着流し女たらし吸血鬼、巫女に懸想す   作:レネクトン

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東京祓魔局3

 

 

 

 

重々しい衝撃と破砕音。鉄筋コンクリートの壁がぶち抜かれ、塵と埃のカーテンを突き抜け、二つの影が祓魔局の地下訓練場に転がり込んでくる。

 

 

「謝るなら今のうちだぞ、クソガキ?」

「ヤハハッ! 面白いっ、面白いなクーリっ!!」

「そうか……噛み付く相手は、考えた方がいいと思うんだがな?」

 

 

 

クーリとカルラだ。

コンクリで作られただだっ広い地下訓練場にて、二人の拳が交差する。互いの肉を打ち合い、暴風のような衝撃が周囲に拡散する。

 

 

「おやめ下さい二人とも!」

 

作られた穴を通って、隣の会議室から駆けてきた巫女が大声でそう叫んだ。

 

 

 

「ええやん巫女ちゃん、好きにやらせとき」

 

「ですが!」

 

「二人とも格闘家みたいやし、殴らせとけば分かり合えるってもんやないの? 漫画でも大概そうやんか?」

 

「分かりあう前に死んでしまいます!!」

 

 

殺し合いと表現するしかない領域。二人の踏み込みにより床が冗談みたいに砕ける。弾かれてきた礫を刀の鞘で打ち払いつつ巫女はそう叫ぶ。

 

 

「でも、カルラのアホ犬は弱い人間を絶対に認めんよ? 最初にこうやって白黒付けた方が、後になって面倒がないんやない?」

 

「それ、は、そうかもしれませんが…」

 

 

巫女は口籠った。

 

なにせ円操狩羅(エンソウ・カルラ)という人妖は、その暴力性から生まれ故郷の人狼の村を追放され、東京近郊にて円操家ーー合気道の大家に拾われたという異色の履歴を持つ少女だ。そして、その合気の才を早くから存分に認められていた麒麟児にも関わらず……合気じゃ打撃を極められない、自由に殴れないという理由だけで拾ってくれた家すら捨てた天衣無縫の狂犬なのである。

 

彼女の世界観は、善悪や常識でなく強いか弱いかの二色でのみ彩られている。この部署に居る理由も訳の分からない強者と戦えそうだという理由で、自分も初対面時に襲いかかられた事を思い出す。

 

 

「男の喧嘩に女が口を挟むもんやない、違う?」

 

「片方は一応、女の子なんですけど…?」

 

「人妖の子なんやし、性別なんてあってないようなもんやん? ま、今は黙って見ときいや? ほら座って?」

 

 

魔力を手足のように操り、地面に散らばった礫を押し固め即席の椅子を用意した魔女。巫女は躊躇い、しかし無理やり止めても良い結果に結びつくと想像出来ずーー深く息を吐いて椅子へ腰掛けた。

 

 

「本当に殺しそうになったら止めに入ります」

「好きにし。そんで、どっちが勝つと思う?」

「どうでしょうね……」

 

 

リーチはかなりクーリが有利だった。カルラは人妖かつ氣で身体能力を強化しているので、膂力にそこまで大きな差はないだろう。頑丈さは……どうだろうか? 二人とも人並み外れて頑丈としか分からない。互いの肉を打ち合う痛々しい音が響き続けている。

 

 

「そんでも、流石にスカウトしただけあるやん? 合気だけやなく打撃でも天才って言われとるカルラのお嬢と互角に打ち合ってるだけでもまぁありえへんで?」

 

「理を感じますね、何処で習ったのでしょうか?」

 

「なんや、聞いてへんの?」

 

「まだ出会って日が浅いので」

 

「そ、でもまぁーー崩れるで?」

 

 

均衡が。

そう魔女が呟くと同時、カルラの全身を覆っていた氣が内側に収縮する。流転し、丹田を通って右手の手根骨に凝縮されていく膨大な錬氣。常人では至る事の出来ない、理外の秘拳。

 

 

「ヤハハっ、浸雷掌だァ!!」

「…!!?」

 

 

合気の天才。カルラの手によって、異常に制御され圧縮された錬氣の塊が、絶大なる威力をもってクーリを打ち貫いた。内臓をグチャグチャにシェイクし、致命的なダメージを与えていく。

 

 

「……決まったなぁ、ヤッバイ一撃が」

 

魔女はそう、ポツリと呟いた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

浸雷掌はただの発勁に非ず。威力の全てを相手の体内の破壊に制御している関係で、その理外の威力にも関わらず、衝撃で後ろにクーリが吹き飛ぶ事はない。

 

