結論から言えば、私は異世界に転生した。
世に名高い「異世界転生」をしたと言うわけだ。
しかし、一般的に異世界と聞いて誰もが想像するような世界では無かった。
より分かりやすく言えば、私が転生した世界は元いた世界の並行世界といったところだろうか。
同じ日本、同じ県、同じ時代、同じ文明、私が転生した異世界はそっくり元いた世界の写しのような世界だった、ただ一つの決定的な違いを除けば。
この世界には『悪魔』なる存在がいた。
人間が生み出した偶像などではなく、現実に存在し、人を脅かし、時には人を食らう化け物だ。
悪魔は、人間の概念に対する恐怖から生まれる。
人間がいる限り、悪魔が根絶することはない。
太古の昔からこの世界の人類は、この輪廻の中で永遠と悪魔と闘ってきた。
さてここまで聞いて、この世界は化け物が跳梁跋扈するディストピアのような世界だと思った人もいるかもしれないが、そんなことはない。
たまにここが元いた世界の日本だと勘違いしてしまうぐらいには平和そのものだ。
だから、わざわざ悪魔との戦いの矢面に立つ必要など全くないのだ。
そんなものは、正義感と責任感の強い人間に任せておけばいい。
私はそもそも、元々はこの世界の住人ではないのだ。
余計に関係ないだろう。
そんな『いのちだいじに』の私のこの世界での今の仕事は…公安のデビルハンターだ。
デビルハンター、その名の通りに悪魔を狩る仕事。
言っていることと、やっていることが違うではないかって?
仕方ないだろう、私は最初から公安のデビルハンターとして転生したんだから。
そうそう、言い忘れていたが、私は別に赤ん坊としてこの世界に生を受けたわけではない。
魂がこの世界の住人の体に憑依すると言う形で転生したのだ。
私が憑依したこの体の前の持ち主は公安のデビルハンターとしてかなり活躍していたらしい。
『マキマ』、それが私に憑依されてしまった哀れな女性の名だ。
まぁ今は私がマキマなので、ここからは『マキマ』ではなく、『私』と言わせてもらう。
転生した私の身分はこの世界でも特殊だった。
どうやら私は人間ではなく、悪魔らしい。
悪魔がデビルハンターしてるなんてどんな冗談だと思うだろうが、私も同意見だ。
さらに特殊なことに、私は内閣府直属のデビルハンターであり、いわば総理の犬。
公安と二重で重要な肩書を持っているのだ。
ここまで来ると、いよいよ私の処理能力を超えてくる。
前世の私はしがない大学院生だった。
馬鹿みたいに夢見がちで、構想だけが先行して技術が全くとも合わない、今考えればイタい少女だった。
そんな私が、実世界でかくも重要な仕事を、かくも複雑な身分の中で成し遂げるなど不可能もいいところだ。
きっと私1人だけだったら、とっくのとうに破綻していただろう。
幸運なことに私には転生特典があった。
へい!リリ!恥ずかしがらずにみんなにご挨拶して!
