───翌日のことだ。
久しく感じる筋肉の痛みと身体の重さを引きずりながら、村の中央へと足を運ぶ。目的は先日、俺の元へと手紙を届けてくれた少年に会うためだ。
この村に住み始めて二週間あまり経過しているので、あの少年が手紙を書いた人物ではないのは既に分かっている。あの子の母親に頼まれて、暇な時に俺が字の読み書きを教えているからな。
少年もなかなかに覚えは良いが、あの手紙の持ち主ほど達筆ではない。あのレベルに到達するまで数年は必要だろう。
それを踏まえて、手紙の差出人は直接この村に訪れて、少年に手紙を渡すようにお願いした可能性が高いと考えた。
少年に会えば少なくとも差出人の特徴くらいは分かるだろうと、少年に聞きに行っている最中なのだが───。
「ちゃんと渡してくれたっスか!」
「うん? 渡したよ?⋯⋯先生は一生懸命剣を振ってたから、直接は渡せてないけどちゃんと置いてきたよ」
目当ての少年の傍に知らない女がいた。
俺もこの村での滞在日数は少ない方だが、少なくともこの二週間の間で、あの女を見かけたことはない。
「んんんんー!それじゃあ、読んでくれたか分からないッス!ボクは手渡しで渡して欲しいって伝えたはずッスよ!」
「でも、先生忙しそうだったから⋯⋯」
遠目からでも分かる金色の髪と、青い瞳。太陽の光を浴びてキラキラと輝く、やたらと派手な男物の服を着た女。
その特徴から貴族と判断した。
だが、やはり見覚えはないな。村の人間ではない。
少年の方へと視線を向けると見知らぬ女に詰め寄られている為か、困ったような表情でモジモジしている。
会話の内容を聞く限りだと、あの女が手紙の差出人だな。どうして直接渡していないんだと、凄い剣幕で文句を言ってる。
成人した女が、まだ7歳の子供に何をやっているんだと呆れてしまう。
「でもじゃないッスよ!読んでくれたか分からないとボクも行動に移せないッス!」
「でも、あの、先生なら読んでくれてると思うよ」
「読んでくれてる、は予想でしかないッス!ちゃんと、本当に、読んでいるか分からないッスよ!読んでるところを見たッスか!」
「み、みてないけど⋯⋯」
少年が泣きそうな顔をしている。そろそろ助けた方が良さそうだ。
ただ、思っていたより面倒くさそうな相手だったので気分は乗らない。
「なら、今から確認するッス!手紙を読んだか聞いてくるっスよ」
「でも、僕今からお母さんに頼まれたことしないと」
「それは後でいいッス!⋯⋯分かったっス!言うこと聞いてくれたら、ご褒美にボクのおっぱいを揉ませてあげるっス!だから聞いてきて欲しいッス」
大人が子供に対して詰め寄っているだけでも問題だというのに、少年の教育に良くなさそうな提案までしている。ダメだな、この女。
明らかに狼狽えている少年を助ける為に、あえて足音を立てながら二人に近付く。
「先生!!」
「え?」
最初に気付いたのは少年で、俺の顔を見た瞬間に助かったと言わんばかりに顔が明るくなった。
その少年の声に反応して俺の顔を見た女がバツの悪そうな顔で少年からゆっくりと距離を取った。今のやり取りを見られていたと理解したらしい。
余程のバカじゃない限り、印象が悪くなったと察することだろう。
「あのね、先生!このお姉さんがね、先生に手紙を渡して欲しいって言ってて」
少年が逃げるようにこちらに駆け寄ってきた。少し離れた位置にポツンっと立っている女を指差しながら、頑張って伝えようとしてくれている。
「うんうん、昨日持ってきてくれた手紙なら、ちゃんと読んだから大丈夫」
少年の頭をヨシヨシと撫でながら、安心させるように微笑む。
「さ、あのお姉さんの相手は私がするから、行っていいよ。お母さんから頼まれごとをしてるんでしょ?」
「そうだった!急いで水汲みに行かないと!⋯⋯先生またねー!」
「またねー」
俺に手を振りながら少年が勢いよく駆け出してその場から離れていく。後ろ姿が小さくなったくらいで、女に視線を向けると気まずそうに視線を逸らした。
「お前が、手紙の差出人か?」
「そうッス⋯⋯ボクが手紙を出したッス」
少年を怯えさせたのもあって少し圧をかけながら話したが、女に臆する様子はない。 重心のかけ方や、気まずそうにしながらも俺の手足に意識が向けられている。
───冒険者だな。
それなりに、修羅場はくぐっているらしい。
「分かった。ひとまず、場所を変えるか。ついてこい」
「はい」
言いたいことは多々あるが、人に知られたくない話もある。場所を移すことを提案すれば、女は直ぐに応じた。
「⋯⋯⋯⋯」
先導する為に前を歩いていたが、視線がやたらと尻に注がれていた。同性が向けるにしてはねっとりとした視線だ。
この女⋯⋯そっちの気があるのか?
