「デンジ君は何がいい?」
「俺はうどんと…あとフランクフルトもいいすか!」
「良いよー、どんどんお食べ」
俺は、ぱーきんぐえりあ?でマキマさんに食事を奢ってもらっていた。
うどんにフランクフルト!夢みてぇだ!
パンにジャム塗れれば満足だったのに、一気に現実が夢を追い越しちまった。
さっきポチタが死んじまったばかりだっつうのに…どうしよう俺、今最高に幸せだ。
それもこれも全部マキマさんのおかげだ。
マキマさんは俺を抱きしめてくれた。
気を失った俺を車まで運んでくれた。
今着ているコートだって、マキマさんが半裸は寒いだろうって貸してくれたものだ。
汚ぇ、臭ぇと言われ、近寄られもしなかったこの俺が…初めて優しくされた。
それもとびっきり面のいい女に。
「うんうん、結局外で食べる焼きそばが一番おいしいや」
隣には美味しそうに焼きそばを口に運ぶマキマさん。
かわいい!好き!!
「どうしたの?私の顔に何かついてる?」
どうしたのだろう、さっきからデンジ君が私の顔をじっと見つめている気がする。
なにか私に言いたいことがあるのだろうか。
あるだろうな、これから自分がどうなるかとか、自分の体のこととか、私に聞きたいことはいくらでもあるだろう。
『マサミは鈍感ですね』
リリ?
鈍感ってどういう意味?
『彼がマサミを見つめている理由…そんなのマサミがデンジの注文した料理ができる前に、一足先に食べてしまってるからですよ』
え、いや…、確かに食事のマナーとしては自分だけ先に食べ始めるのは良くないと思うけど、今頼んでるのパーキングエリアの屋台料理だよ?わざわざ他の人待つものでもないって。
『彼の立場になって考えてみてください。彼はまともな食事もとれないほどの極貧だったんです。そんな彼を差し置いて、目の前で食事をとるのはなんて残酷なのでしょうか』
う、そう言われれば確かにデンジ君はすごく恨めしそうに私を見ている気がする。
まずい!せっかく頼れる大人ムーブで稼いできた信頼ポイントが!
ええい、かくなる上は!!
「デンジ君、私の焼きそば食べてみる?」
「え、いいんすか!」
「うん。デンジ君の料理なかなか来ないしね。そういえばデンジ君お箸は使える?」
「使え…」
デンジに電流走る。
「使えません」
「なら私が食べさせたあげる。はい、あーん…」
マキマさんが俺にあーんしてくれてる!幸せ!
待て…、てかこれ間接キスじゃん!!
マキマさんと間接キス!
マジか!俺マキマさんと今から間接キスすんのか!
ポチタ、お前に俺の夢が叶うところ結構はやく見せられそうだぜ!
「あーん」
デンジがマキマから箸移しで焼きそばを口に入れられようとしたその時、大声があたりに響いた。
「たっ…!助けてくれっ!」
デンジ君に焼きそばをあげようとしている時、突如として現れた血まみれの男が、大声で助けを周りに呼び始めた。
私は、デンジ君にあげようと箸でつまんでいた焼きそばをお皿に戻す。
「公安のデビルハンターです。どうされましたか?」
私は血まみれの男に公安手帳を見せながらそう言った。
「あ…悪魔が俺の娘をさらって!俺の娘をっ。娘を連れて森の方に!!」
男が駐車場の一画を指さして言った。
そこには無残にも破られたフェンスと森の奥に続く足跡が残されていた。
は?嘘、悪魔?
なんで?
どうして気づかなかった。
私が焼きそばを食べてたから、悪魔の匂いに気づけなかった?
いやいや、だとしてもリリが気づけないのはおかしいだろう。
どうして…ってまさかリリ、わざと私に教えなかった?
悪魔の存在に気づいていてわざと私に教えなかったの?
『はい』
どうしてっ!?
『…マサミはこのままデンジくんが殺処分されずに済むと思いますか?』
それは…デンジ君がゾンビの悪魔を殺した功績を武器に4課での運用を認めてもらうって話だったじゃん!
『悪魔同士で殺しあうことなど日常茶飯事です。デンジ君が使える犬である証明にはなっても、公安に忠実な犬である証明にはなりません。だから、ここでデンジ君に私たちの監視の下で悪魔を殺してもらいます』
そうすることでデンジ君が殺処分になる確率が減らせると?
『はい、その通りです』
なんでそれを最初から私言ってくれないの!?
