真剣な話のため、美奈子と名乗った小柄な少女に帰ってもらった巫女は、ペラペラの座布団に座ったのち改めて頭を下げた。
「まずは改めて謝罪を。いきなり斬りかかり申し訳ございませんでした」
「構わない。こんな美人に会えたんだからな」
「ご過分な評価ですね、しかし随分とお強いようで?」
「じゃなきゃ、こんな所で生き残ってないさ」
「麓の方々の噂も真なのかもしれませんね」
眼前で肘をつきながら胡座をかき、微笑みと共に妖しい色気を放つ金髪の男に対し、興味深そうな視線を送る巫女。
「噂?」
「なんでも、妖の群れを壊滅させたとか?」
「あぁ、美奈子がいる麓の村を襲おうとしたからな」
「地を這う邪竜も、単騎で退けたのですね?」
「あれには骨が折れたよ」
対人戦が専門なんだと、軽く笑う男。
それを見て、掴めない男だと巫女は思った。その武勇を語って自分を大きく見せる事もなく、飄々とした態度を貫いている。
強いのだろう、それも常識はずれに。
巫女はそう直観する。世の全てがどうとでもなると、そう思っている強者の態度だ。
「その強さを見込んで、先ほどの話をお考え頂きたいのです」
「東京の祓魔局で働くという話か?」
「そうです。幸いにも貴方、お暇ですよね? 表に畑もありませんし、見たところ狩の道具もありません。生活の糧は先程の女性に世話して貰っているのでしょう? そうして時間を殺生しているのなら、祓魔局で私の使命を手伝ってくれませんか?」
「随分な言い草だな? 女のヒモで働く気がないのは認めるが、それだけで暇人認定されるのは極めて遺憾だぞ?」
「では、何かやる事があるので?」
「あぁ、ヤル事はある。さっきの女を気持ち良くするのが今の俺の主な仕事だな」
露骨なセクハラ。しかし取り合わず、表情変えず、下品ですよとだけ巫女は言葉を返した。
「はぁ……そんな世捨て人みたいな生活をしてるのなら、尚更問題ないでしょう。私にはどうしても、命に代えても果たさなければいけない使命があるのです。ですのでどうか、手を貸しては頂けませんか?」
「使命とは随分と重い話だな?」
「勿論、貴方の要望も可能な限り叶えますよ」
ふむ……なんでも、か。
と、考え込む男に対し、巫女は期待に満ちた眼差しを向けた。力になって欲しい。多数の妖を制し、邪竜を退けられる程の男。東京の対魔の専門家集団、祓魔局にもそうは居ないとびきりの腕利きだ。
この男の助力を得る事は、自分の使命の大きな分岐点になると。此処が佳境なのだと、巫女の勘が強くそう囁いていた。
だがしかし、
「断る」
「…!」
短く、端的に男は拒絶した。
「こんなあばら屋に住んでるんだ、分かるだろう?」
「面倒は嫌いだと?」
「あぁ、使命というのは些か重いな。いくら美人の頼みでもお断りだ」
「そこをなんとか」
「無理だ」
「十分な金銭を払いますよ?」
「必要ないな」
「では東京大結界内の一軒家はどうですか? 地方である此処ーー今いる結界外の世界より、何倍も安全ですよ?」
結界内の不動産。
それは多くの地方の人間が求めてやまないものだ。
妖を完全にシャットアウト出来る安全な領域、その居住権を得ることを生涯の目標とする地方の人間も少なくはない。
麓の人間も、叶うならきっと東京で過ごしたいと願っているだろう。
「それも、俺には必要のないものだ。あいにく腕には自信があるんでな、そこらの妖怪程度ならどうとでもなる」
しかし、それもすげなく断る男。
巫女は焦り、何かないかと頭を回し、口を固く横に結んだ。何も思い付かない。金銭不動産名誉に興味がない浮世離れした眼前の男に、どうやって興味を持たせるのか。まるで分からない。
