永続する白の夢   作:無涯灯

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雨とコンクリート

 

 

 

 新しい駅は、確実に街であることは確信できた。ただし、未知の文明のものという但し書きがつく。

 

 空や空気の異常はない。昼夜があるかはわからないが、少なくとも、今は日中だ。私が未知の文明だと判断したのは、建築様式やその建材が、カレルレートにおいて一般的なものではないからだ。

 

 建材そのものは知っている。知ったとも言う。コンクリートだ。道も建物も、その多くがコンクリートでできている。しかし、あの逆さ井戸の場所とはまた違う。どうやら、ここのコンクリートの多くは様々な形で着色されているようなのだ。例えば、大通りであろう道は黒いのだが、その真ん中などに白い線が、途切れ途切れに描かれていたり、建物のコンクリートはくすんだ白のような色に着色されているものが多い。

 

 そして所々に、金属の柱のような、あるいは標識のような、不可解なものが立っている。それらも多種多様だ。棒の先に三角形や四角形の板があり、そこに人型の何かや記号らしきものが描いてある。

 

「どういう場所なんでしょうね。ここ」

 

 返答はなかった。少女は無言で私の手を引いて、歩き出したのだ。それに違和感を覚える。いつもなら、「知らん」のひと言でも言いそうなものであったが、今日はそうでもないらしい。

 

 そうして、大通りの隅に連れられる。そこは黒いコンクリートではなく、灰色で黒い道とは段差で区切られている。これを見るに、この黒と灰では通るものが違うのではないかと予感させる。ぱっと思いつく限りでは、黒い方は馬車のような、大型の乗り物などだろうか。とすると、この街は随分と交通に気を使っているらしい。そして、少女と共に歩く灰が、歩行者だろう。

 

 道の脇に並ぶ建物。これらはあの黒い街の構造物とは違い、明確な差異が目立った。色はもちろん、屋根やガラス窓、大きさ、高さと、一つとして同じものはない。ある程度似通ってはいても、あの駅の構造物ほど規格化されてはいない。

 

 特に目立つ、灰色の柱がある。これらは一定間隔で並んでいるようであり、その上部が黒いロープのようなもので接続されている。一部の手の届く部位には黒と黄色の模様があり、蜂を思い出させ、危ない印象を受ける。触ってみようとも思ったが、少女に手を離してもらえず、断念する。

 

 歩いていると、いくらか特異な建物もある。異様に高いのだ。多く見られる、普通の建物だろうものの三倍以上の高さであったりする。窓が数多く付いていて、集合しており、少し気持ち悪い。単純に土地面積の広いらしい建物もある為、これは土地を使わずにより多くの空間を確保したい、少々特別な目的のある建物なのだろう。カレルレートではこのような高さの建物を建築するのは難しい。あれを量産できるらしい技術を有しているというのは、なかなか恐ろしいことだ。

 

 ふと、少女が立ち止まる。何故だろうと辺りを見てみる。正面に黒い道の上に、無数の白線が並んでいる。どうやら灰の道が途切れ、この白線が接続部になっていると見えた。赤い光が見える。向こうの柱の上に、赤く発光する背景に人型が居る標識らしいものがあるのだ。それ以外には異常らしいものは見られない。だから、私は一歩踏み出した。

 

 くいと手を引かれ、引き留められる。私の一歩は少女に阻止されたのだ。振り返ってみると、少女はどこか上の空であの標識を眺めている。

 

「どうかしました?」

 

「赤信号だ」

 

「? ……アレのことですか?」

 

「そうだ」

 

「つまり……赤信号だから止まる、と?」

 

 少女はこくりと頷く。私にはよくわからなかった。周辺に危険なものは見当たらず、赤信号というらしいものは、赤いということもあって、何か警告を示している可能性はある。けれども、何故止まるのかがわからない。

 

「その……何故?」

 

「……そういうものだ」

 

