トリニティ総合学園において、パテル派のトップを務める聖園ミカは、学園内でも指折りの人気を誇る有名人だ。
華やかなピンク色の髪をなびかせ、常に可憐な笑顔を絶やさない彼女は、周囲から『ティーパーティーの良心』とすら評されている。
「はいはい、そこまでだよ二人とも! せっかくの美味しいお茶会なんだから、そんなにトゲトゲしないで仲良くしよ?」
お茶会の席で、血気盛んなセイアと、的外れな発言を繰り返すナギサの間に割って入るのも、いつだってミカの役目だった。
下級生たちに対しても分け隔てなくフランクに接するため、彼女を姉のように慕う生徒は数知れない。
「ミカ様、先日の合同演習の件で、パテル派の意見をまとめました。ご確認をお願いいたします」
「わあ、ありがとう! いつも助かっちゃうな、頼りにしてるよ!」
そう言って優しく微笑み、部下の頭を軽く撫でる姿は、どこからどう見ても理想的な指導者そのものだ。
しかし、そんな『表向きの完璧な姿』に騙されてはいけない。
彼女の本当の恐ろしさは、周囲の目が完全に遮断された、閉ざされた空間でこそ発揮される。
それは主に、心許した部下と2人きりになった瞬間に、唐突に幕を開けるのだった。
「ふぅ……。やっとみんな行ったね。ねえねえ、カリンちゃん」
パテル派の執務室の重い扉が閉まった途端、ミカはそれまでの凛とした姿勢を崩し、ソファーに深く腰掛けた。
彼女が手招きして呼び寄せたのは、パテル派に所属する3年生の部下、漣カリンだ。
「は、はい、ミカ様……。何か、不手際でもありましたでしょうか……?」
カリンは緑髪のおさげを小さく揺らし、小動物のように体を縮こまらせながら、おずおずと歩み寄る。
小柄で大人しそうな見た目の彼女は、いつも圧倒的なオーラを放つミカの前では、緊張を隠せないでいた。
「んーん、全然! カリンちゃんはいつも完璧だよ。ちょっとこっち来て、お話しよ?」
ミカは極上の笑顔を浮かべたまま、隣のスペースをぽんぽんと叩いた。
カリンが恐る恐る腰を下ろすと、ミカは待ってましたとばかりに、その細い肩にガシッと腕を回して引き寄せる。
「ねぇ、今のティーパーティーに不満があると思う? 実はさ、私、すっごく不満に思っててさぁ」
「え、ええっ……!? て、ティーパーティーの運営に、ですか……?」
「そうそう。私みたいに、今の体制はおかしいなーって思ってる人、他にもいっぱいいると思うんだよね。カリンちゃんはどう思う?」
言葉巧みに距離を詰め、甘い声で耳元に囁きかけるその姿は、まるで獲物を絡め取る蛇のようだった。
カリンは突然の不穏な話題に、背筋を凍りつかせる。
「わ、私は……その、ナギサ様もセイア様も、それぞれトリニティのことを考えておられると……」
「えー、本当にそう思う? クソ馬鹿のナギちゃんや、脳筋で狂犬のセイアちゃんに振り回されるなんて、もうウンザリでしょ?」
「(ク、クソ馬鹿って言っちゃった……! いくらなんでも、同じティーパーティーの仲間にそんな……!)」
ミカの口から飛び出した、お嬢様学校のトップとは思えない過激な罵倒に、カリンの心臓は激しく波打った。
その時である。
「ねぇ、いっそのこと、トリニティ裏切っちゃわない?」
「は、はい……!? う、裏切り、ですか……!?」
「そう! 他の学園とか、外の勢力とこっそり手を結んじゃうの。そんでさ、今の凝り固まったトリニティを、中から一気にドカンと壊しちゃうんだよ」
まるで「放課後にカラオケに行かない?」とでも誘うかのような、あまりにも軽すぎるトーンだった。
しかし、その内容は完全に国家反逆罪であり、正真正銘の外患誘致そのものである。
