永続する白の夢   作:無涯灯

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草原と岩

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

 彼女の声に顔を上げると、窓の外の景色が止まっていた。食事の後やることもなく、ずっと写真を眺めていて、時間感覚が曖昧になっていた。

 

 と、言うのも。確実に起きている間だけでも、半日以上の時間が経過したように感じているにも関わらず、窓の外の景色は全く変わらなかったからだ。青すぎる空に、規格化された雲、端的に言うと、昼夜の概念が無いように見えた。

 

「どうすればいいんです?」

 

「ここにいてもいいし、ついてきてもいい。私はしばらく散策して、満足したら戻る。これからの駅でもな」

 

「ほほ〜う……禁忌というか、やっちゃいけないことってあります?」

 

「……ふむ。特別なルールは無い」

 

「了解です! それじゃあ」

 

 私は立ち上がり、彼女の近くに寄った。それを見た彼女は相変わらずの無表情のまま、少し首を上下させ、歩みだした。

 

 扉が開かれ、廊下をわたる。部屋の窓の反対に位置する廊下の窓の外も、何ら変わりはなかった。同時に、強烈な違和感を覚えもした。

 

 そうして出入り口に着く。彼女が先に出て、こちらを振り返る。私も、外に出た。

 

 踏みしめたのは硬い石の感触だった。ただ、あの駅とは違う。非常に凹凸が激しく、正反対ですらあった。空気に違和感は無く、風の音すら聞こえ、奇妙な解放感を感じる。

 

 離れた正面には、遺跡があった。遺跡と呼ぶべきだろう。見たこともない紋様の描かれた、黒く、大きな何かをそのまま削り出したような物体が、いくつか積み上げられて、何らかの建造物を形成している。それらにツタが這い、まさしく、といった古代の遺構の雰囲気を醸し出している。

 

 しかし、それはあまりにも寂しかった。そう、一つだけだったのだ。この緑の平面のど真ん中に、一つだけぽつんと配置されている。周囲に何かあってもいいはずだが、無かったのだ。

 

 足元に目をやる。同じ材質、それが汽車に沿った長方形の塊として設置された、石舞台、というべきか。遺跡に向かって階段が伸び、製作者は二足歩行ではあったのかも、と辛うじて推定できた。

 

 少女が舞台を降り、遺跡の前でこちらを振り返る。私を見つめて、首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「……大丈夫です。その、こういうのって、撮ってもいいですかね?」

 

 バッグから取り出した魔導カメラを少女に見せる。この衝動は、恐らくは好奇心の類だろう。何となく、この場所を記録しておきたいと思ったのだ。

 

「好きにするといい」

 

 そういって彼女は再び歩き出した。私も少し息を整えてから、それについて行った。

 

 階段を降り、大地を踏む。草と土の感触は、想像とは違って普通だった。この異様な平面的草原を構成しているくせに、今更普通面をしていた。

 

 やがて遺跡に到達する。また少女が立ち止まって振り返る。その近くには、出入り口らしきものがあった。四角形の穴。ただくり抜かれたような穴だが、奥行きがあり、左への曲がり道が見えた。

 

「遅い」

 

「ごめんなさ〜い!」

 

 どうも彼女、自分のペースが優先らしい。時折どこかに視線をやっているのは見えるが、じっくり観察するほどでは無いようで、私は相対的に遅い人に定義されてしまった。

 

 カシャリ、と遺跡全体をカメラに収める。奇妙な空と平面の草地の真ん中に、寂しくそびえる遺跡。これからも、こんなのばかりが続くのだろうか。

 

 少女について、四角形の内に入る。段差を越えて入った、くり抜かれた内部に照明の類は無く、真っ黒な視界を更に暗くしていた。辛うじて足場は見えるが、これ以上になると躓くだろう。

 

「明かりとかないんです?」

 

「必要かね」

 

 心底不思議そうに言われてしまった。軽い火種を用意する魔術が使えたらよかったのだが、私には無理だ。諦めて先に進む。すると、匂いがした。外は無臭だったが、この遺跡は、草原のど真ん中であるのに、潮の匂いがしたのだ。少女は何も言わない。

 

 曲がり道の先は舞台と同じような階段状。暗い遺跡に二人の足音が反響する。上りきった先は、大部屋らしき、広い空間だった。ただただ広い。外から見たときに、こんなにも広い空間があるようには見えなかった。足音だけが響く。何だか異様に寒い。外の気温とあまり変わらないのが普通だと思うのだが。

 

