眩しさに手をかざす。この駅の日光は今までと違って特別明るく、暖かかった。指の隙間から空を見回せば理由がわかった。まず、当然のように太陽の大きさがおかしい。無論大きすぎるという意味で。そしてそれらは複数ある。大きさは揃っていないが、一番小さいものでも、既知の太陽より大きい。特に大きいものは、目測で二倍はあるだろう。空は青々と、いや、もはや白いようにも見えるかもしれない。
空の下には、橋なのだろうか。先の駅で見たコンクリートに近い見た目の巨大なアーチの連なりの上に平面のあるものが一直線に右から左へと続いている。これがとにかく巨大だ。かなり遠くにあるようだが、距離感がおかしくなるほどの大きさである。これで太陽が一つなら良い日陰を作ってくれただろう。しかし現実は非情である。
「あっっっつ!!」
いやこれは暖かいどころじゃない。とにかく暑い。汽車を出てまだ一分も経っていないのに私は既に汗だくだ。出入り口を一歩出た瞬間これである。試しに手を汽車の内に伸ばすと、明らかにその部分だけ涼しい……とは違うが、心地よい適温だ。板のように境界線がある。色々と目茶苦茶だと思ったが、暑さで何がおかしいかわからなくなってきた。
「これ……! どうにかならないんですか!」
「……はあ」
隣でため息を吐く白い少女は、私とは対照的だった。全く持って暑そうでない。汗などかいておらず、むしろ涼しげな無表情。もし私が居なければ、彼女はこの駅の暑さに気付かなかったのではないかとすら思える。とにかく、彼女はこの暑さを全く感じていないし、一切の影響を受けていないと見える。
「手を」
「……安全保障の一環ですね!?」
バシッと彼女の手を掴む……何も変わらない。相変わらず熱いままで、皮膚が焼けるような感覚が続いている。いや少しマシになっただろうか。
「あれ」
「いや、一度シャワーを浴びてくるといい。少し部屋で過ごしてからだ」
「はい!!」
考えるより先に私は行動した。
◇
しばらく汽車内で快適に過ごした後、再び外に出る。流石の私も躊躇したが、少女と手をつないで外に出ると、暑さや眩しさというものは全く感じることがなかった。むしろ汽車内と同じように感じる。
「……おぉ。これどんな理屈なんです?」
「自分で考えるといい」
「わかりました! そのうち当ててみせますね!」
気を取り直して周囲を見渡す。落ち着いて観察すると、駅の全貌が見えた。やはり複数の太陽と巨大な構造物が目立つ。そして、周辺がひまわり畑であることがわかった。明るさもあってか、なんだか今までの駅より不安感が少なく感じたが、ふと違和感。
先程の思考は撤回しよう。このひまわり畑は、ひまわり畑ではないかもしれない。その花は、太陽を見ていない。バラバラの方角を見ていた。太陽が複数あるからだろうと思ったが、違う。確実に太陽を見ていないものがある。これらは完全にランダムな方角を見ている。
「嫌な感じですねぇ」
「そうかね」
右隣の少女は特に何も感じていない様子だ。相変わらずの億劫そうな無表情。私と会うより前から旅をしていたのだと考えれば、より妙なものや、見ていて気分が良くはならないものを見ていても、おかしくはなかった。
少女に手を引かれて歩き出す。向かう方向を見れば、舗装された道がある。ひまわり畑に入っていく形で、滑らかな土でできた遊歩道といった感じだ。正直、普通はこんな所をゆっくり見て回ろうとは思わないはずだが、物好きは居るのだろう。主に、白い少女とか。
気まぐれにカメラを取り出し撮影する。しばらく無言で歩き続けた。現状、変化は無い。いつまでも、どこまでもひまわり畑が続く。時折分かれ道はあるが、少女が無言で選んで進む。そこに規則性は無いようだった。そしてやはり、何も無い。
ふと、安全保障が為されているならと、気になったことがあった。手を引かれながら、右の方の花に手を伸ばす。そこからいくつか種を取り出して片手で観察する。
なんの変哲もない、ひまわりの種に見える。涙型で、黒と白。一つ押し潰してみるが、やはり変わりはない。道の脇に投げ捨てる。
少し進んだ所で、背後から音がした。聞いたことがないような、奇妙な音だ。思わず振り返る。