「みんながハッピーになれる、新しい組織に生まれ変われたら最高だと思わない? ね、カリンちゃんも協力してよ」
「な、何をおっしゃるのですかミカ様! そんなこと、絶対に駄目です! 見つかったら退学どころじゃ済みません!」
「(ひぃぃ! 私を巻き込まないで! 私はただ、普通に卒業して普通に暮らしたいだけなのに!)」
カリンは涙目になりながら、必死に首を横に振った。
ここで少しでも肯定的な返事をすれば、明日から自分もテロリストの仲間入りになってしまう。
「あはは、そんなに怯えなくてもいいのに。ちょっとした冗談だよ、冗談」
ミカはカリンの肩から腕を離すと、何事もなかったかのように立ち上がり、スカートのシワを伸ばした。
「そっかー、カリンちゃんはそっち側なんだね。まぁ、考えが変わったらいつでも気軽に言いなよ?」
「は、はい……。あの、今の件は、誰にも言いませんから……」
「うん、それがいいと思うよ。だってさ、もしこのお話をお外の誰かに相談しちゃったりしたら……あはは♪」
楽しげな笑い声だけを室内に残し、ミカは軽やかな足取りで執務室を出て行った。
残されたカリンは、全身の力が抜けたように、その場にへたり込む。
「(笑い声が一番怖いよ……! 誰かに言ったら消されるって意味でしょこれ…!!)」
ティーパーティーのトップには、本当にろくな奴がいない。
無能なクソ馬鹿、暴力的な狂犬に続き、最後の1人は笑顔で裏切りを勧めてくる危険人物だったのだ。
その日の夕方、カリンはパテル派の廊下で、同じくミカの被害に遭っている他派閥の同級生たちと合流した。
サンクトゥス派のキリコ、マリエ、そしてフィリウス派のレナ、シノが集まり、人目のない倉庫で秘密の会合が開かれる。
「聞いてよみんな……。さっきミカ様に、また『トリニティ裏切らない?』ってフランクに誘われちゃって……」
「またですか!? カリンさん、本当にお疲れ様です……。あの方、週に3回は裏切りの計画を立ててますよね」
レナがタレ目をさらに下げて、同情の眼差しを向けた。
フィリウス派もナギサの介護で限界だが、パテル派の精神的恐怖も相当なものだ。
「でも、ミカ様がそこまでして学園を壊したがるのって、やっぱりあの2人に限界が来てるからじゃないかしら?」
「あぁ……。それは正直、ちょっとだけ共感できなくもないわね。特に、うちのクソ馬鹿トップを見てると」
シノが海のように青い髪をかきむしりながら、深いため息をついた。
しかし、カリンはぶんぶんと首を振って、別の恐怖を語り始める。
「違うの、シノさん! ミカ様が裏切りに走るのって、不満もあるけど、何より『セイア様が怖すぎるから』みたいで……」
「え? セイア様が怖い? いつも儚げにしてる、あのセイア様が?」
レナが不思議そうに小首を傾げると、サンクトゥス派のキリコとマリエが、ガタッと身を乗り出した。
2人の顔は、恐怖で完全に引きつっている。
「ちょっとカリン、ミカ様がセイア様について何か言ってたの!? 詳しく教えて!」
「は、はい……。この前、ミカ様がポツリと言ってたんですけどね……」
カリンは周囲を警戒するように見回し、声を潜めてミカから聞いたという衝撃の暴露話を語り始めた。
「ミカ様曰く、『私はセイアちゃんと喧嘩なんて絶対にしたくない。すぐ負けちゃうんだもん』って……」
「トリニティ最強って言われてるミカ様が、戦う前から白旗を上げるなんて、相当なことよ……?」
シノの切れ長の目が、緊張で強張る。
カリンは唾を飲み込み、さらに信じられない内容を口にした。
