世界最強の剣士がTSして隠居する話   作:シターチッチ

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確認

 転移石を使用することで無事にダンジョンから帰還することができた。

 

 あらかじめ設定しておいたポイントに一瞬で移動できるという便利アイテムではあるが、これ一つで腕利きの職人が造った武具よりも高いときた。

 

 転移石があるだけで冒険者の生還率は大幅に増えるというのに数が出回っていないのが難点だな。ほいほいと気軽に使える代物ではない。

 

 それはさておき、ダンジョンという一瞬たりとも気の抜けない戦地から、自宅へと帰還したことで張り詰めていた糸が一気に切れた。

 

 体の脱力感に抗うことをせずそのまま床に倒れ落ち、大の字になって寝転がる。服を着替えるなり湯浴みをするなりしたいところだが、今はこのまま疲労のままに眠りたい。

 

「面倒事は⋯⋯後で考えよう」

 

 瞼を閉じれば俺の意識はゆっくりと薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

 どれだけ眠っていたかは正直分からない。薄暗いダンジョンに長く潜っていると時間感覚が麻痺してくるからだ。

 

 体を気遣いながらゆっくりと起き上がる。体の調子は良好。ダンジョンで感じた疲労も痛みも全て癒えたようだ。我が事ながらこの回復力の高さは化け物じみているとつぐつぐ思う。

 

「さて、まずは状況確認だな」

 

 本来ならダンジョンから帰還して直ぐに行うべきだが、流石にそれどころではなかったからな。いたし方ないところだ。

 

「夢であって欲しかったが、流石にそんなに都合のいいことはないか」

 

 手を顔の位置まで上げて感覚を確かめるように開いたり閉じたりを繰り返す。白魚のような手が俺の意思で動いている。剣を振り続けて硬くなった武骨な指とは違う。女性らしい綺麗な指だ。

 

 現実を受け入れてから、辺りを見渡してみる。ダンジョンに向かう前と部屋の様子は何一つ変わっていない。ベッドが部屋の隅に置いてある寝るためだけの部屋。

 

 ダンジョンから帰還したばかりの俺は直ぐそこにあるベッドに倒れ込む余裕すらなかったらしい。

 

「ちゃんと持ち帰っていたな」

 

 視線を床に落とすと愛剣であるグレートソードが転がっている。筋力の低下が原因か、持ち上げることもままならない武器ではあるが、長年死線を共にした大事な愛剣をダンジョンに置いてくるわけにはいかなかった。

 

 転移石は使用者が触れているものも一緒に転移するという特徴がある。今回の場合は剣ではあるが、ダンジョンを共に探索するパーティーなら体の一部を掴むことで転移石一つで一緒に帰還することが出来る。

 

 床に転がっている愛剣を踏まないように気をつけながら厚い布によって締め切られている窓に近付く。

 

 ダンジョンから帰還しても日中なのか夜なのか把握出来なかったのはこの布切れのせいだ。ドワーフのおっさんが造り上げた自信作か知らないが、陽の光を完璧に遮断するせいで部屋の中が真っ暗だ。

 

 俺はダンジョンを長年探索していたお陰で夜目が効くので暗くてもある程度見えるが、貴族のボンボンや平民は灯りがなければまともに動けないだろうな。

 

 一瞬で部屋を明るくしたり暗くすることが出来る道具があれば便利なんだがな。今度ドワーフのおっさんに造れないか聞いてみるのも一興か。

 

 窓を締め切っている布を外すと陽の光が差し込んできた。太陽の位置から推測するに夜が明けて間もないくらいか。ギルドに報告にいくのは修道僧が鐘を鳴らす頃合でいいだろう。

 

「さて、身体の確認といくか」

 

 この部屋でやれる事は何もない。部屋のど真ん中に転がっている愛剣が邪魔なので移動したいところだが、今の体では重すぎて動かせない。どうするかは後で考えよう。

 

 寝室を出ると直ぐに広間に繋がっている。俺がダンジョン探索用に購入した三つ目の自宅は貴族の屋敷ほどではないが、それなりに大きい。 一人で管理するのは面倒なのでギルドの人間に定期的に手入れを頼んでいる。

 

 俺が出てきた寝室の隣に着替えやダンジョン探索用の道具が纏めて置いてある。身嗜みに気を使うのは貴族の令嬢に舞踏会に誘われた時くらいだ。普段から意識して使っていないので姿見がその部屋にあったかは覚えていない。まぁ、部屋に入ればわかることだ。

 

 隣の部屋に移動し目当ての姿見を発見。ドワーフのおっさんが無駄に装飾に拘った高級品だ。元々はギルドの受付嬢へのプレゼントとして購入したのだが、渡す前に夫がいることが判明して虚しくなってこの部屋に置いた。

