ゴブリンに転生した俺、スキル無限魔力で無双確定!空きスロットは家事スキルで埋まってるのを今更気づいてももう遅い!魔女の家に転がり込んで居候しちゃう件!お前をこの家から追放すると言われてるけどどうしよう 作:夏目陽光
口いっぱいに広がったのは、笑っちまうほどにマズい、発酵した木の葉の苦みとドロドロの赤土の味だった。
上も下も前も後ろもありゃしねえ。全身をギチギチと締め上げてくる土塊の質量が、ちっぽけな肺の中に残ったわずかな酸素を強引にデリートしようと圧力をかけてきやがる。
じわりと意識のギヤが空回りしそうになったその瞬間、脳みその奥底で、あの息の詰まるような日本の高校の教室が、最悪の画質でフラッシュバックした。誰もがうつむいてスマホの画面ばかりをスクロールし、空気っていう目に見えねえ天井に怯えて縮こまっていた、あの寒気のするほど冷めきった日常。……だがよ、俺はそんなクソみたいな世界の中でも、いつだって拳を血が出るほど握りしめて前を向いていた。どれだけ周囲のモブどもに「熱血バカ」だと笑われようが、胸の中の青臭いボルテージだけは、一度だってローギアに落としたことはねえ。
あのお気楽なクソジジイが、動画サイトのおもしろ動画を見ようとしたとかいう、反吐が出るほどくだらねえエラーのせいで、俺たちの生きてた星を3分の1ごと物質消滅させやがったあの瞬間――普通の奴なら絶望のどん底にフォールして、そのまま消えてなくなるところだろう。
肉体なんか、その時に綺麗さっぱり時空の彼方へ霧散しちまった。そんなことは百も承知だ。だがな、一度終わっちまったなら、そこからさらにデカい一歩を踏み出して、新しい歴史をこの手でビルドアップするだけだ! ジジイが勝手に押し付けてきた最高位の加護だか何だか知らねえが、そんな他人のプロットに頼って戦うつもりは一ミリもねえ。俺の足を進めるのは、あの未練も絶望もすべて燃料に変えて燃え盛る、この胸のバカげた意地一つだけだ!
ここで根っこを生やして、ただの土壌の肥やしになるようなタマじゃねえんだよ、俺は!
「ん、ぐ……おおおおおおおッ!」
肺腑の奥にこびりついた泥ごと、魂の咆哮を爆発させた。
両腕の筋肉に限界を超えた電流を流し込み、目の前を塞ぐ重苦しい土を、力任せに爪で抉り取る。ざらついた土砂が指の隙間に容赦なく食い込み、皮膚が裂けて生々しい血が迸る感覚が走ったが、それがむしろ最高に上等な点火剤になった。痛えってことは、俺の命のインジケーターが、まだここで最大出力でギラギラと脈打ってる証拠だ。
泥を蹴る。目に見えねえ地面を足でガツンと踏みつけ、身体を上方へ、あの光のあるフロンティアへと強引に押し上げた。
誰がここを俺の墓場と決めた。誰がこの俺を暗闇の底に閉じ込めた。そんな奴がいるなら、地表に這い出て、そのひん曲がったツラを正面から思い切り殴り飛ばしてやる!
ず、じわり、と身体を包む息苦しい圧迫感が薄れていく。鼻腔をブチ抜くのは、生々しい大地の匂いだ。
環境なんて知るか! 境遇なんて知るか! 俺の行く道を遮るものが土塊だろうが運命だろうが、この魂のブ厚さは、その程度じゃ叩き潰せねえんだよ!