 部屋にはいくつか奇妙なオブジェクトがあった。材質は同じ、何なら、床と接続されている。製作方法が同じなのだろう。私の腰辺りまでの棒状の二脚の上に、縦に長い長方形の、斜めになった板が付いていて、その表面に正方形の小さな凹凸がびっしりと並んでいる。そんなオブジェクトが、部屋の真ん中に十個ほど、向きも揃えて整然と並んでいる。

 

 私は近づいて、試しにその凹凸を押してみた。硬い。何らかの仕掛けがあるわけではないようだ。なおさら正体がわからない。

 

「君……何をしている……」

 

「ちょっと気になって……」

 

 呆れた声に振り返ると、離れた位置、入ってきた場所の反対側の隅、通路への接続口の横で壁にもたれ掛かっていた。待っていたのだろうか。

 

「これ、何かわかります?」

 

「さあな。儀式的な何かだったのか……私は知らない」

 

「貴方思ったより物知らずですね!」

 

 少女はため息を吐いて、通路に向かった。息をしないのに、ため息は吐くようだ。不思議な生態である。

 

 オブジェクトを中心に、部屋を撮影する。カシャリという音がかなりうるさく響いた。フラッシュもたいたが、眩しすぎて目が眩んだ。目を擦って、すぐさま私も通路に向かう。

 

「はぁっ……?」

 

 私が吐いた息は白かった。

 

 通路に入る。そこもまた、謎めいた構造だった。かなり長い廊下なのだが、左の壁面に長方形の穴が空いていた。横に長く、上下に二段、それが廊下の左の壁を埋め尽くしている。その穴の中には何も無く、ただくり抜かれているだけに見えた。しかし、よく見ると、先程の板の凹凸と酷似したものが、穴の底面を埋めていた。一瞬寝床か何かなのではと思ったが、これは随分と寝心地が悪そうだ。

 

 いや、ものは試しだろう。私は一度この穴の中に入って、横になってみることにした。しゃがみ、下段の中に足を入れ、そのまま上半身。凹凸が背中に感じられる。かなり、痛い。

 

「本当に何をしている……」

 

「あ、どうも」

 

 横を向くと、少女が屈んでこちらを見つめていた。無表情……ではなく、完全に呆れた、面倒そうな表情だった。何だか申し訳なくなってくる。しかし、この暗く黒い空間において、真っ白な少女は妙に美しく映った。しばらく澱んだ瞳と見つめ合う。

 

「……」

 

「……」

 

「早くしろ」

 

「はい」

 

 穴を出て直立。大人しく少女についていく。明かりが無く、外の光も届かなくなったこの空間で、彼女は唯一の目印にもなっていた。見失っても、出ることはできるだろうが、何度か転ぶのは避けられまい。にしても、彼女はこの暗さの中でも、視界がはっきりしているのだろうか。

 

「ここが何かって、わかります?」

 

「いいや」

 

「あの穴とかについて聞いて無駄な感じですか?」

 

「そうだな。私は各駅について把握していない」

 

 足音をかき消すように、声が反響する。この遺跡ではやけに音が反響するように感じる。そういう材質なのだろうか。

 

「そもそも、駅って現実の場所なんです?」

 

「いくつかの異世界の場所が混在するが、多くはカレルレートの現実だ。覚えのある場所なら答えられるだろうな」

 

「……ほう? とすると、私に覚えがある場所も?」

 

「あるかもしれないな」

 

 多くの駅がこの世界の現実なら、実質世界旅行なのではなかろうか。ただ、いくつか混在するという異界が不安でならない。どうしよう……大気が毒だったりしたら……この少女はそういうの効かなそうだし、気にせず降りて行くのに追随したら……なんて、ありそうだ。

 

 話していると、外の明かりが差し込む曲がり道が見えてきた。気持ち、寒さもなくなった気がする。少女と並んで道を曲がると、そこは遺跡上部の外に繋がっていたらしい。壁がなくなり、足場だけになっている。柵などもなく、かなり危なそうだ。下を覗き込むと、思ったより高い。

 

「これ落ちませんかね?」

 

「不安なら、手を握るといい」

 

「え?」

 

 彼女がこちらに手を差し出す。無表情。こちらを見上げて、億劫そうに上げた手を伸ばしている。当然のことのように。

 

「えっと……」

 

「……」

 

 瞬間、パシリと手を掴まれる。心臓が止まった気がした。そのまま手を引かれ、足場を進む。

 

「あの……」

 

「……」

 

「私、子供じゃないんですけど!」

 

「……いや、そういう理由では……まあいい」

 

