「あの」
「どうした」
「お食事、これですか?」
「ああ」
パンに、ステーキに、サラダ。脇には紅茶だろう。健康的でバランスの良さそうな食事だ。問題はこの食事に見覚えしかない点か。少女もベッドに座り、あの時と同じコーヒーを飲んでいる。
「バリエーションとかないんですか」
「栄養は十分だろう。必要かね。そも、毎食だと言ったはずだ」
「毎食ってそういう意味ですか!?」
確かに、生きる為には十分な食事だ。しかし……いやぁ……真に毎食これは辛いものがある。でも、立場上あまり文句も言えまい。
「……やっぱり、他も用意できません?」
「面倒だ」
「面倒ですかぁ……」
一縷の望みをかけてみたが、駄目だった。あまり執拗に要求して機嫌を損ねたら何が起きるかもわからない。諦めることにする。
ソファで大人しくナイフとフォークを手に取り食べ進める。しばらくすると、窓の外の景色、見慣れてきた草原と雲が流れ始めた。出発したらしい。次は、どのような駅なのだろうか。
「そういえば」
あの遺跡から持ち帰った黒い石を取り出す。もしやと匂いを嗅ぐと……潮の匂い。どうやらあの遺跡の匂いはこの石が原因だったと見るべきだろう。
「これって塩になりませんかね」
「……?」
少女は首を傾げた。うん。今のは私も少し変なことを言ったと思う。それでも、気になるものは気になってしまうのだ。一応軽く洗いはした。
「こう……安全に舐められません?」
「…………はぁ。手を」
こちらに手が差し伸べられる。遺跡の屋上への足場の時のように。今回ばかりは流石によくわからない。
「えっと?」
「私と接触している間は、安全を保証できる」
「ほう? 信じますよ? 信じますからね?」
信じ難い言葉ではあったが、好奇心が抑えられない。それに、遺跡での振る舞いから、何かあってもなんやかんや助けてくれるのでは、という期待もあった。
「では……」
ぺろりと、石を舐めてみる。お味は…………うん! しょっぱい! ほぼ塩だこれ!
「これ、塩です」
「そ、そうか……」
一瞬、ステーキにかけようと思ったが、砕くことは難しいことを思い出し、バッグにぽいとしまった。使ってしまったら再度手に入れることもできないかもしれないし、やはり記念品として取っておくことにする。
「ところで、今までの駅に戻れたりするんです?」
「いいや」
「あら」
なら、なおさら取っておくべきだろう。黒い石調味料化計画は永久凍結だ。
そうこうしていると、コーヒーを飲み終えた少女は横になり、目を閉じる。この子、行動がパターン化されている。ふと目を上げると、外の景色が変わっていた。灰色。空は雲ではない、されどモコモコとした、あるいは球状のものを無数に敷き詰めたような形の何かで覆われ、時折空高く伸びる柱のようなものが見える。大地は草原だが、所々に四角い構造物が建っている。奇妙な不安感を感じさせられた。
少女も眠り、しばらくは着かないだろうし、その上、遺跡探索の疲労がある。私もまた、少女の隣に横になり、眠ることにした。
◇
「起きろ」
「んぅ……? は〜い……」
目を擦り、身体を起こす。前を向くと、同じく身体を起こした姿勢の少女が、隣でこちらを見つめていた。何を考えているか定かでない、澱んだ瞳の無表情と向き合う。顔が良い……
「……着いたんですか?」
「後少しだ」
窓の方に目をやれば、景色は寝る前と変わっていなかった。次の駅周辺もこのような場所であるのだろう。あの柱や四角い構造物も間近で見られるかもしれない。
何を話すでもなく、私も少女もそのまま止まっている。よくわからない沈黙が続く。少女に目を戻すと、その暗い瞳と目が合う。吸い込まれそうな、底なし、あるいは果てのないというべきか。
やがて景色の流れが緩やかになり、灰色の構造物が密集する場所に停車したらしいことを理解する。少女も軽く視線を外に向け、口を開いた。
「行こうか……来るのだろう」
「せっかくですからね」