『…へっ!?あ、えっと…ごめんなさい寝てて…、なんの話ですか?』
この人がリリ、私の転生特典。
私の知りたいことをなんでも教えてくれる相棒であり生命線。
リリは私の精神世界に住んでいて、私の脳内に直接語りかけてくる。
かつて私がこの世界に来たばかりの時、大変お世話になった。
『いいですか?貴方の悪魔の権能は支配です。貴方が格下だと認識した生き物や悪魔を支配する能力です。悪魔を支配した場合、その悪魔の権能を自由に行使できます』
『彼らは特別な許可なく悪魔契約を行った重罪人たちです。悪魔契約には対価としての大きな代償を支払う必要があります。彼らの見た目は契約の代償の結果でしょう』
『ありゃりゃ、内閣府と公安の仕事がダブっちゃったんですね。こういう時は内閣府の仕事を優先しましょう。え?岸辺さんが怖いんですか?…お言葉ですが、あの方に何ができるんですか?顔が怖いだけの木偶の坊ですよ、あの方は』
まぁそんな感じで私に事あるごとに助言をくれる頼もしい存在なのだ。たまに口が悪くなることあるし、持っている知識に偏りがある気がしないでもないが、私の頼れる相棒であるのには変わりない。
今は西暦1996年、私がこの世界に転生してきたのが1993年のことだから、あれから3年の月日が流れたということ。
思えばこの3年間は本当に大変だった。
悪魔との戦闘は前世での平和な人生を送っていた私にはオーバーワークすぎたし、前世同様にデジタル化の進んでいない官僚機構というのは、書類事務の窮状に一切の慈悲をくれなかった。
私が憑依する前のマキマは一体どうたってこの量の仕事をこなしていたのか不思議でしょうがない。
きっと前のマキマはなんでも一人でこなしてしまうスーパーエリートウーマンだったに違いない。
『マサミが私の助言にもっと従ってくれれば、私もマサミも苦労せずに済んだんですけどね』
うぐっ…またリリに小言を言われてしまった。
彼女は、頼りになるが我が強いのが玉に瑕だ。そして多分正しいことを言っているだけにたちが悪い。
ちなみに、マサミというのは私の前世の名前だ。
『我が強いのはどっちですか。マサミの意思は尊重したいですが、あまりに迂遠なやり方が過ぎます』
でも、今は結構うまくやれてるでしょ、私。
急がば回れ、強引なやり口はむしろ状況を悪化させるだけだよ。
『よく言いますね。一度奈落の底まで落ちたものが、長い時間をかけて戻っただけじゃないですか。私からすれば、今のマサミの状況も十分危ういと思いますよ』
まあ確かにリリの言う通り、私がこの世界に転生してすぐの頃、私の状況は破綻の憂き目にあった。
もちろん、公安の仕事と前世の経験とのミスマッチがその一つの要因であることは言うまでもない。
しかし、私を最も苦しめたのは人間関係だった。
私は前のマキマのことを一人の社会人として尊敬している。
彼女の凄さは、その業務を引き継いだ私にこそはっきり分かる。
だが、彼女にはおそらく一つの致命的な欠点があった。
彼女ーー前のマキマは、人付き合いが絶望的に不得意だった。
彼女の人間関係を引き継いだ私は、めちゃくちゃ苦労した。
なんせ周りに味方がひとりも居ないのだ。
岸部さんはともかくとして、佐原さんも、姫野ちゃんも、みんなみんな私に不信感を持っていた。
当然私は公安で孤立した。
失敗しても誰にも頼れないプレッシャーの中で仕事をするのは辛かった。
なにより、孤独は精神にくる。
『…前のマキマが孤独であったことは認めます、それがマサミの手を煩わしたことも…。ですが、支配の悪魔であるマサミにとって、そんなものは問題ではなかったはずです。貴方は他者を洗脳できるのですから』
ここが私とリリのもっとも折り合わない点だ。
彼女は支配の悪魔の力を人にも行使するように勧めてくる。
別に綺麗ごとを言うつもりはない。
彼女の言う通り、私が人間に無制限に支配の力を行使すれば公安どころかこの国を掌握することすら出来るかもしれない。
使い方次第では多くの人間の命も救えるだろう。
ただ、私は怖いのだ。
支配という形で作り上げた虚像の人間関係に囚われ、孤独に苛まれるのが怖い。
『…変わりません。支配の悪魔の力を使おうが、使うまいが、結果が同じなら…』
まあそこは価値観の違いということで。
さて長々と話をしてしまったが、ともかく私は転生者であり、公安および内閣府直属のデビルハンターだ。
まあ、デビルハンターとは言っても、公安の対悪魔特異4課という課の課長でもある私は、仕事の半分以上が事務なんだけどね。
特に悪魔関連の事柄は法律でガチガチに縛られているだけに、事務の負担が大きくなる。
民間のデビルハンターのオフィスにはWindows95が各部署に共用パソコンとして配備され始めているというのに。
だから今も私はこうして、無駄に広い課長室でたまに来る部下の報告を待ちながら、せこせことワープロを叩く羽目になっている。
ああ、我が愛しのマウスはいずこに。
『逆に良かったじゃないですか、ワープロのままで。もしパソコンを公安が導入していたら、前にマサミがやたら熱弁していたイチタロウ?を絶対使ってましたよね。キーボードのショートカットは中々難解ですし、マウスが出た以上、ソフトの趨勢は決まったと思いませんか?』
それでも…、それでも太郎なら!