目があった。もちろん比喩だ。ただまあ、私にはそうとしか表現できなかった。まず、先程種を捨てたところにひまわりが、新しく生えていた。二本ほど、茎が絡み合っているが、花は一つ。そしてそれはこちらを向いていた。だから私は、目があったと思ったのだ。
「ひぇ」
「はっ……」
ちょっとビビった私だが、遅れて振り返った少女が鼻を鳴らし、すぐさまのんびりとした歩みを再開したので、私もそれに引かれて足を進める。それ以上の変化は訪れず、私もすぐに落ち着いた。あれくらい、今更だろう。少女も居る。
◇
「ずっとひまわり畑ですねぇ……」
「……そうだな」
既にかなりの時間歩いている。それでも、熱に揺らぐひまわり畑が延々と続く。あの構造物も近づいているようには見えず、徒労感を感じ始める。
暇を持て余し、何度か種を取って捨てるが、反応は同じだった。観察結果はこうだ。地面に接触して数秒すると、種から根が急速に伸び、速やかに地面に潜っていく、さらに数秒後、地表を茎で突き破ってきて伸び、即座に花開く。花の向いている方向に関しては、こちらの方向であることが多いが、別の方向を向くこともあった。何かしらの規則性はあるはずだが、私には推察できなかった。案外、ただの偶然かもしれない。
「不気味ですねぇ…………」
「…………そうだな」
少女も心なし面倒そうな雰囲気を漂わせている。されど、満足はしていないのか、歩みは止めず、汽車へ戻ろうといった話も出てこない。時折、あの巨大なアーチに目を向けているようなので、近づいてみたいとでも考えているのかもしれない。私も気にはなっている。
「……」
「……」
静寂。虫の声も聞こえず、土を踏む音だけが響く。いっそ地面をひたすら掘り進めてみるのはどうかとも思った。
ふと、かなり長時間進んでいるのに、疲労や空腹を感じないことが気になった。少女の影響だろうかと気にしないように、と考えるが、考え出すと止まらない。逆に口寂しくなってくる。種を食べるのは……流石に無い。
「あの」
「なんだ」
「ここでお食事にしません? ピクニック的な」
「…………」
少女が立ち止まる。しばしボンヤリと空を眺めて、私に向き直る。表情に変わりはなかった。
「食事は同じだが」
「あ、いいんですか? う〜ん……あれでピクニック……」
微妙だ。ピクニックらしい食事で食生活に変化を……という期待もあったが、それは駄目らしい。けど、彼女が乗ったということが、私にとって大きく感じた。
「それじゃあ、お願いしますかね」
「うむ」
私はレジャーシートに、少女と手をつないで座っていた。唐突過ぎて意味がわからないだろう。私が一番わかっていない。彼女が頷いた、その瞬間にはこうなっていた。瞬きすら挟まれていない。録画映像をぶつ切りで編集したような転換だった。
目の前には、もはや説明不要のあの食事が並んでいる。皿の上は変わり映えしないが、景色がいつもと違ったのが、私には嬉しく感じられた。
「今のも、答えは?」
「しないな」
「そうですか」
早速食べようと思ったが、右手が塞がれている。私の利き手は右であった。今は少女の白く温度の無い手を握っている。仕方なしに左手でどうにかしようとしたが当然うまくいかない。
「あの、手を離したらまずいですよね」
「そうだろうな」
「……こう、どうにかできません?」
彼女は右手で優雅にコーヒーを嗜んでいる。マグカップを揺らして思案していたが、いきなり全て喉に流し込み、カップを置く。そしてナイフを手に取り、紙を切るように片手でステーキやパンを切り刻んでいった。一通り切り終えると、フォークに持ち替え、肉の一欠片を突き刺し、こちらの顔の前に運ぶ。
「これでどうだ」
「おおっとこれは気恥ずかしい……」
なんて言いつつも、パクリと食べてみる。味はやはり何一つ変わらない。あの肉だ。けれど、新鮮だ。そう感じる理由は……景色か、空気か、少女か、この食べ方か、いくらでもある。あの食事も飽きるほど食べたわけではないが、連続して全く同じものだとよいとは感じなかったから、これは私にとって嬉しい時間に感じる。
「いいですね〜これ。たまにやりません?」
「ピクニックをか?」
「ピクニック……まあピクニック? 落ち着いて食事が出来そうな場所で、こうするんです」