 

 姿見に近付くと今の俺の姿が映っている。

 

「本当に⋯⋯女になっちまったんだな」

 

 姿見に映る俺は最強の剣士ロゼ・アレクサンドロスの面影の一つなかった。屈強な肉体も、貴族の令嬢が熱をあげる男前の顔もそこに映っていない。代わりにいたのは目つきの悪い女。

 

 身長は女性にしては高く、女らしい凹凸のある体をしている。胸がでかい。尻もいい形だ。俺がこれまで相手してきた女性たちよりも、もしかしたらスタイルはいいかもしれない。

 

 顔はまぁ及第点。とびっきりの美女ってわけではないが、王都で見かけたら声をかけたくなる程度には悪くない顔立ちをしている。目つき悪さだけで印象を下げている気もするな。

 

 髪色は黒、長さは背中にかかる程度だ。貴族の令嬢のような艶のある髪をしている。髪の色や目の色は変わっていないらしいな。男だった時の俺と同じ黒髪黒目。これは平民の血を引く証だ。

 

 貴族や王族は選ばれた人種だがなんだが知らないが俺たちと違って金色の髪と空と同じ青い目を持つ。権力の象徴とも言える分かりやすい容姿だ。

 

 女になった事で髪色や目の色まで変わっていたら面倒なことになっていたので、黒髪黒目で一安心した。

 

 服装はダンジョンに行く前に俺が着ていた動きやすさ重視した軽装。体型が変わった為かブカブカだな。

 

「女になったのがこのタイミングで良かった」

 

 俺が英雄と呼ばれる前であれば、俺はその体格に見合う重たい装備を身につけていた。女体化して筋力が落ちた俺は鎧の重量に耐えきれず床に転がっていたことだろう。

 

 今の俺はダンジョンで手に入れた魔法の装飾品があるのでかつてのように鎧は身につけていない。右手の人差し指にはめられた銀色の指輪は、これだけで鎧と同程度の防御力を肉体に付与する。

 

 生身の肉体であっても剣で切られても傷一つつかない。売れば貴族の屋敷が10つくらい買える金額になるだろう。冒険者なら喉から手が出るほど欲しい代物だ。

 

「まぁ、悪くない」

 

 女になった俺への総評だ。目つきの悪さだけに目を瞑れば、その体を抱きたいと思う程度にはいい女だ。この姿見に映る女が俺じゃなければな。

 

 見た目が悪くなったわけではないから、まぁ普段生活する分には苦労しないだろう。男に言い寄られる可能性を考慮すれば絶世の美女でないだけマシか。ん?

 

「⋯⋯流石に臭うな」

 

 ダンジョンに長期間潜っていたせいで自分の体は汗や土、モンスターの血で汚れている。言いたくないが、女の体からしてはいけない匂いがしている。

 

 クンクンと鼻で匂いを嗅げば姿見に映る俺が顔を顰めているのが分かった。言うな、臭いのは俺だって分かってる。

 

 色々とやらないといけない事は多いが、最優先ですべき事は決まった。湯浴みだ。

 

 俺の家はドワーフのおっさんが建てた事もあり、最先端の設備が導入されている。まだ貴族にしか出回っていない、水を溜め込むマジックアイテムや水を暖かいお湯に変えるマジックアイテムなんかもある。

 

 わざわざ川にまで行って冷たい水で体を洗うことをせずに済む。この家を建てる時に奮発して良かったな。ドワーフのおっさんはこれもこれもって鬱陶しいくらいに提案してきたが、今になってはその時の了承が俺を助けている。

 

「湯浴みだ!」

 

 臭いのは耐えきれないと身に纏っている衣服を脱ぐ。姿見には傷一つない玉のような肌の女が映る。形のいい胸だ。かつての俺の自慢だった大胸筋と比べても引けを取らない。

 

 尻も素晴らしい。かつての俺は尻でモンスターの攻撃を受け止められるくらいに強固な尻を持っていた。残念ながらその片鱗すらないが、腰を打ち付けるにはちょうどいい大きさと柔らかさがこの尻にはあるだろう。

 

 一晩抱いてみたいと思える素晴らしい体の女だ。ただ、自分の身体だという認識があるせいか、まるで劣情が湧かない。体を見てもムラムラしない。

 

 かつての俺なら下半身を硬くさせたというのになんと嘆かわしいことだ。ほれ、男の俺よ⋯⋯お前が好きだった大きなおっぱいだぞと、自分の手で胸を揉むが何も感じない。

 

「湯浴みしよう⋯⋯」

 

 虚しくなって部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら俺は、本当に女になったらしい。

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