『マウスに浮気してる癖によくいいます』
私が仕事をしながらリリと他愛もない話をしていると、コンコンと課長室の扉をノックする音が聞こえた。私は椅子に座りなおして居住まいを正す。
「どうぞ」
「失礼しまーす」
扉を開けて入ってきたノックの主は、私の部下の一人である姫野ちゃんだった。
無造作な黒髪のショートボブに、右目を覆う黒の眼帯、少し気崩した公安のスーツ…。姫野ちゃんは前に「公安は変人が多いから、ぱっと見ですぐ誰かわかる」と言っていたが、彼女もまあ大概である。
「マキちゃん、これ。先週の悪魔との戦闘による民間施設の被害の報告。派手にやったよね、あいつら。被害の補償に関する話は今後の現場検証によると思うけど7割方は公安の過失で決まりそうかな」
姫野ちゃんが私の執務机の上に束となった紙の報告書を置く。
内容は、先日の公安と悪魔との戦闘によって発生した民間人や民間施設への被害において、公安がどの程度の責任を負うかの試算結果だった。
良くある話ではあるが、今回は被害の規模も公安の過失の割合も極端に大きかった。
「な…7割。そ、そう、ありがとう」
「上も勝手だよね、魔人たちを運用すればこうなることも分かってたはずなのに。運用も責任も全部マキちゃんに押し付けちゃってさ」
「まあ、ね。でもゴーサイン出したのは私だからさ、最終的な責任は全て私にあるよ」
『それだって上から何度も催促されて仕方なく…、でしたけどね』
そうなんだけどさあ、上の圧に屈して課に損害を与えた上司ってなんか嫌じゃない?
それよか全部私の意思で決断した結果という方が、まだ恰好が付くと思わない?
『そういうものですか』
いや知らんけど。
「マキちゃんも一人で抱え込まないでさ、私にできることは…まあ少ないけど、相談相手になるぐらいはできるからさ。いつでもご飯さそってね」
「そんなこと言って…どうせまた私がご馳走する羽目になるんでしょ?」
「先日はご馳走様でした!」
姫野ちゃんが大げさに手を合わせて言った。
「もお、調子いいんだから」
「あはは」
姫野ちゃんが子供みたいに笑う。
私が思うに、姫野ちゃんは相当げらだ。
ツボが浅いというか…ほんの些細なことでもすぐ笑う。
なにがそんなに面白いのか分からないが、姫野ちゃんが笑ってる所をみると私まで気分が高揚するから不思議だ。
昔はもっと公安らしい、暗い性格だったんだけどな。
あれ、そうえいばいつからだっけ?姫野ちゃんがこんな性格になったの。
早川君が来てから?
いや、もっと前からか。
「そういうことでさ、今日夜ご飯一緒にどう?」
私がいつから姫野ちゃんがゲラになったかについて考えていると、姫野ちゃんが今度は御飯に誘ってきた。ここに私の上司がいたら、職務怠慢で減給処分を食らいそうな会話だ。
「ん-今夜か…」
『駄目ですよ。今日は徹夜で仕事です』
えーー!
やだ、やだ、行く、行く、つーかーれーたー!