故に、吹き飛ばなかった故に

 

 

「まだまだ! カルラのターン!!」

「ぐっ!!」

 

 

追撃が成立する。回復する間もなく暴風のような拳打がクーリに襲いかかる。それをアップライトに構え防いでいくクーリ。

 

氣が存分に乗った嵐のようなラッシュが、ガードの上からひたすら叩き込まれていく。

 

 

「あーあ〜酷いもんやねえ? カルラちゃん、氣を技の方にまで使い始めたやないの? あの男前は霊的視野(クタスタ)がないみたいやし、氣の流れも当然見えんのやろ。技の起こりが分からんってのはヤバいんやない?」

 

 

言外に、そろそろ止めた方がええんちゃう?と伝える魔女。巫女はその意志を受け取り……しかし、『まだです』と小さく呟いた。

 

確かに見ていられない。痛々しすぎる拳闘。だがまだクーリには何かがあると、ここで止めるべきではないと巫女の直観がそう囁いていた。

 

 

 

 

「確かに綺麗に防御は出来てるけど……あの子、全然カルラちゃんの顔狙わんやん? 流石に無理あるんとちゃう? 言うてる間に終わりそうやしさ」

 

 

 

 

しかし、それは魔女の言う通りで。

またまた一発、強烈なミドルキックがクーリに叩き込まれる。その大柄な体が吹き飛ぶ。荒れ果てた地下訓練場の中心で闘気を漲らせるカルラと、吹き飛ばされ服をボロボロにしたクーリでは、勝負の行方は決しているかのように見えた。

 

少なくとも、魔女の目には。

 

 

「いえ、まだですよ。クーリは……まだ、余力を残しています」

「あんなに一方的に攻められといて?」

「顔を狙ってないんですよ、カルラさんの」

「は? 嘘やろ??」

「本当です。よく見てください」

「魔力も氣も無いのに、なんでそんな縛りプレイをしてんねん…?」

「彼は相当な女好きのようですから、思う所があるんじゃないですか?」

 

 

そう淡々と、巫女は予想する。

 

 

 

「ヤハハっ! クーリっ、そろそろ本気を出したらどうだ!? 顔を狙わないなんて馬鹿な縛り、やってる内にボロ雑巾になっちまうゾ!?」

 

 

そして、相手の手加減に気づいていたのはカルラもであった。変な事をする奴ダ!と。楽しげに、呵呵《かか》と豪快に笑って本気を出すようクーリを挑発した。

 

 

 

 

「なんだ、気づいてたのかよ? だがやはり、顔は狙わないぞ」

 

「何でダ!? カルラを舐めてるのか!?」

 

「悪いが、これは俺の拘りなんでな。お前には確かにクソムカついてるが、それはそれとして顔は良いんだ。傷つけるのは忍びない、そう思っちまうんだよ」

 

 

だから、顔面は無しだと。

無表情にクーリは宣言する。

 

 

「訳分かんないぞクーリっ! それでどうやって勝つんダ!?」

「勝てるさ。お前は馬鹿な犬っコロだからな」

「むぅ! カルラはバカじゃない!」

 

 

誇り高きキンナラ族の旅狼ダ! と。

唇を尖らせ、怒りを露わにカルラが突貫する。

尋常ならざる速度。

だがーー

 

 

「ーーほら、大振りになっただろ?」

 

 

こんな挑発に乗る程度には馬鹿なんだと、クーリはカルラの大振りな拳を掴み取る。引き寄せ、その首筋に顔を近づけて……

 

 

「…うぎゃっ!!?」

 

 

グチュリと。カルラの褐色の首筋に鋭い犬歯を突き立てた。迸る鮮血。痛みと不快感から反射的に、クーリの腹をカルラは蹴り飛ばし、後方にクルリと舞い飛んで距離を取った。

 

 

「ふむ……人妖の血は初めてだが、美味いな中々? 少しスパイシーで癖になる感じだ」

 

「な、な、なっ、何で嚙みつくんだクーリ!?」

 

「何って……本気を見たいんだろ?」

 

 

その片鱗を見せてやると。

男は笑い、静かに一言呪文を紡いだ。

 

ーー【真血適応(ブラッド・アダプト)】と。

 

そう言葉が紡がれると共に、男の体がザワリと霊的に変異し始める。

 

 

 

「顔は狙わないし勝ちも譲らない。さて……第二ラウンドと行こうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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