『言ったら絶対反対して、女の子の誘拐を阻止するでしょう?』
そんなことっ…。
…ごめん、リリの言う通りかもしれない…私、ずるいね。
『ずるくていいんです。マサミの望みを叶えるのが私の存在意義なんですから』
「あ、あの、早く俺の娘をっ!」
そうだ。今はこんな話をしている場合じゃない。
娘さんを早く助けなきゃ。
「危ないので貴方は建物の中に避難してください。貴方の娘さんは私と、この少年で救います」
私はなぜかずっと呆けたようにしているデンジ君の肩に手を置いて言った。
「お、俺もすか?」
「うん、俺も」
「…まあ、マキマさんと一緒なら…」
はあ、デンジ君はなんていい子なのだろう。
ごめんね、デンジ君。私の公安での権力が足らないからこんなことになっちゃって。
私はデンジ君の頭に手を置いた。
せめて私はデンジ君が万が一にも悪魔に殺されないように見守っていよう。
「大丈夫だよ、デンジ君。君のことは私が守るから」
あれ?デンジ君固まっちゃった。
おーい。
朝露に湿った森の中を二人のデビルハンターが小走りで進む。
先を進むのはマキマ、その後をデンジがついていく。
二人の目的は森の奥に悪魔によって攫われた少女を助け出すためである。
もっともデンジの頭の中は悪魔や少女のことなどなく、目の前を走る女性ーーマキマのことで占有されていた。
(マキマさん俺を守るって…)
親の愛情を知らず、大人にいいように利用されてきたデンジにとって、自分を守ってくれる大人というのは初めての存在だった。
(マキマさんが俺を守るって言ってくれた時のマキマさんの顔が頭から離れねぇ。マキマさんのあのほほ笑み…懐かしいような胸がぎゅっとなるようなそんな気持ちになった。今まで面のいい女を見てドッキとしたことなんていくらでもある。でも今回みてーな気持ちになったのは初めてだ。もしかしてこれが恋!)
デンジは勘違いしていた。
デンジがマキマのほほ笑みを見て感じた気持ちは恋愛感情ではなく、母への思慕だった。
もはやデンジが思い出すこともできない、けれど確かにデンジを愛してくれた母が、かつて赤ん坊のデンジに向けた温かなほほ笑み、それがマキマがデンジに向けた表情と重なって見えたため、亡き母への思慕が呼び起されたのである。
一方で、初めて優しくしてくれたマキマに恋愛感情を抱いているのも事実だ。
マキマに亡き母への虚像を求めつつ、恋愛の対象にもする。
デンジは複雑な感情をマキマに抱き始めていた。
先行して走っていたマキマが足を止めた。
「待って…。声、聞こえない?」
「声…すか?」
そう言われて、デンジは耳を澄ます。
『あははは』という少女の笑い声が聞こえた。
「「「あ」」」
声の方向に2人が行くと、女の子が小さなオレンジ色の一つ目の悪魔と戯れていた。
少女は2人を見るや否や、彼らがデビルハンターであることを理解し、悪魔を守るように手を広げてデンジ達の前に立ちふさがった。
「お願いです!この悪魔さんを許してあげて!」
「…どゆこと」
デンジは思わずそう呟いた。
彼女は、悪魔に無理やり誘拐されたはずだ。
「……」
マキマは、黙って、少女の背に隠れる悪魔を見据えていた。
少女は続ける。
「私のパパ……イヤなことがあると私を殴るの。
今日も駐車場で殴られてたら……この悪魔さんが助けてくれて……!