『前世と合わせて20年以上生きてきた結果がこれですか…』
…そういえば気になる映画があるって言ってなかったけ?それでどうよ。
『…まあいいでしょう。資料には目を通しておいてください。あとは私が全部やっときます』
ありがとー!やっぱりいざという時のリリよ!
『こんなことでいざという時を使わないでほしいですけどね』
私は早速姫野ちゃんに手でわっかをつくりオッケーサインを出す。
姫野ちゃんは少し心配そうな顔をしていたが、ほっとしたように頬を緩めた。
姫野ちゃんから見れば、私が行くか行かないかで迷っていたように見えたのだろう。
私としては即決で行くと決めていたのだが。
その日は姫野ちゃんと深夜まで飲んだ。
泥酔した姫野ちゃんを家まで送り届けることを除けば、楽しいひと時だった。
その日、私は田舎のとある廃工場に向かうため公安の黒い公用車に乗っていた。
車の前二つの席には黒ずくめの男たち、こんななりでも公安のデビルハンターだ。
この二人は私の部下だ。
私が課長を務める4課とは違う、私直属の部下。
言うなれば私の付き人だ。
私はというと、後部座席を占有し優雅にお昼寝。
ちなみに今は勤務中ということになっている。
つまり、こうして寝ている今も給料が発生しているのだ。
税金泥棒?
はっ!なんとでも言え。
私は望んで公安に入ったわけでは無いのだ。
これぐらい許してもらえないとやってられないね!
『マサミ、起きてください。もうすぐ目的の場所に到着します』
ん…もう現地?
車はまだ走っているけど。
『ええ、ですからマサミの部下がマサミを起こす前にこうして私が起こしてあげているんです。マサミ、だらしない癖に結構そういうの気にするでしょう』
さうがリリ!
私のことよく分かってるね!
『当然です。どれだけ一緒にいると思ってるんですか』
リリに起こされた私は、起き上がると大きな伸びをする。
「あ、起きられましたか。もうすぐ現地につくので起こそうかと思ってたんですが、良かったです」
ルームミラーから私が起きたのに気付いたのだろう、部下の一人が私にそう言った。
「ふふ、こんなつまらないことで部下の手を煩わせるわけにはいかないよ」
「それは良かったです」
ん?思ってた反応と違うな。もっとこう、見直しました!的な反応を期待して格好つけてみたんだが。
「それよりも、現地に着く前に今日ここに来た目的を確認しましょう。今日の私たちの任務は廃工場に潜伏していると思われるゾンビの悪魔の討伐です。ゾンビの悪魔は人間や動物をゾンビにし、自らの眷属として操る能力を持ちます。ただし、本体自体はそこまでの脅威ではありません」
「人間や動物を眷属にって…ゾンビは死体が蘇ったものじゃないの?」
「私もそう思うんですが…少なくとも資料にはそう書いてあります…」
『最近のゾンビは病原菌や病原ウイルスが原因として描かれることもあります』
お、さすが映画オタク。
でも、それじゃあ私や部下も眷属にされるかもってこと?
『マサミは人間ではなく悪魔なので大丈夫です』
つまり、彼らは眷属にされる可能性があるわけだ。
なら戦えるのは私だけか。
車が停車する。
どうやら目的の廃工場に着いたようだ
「マキマさん、ここです。ここが、例の廃工場です。見たところ人影はありませんが…」
車窓からは、すっかり錆びついた工場の建屋が見えた。
「最近のゾンビは感染症が原因として描かれることも多いみたい。だから、ゾンビの悪魔の眷属と接触するだけで命取りとなる可能性がある。貴方達はここで待ってて。中に行くのは私1人で十分だから」
「…え?ちょっ…」
部下の返事を聞く間もなく、私は車の外に出て扉を閉める。
いつもならもう少し丁寧に部下に説明するのだが、今の私にそんな余裕はなかった。
なぜだろう、廃工場に着いた辺りから気が早るのだ。
私は足早に廃工場の敷地の中を歩く。
ゾンビの悪魔とその眷属がいる割には不気味なほど静かだった。
『マサミ、そこが怪しいです。血の匂いがします』
リリが示した建物は敷地内でも一際大きな建屋だった。
そう言われれば確かに血の匂いがする。
それもおびただしい数の人間の。
それから人外の匂いも。
私は件の建屋のシャッターの前まで来る。
錆びついてあまり触りたくない鉄製のシャッターをどう開けようかほんの少しの間考え、蹴り破ることに決める。
ズドォォン!