 そのまま、燃料が切れたような静止が続いた。十数秒程度か、数分だったかもしれない。その静止は、突然響いた、無粋な鳥の声のような音によって終わった。音の方へ振り返れば、あの柱。しかしあの赤い光は消え、代わりに、その上部に緑色の光が灯っていた。こちらも色を背景に、人型がある。

 

 同時に、手を引かれて歩みが再開する。無数の白線を踏みしめて、黒い大通りを横断し、向こう岸へと足を運ぶ。柱を近くで見ると、手の届く場所に黄色い箱が付いているように見えた。振り返れば、私たちが先程まで居た岸にも同じタイプの柱があったらしい。

 

 歩き続けていれば、緑が見えた。発光はしていない。普通の植物の緑だ。木々が茂り、草地が広がる。土の整備された道もあるらしい土地がある。手を引かれるまま、そこに足を踏み入れる。コンクリートに囲まれているが、ここだけは小さな森のようでもあった。

 

 離れた場所には金属製の柵で囲われた池があったり、カラフルなオブジェクトがある……何だろうかアレは。数多の棒を規則的につなぎ合わせたようなものに、棒が斜めで突き立ち、二つの棒が交差する点からもう一つの交差へと伸びて、その接続から鎖に繋がれた板もあり……謎めいている。

 

 少女はアレらには特に興味を示していないらしく、このままでは触れることもできないだろう。だからこそ、こちらから手を引いて、あちらをもう片方の手で指さす。

 

「アレ気になるので、ちょっと見てみませんか?」

 

「……まあいい」

 

 そこでようやく手が離される。妙な寂しさを覚えつつも、私はそれらへと近づいた。

 

 触れてみたところ、その多くは金属らしい。これらも着色されているようだ。中は空洞だろうか。軽く叩いた感触に違和感があった。試しに棒の集合体の一部を掴んで、登ってみる。

 

「お〜」

 

「何かあったか」

 

「いや、何もないんですけど、見晴らしがいいですね」

 

 そこまで高いわけではないのだが、周囲を見渡すには十分な程度であった。さっと降りて、あの鎖と板の方へと向かう。触れてみると、こちらの板だけは金属ではないらしい。しかしその材質は思い当たらない。

 

 軽く引っ張れば、ぶらりと揺れて鎖の先の板が空を揺れ動く。振り子でいいのだろうか。限界まで引っ張ってから、思いっきり放ってみれば、激しく揺れながら同じ運動を繰り返す。

 

 動きが緩やかになる頃に、掴んで登ってみた。鎖を両手に、板を足場にだ。不安定だが、立てた。だから何だという話でもある。

 

「ふん」

 

「ちょ」

 

 突如、少女に後ろから板を蹴り飛ばされた。立ったままの私が振り子の一部となって振り回される。もはや接続の棒をも越えて回転し、鎖が短くなっていく。

 

「あばばば」

 

「はっ……」

 

 少女は離れた所で薄く笑っていた。回転する視界の中、それをよく見ることはできなかったが、確かに笑っていたのだ。

 

「ぐべ」

 

 結局勢いに放り出された私は正面の地面に転がった。そこは柔らかい砂地であったらしく、怪我などはしなかった。それも少女の影響かもしれない。

 

「行くぞ」

 

「……はい」

 

 顔を上げれば、いつの間にか直ぐ側に来ていた少女がこちらを覗き込んで、手を伸ばしていた。私はその手を取って、探索を再開する。

 

 しかし妙に薄暗い。そう思って空を見上げれば、なんと、曇り空になっていた。着いたときには、確かに青空であったのだが、どうやらここには天候の概念はあるらしい。

 

「雨、降るんですかね」

 

「知らん」

 

「あっ、『知らん』だ」

 

「?」

 

 いつもの彼女にちょっとした安心感を覚える。彼女はいかなる場所でも、変わらない。その絶対性が、私の現実を保証しているようにも思えるのだ。

 