だからお願い!殺さないで……」
少女の悲痛な叫びに、デンジの心が揺れる。
デンジはポチタとの経験を通じて、いい悪魔もいることを知っている。
(そっか。この悪魔は、ポチタみたいにいい奴なんだな)
「マキマさん、この悪魔殺さない事ってできますか?」
デンジは、隣のマキマに聞いた。
軽い調子で言ったのは、マキマなら当然、この優しい悪魔を殺さないと思ったからだ。
しかし、マキマの答えはデンジの予想外だった。
「そこをどきなさい。
悪魔の保護および、それに準ずる秘匿・協力行為は、たとえ未成年であっても、公安の規定により処罰の対象と見なします。
貴方が今してることは、犯罪行為です」
それはデンジの言葉を無視して少女に向けられた言葉だった。
「ひ…っ」
少女が小さな悲鳴を上げる。
「ま、マキマさん!?」
「……」
マキマは、デンジの困惑の声を無視して視線を悪魔にくぎ付けにしていた。
少女は縋るような視線でデンジを見た。
マキマをこの場で説得できるのは、デンジしかいないと考えたからだ。
デンジは悩んだ。
良い悪魔を殺すのも、マキマに嫌われるのも、デンジにとっては同じぐらい避けたいことだった。
悩んで、マキマの前に立ちふさがることを決める。
「マキマさん…ごめんなさい。やっぱり俺…」
デンジは気まずそうに首をかきながらマキマの前に出て、少女や悪魔に背を向けたその時だった。
「…っ!デンジ君危ない!!」
マキマがデンジを突き飛ばした。
突然のことに混乱するデンジの耳に甲高い声が響く。
「はい!俺の勝ち〜〜!」
突き飛ばされ、地面に尻もちをついたデンジは、目の前の光景に驚愕する。
「んじゃコリャア!?」
デンジの目の前で、マキマが巨大な筋肉質の腕に持ち上げられていた。
マキマは苦しそうに、腕の中で身もだえしている。
赤い一つ目の悪魔は、体に無数の目を持ち、タコのように複数の腕を触手のように伸ばした禍々しい容姿の巨体の悪魔に変貌していた。
悪魔は、少女の体にとりついていて、少女の体からは血が流れ、見るからに苦しそうだった。
「マキマさんをはな…せ!?」
立ち上がったデンジは、突如左足に激痛を感じて崩れ落ちた。
見ると、左足に悪魔の触手の一部が絡まってる。
デンジの左足は筋肉が赤々と隆起し、ドクドクと別の生き物のように鼓動している。
「俺は筋肉の悪魔だから触れてる筋肉は自由自在ってわけ!
とりあえず、今からこの女と楽しい事すっからさ、大人しくしてくれる?」
そう言いながら筋肉の悪魔と名乗ったその異形は、マキマを掴む巨大な腕から触手のように小さな手を伸ばしてマキマの体を弄った。
「ひっ…!」
マキマが小さな悲鳴を上げる。
「おいてめえ…マキマさんに手出すんじゃねえ!!」
デンジは激高して声を上げると、自身の胸のスターターを引っ張り、チェンソーマンに変身した。
「痛い痛いいたい!?」
デンジは、筋肉の悪魔の体をチェンソーを振るい切り裂いていく。
筋肉の悪魔が絶叫しながらのたうち回るが、デンジに頭部を切断されたことで絶命した。
悪魔の絶叫が途絶え、辺りを静寂が支配する。
デンジは悪魔を殺し、安心したためか、突如として強烈なめまいに襲われた。
(そうか…チェンソー出すときに自分の体も切っちゃうから…血が足りねーんだ)
デンジが地面に崩れ落ちる寸前にマキマが彼を受け止めた。
「ま…きま・・さん」
デンジを受け止めたマキマは、デンジを仰向けにゆっくりと地面に下ろしながら、彼の顔を見下ろしてほほ笑んだ。
「今はゆっくりお休み、デンジ君」
マキマの鈴を転がすような声がデンジの耳元に響く。
その声によって深いところに誘われるようにデンジの意識が急速に遠くなる。
「ありがとう。カッコよかったよ」
意識がなくなる直前、マキマのその言葉がデンジの脳内に響いた。
はあ…なんとかうまくいった。
デンジ君、ごめんね。無茶させて。
でも、デンジ君を助けるために必要なことだったんだ。
『これで公安は、デンジをすぐに処分はしないでしょう。
マサミの忠実な犬なのだと、上に認めさせるには十分な実績です。』
私の失ったものが多すぎる気がするけどね。
今回の件で、デンジ君にくそ雑魚上司認定されちゃったよ、多分。
あと、胸揉まれたし。最悪。
『筋肉の悪魔ですからね。性欲強いのは当然です』
なにその偏見。
そういうの良くないと思いまーす。
『偏見じゃないです。筋肉の修復に必要なテストステロンは性欲を刺激する効果があります。』
ふーん、そうなんだ。
ふとマキマは、半裸のデンジの体を観察する。
デンジ君の体、あんまり引き締まってないな。
太っているというより、痩せてる感じ。
今まで栄養ちゃんと取れてなかったんだろうな。
マキマは、デンジの腹筋に指をのばし、デンジのなけなしの腹筋をなぞるように撫でた。
16歳だもの。
まだ間に合うよね。
『傍から見れば事案ですね』
うるさいな。
私たちの他に誰もいない…あ、娘さん、すっかり忘れてた!
辺りを見渡すと、筋肉の悪魔に憑りつかれていた女の子は、近くに横たわっていた。
意識はないようだが、規則的な呼吸をしている。
どうやら無事なようだ。
しゃーない、2人とも私が担ぎますか。
う…重っ
マキマは、2人を担ぎ、サービスエリアに向かう。
心配そうに待っていた父親に、娘を殴らないように暗示をかけて、女の子を引き渡した。