永続する白の夢   作:無涯灯

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第1話

 

 

 

 気がつくと、私は何処かの駅のホームらしき場所に立っていた。周囲を見渡すが、どうも無人に見える。奥の方に列車が一つだけあり、不気味な静寂が場を満たしていた。無臭、無音、ここには何も無い。

 

 思い返しても、なぜここにいるのかがわからない。私が誰かというのはわかる。ある新聞社で記者をやっていた、ちょっと人の気持ちを察するのが不得意な女だ。魔術も科学も、これといって得意なことも無く、ボンヤリと生きていたら、いつの間にかこうなっていた。

 

 少し持ち物などを調べてみる。服装はいつもの仕事着。ポケットは空で、下げているバッグの中には見慣れた物品が揃っている。魔導カメラも健在だ。しっかり動く。問題は無い。

 

 息を吐いて、歩き出す。ホームをなんとなく彷徨って、広告なんかも見てみる。けど、わかることは少なかった。文字は見覚えがあるが、内容に覚えはない。わからないことがわかったと言うやつだろう。ふと、見上げると、そこには針の止まった時計があった。なんだか不思議だ。気にはなるが、故障だろうと、一度考えないようにする。

 

 立ち止まってしゃがみ、床を見てみる。美しい……異様に滑らかな石材、傷はなく、生まれたての赤子めいた玉肌だ。指でなぞってみると、ツルツルしている。埃一つなく、汚れも一切つかなかった。試しに蹴りつけてみたが、傷はつかない。

 

 立ち上がり、線路の先を見てみると、果てが見えない。ホーム自体は常識的な長さだが、壁が続いている。外は何処にも見えなかった。資源の無駄遣いではなかろうか。

 

 出口なんかも見当たらない。天井はすりガラスで覆われ、おおよそ昼ごろの明るさをこの場に与えている。一人分の足音だけが反響する中、私はあの列車に近づいた。

 

 そこに、列車の出入り口の脇に、白い少女が居た。先程まで、確かに無人であったように見えたが、ただ、そこに居た。最初から居たのか、たった今現れたのかわからない。ふと気がついた時に、そこに居た。

 

 暗く澱み、色も定かではない、半分閉じた、眠たげな瞳。腰の下まである、あまり手入れに力が入っていなさそうな、長い白髪に、人形のような白いゴシック・アンド・ロリータのドレス。

 

 人形のような、というより、人形そのものが歩いているような、そんな少女だった。

 

 普通なら、積極的には関わりたくないタイプだ。けれど、この状況下では話しかける他ないだろう。それに、私の記者としての、申し訳程度の好奇心が疼いている。選択肢は無かった。

 

「えっと……こんにちは! その……ここ、何処かわかります?」

 

「……なんだね君」

 

「あ〜その……記憶喪失的な? 何でここにいるのかわからなくて……」

 

「はあ……?」

 

 少女が首を傾げ、気まずい空気が流れる。あるいは私がそう感じただけかもしれない。私には彼女が、何もない存在のように感じた。気まずさは勿論、私や、この場所への関心も。

 

「見ればわかるだろう。駅だ」

 

「駅……ですか」

 

「ああ」

 

 何の情報にもならなかった。何となく、彼女には私の知らない前提知識が、共有されているのだろうという確信があるように見えた。私が無知なのか、彼女の基準が高いのか、それはわからない。

 

「その、出口とか、ありますか?」

 

「ない」

 

「あっ……ないですか」

 

「ああ」

 

 彼女の言葉はあまりにも端的すぎた。打てば響く? 機械的というべきだろうか。そして何より、空っぽな印象が強まる。

 

 しばらく無言が続いた。何を話すべきか、何を聞くべきか、そもそも聞いていいのか、それを迷い、考えながら辺りを見回す。見れば見るほど名状しがたい、不自然さを感じるホーム。世界にそのまま画像を貼り付けたように、浮いているように見える少女。結局、私は思考を打ち切り、反射に身を任せることにした。

 

「何処かに行くんですか?」

 

「ああ、旅に行く」

 

「旅?」

 

「うむ。この列車でな」

 

「ほほう? どこ行きとか聞いても?」

 

「何処だろうな。私が手配したが、行き先は適当だ」

 

「手配したんです? 貴方が? 行き先を決めずに?」

 

「ああ」

 

 いくつかの疑問は残ったが、飲み込む。今回ばかりは、うまくいったと言えよう。どうやらこの場は、彼女の為の場だと思って良いだろう。ここは彼女が主役の場面だ。私はさしずめ、迷い込んだ一般人A。邪魔者だ。

 

「その……私、どうすればいいでしょう。帰り方とか、わからないんですが……」

 

「ほう」

 

「はい……」

 

「……君も乗るかね」

 

