俺がルイスに剣を教えたのは27歳の時。ルイスはまだ8歳の子供だった。
体の出来上がっていないガキに教える事など限られており、体の鍛え方や剣の振り方等の基礎的な事しか教えていない。
弟子と呼ぶには、あまりに浅い。
それはルイスも重々に承知しているからこそ、俺に再び弟子入りを懇願している訳だ。何故か性別は女に変わっているがな。
「頭が痛い話だな」
「それはロゼ様も同じじゃないッスか?」
「分かってるからいちいち言うな」
思わずため息を吐く。
ルイスと出会った時が27歳で、あれから10年が経過している。8歳だったルイスも今では18歳。
モーグリッシュ伯爵に『伯爵家の嫡男なのだから、冒険者のような荒くれ者になるのはやめろ』と何度も説教されていたと思うが、結局冒険者になってしまったらしい。
おそらくは、俺と同じようにダンジョンのトラップによって性別が変わったとみていいな。このような現象が起こせるのはダンジョンをおいて他にない。
「それで、なにがあった? 」
「ダンジョンに潜っててトラップに引っかかったッス!
「だろうな⋯⋯」
想定通りの返答だ。
「女になった経緯はわかった。俺が聞きたいのは、俺が国を離れてからのお前のことだ」
ルイスに剣を教えて間もなく、俺は二つ目のダンジョンを制覇した。
滞在していた国に愛着があったわけではないので、国を出るのは早かった。そのため、ルイスとの交流は俺が国を出た時点で途絶えていた。
ルイスの父親である、モーグリッシュ伯爵とは折り合いが悪かったしな。
英雄である俺のことは国から強く言われていたからか、敬意のある対応をしていたが根本的にモーグリッシュ伯爵は冒険者のことを見下している。
冒険者は平民がなる職であると。暴力を生業とする野蛮な輩がたどり着く社会の底辺だと。冒険者である俺の前で、それはもう堂々と口にしていた。
ロゼ様は違いますが、なんて俺に誤解がないように釈明していたが目を見たら分かる。こいつは心の底で俺を見下していると。
そのためか、俺からルイスに剣を教えたいと頼み込んだわけではないのに、剣を教えるのは構わないが野蛮な冒険者にだけはさせないでくれと念を押されたな。
本当に、腹立たしいお貴族だったよ。
ただ、モーグリッシュ伯爵の考えが間違っているわけではない。
俺たちのような平民と違って、貴族は生まれ持って莫大な富を持つ。財宝や名声を求めて、命を賭けてダンジョンに潜る必要がない。
ダンジョンを潜ったとて、既に富を得ている貴族が手に入るのはせいぜい名声だけだ。その為に命を賭けるなんて馬鹿馬鹿しい話だろ? 貴族からすればリスクとリターンが見合っていない。
それでも冒険者になる貴族がゼロという訳ではないが、冒険者に行き着くのは平民と変わらないような生活を送っている貧乏貴族くらいだ。
「ボクのことッスか?」
「そうだ。なぜ、冒険者になった? 俺はお前に伝えた筈だ。剣の腕を鍛えるのはいいが冒険者にはなるな、と」
そもそも貴族であるルイスは冒険者になる必要はない。伯爵家の嫡男なんだ。必要な教育を受け、その家を受け継げばいい。それだけで、冒険者の多くが欲しがる物を手にすることが出来る。
「それは、ロゼ様に初めて会った時に言ったはずッス!ボクは英雄になりたいんっスよ!ロゼ様みたいに後世まで名を残す偉大な英雄に!!」
「そう、だったな⋯⋯」
俺に剣を教えて欲しいと懇願する奴は山ほどいた。今のように隠居していたなら時間は幾らでもあるが、あの時の俺は二つ目のダンジョンの制覇に勤しんでいた。
教える暇なんてなかった。
その筈なのに、気付けば俺はルイスに剣を教えていた。あまりにしつこかったのもあるが、ルイスの目は⋯⋯冒険者を志したばかりの頃の俺を見ているようだった。
「家はどうした? モーグリッシュ伯爵は反対していただろ」
「勘当されたッス」
「は?」
流石にそれは予想外だった。見下している冒険者になったとはいえ、ルイスは大事な嫡男だ。大事にされている思っていたが⋯⋯。
「ロゼ様が国を出た2年後に弟が産まれたッス!」
「弟の方が、大事にされたわけか」
「そうじゃないッス!冒険者になった後も嫡男として大事にされていたッス。ダンジョンに潜る時は気をつけろよって言葉をかけてくれましたし」
なら、尚更ルイスが勘当された理由が分からないな。弟が産まれたことも直接的な理由ではなさそうだ。
「なにが原因だ?」
「この身体ッスね」
ルイスが自分の身体を指さす。女性らしい凹凸のある魅力的な肉体。大きく膨らんだ胸を自分の手で持ち上げながら、再度この身体が原因だと俺に告げる。
「つまり、女になったから⋯⋯勘当された、と」
「そういう事ッスね!」
嫡男として大切に育てていたルイスが、ある日ダンジョンから帰ってきたら女になっていた。息子の性別が女になった等と、他の貴族に知られたらとんだ笑いものだ。
体裁を気にするモーグリッシュ伯爵は家の恥を許すことが出来ず、ルイスは世間的には死んだ事にされて勘当。弟が嫡男として扱われるようになった。
それも、つい最近の話らしい。
「女になったのは、いつだ?」
「ロゼ様と同じ日ッスね。ロゼ様と同じダンジョンで、同じトラップを踏んで女になったッス!」
「───は?」
何を言っているんだ、こいつは?
同じダンジョンを潜っていた、まではわかる。同じトラップを踏んだ?