ベッドを降りて外に向かう少女に追随する。廊下からの窓の景色も部屋からのものと同様だった。そうして降車する。最初に感じたのは、雨の匂い、だろうか。日の光はなく、薄暗い。ただ、雨は降っていない。空を見上げてよく観察してみる。あの密集した球状の何か、それは流動していた。そこで把握した。あれは恐らく、液体だ。空が液体で埋め尽くされている。不気味なことに、あれらは眼球であるかのようにも見えた。球状のそれらが、形を保ったまま流動しているからだ。
視線を下ろし、周囲を見渡す。やはり目立つのは無数の灰色の、四角い構造物だ。なんとなく前の遺跡のものを思い出すが、あれとは明確に違う。ここの物体は凹凸がない。そして、あの遺跡よりはるかに無機質な線が形を作っていた。構造物にはこれまた四角い、恐らくは窓や出入り口であろう穴があり、それらの構造物が家などの建物のようなものではないかと推測させる。ただ、私の知る家なんかとは随分と違う。屋根の類なんかはない。本当に、ただただ四角い。そんな灰の立方体が上下に、左右に、敷き詰められている。同じ材質らしい道、上層には細い橋もあり、少し複雑な景色を構成している。ここは何だか、息苦しい印象だった。それに、霧がかっている。遠くまでは見渡せない。逆に、空からはこの場所全体よく見えそうだ。
「随分と見入っているな」
「……ちょっと、見たことない雰囲気でしたから」
ホームも同じ材質だ。滑らかな灰色。最初のホームの石材とは違う。石とはまた違うもので、所々に小さな穴のようなものが目立った。
「何なんでしょう、これ」
「……コンクリート、またはそれに類似する何かだろう」
「コンクリート? ……あ〜聞いた事があるような……」
新技術がどうとかで聞いたような名称だ。科学をもたらした人のメモから再現された、建材として画期的とか、そんな感じだった気がする。まだ検証中で、本格的には使用されていないみたいな話だったが……
カメラを取り出し、地面の接写と、周辺の様子を撮影しておき、歩き出す。少女もそれを見てさっさと歩き出した。二人の足音だけが響く。この場所は上方から小さな水の音が聞こえるが、簡単にかき消されるものだった。
ふと、少女が構造物に入っていった。逡巡したが、私もそれに追従する。中に入ると、そこにはコンクリート……のテーブルや椅子らしいものや、他の部屋への出入り口らしきものがあり、ここが居住空間であるのではないかと強く感じさせた。それにしては扉がないが。
少女は窓であろう穴のそばに行って、空を見始めた。それを横目に、私は建物の中を見て回る。テーブルの上には円筒状のものが置いてあった。これは、コンクリートではない。何らかの金属に見える。指先で叩くと甲高い音がなり、同時にそれが空洞であるように聞こえた。試しに持ち上げる。見てみると、底面には穴が空いていた。掲げて覗き込むと、円筒の上面に少量の液体がある。落ちてこない。恐らく、空の液体と同じ性質なのではないだろうか。撮影し、元に戻す。
顔を上げると、いつの間にか出入り口に立っていた少女がこちらを見ていて、その後すぐに外へ向かっていった。
「あっ、ま、待ってくださ〜い!」
私の声に少女は一瞬止まって振り返ったが、こちらがついてきているのを確認すると歩みを再開する。本当に彼女は自分のペースが第一のようだ。
追いつき、横に並んで歩き出す。周囲を観察するが、同じような建物ばかりだ。道は交差こそすれ、そのほとんどが直線であり、景色があまりにも変わらないので、何か目的の建物があったら見つけるのが難しそうだ。けれど、駅へは直線と曲がった回数で簡単に戻れるだろう。
しばし歩いていると、道の脇にあの空への柱が見えた。小走りで近づき観察してみる。円柱、一面に人の出入りできそうな穴があり、中は空洞。内部には仕掛けらしきものがある。壁を繋ぐ棒に巻かれた、上へと続く、白い紐らしいもの。そこに、あの液体が入った円筒を思い出させる、しかしあれより大きいものが取り付けられている。
「これは……?」
「井戸じゃないかね」
「え?」
気が付くと横に立っていた少女が紐を掴んで引き寄せ始めた。そうすると、円筒が上へ上へと上っていき、やがて見えなくなる。そして紐が動かなくなると、手を離し、距離を取る。すぐさまあの円筒が落ちてきて、ピタリと中空に吊るされて止まった。