そして――。
ズブ、と、俺の突き上げた右拳が、すべての抵抗を失った。
冷たい風が、剥き出しになった指先に触れる。
そこからは一気だった。もがくように、大地の底から這い回るようにして、俺は頭上の土塊を派手に空中へ撥ね退け、上半身を外の世界へと突き出した。
「ぷはっ……! はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ!」
大きく口を開け、ちぎれんばかりに跳ねる肺に冷涼な空気を滑り込ませる。
口の中の泥を何度もペッと吐き出し、激しく咳き込みながら、俺は涙の滲む目で周囲の景色をギロリと睨み据えた。
木漏れ日のシャープな光線が、容赦なく網膜を焼く。
巨木が鬱蒼と生い茂る、見たこともない深い森。その一角にそびえ立つ、天を衝くような切り立った岩の崖。俺はその崖の根元、剥き出しになった赤土の中から、まさに今、雑草みたいに生えてきたところだった。
だが、何かが決定的におかしい。見たこともねえ歪な形をした、毒々しい紫色のキノコが巨木の根元にグロテスクに群生してやがる。ハァハァと肺を震わせて吸い込んだ空気は、日本の実家の裏山とは違って、妙に生臭くて喉の奥がピリピリと不快に痺れやがった。大気の設定値からして地球じゃねえ。
「……あー、クソ。どえらいリスタートを強いてくれるじゃねえか、あの野郎……!」
荒い息を吐き出しながら、顔にこびりついた泥を手の甲で手荒く拭った。
だが、その瞬間に視界のド真ん中を横切った自分の手を見て、すべての思考のローターがピタリと停止した。
――赤い。
日焼けとか、血色が良いとかいう生易しいレベルじゃねえ。まるで燃え盛る炎の塊をそのまま皮膚のテクスチャに変えたような、鮮烈で禍々しいほどの赤。
おまけに、爪がやけに黒くて鋭い。人間のものではない。完全に野獣の、それもファンタジーのゲームにしか出てこない化け物のそれだった。
「おいおい、なんだこりゃ……? ずいぶんとファンキーな肌色にモデルチェンジしちまったな……」
首を傾げながら、俺は土の中から完全に下半身を引き抜いた。ずぼりと小気味いい音がして、俺の全身が森の湿った地面へと降り立つ。
そこで、さらなる異常が俺の全身の神経をパチパチと駆け抜けた。
目線が、開いた口が塞がらねえほどに低い。
かつて見上げていたはずの景色が、さらに遥か高くの天空に固定されている。周囲に生えているただの雑草の一本一本が、まるで巨大な防風林のように俺を見下ろし、背後にそびえ立つ崖にいたっては、宇宙の壁そのものみたいな質量で俺を圧倒していた。
とりあえず一歩歩こうとしたが、長すぎるポンチョの裾に自分の短い足が盛大に引っかかって、危うくその場で見事にズッコケそうになりやがった。チッ、重心のポジションが前世のデータと完全に変わってやがる。
慌てて、自分の身体を見下ろす。
身につけているのは、前世で観た古いウエスタン映画のガンマンにでも影響されたのか、俺の胸の熱さに合わせて加護がクラフトしやがったイカした衣装だ。
頭には、つばの広い渋いハット。肩からは、埃っぽい茶褐色のポンチョ。腰にはいくつかの小物を収納できそうな牛革のポーチが巻かれており、足元は、頑丈そうな牛革のブーツがしっかりと大地をホールドしている。
衣装のチョイスは最高に俺好みだ。だが、問題はその衣服から覗く中身のサイズ感だ。前世の平均身長の感覚から逆算しても、一メートル半、いや、ヘタすりゃ百四十そこそこしかねえぞ、このちんちくりんのショートサイズは!
かつて見下ろしていたはずの世界が、今はすべてを見上げる側になっている。
膝がガクガクと笑い、手のひらには嫌な汗がにじむ。最弱の代名詞。群れをなして人間に狩られるだけの、哀れな雑魚モンスター。それが、今の俺の正体だ。
何もない。力もない。根拠もない。
ふと、ズッコケそうになって踏み出したブーツの先に、泥水が濁った小さな水溜まりが揺れているのが目に入った。衣服の隙間から覗く自分の身体の異変に、嫌でも直面させられる。
このちっぽけな腕で、この頼りない足で、一体何ができるっていうんだ。
普通の奴なら絶望して泣き叫ぶか、現実逃避して引きこもる場面だろう。
だが――。
「ふ、ふふ……ははははは!」
俺の口から漏れたのは、悲鳴ではなく、乾いたハッタリの笑い声だった。
「あー、そうかい! そういうことかよ! 面白いじゃねえか!」
俺はハットのつばをグッと指で押し上げ、足元の水溜まりに映る自分のツラを真っ向から睨み返した。映り込んでやがるのは、やはり人間じゃねえ。濁った水面の中で、獰猛なギラつきを放つ一対の黄色い瞳だ。
肌が赤かろうが、目が黄色かろうが、背がちんちくりんだろうが、関係ねえ。この胸の奥で、ドクドクと不敵に脈打つソウルは、何一つ縮んじゃいねえんだよ!
前世の普通の高校生だった時の俺がどうだ、特別な才能がなかったことがどうした、そんな過去の言い訳で立ち止まってんじゃねえ! 今ここにいる、このちんちくりんの赤い俺が、目の前の理不尽をぶっ飛ばすっつってんだよ!