 そうこうしているうちに、ぽつりと、確かに雨が降り始めてきた。水滴が私の服を濡らし、肌に跳ねる。私は少女を見やり、どうしようかと声をかける。

 

「雨、降ってきましたね……」

 

「そうだな」

 

 少女は濡れていない。雨は彼女の服を濡らさず、肌はただそれらを流し、乾いたままの姿を保つ。彼女は、雨の中でも不変であった。その瞳がこちらを見つめ、手を握り込み、そこで私もまた濡れなくなった。彼女と同じように。

 

「濡れた道は……私はいいが、君が面倒だろう」

 

 そう言って、近くの長方形の石へと連れられ、そこに二人で座る。雨の中、濡れない私たちはそこで肩を寄せ合い、空を、コンクリートを、緑を、この場所を眺めていた。心臓の鼓動すらなく、雨音だけが響き続ける。

 

 思い浮かぶことは多くあった。濡れた道ということは、このまま雨上がりどころか乾くまで座っているのか、とか。けれど、私はそれらを口に出す気にもなれなかった。ただ、この時間が心地よく感じたから。私は静かに、変わらない時間を享受することにした。

 

 

 ◇

 

 

 長い時間が経ったはずだった。一日近くは経っているだろう。雨上がりは早くなかったし、地が固まるのも時間がかかっていたから。確信が持てないのは、その時間があまりにも短く感じたからだ。空腹もなく、体調の変化もない。雨に体温を奪われることもなく、生理的変化は一切訪れない。そんな時間の中で、私の時計は意味を失っていた。

 

 ようやく少女が立ち上がって私の手を引いた時、意識はどこか微睡んですらいた。けれど、それも歩みを続けるうち浮上し、再び私の鼓動を感じ始めた。

 

 そうして、緑を抜けてコンクリートの街へと戻る。大きな変化は見られない。よく観察すれば、小さな水たまりが見えるくらいだ。

 

 そのまましばらく進んでいって、唐突に少女は小さな脇道へと足を移した。当然私もそれについて行く。その道は大通りの半分ほどで、灰の道がなかった。その両側には比較的小さな建物が立ち並び、外から見える限りの様子から、一般の住居ではないかと推測できる。

 

 そんな建物のうちの一つの前で、少女は立ち止まり、扉へと向かう。鍵とかあるのだろうかと思ったが、違った。彼女は素手で扉を引き裂き、傍らに放り捨てて、無造作に中へと入っていった。

 

「えぇ……乱暴すぎません?」

 

「ここなら別に良いだろう」

 

「そういう問題ですかね……」

 

 口振りから察するに、彼女に何かしらの縁がある場所と思って良いだろう。だとすれば、この場所に着いた当初からの反応も説明がつくというものだ。

 

 中に入ると、まず段差があった。その段差の下に履物の類があり、少女もそこで編み上げブーツを脱いでいた。そういうルールらしい。

 

「土足厳禁だ」

 

「見れば分かりますって」

 

 私も靴を脱いで、その段差を上がる。床は何とも奇妙なものだった。木目があり、明らかに木の見た目。しかし木ではない。異様に滑らかで、木とは程遠い感触。これも何かを着色したものなのだろうか。

 

 左手には扉があり、奥へは廊下が続く。右には急で狭苦しい階段があって、上の方で左へと曲がっているらしかった。そこで少女は左手の扉を開いて、私に入るように促す。従って進めば、そこは広間だろうか。椅子がないという点で奇怪だが、低すぎる机が置いてあり、その周りに柔らかそうなクッションがいくつか散らばっている。部屋の隅にはソファもある。床は同様だが、机の周りだけはカーペットが敷かれている。

 

「そこで待っていろ」

 

「わかりました〜」

 

 少女が階段を上っていくのを尻目に、私はそのクッションに座ってみる。恐らくこれで合っているだろう。周囲を見渡すが、随分と物が少ないように見えた。ここが居住空間なのだとすれば、もう少し何かあってもいいだろうが、黒い街の例もある。そういうものだと言われてしまえばおしまいだ。