 少しすると、広い場所、屋上らしい場所に着く。外壁を伝うツタがここに伸びている。相変わらず柵も何も無いが、手は離された。少女が隅のツタが集まった場所に向かって行って、そこでしゃがみ、地面を見つめる。

 

 全体を見渡すと、特に何らかのオブジェクトの様なものは無いようだった。ただ、最初に外から見たときに、遺跡の壁面に見えた紋様が地面にびっしりと刻まれていて、中央はそれが円形を成しており、何らかの儀式的な意味を想起させた。

 

 なんとなく、中央に立ってみる。何も起きない。何かが変わったような感じもしない。謎だ。腕を組んで空を見上げる。相変わらずの規格化された雲だ……気づく。風があるのに、雲は流れていない。ああそれ以上の事がある。太陽が無い。当然、月もだ。そして、影が落ちない。おかしい。試しにバッグの中身を取り出し、バッグを逆さまにして地面に置いてみる。内部は明るいまま、変わらなかった。この明るさはどこからどうやってもたらされているのか、なぜ、遺跡内部は暗いのだろうか。あるいは。

 

「この石材?」

 

 コンと、軽く叩いてみる。感触自体は普通だ。バッグから取り出した中身から、ナイフを拾い上げ、軽く切りつける。そうすると、紙のように刃が進み、容易く切断痕が付いた。ついで、軽く殴ってみる。硬い石の感触。何の変化ももたらさなかった。よくわからない性質だ。

 

「あの〜! こういうのって持ち帰りオッケーな感じですか〜!」

 

「勝手にしろ」

 

「よし!」

 

 ナイフを動かし、石を切り出し、こぶし大のものを取る。掲げてみると、やはりこの石だけは、影が落ちるようだった。ただ、その方向が定まらない。形もだ。これ以上は、私にはわからない気がした。一応地面に叩きつけるが、割れない。バッグに放り込む。記念品にでもしよう。

 

 しばらく周りを撮影し、写真を確認していく。それらに明らかな異常は見られなかった。最初の正面からの全体を収めた一枚。内部の、あの奇妙なオブジェクト群の部屋。屋上からの景色。何の問題もなく撮れている。

 

 それなりの時間を屋上で過ごしたように思えたが、少女が未だに動かない。時間潰しに遺跡の周囲を見渡す。やはり、虚無。延々と続く草原と、遥か遠くに、壁のように一直線に連なる山々。眼下には石舞台と汽車があった。見るに、線路は存在するらしい。わざわざ引いたのだろうか、それとも、そういう魔術だろうか。

 

 ここまで来ると流石に気になり、少女の方に近寄る。

 

「何してるんです?」

 

「何も」

 

「えぇ……」

 

 彼女が見ている先を見る。ツタの山。ふと違和感。これは確かにツタの山だ。石から生えてはいない。しかし壁面に垂れ下がっている。何かおかしい。これはどこから生えているのか、どこが始点なのだろうか。

 

「要は済んだか」

 

「あっ、私待ちだったんですか?」

 

「ああ」

 

「な〜るほど〜!」

 

 合点。私が少女を待つための行動は、少女を待たせる行動になっていたらしい。コミュニケーションの不足……! 次からはちゃんと聞くべきだろう。

 

「じゃあ、戻るんですか?」

 

「そうだな。私は満足した。君もやることがなくなったのなら、戻るとしよう」

 

「は〜い」

 

 少女が立ち上がり、当然のように私の手を掴んで、あの危なっかしい足場を進み始める。もしや……

 

「実は、貴方の方が怖かったり?」

 

「……?」

 

「ごめんなさ〜い……」

 

 その顔を表現するなら、「何言ってんだ、こいつ……」であろう。まさしく、今にもそう言いそうな顔だった。的外れだったらしい。一度黙ることにする。にしてもやはり、熱の無い手だ。心なし、こちらも熱を失うような感覚がする。気のせいだろうか。

 

 足場から遺跡内部に戻り、手を離される。瞬間、寒気が戻った。そのまま私達はのんびりと歩いて出入り口に向かっていく。やがて大地を踏みしめ、石舞台を上り、汽車へと戻った。変わらぬアンティーク調の内装。扉を開ければ、親しみすら感じるあの部屋が待っていた。やはりそこそこの時間を歩いたからか、疲労感がある。ベッドにダイブしようと思ったが、その値打ちで足を止め、続けて自分の状態が気になった。

 

「……シャワーがあっちの車両にあるんですよね?」

 

「ああ。使うなら、自由に」

 

「あざ〜す!」

 

 

 

 

 

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