舐め回すように注視されると嫌でも警戒してしまう。村の男からこういった視線を向けられることはあったが、この女ほど露骨なものではなかった。
家に帰るまで、ずっと尻を見られていたのもあって女に対する印象は地の底だ。
「着いたぞ」
「⋯⋯あ、はい」
女との話し合いの場はあえて家の外を選んだ。見渡しのいいこの場所なら、人が近寄ってくれば直ぐに分かる。第三者に話を聞かれる心配はない。
それに加えて、単純にこの女と同じ室内にいたくなかった。
家に着いた時に振り返ったら、いやらしい表情で俺の胸を見ていた。気持ち悪かったな。
俺の視線に気付いて直ぐに取り繕っていたが、この女が俺を性的な目で見ていることは一目瞭然だった。
───こんな奴に弱味を握られているのか?
ロゼ・アレクサンドロスが実は生きていた、なんて噂が広がれば世界が揺れる。女になっていたなんて事実が知れ渡れば、英雄としての俺は終わりだ。
隠居生活も、強くなる為の時間も全て奪われることだろう。この女の言葉一つで、俺の今の生活は崩壊する。
腹立たしい話だ。
「そこに座れ」
「へっ?」
庭に設置された椅子に腰掛けてから、女にも座るように促す。女の視線の先にあるのは俺が座っている物と同じ椅子ではなく、ポツポツと雑草の生えた地面。
明らかに困惑している。
地面と俺の顔を交互に見て、『本当にここに座るの?』と言いたげな目で俺に訴えている。それすら、イラッとくる。
「そこに座れ」
「はいっス!」
ふつふつと込み上げてくる怒りと嫌悪感に気持ちを委ねて、再度座るように促すと女は素直に地面に座った。
服装もそうだが、座り方も女らしくない。胡座をかいてドシッと腰を下ろした女に強い違和感を覚えた。
「ここでいいっスか?」
「あぁ⋯⋯」
風に揺られる金糸のような髪。
貴族の令嬢は長く美しい髪を好むが、この女は首元にかかる程度しかない。冒険者として見れば、動きの邪魔にならない短髪は正解ではあるがやはり違和感を覚える。
クリっとした可愛らしい青い目、丸っとした小さな眉、形と良い唇。それと服の上から主張する大きな胸。
外見は間違いなく女だ。
だが、喋り方や動きに女らしさがない。外見の特徴通りに貴族出身だとすれば、幼い頃から厳しく教育される筈だぞ。
この女の場合は、女ではなく男として育てられたようにも見受けられる。⋯⋯複雑な出自か?
まぁいい、それも聞けば分かることだ。
「本題に入ろうか。俺の弟子になりたいと、手紙には書いてあったが⋯⋯」
正直、それはどうでもいい。
俺が知りたいのは、弱味となる情報をどこで握ったか。誰から聞いたかを確かめたい。場合によっては、この女一人ではない可能性が出てくるからな。
とはいえ、ストレートに聞いても素直に話すとは思えない。なので、相手の感心のある話題でこの女の目的を知ることから始める。
「そうッス!ボクは
その選択が正しかったのか、女はぴょんっと立ち上がり拳を強く握りしめながら熱く語る。弟子になりたいという想いは本当らしいが⋯⋯。
───もう一度?
その言い方では、一度は俺の弟子になったと言っているようなものだが⋯⋯やはり、覚えはない。
俺にとって弟子と呼べる者は二人いる。
一人はダンジョンに落ちていたところを拾って、色々と複雑な事情から俺が面倒を見ることになった男───タナカ。
もう一人は俺が王都にきて間もない頃に冒険者の在り方を教えてくれた恩師から託された、俺にとって娘とも言える存在───プリメラ。
二人は俺の師事を受けてメキメキと実力を伸ばし、今では冒険者の中でも頭一つ抜けた存在となっている。師匠としても鼻が高い。
で、こいつは誰だ?
どれだけ記憶を遡っても俺の弟子の中にこの女はいない。
「何者だ⋯⋯お前」
勝手に弟子を名乗る愚か者なら、この場で切って捨てるのもやむなし。その方が口封じにもなる。
女に殺気を向ければ、あからさまに狼狽えた。
「え、あれ?ボクのこと覚えてない⋯⋯うそ!ボクっすよ!ルイスッス!ルイス・モーグリッシュッス」
語尾のせいで非常に分かりにくいが、その名前には覚えがあった。
二つ目のダンジョン攻略の為に滞在していた国で、とある貴族の社交界に招待されその場でたまたま出会ったガキに弟子にして欲しいと懇願された。
もちろんめんどくさいので断ったが、あまりにしつこいので一月だけ剣を教えたガキがいる。
それがモーグリッシュ伯爵家の
つまり、記憶の中にいるルイスは男だ。
「なんで、女になってんだクソガキ!」
「ロゼ様にだけは言われたくないッス」
───それはそう。