 

 ただ、一つ目を引くものはある。黒い板だ。扉を入って正面に机があって、扉から見て机の右に、より小さな机に置かれているのだが、あまりにも正体に見当がつかない。しばらく唸って、ようやく失ったカメラから、映像を映すものではないかという発想が湧いたが、確かめる術はなかった。

 

 しばらくすると、物音がする。上階からだ。少女が何か物を動かしているのか、やけにうるさい。なんだか、明らかに何か壊れるような音すらしている気がする。具体的には、割れるような音から、鈍い破砕音のようなものまで。

 

 その音を背景に、私は机に手を置いて、ボンヤリと過ごしていた。あの雨の中での時間が頭にこびりついている。未だに雨音が響いているようにも聞こえるのだ。

 

 そうやって待っていれば、急にあの黒い板が耳障りな音を発し、白と黒の乱れた映像を映し出した。やはり、映像機の類ではあるようだと、この時の私は深く考えずに納得していた。少ししてから、その音だけがどこか穏やかな、いくつかの弦楽器によるものと聞こえる音楽を流し始めて、ようやく何か嫌な予感を感じた。

 

 遅れて映像が切り替わり、夕焼けの山か何かを映し出す。街並みから感じさせた技術力の割に画質が低いように感じた。それを背景にして、下から無数の黒く縁取られた白い文字が流れ始めた。読めはしない。規則から文字だとわかるだけ。しかしながら、映像自体はそれだけでもあった。

 

 延々と文字が流れ続けるだけの映像。胸騒ぎこそすれど、実際に異常な映像かと言うと怪しい。いや、よく考えると、触れてもいないのに突然起動したのはおかしいだろう。そもそも、電源はあるのか、この映像はどのような目的で作られたのか……

 

 今までの駅で数多の異常を見てきたからか、何が単なる異常で、何を警戒すればいいのか、それらが曖昧になっているのを感じた。目を離すこともできず、私はそれを眺めることしかできない。

 

 そこで少女が部屋に入ってきて、軽く手を振ったと思えば、次の瞬間、あの板は真っ二つになっていた。音も映像も消え、再び黒へと戻る。部品だった物の残骸が、無残に四散する。

 

「え? ……え???」

 

「電子機器は駄目だな……はぁ……」

 

 そうため息を吐いた彼女の両手には、何冊かの本をまとめたらしい透明な袋が握られていた。その表紙の文字もまた読めない。先程の映像のものと同じ言語ではないかと辛うじてわかったくらいだ。そこから繰り出された、あまりにも自然な破壊に言葉を失う。

 

「……今の?」

 

「気にするな」

 

 そう話を打ち切って、少女は外へと歩き出す。彼女はどこまでも、影響を振りまく側だった。

 

 

 ◇

 

 

 汽車へと戻り、街が流れていく。明らかに少女に関わる場所だったからか、妙な名残惜しさもあった。

 

「結局、なんだったんですか? ここ」

 

「……古い故郷のようなものだ」

 

「故郷」

 

 それきり彼女はなにも言わないで、ベッドに横になり、眠り始めた。ソファの上で手持ち無沙汰な私は読めもしない本を手に取って、時間を誤魔化す作業へと移る。やはりそこに意味を見いだせず、無駄な時間を過ごした。

 

 少し空腹を覚えた時に瞬きをすれば、机にいつもの食事が並んでいた。今までは寝ている間やピクニックの時に用意されていたから、こういった形で現れたのを見るのは初めてだった。けれど、今までもこうだったのだろうと、なんとなく予想する。

 

 変わらない食事を、変わらない手順で口に入れていく。今日は一つ違いがある。コーヒーの匂いがしない。彼女は眠ったままで、私だけがこの作業をしている。それがどうしょうもなく、残念なことに思えてならなかった。

 

 そうして食事を終えた私は、彼女の横に眠った。その静かで熱の無い温かさを感じながら。

 

 

 

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