誰も成し遂げてねえなら、この俺が一番乗りで証明して謎のバグを上書きしてやる。
「よし、お前。今日からここが俺のスタートラインだ!」
自分自身に向かって、そう言い放つ。
ポンチョをバサリと翻し、腰のポーチを軽く叩く。牛革のブーツで地面を力強く踏みしめると、確かな手応えが足裏から伝わってきた。
道具は揃ってる。気合いも十分だ。あとは、この世界がどんな場所か、俺のこの黄色い目で確かめてやるだけ――。
その時だった。
ズシン、と。
地響きのような、重苦しい音が森の奥から響いた。
鳥たちが一斉に羽ばたき、木々の葉がざわめく。
ただの野生動物の足音じゃない。もっと禍々しく、圧倒的な『死』の気配を孕んだ、金属の擦れ合う音。
ザッ、ザッ、ザッ。
一定の、しかし確実にこちらへと近づいてくる足音。
俺は反射的に背後の崖に背を預け、ハットの庇の陰から、音のする方向を凝視した。敵から背を向けて逃げることはしねえ。だが、このちっぽけな身体だ、無策で突っ込むアホでもない。まずは敵の器量を見極める。それが先決だ。
崖の岩肌にゴツリと背中を押し付ける。冷たい岩の感触がポンチョ越しに伝わってきた。重い足音が近づくたびに、振動で頭上の木の枝からパラパラと小さな虫や枯れ葉が俺のハットに落ちてくるが、それを払う隙すらねえ。生唾を飲み込んだ自分の喉がゴクリと鳴る音が、静まり返った空間にやけにデカく耳に響きやがった。緊迫のメーターが振り切れる。
やがて、木々の隙間から、その影が姿を現した。
巨大だった。身の丈は二メートルを遥かに超えているだろう。全身を包むのは、光を一切反射しない、呪われたような漆黒のフルプレートアーマー。鎧の随所からは、紫色の不気味な鬼火のような霧が立ち上っている。
そして何より異常なのは――その首から上。
そこには、あるべきはずの「頭部」が存在しなかった。首の断面からは、ドロリとした黒い影が揺らめいている。
首なき騎士――デュラハン。
そのデュラハンは、小脇に何かを抱えていた。それは、青白い肌をした、見事な髭を蓄えた男の「生首」だった。生首の目はらんらんと赤く輝き、デュラハン本体の動きと完全に連動して、ギロリとこちらを睨みつけている。
圧倒的なプレッシャー。空気が凍りつくような、生命としての格の違い。
心臓が早鐘を打つ。冷や汗が背中を伝う。このちんちくりんな身体は、本能的な恐怖で今にも縮み上がりそうになっていた。
ここで引いたら男がすたる。根拠なんてねえ、力もねえ。微塵もねえ。でもな、ここで引いたら俺の魂は完全に死ぬんだよ!
デュラハンは、まっすぐに俺の方へと歩いてくる。その巨大なブーツが、俺の目の前で止まった。見上げる。この視界からは、文字通り見上げるような巨壁だ。
静寂が森を支配する。
デュラハンが小脇に抱えた生首を、ぐいと俺の目の前へと突き出してきた。その生首の唇が、不敵に歪む。
そして、その口から放たれたのは、聞いたこともない奇妙な響きの言語だった。
"Yo, look at this. Fucking tiny, ain't ya?"
……あ?
なんだ、その喋り方は。何を言っているのか、さっぱり分からねえ。耳に飛び込んでくる音は、ひどく崩れた、流れるような異国の言葉。この世界の言語か何かか。生首がパチパチと目を瞬かせ、俺の全身を品定量するように眺める。
俺が困惑して眉をひそめた瞬間、デュラハンの生首は、さらにニヤリと下品に笑って、大声を張り上げた。
"Well, whatever. Happy birthday! Newbie!"
その瞬間、生首の顔は、やけに陽気で軽薄な表情に変わっていた。
言葉の意味はさっぱり分からねえ。だが、その態度、その声音のニュアンス、傷だらけの俺の初陣をあざ笑うかのような弾む響き。こいつ、今、俺がここで『生まれた』ことを面白がって、祝うようなセリフを吐いてやがるな?
"Ya lookin' damn sharp in that poncho, kid. But seriously, real talk, this place is totally screwed up. Keep your eyes peeled, got it?"