目を見張る光景だった。
私が想像していたのは大量に群がるゾンビ。
しかし現実には、工場の中は死体の山だった。
むせかえるような血の匂い、人の死体の一部と思わしき肉片の数々。
その中にはゾンビの悪魔の体の一部と思われる紫色の肉塊もあった。
しかし私の視線を掴んで離さなかったのは、死体ではなく、死体の中でただ1人直立するチェンソーの頭と手を持つ異形の男。
彼のチェンソーから滴り落ちる大量の血を見れば、彼がこの惨状を作り出した張本人なのは明らかだった。
「…君が全部殺したの?」
「……」
チェンソー男は返事を返さない。
そもそも生きてるのか?こいつ。弁慶みたいに立ったまま死んでいるとか…。
「……だ…かせ…ろ…」
ん!今しゃべった!?
いやそれより「抱かせろ」って言った!?
何こいつ!?変態なのか!?変態の悪魔なのか!?
『落ち着いてください。彼は悪魔ではないです。匂いを嗅いでみてください。多少混じってはいますが、人間の匂いがします』
え!?こいつ人間なの!?姿形が大分違うようだけど…。
魔人の間違いじゃなくて?
『私にも良くわかりませんが、とにかく彼は人間です。そんなことよりです、マサミ…』
な、なに?
『彼を抱いてあげてください』
は…はあ!?
な、ん、で、私があんな得体の知れない化け物に抱かれなきゃいけねーんだよ!
『言い方が悪かったですね。彼を抱擁してあげてください。今ここで』
抱擁?彼を抱きしめればいいの?まあそれなら…。
いやいやでもさ、彼、血とかめっちゃ体についてるし…。
抱きしめたら、私のスーツが悲惨なことになると思うんだけど…。
『お願いします』
…し、仕方ないなあ。
はあ…今に限ったことじゃないけどさあ、リリって時々変な執着みせるよね。
私はチェンソー男の目の前まで来る。
そして彼の背後に両手を回し、ぎゅっと抱擁する。
彼の体に着いた冷たい血がジワリと私のスーツにしみこんできて、思わず身震いする。
「あ…あ…」
男が小さくうめき声をあげる。
そして、男の体がチェンソーの部分を中心に徐々に融解し、若い金髪の青年に姿を変える。
「…え、ちょっ!?」
青年は意識を失ったようだ。
青年の体から力が抜ける。
私がより強く抱きしめてなかったら、転倒し、地面に頭をぶつけていただろう。
ど、どうしよう、意識失っちゃったよ!?
『……』
…リリ?
『は、はい。何でしょうか?』
私いつまでこうしていればいいの?腕疲れてきたんだけど。
『あっ…、もう大丈夫です。ゆっくり下してあげてください』
とは言ってもなあ…、こんな血だまりの床の上に寝かせるのはかわいそうだよ。
…仕方ない、私が一肌脱ぎますか。
デンジが目を開けるとそこは上も下も底なしに真っ暗な闇の世界だった。
目の前には唯一無二の友達であるポチタがいた。
「ポチタ…」
ワン!!!
