行政組織としての風格を感じさせる近代的な作りの局舎。防衛省の内部組織である祓魔局の本部は、新宿の一等地にて悠然と居を構えていた。
「これ、仮パスだから首に掛けといてね」
入場ゲートの職員から貰ったそれを首に掛ける。自動扉を通って清潔感を感じるロビーに入れば、併設されたカフェに目をやる灯香が口を開いた。
「私が率いる霊的特別捜査班ーー"特捜班"は、超零細部署ですので割り振られたオフィスがありません。会議や待ち合わせはもっぱらあちらのカフェで行いますので覚えておいてください」
マジか。
部屋すらないなんてどういう部署なんだ?
そんな疑問を抱きつつも、喫茶『ルクリエ』という看板が掲げられた店の場所を把握しておく。
「あと、一応言っておきますが、喧嘩はダメですからね?」
「勿論だ、そんなに凶暴そうに見えるか?」
「念を押しただけです」
「別に、他人には普通に接するけどな」
男がいようが別に興味はないので、マウントなどのアクションを起こす気はない。普通に、一般的な対応をするのみだ。
「普通、そうですね。そうして頂ければ有り難いのですが、特捜は癖の強い人が多いんですよね…」
「成程? まぁ灯香もそうだしな」
「そう評されるのは釈然としませんが、とにかく、そういう人達との顔合わせなので穏やかに、努めて穏やかにお願いしますね…!」
もう一度頷く。
無論、俺も灯香の顔に泥を塗るつもりはない。
彼女に案内されるままに歩き、第一会議室と書かれたドアを開けた。中には、沢山の長机と椅子。巨大なELパネルのスクリーンが備え付けられた室内が広がっていた。そしてーー
「どうも、先輩方になりますかね? 俺はクーリと言います。灯香の紹介で此処に所属する事になると思いますので、どうぞよろしくお願いします」
ゴスロリ服を優美に着こなし、如何にもな魔女然とした三角帽を被る妖艶な女と、行儀悪く机の上にケツを置いた銀髪褐色の少女に、ペコリと頭を下げておいた。演技マシマシの爽やか笑顔もオマケしておこう。
完璧にフレッシュな新人ムーブメントだ。
これが、普通ってものだろう?
「なぁなぁ、お前って強いのか?? 魔力や氣を全く感じられないし、カルラにはどう見ても雑魚に見えるぞ??」
しかし返ってきたのは、よろしくでも男前だねでもなく、そんな少女の率直な暴言であった。なんだコイツは…? 俺はそう反射的に思ってしまうもーー
(ーーいや、コイツは"人妖"というやつか。初めて見たが、なら多少の常識外れな言動は許すべきだろうな)
その銀髪の頭部に生えているピョコンとした狼耳を見て、先程のご挨拶な言葉は仕方がないかと納得した。
妖とは、人々の願いや恐れといった"認知"を原因に発生する存在なので、その中には極々稀に、『人妖』と呼ばれる人に仇なさない友好的な妖も存在すると聞いたことがあるが……この子もそうなのかと、シゲシゲと目の前の少女を観察する。
「魔力や氣が無いのは生まれつきなんですが、まぁ、それでも戦えるのでご心配なく」
「本当かなぁ……やっぱり戦わないカ? いや、戦うべきだカルラ達は!!」
「ははは、今は勘弁してくれませんかカルラ先輩?」
やんわりとそう断った。
新顔の俺に興味津々なのか、カルラと名乗った少女は俺に近づき、首筋あたりをスンスンと嗅いでくるがまぁ、悪い気はしない。実に可愛らしい見た目だからな。
整った顔立ちによく焼けた褐色の肌。膝の位置まで伸びた無造作な銀の髪は幻想的で、ホットパンツとタンクトップという露出の多い格好は実に眼福だ。
「とにかく、これからよろしくお願いしますねカルラ先輩?」
仲良くしよう。
そしてあわよくば、ベッドに行こう。
そう思っていた。
「うん、分かっタ!」
ーーこの狼耳のアホ女が、俺の挨拶を無視して腕を振りかぶり、全力の拳を俺にご馳走するその時までは。
「クーリっ!?」
灯香の悲鳴。
腹に叩き込まれる凄まじい衝撃。
吹き飛ばされ、意識が欠け落ちていく。
ーーーーーーーー
「とにかく、これからよろしくお願いしますねカルラ先輩?」
折目正しいクーリの挨拶。
うん、分かっタ!とカルラも元気にそう答えて、場の空気が少し緩んだ。
大丈夫そうですねと、灯香がホッと息を吐いてーー
「何をーー!?」
唐突に発生する、爆発的な氣の起こり。
それを感じ取った灯香が声を上げるより早く。
笑い、雷神のような速度で腕を振り抜いたカルラは、練った氣功を猛然とクーリに撃ち放った。
ゴシャアという肉が弾ける炸裂音。
氣弾はクーリの腹を狙い違わず穿ち、吹き飛ばし、長机や椅子を巻き込んで彼の大柄な体を激しく壁に叩きつけた。もうもうと舞う埃がその体を隠していくのを見やりながら、腰に手を当て屈託なくヤハハと狂犬は笑う。
「改めて名乗るけど、カルラはカルラだ! これからはカルラの方が偉くて親分になるけど、よろしくだぞクーリとヤラ!」
ーーーーー
「何をっ、しているのですか本当に!!?」
顔を真っ青にしながら、埃の中へ駆けていく巫女。
「ん? 何って挨拶代わりの一発ダ! 初対面は最初がカンジンって、この前トーカも言ってただロ!」
「そんな無茶苦茶がありますか!!?」
「でも、避けられないのは予想外ダ! 氣や魔力を見る基本的な
尻尾をパタパタさせ、ニパーっと天真爛漫にそう言い切る狂犬。
話にならないと、もっと事前に根回しをしておくべきだったと巫女は後悔しながらひび割れた壁に背を預けるクーリに駆け寄り、手を伸ばした。
「え…?」
しかしその手は優しく払われ、不意打ちを受けた筈の男はゆらりと、幽鬼のような足取りで立ち上がった。そして自身のボロボロになった着流しを一瞥し、目を見開き、ポツリと口を開く。
「おぉい……」
それは地獄の底から響くかのような低い声だった。クーリの軽い調子の声や笑みしか見てこなかった巫女は反射的に、一歩二歩と後ろに後ずさる。
これが人間の出せる圧かと、唾を飲む。
「服が、破れたんだが…?」
「ヤハハっ! 立った立った! 凄いぞクーリ!」
その予想外に手を叩きはしゃぐ少女。しかしその言葉は最後まで紡がれる事はなくーー
「ぐうっ…!!?」
「クーリ!!!」
ーーブレるような加速をしたクーリが喉輪で狂犬少女を掴み、情け容赦なく壁へ叩きつける事によって、その言葉は中断される事となった。
「女だから顔は殴らないでやるが……灯香からの初プレゼントをボロボロにしたのは許せないな? 少し躾けてやるから、覚悟しとけよクソガキ?」
着流しの男の赤い瞳が、昏く揺らめいた。