生首はペラペラとわけの分からぬ言葉を続け、最後にカカカと喉を鳴らして笑った。威嚇するような気配はねえ。どうやら、こいつは俺を敵視しているわけではなく、単に新しく生まれた魔物をからかいに、あるいは見物しに来ただけらしい。
「おい、待てよ、首なし野郎。さっぱり何を言ってるか分からねえが、俺をただの『生まれたての雑魚』だと思ってんじゃねえぞ」
俺はハットのつばを小粋に傾け、足の震えを全力のハッタリで押し殺しながら、目の前の生首を真っ向から睨み据えた。
弱者として扱われるのは、どうにも性に合わない。相手がどれだけデカかろうが、首がなかろうが、この奇妙な言葉が世界の言語だろうが、俺は俺だ。
「俺はこれから、この世界でデカいことをやらかす男だ。お前のその異世界語とやらを早く覚えさせて、俺の偉大な名前を叫ばせてやるからな!」
俺の言葉を聞いて、デュラハンの生首は、一瞬だけ動きを止めた。赤い目が細められ、俺の黄色の目をじっと見つめる。怯えのない、むしろ闘志に満ちた俺の視線に、言葉は通じずとも、何かを感じ取ったのか。
やがて、生首はふっと呆れたように息を漏らした。
"Haha, you got some balls, red-skin. I like that shit."
デュラハンは、抱えていた生首を元の位置へと戻し、くるりと背を向けた。その背中は、やはり圧倒的に巨大で、威風堂々としていた。
だが、彼はそのまま立ち去るかと思いきや、数補進んだところでピタリと足を止め、再びその生首をこちらの方向へとねじ曲げるようにして振り返った。
"Yo, newbie! Other boys are hangin' out over there. Get your ass movin' and c'mon!"
生首はそう叫ぶと、顎で森のさらに深い奥、木々が薄暗く交差する方向を力強く指し示した。
相変わらず何を言っているのかは一単語も分からねえ。だが、その仕草、その声の調子。向こうに何かがある。お前もこっちに来い。そう言っていることだけは、言葉の壁を越えて、俺の熱い直感へと確かに伝わってきた。
「ほう……。向こうへ来いってか。いいぜ、首なしの旦那」
俺が不敵に笑うと、デュラハンはそれ以上何も発せず、今度こそ本格的に歩き出した。
"Gotta roll. Catch ya on the flip side, shorty. Don't go dyin' too easy, alright?"
生首が何かをぶつぶつと言い残しながら、漆黒の騎士は、再びザッ、ザッ、と重い足音を響かせて、森の奥へと歩き去っていった。紫色の霧が、彼の通った跡にわずかに残り、やがて空気中に溶けて消える。
静寂が、再び森に戻ってきた。
俺は、デュラハンが去っていった方向を、しばらくの間じっと見つめていた。不敵な笑みが、自然と唇に浮かんでくる。
「……何を喋ってるかはさっぱりだったが、へっ、小粋な背中を見せやがる」
俺は腰のポーチに手を当て、中に何が入っているかを確認した。中には、いくつかの奇妙な木の実と、火打ち石のようなものが入っているだけ。武器の類いは何もない。
だが、問題ない。拳はある。足もある。何よりも、燃え盛るソウルがある。
「あいてがどんだけ強かろうが、俺はもう誰の顔色もうかがわねえ。次に会う時は、お前が俺を見上げる番だ」
俺は背後の崖を振り返り、その険しい岩肌を見上げた。
たとえ今はただの最弱の化け物だろうが、このちっぽけな熱量が、いつか天地をひっくり返す大渦になってやる。俺の物語の幕開けは、この泥まみれのどん底からだ。
――その瞬間だった。
静まり返った森の奥から、空気を切り裂くような甲高い悲鳴が響き渡った。それは、明らかに何かに怯え、追い詰められた、弱き者の断末魔の叫び。言葉は分からねえ。だが、恐怖の感情だけは、ビリビリと肌を刺すように伝わってくる。
俺の耳がピクリと跳ね、黄色の瞳が鋭く輝いた。誰かが泣いてやがる。誰かが救いを求めて叫んでやがる。
チッ、無策で突っ込むのがアホなことくれえ百も承知だ! だけどな、誰かの泣き言を聞いて足が止まるようじゃ、それこそ大アホ野郎なんだよ! 強い奴相手に引くのと、弱い奴の悲鳴を無視して逃げるのじゃ、魂の格が違いすぎる!
「へっ……大の大人が泣き言を言ってんじゃねえよ。俺がすぐに行って、その涙ごと引っ返す! 誰の仕業か知らねえが、この俺を待たせるようなノロマは、その傲慢な鼻面ごとまとめてブチ砕いてやるぜ!」
根拠も武器も何もねえ。だが、ここで動かなきゃ男のソウルが廃る。俺はハットのつばを力強く指で弾くと、牛革のブーツで地面を爆発させるように蹴り上げた。茶褐色のポンチョを派手に翻し、俺は悲鳴の轟く暗い森の奥へと、一筋の赤い突風となって猛然と駆け出した。