「…俺の体ちゃんと奪えたか?」
…100万年間、私は現世と地獄をさまよってきた。
「ポチタ…?」
たった一つの真実を探して、ただ真実の命じるがままに、忠実にこの世界における役割を担ってきた。
「…真実ってなんのことだよ」
忘れてしまったんだ、私は。
ただ一つ覚えていることは、この世界はそのただ一つの真実を中心に繋がっていたということ。
それが失われた今、この世界には真実などないのかもしれない。
だから、デンジ。今の私にはデンジの夢だけが真実だ。
「…俺の夢?」
そうだ。
私はデンジの夢の話を聞くのが好きだった。
これは契約だ。
私の心臓をやる。かわりに…
デンジの夢を私に見せてくれ
「ポチタ!!!」
「うわ!?びっくりした!!なんなのいきなり!?」
突然、車の後部座席に寝かしつけておいた青年が大声を上げたもんだから、助手席に座っていた私は思わず青年のほうに振り返り、これまた大声で反応してしまった。
ちなみに青年は、後部座席で部下の一人である田中君に膝枕してもらっていた。
私が彼に命令したのだ、青年に膝枕してあげるように。
「あ…あのここは?」
青年はしばらく混乱したように周りを見ていたが、やがて口を開いてそういった。
「まずは自己紹介からしようか。私の名前はマキマ。公安のデビルハンターをしてる。今運転してくれているのが…」
「佐藤だ」
「そんで、君の隣に座っているのが…」
「田中です」
「この二人は私の部下。それで、君の自己紹介を聞かせてもらえるかな?」
「デンジです。えっと…マキマさん達って公安でしたよね?」
「?そうだと言ったけど…」
「ならえっと…」
なんだ?青年が黙り込んでしまった。
私なにか不味いことを言ったかな?
『おそらくですが、この青年は非合法的な活動をしていたのでしょう。私達が公安だから、言えば捕まると思っているのかもしれません』
え!?こんな見るからに純粋そうな青年が!?
『だからこそ大人たちに利用されてきたのでしょう』
な、なるほど。
ならとりあえず経歴は聞かなくていいか。
それにどのみち特殊な体となった彼の行く道は決まっているしね。
「難しく考えなくていいよ。例えば…デンジ君の年齢、好きな食べ物とか」
今後のためにもデンジ君には私を信頼してくれなくちゃ困る。
だからまずはデンジ君と仲良くなることに集中しなきゃ。
「そんなんでいいんですか、年齢は…えっと多分16です」
じゅ、じゅうろく!?若っ!!
青年というとり、ぎり少年じゃないか。
「好きな食べ物…というよりは、一度でいいから食べてみたいものはあります!」
「へぇ、どんなの?」
私の頭の中はデンジ君が若すぎ問題で一杯だが、なんとかデンジ君との会話を続ける。
「食パンにジャム塗って食べたいです!」
へー、食パンにジャム…どゆこと?
『彼は食パンにジャムも塗れないぐらいの極貧生活を送ってきたということでしょう』
そ、そんな事があり得るの?今の日本で。
『裏社会で育ったせいで、行政のセーフティーネットがきちんと機能しなかったのかもしれません』
想像以上にデンジ君は過酷な状況にいたようだ。
そのうえ人間のまま悪魔になってしまった彼はきっと普通の生活を送ることは永遠に叶わないだろう。
なんの気休めにもならないけど、これからは私が彼にたくさん人並みの喜びを教えてあげよう。
ぐ~~
その時後部座席から腹の虫の音が聞こえた。
「…俺のハラの音っす」
デンジ君、おなか空いたのか…。
そういえば私もお昼まだだったな。
「パーキングエリアで適当に食べよっか」
「すいません、俺カネないんすけど…」
「好きなの言って、私がお金出すから」
「えっ!?」
えっ!?って…、当然だろう。
私は大人でデンジ君は子供なんだから。
私がデンジ君の分のお金を出すのは当たり前だ。
そうだ、私は大人なのだ。
デンジ君は今とても社会的に厳しい立場にある。
人間のまま悪魔になってしまったから、法的にはデンジ君は殺処分の対象だ。
たった16歳の子供がそんな厳しい状況にあるのだ。
大人である私がデンジ君を守らなきゃ。
この話のタイトル どうすればいいと思いますか?