなので答えておく。一国の代表候補生の個人名如きは態々頭に入れていないが。
「そ、そんな……。この極東の島国は情報メディアが未発達なのでしょうか……」
ゲーム、とりわけギャルゲーに関してはどこの国よりも発達しているぞ。
「それより、あなたはいつまでわたくしに背を向けている気ですの!?」
お前が態々ボクの背後から声を掛けてきたんだろうが。文句があるなら前に回り込めば良いだろう。
『か、神様。人と話すときは向かい合って相手の目を見て話すのが常識ですよ?』
まさかIS、その中でもとりわけ阿呆な方であろうミストに常識を語られるとは思っていなかった。気に食わないので無視しようかとも思ったが、下々の者の諫言に耳を貸すのも神の役目か。
「うるさい奴だな」
仕方なく身体を捻って後ろにいる女を見る。そこにいたのは金髪縦ロール、碧眼に白い肌の白人女子だった。
「ほう……」
「やっとこちらを向きましたわね」
所詮はリアルの産物だが、悪くない。外見のキャラ属性として、押さえるところはしっかり押さえてある。だが
「全く、先程の授業の様子と言い、知識はあっても常識はしらな――」
「甘い」
「は?」
「縦ロールの巻きがあまあああああああああい!!」
巻きも詰めも甘いぞ、リアル。
「な、なんですの!?」
「もう二巻きしろ、もう二巻き」
お前みたいなキャラの縦ロールの巻き方は魂の強さを表しているんだぞ。強すぎるのもゲームバランスを崩すが、弱いのは言語道断だ。
『神様……、皆さんドン引きしてますよ……』