しかし、諦めるには余りにも惜しい力。ここを逃せば、自分の使命の達成はまた遠のく。それはダメだと。腰を折り、巫女は頭を木の床に深く擦り付けた。
「この通りです」
「困るな」
「私に差し上げられるものならなんでも差し上げます」
「物には興味ないんだ」
「なら貴方はっ、何なら納得すると言うのですか!」
バッと頭を上げながら、半分キレ気味に巫女は問いかけた。逆ギレだが、巫女も必死だった。眼前でぼんやりと考える男を睨み付ければ、その男が唐突に指を1本立てた。
「女だな」
「お、女ですか…!?」
神職に勤める者としてあまり、というか聞いた事もない要求に目を白黒させる巫女。
「あぁ、飯は適当でいいし金にも名誉にも興味はない。住む所もまぁ最低限雨風が凌げれば良いだろう。だが、女は毎日抱きたい。良い女を抱いている時は色んなことを忘れられるからな」
「じょ、女性というのは少し……」
ダメだと、倫理観や信仰心的にそれを用意するような人間ではお天道様に顔向け出来ないと叫ぶ心。
そんな巫女の葛藤などどこ吹く風で、男はそうだとポンと両手を打ち鳴らし、妖しく笑って、立てていたその長い指をにわかに巫女へと向け始めた。
「お前と、ヤッてみたい」
「はい…?」
「お前とセックスしたい、と言った。それが報酬なら良いぞ?」
笑い、揶揄うような調子で投げかける男。
あまりにも、あんまりな要求だった。酷い侮辱。頭にカーっと血が昇り、目の前の男を叱り飛ばしてやろうかと巫女は何度も考えてしまう。
「出来ないか?」
「そ、それはあんまりにも…」
「ま、それはそうだよな。使命なんて風に格好を付けても、自分の身は惜しいものだ。それが人間。それが当然。何も恥ずかしい事はないと思うぞ?」
お帰りはあちらだと、笑って男は玄関を指差した。
「帰れません!」
「何故そうも拘る?」
「絶対に果たさなければいけない使命なんです!」
「でも体は売れないんだろう? だったら、その程度の気持ちだったというわけだ」
その程度の気持ち。
格好を付けているだけ。
投げかけられた言葉が、巫女の頭にグワリと反響し目の前を歪ませた。そんな筈はない。そんな覚悟じゃない。そう叫びたかったが、踏ん切れない自分にどうしようもなく腹が立つ。
「俺としても使命なんていう重い役目、自分の女の為だと思わないとやってられないな。それが無理なら『分かりましたよ』
プツリと何かが切れる音。
言葉を遮り、巫女は男の胸倉をガシリと掴んだ。メンチを切るように、その作りの良い怜悧な顔をズズイと困惑する男に近づけていく。
「……いきなり、なんだ?」
「黙ってください…!」
巫女は、頭に来まくっていた。
無茶を言う男にも、命に代えてもと言いながら貞操を捨てきれぬ自分の弱さにも、例えようもない怒りが湧いていた。
やってやりますよと、自らを奮い立たせ覚悟を決めていく。
「自分の女の為なら、頑張れるんですねっ?」
「ま、まぁそうだな」
「二言はないですね!?」
「二言は、ない」
「だったら!!」
「……!?」
乾坤一擲。その覚悟で、もはや頭突きをするような勢いで、巫女は男に自らの唇を押し付けた。
ーー突然の接吻に見開かれる、男の赤い瞳。
その瞳を、メンチを切るように睨みつけたまま、自らの荒い鼻息が男に掛かるのも気にせず、巫女は自らの柔らかな唇を落とし続ける。
「ぷは……!」
時間にして、5秒に満たない接吻。口付けを離し、呆然とする男に向かって巫女はビシリと指を突きつけた。
「これで! 私の事を自分の女だと思えますよね!? 使命の手助けっ! 自分の女の為だと思って頑張って頂きますよ!!」