「はい?」

 

「君の居るべき駅に、着くかもしれない」

 

「……なるほど」

 

 奇妙な提案、しかし、これまた選択肢の無い提案だったように思える。出口は無く、帰り方はわからない。ここが何処かなどさっぱりで、そんな中、彼女が手配したと言う列車に乗せてくれるのだ。いずれ覚えのある駅に、場所に着くかもしれない。それに、帰ったところで、という考えが過った。だから、私はその提案に乗ることにした。

 

「じゃあ……お願いします?」

 

「うむ。乗り給え」

 

「し、失礼しまーす……」

 

 彼女に手を引かれ、列車に乗り込む。内装はアンティーク調と形容すべきだろうか。左手には次の車両への扉が、正面に少し進んで右手に廊下があり、廊下を真っ直ぐ見て右に、いくつかの部屋への扉がある。左は多くの窓が連なっていた。

 

 ふと、彼女の手が、不思議な感触であると気づいた。温度がないと言うべきか、熱を感じなかった。けれど、冷たいわけでもなかった。聞いても、いいのだろうか。

 

「その……なんだか死体みたいなお手ですね!」

 

「そうかね?」

 

「……多分?」

 

「そうか……」

 

 沈黙。うん、何か間違えた気がする。そのまま無言で手を引かれて、ある一室の扉が開き、中に招かれる。正面の壁には大きめの窓があり、カーテンが脇についている。部屋にはそこそこのサイズのベッドが右端に置かれ、廊下側に豪華なソファが、左の壁には奇妙な絵がかけられていて、その下に棚があり、いくつかの変な置物が飾られている。なんだろうか、アレ。

 

 かつてこの世界に科学をもたらしたという人が語った、「モアイ」を引くほどブサイクにしたような……う〜ん……

 

「あれって何なんです?」

 

「何だろうな……アレ」

 

「えぇ……」

 

 促されてソファに座る。彼女はベッドに腰を下ろし、横になった。こちらを見ているが、目を離したら数秒後には眠っていそうだ。なんだか小動物めいた可愛さを感じ始め……いや、別にそんなでもない。まだ不気味だ。

 

「出発はいつですか?」

 

「もうすぐだ」

 

 その言葉が頭を流れていく間に、列車が振動し、ゆっくりと窓の外が動き始めた。少しずつ、静かに、妙に音が無かった。振動と景色が無ければ、まだ動いていないと思っていたかもしれない。その振動も最初のものだけで、継続はしなかった。

 

 やがてホームが見えなくなり、延々と続く壁だけが窓の外を埋める。トンネルなんかとも違う、不思議な景色だった。ボンヤリと眺めていると、壁の継ぎ目が無いことに気づいた。もしかすると、壁全部が一つの物体として作られたのかもしれない。そんなことをする必要性は私にはよくわからなかったが。

 

「運転手さんはいるんです?」

 

「居ない。自動運行だ」

 

「……他の乗客は?」

 

「居ない」

 

「なるほど〜」

 

 我ながら、何がなるほどなのだろうか。とにかく、この列車では二人きりということでいいのだろう。なんだか……

 

「ロマンチックですね!」

 

「そうか……?」

 

 そう思うとワクワクしてきた気がしないでもない……せっかくの旅、私なりに楽しんでもいいでしょう!

 

「……ん?」

 

「……どうかしたか」

 

「いや……ベッドって、一つですよね」

 

「ああ」

 

「私、ソファで寝たほうがいいです? それとも、他にあります?」

 

「無い。別に隣でいいが」

 

「じゃあ遠慮なく〜!」

 

 早速、長い付き合いになるだろうベッドの寝心地を確かめるために、少女の隣にダイブする。ぼすん、といった感触。程よい反発に、手触りの良いシーツ、見た目に違わずかなりいい寝具だ。これなら長旅でも安眠間違いなしだろう。幸い、枕は長くて共有に適していそうだ。

 

「いいですねこれ! うちに欲しいくらいですよ!」

 

「そうかね」

 

「おいくらです?」

 

「七十万アーネ」

 

「…………」

 

 私はそっと身体を起こし、ソファに向かい、座り直した。痛々しい沈黙。少女はそれ以降何も言わない。私も何も言わない。絶対的、静寂。私は敢えて空気を無視し、それを打ち破る。

 

「……もし、壊したら、弁償とかする感じですか?」

 

「いや、壊れることは無いから、あり得ない仮定だ」

 

「……ほほう?」

 

 壊れることは無い。謎の技術だ。先の駅を作った人が関わってる列車だったりするのだろうか。しかし、そんな技術、あるなら有名になってそうなものだが、私は聞いたこともない。記者失格……! 何故か敗北感を感じる。

 

「火つけちゃったりしても大丈夫な感じですか?」

 