同じトラップを踏んだんだと思う、じゃない。踏んだと断言している。それはその場に居合わせないと言えない言葉だぞ。
「お前も、あの場にいたのか?」
「はいッス!冒険者として更に強くなりたかったので、ロゼ様に弟子入りしたくて、ずっと!後をつけていたっス!」
平然ととんでもない事を口にするルイスに頭を抱える。
───英雄である俺に気付かせないように後を付ける。それがどれだけ難しいと思っていやがる。
我が事ではあるがダンジョンの探索中の俺は神経が研ぎ澄まされているので、些細な物音や気配に気付く。
奇襲を狙うモンスター、ダンジョンに張り巡らされたトラップから漏れる僅かな音と感触、それらに機敏に反応出来なければダンジョンを制覇することは不可能だからな。
無機物ならともかく、人は生きている以上音を発する 。呼吸や、足音、衣服の擦れ⋯⋯その僅かな音を聞き逃さないのが、俺だ。
世界最強の剣士、ロゼ・アレクサンドロスだ。
その俺に、気配を気付かせないで後を付ける? 凄腕の暗殺者ですら成し遂げられない偉業だぞ?
「いつからだ?」
「二年くらい前からッスかね? 勇気が出なくてなかなか声をかけられなかったので、気配を殺してロゼ様の後をつけ回していたっス」
ルイスの発言を上手く受け止められない。
ダンジョンの探索を始めた頃か、あるいは途中から俺の後をつけていたのか確認しようとしたら、とんでもない発言をされた。
冗談にしても質が悪いというのに、顔を見たら本気で口にしている事が分かって嫌だ。
こいつは本当に、二年間ずっと俺の事を付け回していたらしい。
「二年間、ずっとか?」
「はいッス!ダンジョンを探索している時も、家で身体を鍛えている時も、ロゼ様が女性を抱いている時もずっと近くにいたッス!」
「⋯⋯⋯⋯」
言葉を失うのは、初めての経験だ。
腕を見ると鳥肌が立っているのが分かる。
どうやら俺は、こいつに恐怖を感じているようだ。
英雄の癖に情けないと言われても仕方ないが、これを怖いと言えないのはどうかしてる。
「俺が、気付けなかった⋯⋯」
恐怖もあるが、それ以上にプライドが傷付けられた気分だ。
二年間ずっと付き纏われていたにも関わらず、ルイスがいる事に気付けなかった⋯⋯。
「ボクも強くなったんッスよ、ロゼ様!」
ドヤ顔してるけど、やってることは普通に犯罪だからなお前。ふざけんな。
クソっ!言いたい事は山ほどある。今すぐにぶん殴ってやりたい気分だが、それは後に回そう。
「お前が強くなったのはわかった。ダンジョンの探索中も後をつけていたこともな。つまり、お前は俺がトラップを踏んで女になる瞬間を見ていた、それでいいか?」
「見ていたッス!ロゼ様が苦しんでいたので、傍に駆け寄るか迷ったッスけど⋯⋯声に反応して近付いて来ていたモンスターの対応を優先したッス」
「⋯⋯知らないうちに、お前に助けられていたのか」
トラップを踏んで、身体が作り替えられるまでかなりの時間を要した。
その間、一度もモンスターが襲撃してくることはなかったが⋯⋯まさか、ルイスがモンスターを近寄らせないように代わりに戦っていたとは⋯⋯。
悪質な付き纏いではあるが、ルイスがいなければ俺はダンジョンで死んでいた可能性が高い。いや、確実に死んでいた。身体が作り替えられる激痛の中で、モンスターと戦うのは英雄である俺でも無理だ。
「だから、俺が女になった事も知っていた」
「ギルド長のところに向かった時も近くにいたッスよ」
「⋯⋯⋯⋯」
感謝の気持ちが一瞬でも芽生えた俺を殺してやりたい。なんだ、こいつ⋯⋯。
「それで、どうしてお前は女になった?一部始終を見ていたなら、あのトラップを避けることは出来た筈だ」
「ロゼ様が即死トラップを回避してから、
ただの慢心だ。
「いや、⋯⋯まて、俺が女になった後のことは見ていないのか?剣すら持ち上げられず絶望していた筈だ」
「モンスターの対応をしてので、見てなかったッスね!戻ってきた時はちょうど女になったロゼ様が転移石で還るところだったので」
最悪のタイミングで離れていたのか、こいつ。
その現場に居合わせていたら、俺がトラップに引っかかっただけの間抜けだと気付けた筈⋯⋯。
その場にいなかったからこそ、こいつは俺があえてトラップを踏んで女になったと深読みした⋯⋯。
「お前、自分からトラップを踏みに行ったんだな?」
「そうッスね!ロゼ様が強くなる為にトラップを踏んで女になったから、ボクも後を追うべきだと判断したッス!」
───バカだ、こいつ。
頭は良いはずなのに、後先のことを何も考えていない。その結果⋯⋯性別が変わった挙句、勘当までされた訳だぞ?
もうちょっと深く考えろよ。
ため息が出た。
とはいえ、ルイスが俺にとって命の恩人であるのは事実。悪質な付き纏いとはいえ、こいつには感謝しないといけない。
それと、生きていて良かった。
「⋯⋯良く生き残っていたな。激痛だった筈だ」
俺の時は、俺の知らないところでルイスが護ってくれていた訳だが⋯⋯ルイスの場合は激痛に悶えている間助けてくれる者はいない。
モンスターが同じように近寄ってきたら、一巻の終わりだ。
こうして生きている以上、何かしら運に恵まれたのだと思うが⋯⋯。
「あ!ボク、マゾなんであれくらいの痛みなら気持ちいいので問題なかったッス!」
───やべーやつだな、本当。