中を覗くと、なるほど液体が溜まっている。上向きの井戸、ということだろう。傾けてみると、液体は上へと落ちていった。これはつまり、飲む時も上に行くはずだから、かなり面倒な体勢を強いられる気がする。
「飲めるんですかね」
「やめておけ」
「むぅ」
ぐいと手を引かれ、再び道を歩き出す。かなりの時間歩いたが、時折井戸が見られる以外変わり映えしない。上層にはどのように行くのだろうか。現状、梯子や階段のような到達手段がないように見える。
「あの〜」
「……」
「ここって他に何かあるんですかね」
「さあな。どちらにせよ、もう少し見て回る」
「満足するまで?」
「ああ」
「ふむ、ところで、上に行く方法ってあるんですかね」
そこで少女は歩みを止めず、しかし口元に手をやり、考えているような動きを見せる。珍しい動きだ。少なくとも、今の私には珍しいと感じさせた。
「……ここの住民だった存在に特有の移動方法でもあったのだろう。我々のような形態のものが想定されていない可能性がある」
「急に饒舌」
沈黙の後の、唐突な少女の語りだったが、確かに有り得そうな話でもあった。ここの住民がそもそも私たちの知る人間とは違う形だったり、知らない前提を持っていたのなら、私たちにはわからなくて当然だろう。
「上がってみるか」
「え?」
カツン、という音。目を向けると、少女は空中を、当然のように踏みしめていた。私には浮いているようにしか見えなかった。そのまま少女は階段を上るような動きで、空中を足場に上っていく。
「それどうやってるんですか? ていうか置いて行かないでください!」
「……ああ、面倒だから聞くな。今降りる」
瞬間、少女は立ち止まり、こちらを見た後に転落した。直立したままストンと地面に落ちる。服がなびくこともなく、音もなく着地した少女は、唖然とする私に近づいて、そのまま片手で腰を掴み、肩に乗せる。
「ちょ」
「ふん」
そんな声と共に、少女は軽く地面を蹴り、明らかに重力を無視した挙動で飛び上がる。当然、私を肩に担いだまま。そうして上層の橋に着地する。着地の衝撃が腹部を揺さぶった。
「ぐえ」
「さて」
そうして、ドサリと私は橋の上に投げ捨てられた。扱いが雑過ぎる。この子は私のことを何だと思っているのだろうか。
少女は惨めに転がる私を気にせず、近場の建物へと入っていく。色々と気になることが多かったが、聞くな、と言われたばかりだ。聞いたところで答えてくれるはずもない。
少女について建物に入る。内装は最初の建物と変わらない。精々インテリアの配置が微妙に違う程度だ。テーブルの上には変わらず円筒が一つ。やはりコップでいいのだろうか。掴み、傾ける。同じく中身があったようで上に溢れていく。液体は天井で音を立てて弾け、飛沫を散らし、天井のコンクリートを濡らした。
「逆立ちしながらなら飲めますかね」
「君のその執念には驚かされるよ」
と言う割には、少女の表情は動いていない。なんというか、慣れられてしまった気がする。こうなると妙な反骨心が湧いてくる。私はそんなつまらない女じゃありませんよ……!
「むん」
「……?」
逆立ち。少女は眉をひそめて困惑した。まあ一旦、少女の表情を動かした私の勝ちでいいだろう。逆立ちをやめる。
「にしても、この場所ってもうこれ以上の変化はないんじゃないですか?」
「そうだろうな」
「それじゃあ?」
「満足はした。君も用がないなら戻る」
「そうですね〜ちょっと撮りつつですけど、戻りましょう」
最後に、上層からの景色や建物内部の様子なんかを撮影していく。直線の道の左右に立方体が立ち並び、それが上へも積み上げられ、下層の幅広の道に対し、上層では細い橋が道を代替している。一見複雑だがこう見ると酷く角張っていて、非常に整理されているようにも見える。不思議な街……そう、ここは恐らく街だったのだろう。
また少女に担がれて下層に降り立ち、来た道を戻り始める。帰路も変わらず、酷く単調で息苦しい印象は変わらなかった。されど、ここの住民には、また違った印象に見えたのだろうか。