「なるほどな」
少女は頷いて、ほんのり顔を顰める。そこは普通快く快諾するのではないだろうか。どこか面倒そうな雰囲気を大いに漂わせ、思案している。
「まあいい。気が向いたらやる」
「結局いいんですね!」
面倒臭がりだが優しいというのが、この少女なのだろうか。長い付き合いでもないので、まだ正確な評価は難しいが、やっぱり悪い存在ではないのだろうと感じる。
少女が次の肉片、野菜、パンと突き刺し、こちらの口に運んでくる。やっぱり味はどれも変わらず。しかし悪くない。なんだかいつもより美味しい気もしてくるようだった。食事は何を食べるかより、誰と食べるか、みたいな言葉があったか。この状況とはまた少し違う気がするが、食事そのものの内容とは別のものに左右されるという点では、近しいのかもしれない。
やがて全てを食べ終える。口惜しくも感じたが、またしても唐突な転換により。レジャーシートと食器は消え失せ、手をつないだ状態で私は立たされていた。
「行くぞ」
「は〜い」
そうして、探索が再開される。何一つ変わらない景色。だからこそ、先程の時間がよく想起されるものだ。
上の空で歩いていると、唐突な景色の切り替わりが起きる。姿勢などは変わらないが、急に時間が飛ばされたように移動する。少女が振り返り、その瞬間に進んでいるのだ。どうも彼女が何かしているらしい。あのアーチも明らかに近づき始める。気を利かせてくれたとか、そんなところだろうか。
ある程度近づいてくると、その巨大をより実感する。駅から見たときは上のほうが見えたが、近い所で下から見上げると、見えない。高すぎるのだ。地面に立つ柱も巨大だ。かなり大きな街がすっぽり収まってしまうのではないだろうかと感じさせるほどの幅を持っている。柱と柱の間も、そのくらいだ。そこに何かあるのかもと考える。
そしてついに到達する。ああしかし残念、何も無いようだ。柱の端の方、間の空間と柱の両方を観察できる場所に来たのだが、やはり何も無い。空間には変わらないひまわり畑だけで、柱にも何かあるように見えない。
柱自体を観察する。最初の予想が正しかったようで、コンクリートに見える。手触りも前のと同じだ。何らかの関係性があるのかもしれない。確かめる手段に心当たりはない。一応、撮ってはおく。
少女もそれを見てかため息を吐く。二人で向き合って、無言の時間。
「帰りませんか」
「……そうだな」
◇
汽車に着いてソファに座る。続いて少女がベッドに座った。定位置というか、もう馴染んできた感覚がする。しばらくすると空間が流れ始めた。そういえば、ここも時間が進まないと言うべきか、陽が沈むことは無かった。もっと言うと、太陽は動かなかった。太陽は散々見たので、そろそろ月を見たいなと思う。
「私と会う前から、こんな風に旅していたんですか?」
「そうだな。移動手段や同伴者が変わることもあったが、基本はこうだ」
「へえ? 私以外にも居たんですか?」
何らおかしい話ではなかったが、妙に気になった。彼女は今まで、どのような旅をしていたのか。私は異様に気になった。このような旅に他に同伴者が居ることがあったのかと。
「まあな。皆短い付き合いだったが」
「どんな感じで?」
「君とは違って、偶然行き先が一致したものと数日行動するくらいだ。身軽な方がいい故な」
「というと、基本は一人なんです?」
「ああ」
その言葉に拍子抜けする。まあ私も、覚えのある場所に着くかもしれないという理由で同伴しているのだ。さして変わらない。そう考えると、また何か思うことがあったが、それが明確な形になることはなかった。
「他の移動手段というのは?」
「徒歩だ」
「徒歩ですか」
彼女なら納得だ。明らかな疲れ知らずに、魔術でも科学でもなさそうな、異常な力を持つ少女。見た目はよろしくないが、実際に問題になることはそうないだろう。
私が今、全く疲れを感じていないのもまた、彼女の影響だろうから。
「次の駅わかったりします〜?」
「知らん」
「そうですかぁ……」
肉体的疲労は無くとも、精神は別だ。彼女がどうかは知らないが、私はそうだ。軽く伸びをして、ベッドに向かい、少女の隣に横になる。次は、どんな場所だろうか。