「みんな、知ってる? セイア様は昔…至近距離から顔面にロケットランチャーを受けたことがあるんだよ?」
「「「はあぁぁ!? ロケットランチャー!?!?」」」
倉庫内に、押し殺した絶叫が響き渡った。
キヴォトス人は頑丈であり、銃で撃たれても怪我で済むことが多いが、流石にロケットランチャーの直撃は次元が違う。
「いくら頑丈な私たちでも、至近距離から顔面に喰らったら、ヘイローが消えかねない大惨事ですよ!?」
「そうなの! マリエさんの言う通り、普通なら無事じゃ済まないはずなんだけど……どうなったと思う?」
カリンの問いかけに、4人は固唾を飲んで次の言葉を待った。
カリンは恐怖に身を震わせながら、その結末を明かす。
「ミカ様が言うにはね……セイア様、その飛んできたロケット弾を、前歯でガチッと受け止めたんだって……」
「「「は……? 歯で……?」」」
「うん。そしてね、そのままバリボリ、バキバキって、鉄の塊を骨みたいに噛み砕いて食べちゃったらしいの……」
静寂が、倉庫内を支配した。
全員の脳内で、儚げな美少女であるセイアが、火花を散らすロケット弾を笑顔で咀嚼している絵面が再生される。
「(人間じゃない…! 3mの山賊のジジイの血は、伊達じゃないってことね……!!)」
「(歯でロケットランチャーを受け止める先見の明(物理)って何なのよ……! 予言者じゃなくて化け物じゃない!!)」
キリコとマリエは、毎日自分たちがどれほど危険な猛獣の檻の中にいたのかを思い知り、背筋に冷たい汗が流れる。
ミカがどれほど怪力であろうとも、物理法則を無視した一族の野生には勝てるはずがないのだ。
「ミカ様も『トリニティであの娘に勝てる子、いないんじゃないかな』って遠い目をしてたわ……」
「『ナギちゃんは楽観的で頭お花畑で、全く役に立たない無能だから、私とツルギちゃんしか止めにいけないんだけど……はぁ、嫌だなぁ』、って」
カリンの報告を聞き終えた一同は、もはや言葉を失っていた。
正義実現委員会の最高戦力であるツルギと、トリニティ最強のミカがタッグを組んで、ようやく『自粛』を促せるレベルなのだ。
「ちょっと待って。さっき、ナギサ様が役に立たないって言ってたけど、ナギサ様はその時何をしてたの?」
レナが自らの上司の動向を察知し、嫌な予感を抱きながら質問した。
カリンは哀れみのこもった目で、レナとシノを見つめる。
「それがね……。セイア様が大暴れして、周囲の建物を破壊していくのを見たナギサ様はね……」
「目をキラキラと輝かせながら、『素晴らしいですわ! セイアさん、どんどん暴れましょう!!』って、破壊行動を大絶賛して推奨してたらしいよ……」
「「あのクソ馬鹿ァァァーーー!!!」」
レナとシノの絶叫が、今度こそ倉庫の壁を突き破らんばかりに響き渡った。
止めなければいけない立場の人間が、いの一番にガソリンを注いでいたのだ。
「(何が『素晴らしいですわ!』だ! お前が一番おめでたい頭をしてるわ!)」
「(脳筋の破壊衝動を、ポジティブの無能が全肯定するなんて、最悪のディザスターじゃない……!)」
2人は頭を抱え、床に突っ伏した。
ナギサのあの底抜けた楽観主義と無能さは、時に凶器よりもタチの悪い被害をもたらす。
「もうダメだわ……。裏切り者のミカ様、暴走機関車のセイア様、そしてそれを煽る無能のナギサ様……」
「ティーパーティーがこの3人でいる限り、私たちの胃に穴が空く日は遠くないわね……」
5人の同級生たちは、薄暗い倉庫の中で互いの肩を寄せ合い、ただただ深く、長いため息をつくのだった。
トリニティ総合学園の平和の防波堤は、今日も内側からの度重なる決壊の危機に、必死で耐え続けている。