「ああ。水没させても大丈夫だ。この列車自体もな」

 

「わぁ……」

 

 無敵か……? この列車……まあ、事実であるなら喜ばしい。うっかりやってしまっても問題にはならない。これほど気楽なことはない。勿論わざとやるようなことはしない。けれど、事故は起こるものだ。

 

 しばらく、どちらも無言だった。少女は相変わらず横になって、時折身じろぎしている。私はバッグの中身を意味もなく漁ってみたり、カメラのデータを眺めていた。眠くなったら、とも思っていたが、まだまだ眠気は来そうにない。そこまで考えて、ようやく気づいた。

 

「食事って出るんですか?」

 

「……ああ。必要かね?」

 

「必要ですね」

 

「……定期的に用意しよう」

 

「ふむ。よろしくお願いしますね」

 

 それきりだった。食事は出るらしいが、詳細は聞けそうになかった。少女は億劫そうで、今にも眠りたそうにしていたからだ。変に話しかけ続けるのも悪いだろうと思い、私は話を続けないことにした。

 

 やがて少女はその目を完全に閉じ、身じろぎも無くなる。堂々巡りの思考の中で少女を眺めていると、また一つ、違和感に気付くことができた。

 

 無音の列車に、一人分の呼吸の音だけが響く。少女は、息をしていないようだった。その姿はまさしく、人形。もっと言うなら、死体だった。保存処理を施された、芸術作品のようなオブジェクト。私はそれを美しいと思った。変わらない美しさ。永劫、不変、少女はそういった概念を感じさせた。

 

 私はそれから目を逸らして、窓の外に目を向けた。相変わらずの壁……のはずだったが、気がつくと、窓の外は一面の緑、虚無の草原が広がっていた。建造物の類は見えない。ただただ草原が何処までも続いていて、その果てにちっぽけな山脈らしいものが横に、永遠に続いている。不可解な地形だった。知らない長さだった。列車の速度が余計にその異様さを私に感じさせた。

 

 空を見てみる。そこにはルールがあった。一定間隔で全く同じ形を繰り返していた。本当にこの列車は、進んでいるのだろうか。そんな疑問が脳裏を過ぎる。されど、窓から見るに、線路は直線であった。回ってはいない、はずだ。

 

 ずっと眺めていると、少し気持ち悪くなってきた。私は目を擦り、目を閉じ、視界を閉ざす。大きく息を吐いて、ソファで姿勢を崩して過ごす。再びカメラを取り出し、そこに残る普通の空を眺める。しばらくすれば気分は落ち着いた。

 

「……はぁ…………」

 

 私の長所は緊張やストレスとは無縁であることだったのだが、現状を見ると、嘘だったかもしれないと思う。単に経験が無かっただけなのだろうか。行き先は、どのような場所に着くのだろうか。この窓の景色のような場所なのだろうか。とすると、あまり気が進まなくなってきた。そのうち慣れるだろうけど、どうだろう。案外、慣れるより先に旅が終わるかもしれない。

 

 そのまま何もせずに過ごしていると、少しずつ瞼が重くなってきた。そろそろ眠れそうだ。私は立ち上がり、再び彼女の隣に、横になる。少女は外側を向き、顔は見えない。至近距離で、その静かさに不安になる。まさか、死んでいないだろうか……

 

 ひとまず、私は眠ることにした。

 

 

 

「起きろ」

 

「んぅ……?」

 

 冷淡な声に意識が浮上する。すん、と鼻を鳴らせば、美味しそうな匂いがした。目を向けると、ソファの前にアンティークの机が置かれ、その上にいくつかの皿が並んでいる。パンに、ステーキに、サラダ。あれは紅茶だろう。健康的でバランスの良さそうな食事に見える。しかしなぜだろう、脇に置かれたコーヒーだけ明らかに力が入っているように感じた。視覚的には普通のコーヒーのはずだが……匂いはこのコーヒーだろうか。しかし、一人分。

 

「これは、私のですかね?」

 

「ああ、君のだ。コーヒーだけは私のものだ」

 

「ほ〜う。ではありがたく、頂きますね」

 

 コーヒーを片手に優雅に過ごす少女の横で、私は黙々と食べ進めた。味は、素晴らしい。食べたことがないほどではないが、高価な材料なのだろうと予想させられる。

 

「こういう感じで毎食ですかね?」

 

「ああ、毎食だ」

 

「嬉しいですねぇ……あ、待ってください、トイレとか、お風呂は?」

 

「次の車両に用意はされている。使い方は自分で調べるといい」

 

「むぅ……? わかりました。その、貴方は食べないんです?」

 

「不要だからな」

 

「そうですか……」

 

 窓の外は変わっていなかった。何一つ。

 

 

 

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