世界最強の剣士がTSして隠居する話   作:シターチッチ

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エクレリ

 ダンカンの故郷の村に住み始めてから20日あまりの日数が経過した。初日のゴタゴタを除けば、都会の喧騒が嘘のようにのどかな村だ。

 

 ただ、俺自身のことで言えばまだこの村の生活に慣れていない。住めば都なんて言葉もいつになれば実感できるのやら。

 

 ドワーフの職人が作った家具なんかで慣れていたせいだな。マジックアイテムで全てが解決する以前の家と違って、自分でやるべき事は多い。

 

 湯浴みをする、その一つをとったってそうだ。以前ならマジックアイテムのボタン一つで終わった作業が、今は水を汲んで貯めて、それを火で温める等、面倒な作業を行わないといけない。

 

 これまでギルドの者に任せてきた掃除や衣類の洗濯など家事の全般は全部自分で行わないといけない。どれも出来ない訳ではないが、ただただ億劫だ。

 

 幸い、俺が生まれた村とは違ってこの村には商人がいる。

 

 聞いた話によると、ダンカンが手配した人物らしいな。辺境の村ゆえに物流が滞っていて、住んでいた時に不便だったからギルド長の権限で手配したようだ。

 

 王都と違って人の行き来の少ない辺境の村での商売など本来なら嫌がるものだが、この村で作った野菜や工芸品は王都で高く売れるそうだ。

 

 村の人たちも王都でしか手に入らない道具や食べ物等を商人から買える。双方に利益のある関係性を築けているらしい。

 

 この商人のお陰で俺もこの村での生活に苦労はしていない。食料や衣類、雑貨や家具、娯楽となる書物、商人に言えばなんだって手に入る。金だけは腐るほどあるからな。

 

 多少の不便はあるが、予定していた通り悠々自適な隠居生活を送れている。

 

「なるほど⋯⋯面白いな」

 

 時たまに村の人からの願いで農作業の手伝いや、狩りに同行したりする以外は基本的に家でいる事が多い。

 

 今は新たな趣味となった読書に励んでいるところだ。

 

 冒険者だった時はダンジョンに潜ったり体を鍛えたりする方を優先していたからな。時間があっても本読んだりはあまりしてこなかった。

 

 ちゃんと読んだのは、色々と世話になっている公爵家のご令嬢が熱心に進めてきた本くらいだ。あれも話を合わす為に読んでいた程度。

 

 そのせいでエクレリから野蛮人だのなんだのバカにされたな。

 

「そんな展開になるのか」

 

 本を読み進めていくと、予想だにしない展開に思わず声が漏れる。

 

 危険な旅だからと、村に置いていかれた主人公の幼なじみがまさか筋肉ムキムキになって主人公のピンチに駆け付けるとは!

 

 流石の俺もこの展開は予想していなかった。

 

 話に引き込まれた俺は時間も忘れて物語に没頭した。特に好きだったのはヒロインがその筋肉で敵を締め上げるところだな。

 

 やはり筋肉。筋肉が全てを解決する。俺の考えはやはり間違っていなかった。

 

 そのまま読み進めていくと、筋肉の強さを見せつけるようにヒロインが活躍する。主人公が蚊帳の外になるくらいヒロインがその屈強な肉体で暴れていた。

 

 これに関しては賛否両論があるだろうが、主人公の為にヒロインが努力した結果なので、俺は好意的に受け止めている。

 

 

 

「微妙だな」

 

 

 

 それから小一時間ほどで本を読み終えたのだが、物語の終わりに納得がいかず辛辣な言葉が出てしまう。

 

 途中までは良かった。筋肉ムキムキのヒロインの活躍も、主人公の覚醒シーンも童心に戻ったように心が踊った。

 

 多少の既視感があるせいだろうか? 戦闘シーンや一部のキャラの掛け合いが頭の中で容易に想像出来た。その点も加味しても最後だけは頂けない。

 

 主人公の為にあれだけ努力して強くなったヒロイン。

 

 それがパッと出の魔法使いの女に負ける?

 

 あれだけ一途に主人公のことを思い、主人公の為に捧げたヒロインが、大して活躍もしていない魔法使いの女に恋人の座を奪われていた。

 

 この魔法使いの女なんて出てきたのは終盤の方だぞ。宿敵を倒す為に魔法の力が必要になって手を貸して欲しいってことで仲間になっただけのキャラだ。

 

 ヒロインの心象を描いたシーンもあったので、どれだけ主人公を愛していたかが分かる分余計に胸糞が悪い。

 

 どうして主人公はこの一途なヒロインではなく魔法使いの少女を選んだのかが理解出来ない。魔法使いの女の長所なんて顔が良いだけだろ?

 

 これだから筋肉のない奴はダメなんだ。

 

「はぁ⋯⋯」

 

 深いため息と共に本を閉じてテーブルの上に置く。

 

 その際にあまり注視していなかった作者の名前が視界に映る。作者の名前は『エクー・レリエッタ』。

 

「ん?」

 

 俺はこの作者と似たような名前の知り合いがいる。ちょうどこの本で嫌いになったキャラと同じ魔法使いの女だ。

 

 ───『賢者』エクレリ・スノーフレイク。

 

 あの女と知り合ったのはちょうどこの本と同じで魔法の力が必要になった時だ。物理無効とかいうわけの分からない耐性を持つゴーレムを倒す為に、魔法使いを探して知り合ったのがエクレリだった。

 

 気のせいか? 本の出会い方に酷似している気がする。オマケにこの作者名。

 

 だが、あいつの口から本を書いてるなんて事を聞いた事はない。そんな無駄な事をしている暇があればあの女は魔法を研究をしているだろう。

 

「まぁいい」

 

 それほど気にするような事ではない。エクレリがこの本を書いていたとしても、俺には合わなかった。それだけで済む話だ。

 

 ひとまず、この本は魔導書の中に仕舞うか。面白い、また読みたいって思えたら本棚にでも置いて置こうと考えたがこの本をまた読むことはないだろう。

 

 エクレリから渡された魔導書を開き、本のページを捲っていくと『どうでもいいアイテム』と書かれたページが目に入る。

 

 元々は魔法陣以外に何も書かれていないページではあったが、物の整理や取り出しがしやすいようにページごとに俺が記入したものだ。

 

 読み終えた本を魔法陣の上に置いて、魔力を流すと本が魔法陣の中へと沈んでいく。

 

 取り出す時は逆で、魔力を流しながら取り出したいアイテムを思い浮かべると魔法陣から出てくるという仕組みだ。

 

 本が完全になくなったのを確認してから魔導書を閉じる。魔力を帯びている以外、何の変哲もないただの本だ。

 

「そろそろ俺が死んだって事も知り合いたちの耳に入る頃だろう」

 

 この村にもロゼ・アレクサンドロスの死んだというギルドの発表が広まっていた。人里から離れた地に住んでいるエクレリの元にも、いずれは届く筈だ。

 

 あの女は、どういう反応をするだろうな。

 

 俺が死んだ事を疑うか、あるいは受け入れるか。悲しむか、あるいは喜ぶか。

 

 長い付き合いではあるが、エクレリがどういう反応をするか予想できない。

 

「ん?」

 

 視線の先にある魔導書のページが捲れた。窓を開けているので風で捲れたかと思ったが、風で捲れたにしては不思議な捲れ方をしている。

 

 なにより早い。人の手で捲っているかのように次へ次へとページが捲れていく。

 

 やがて魔導書は最後の何も書かれていないページまで開いて、そこでようやく止まった。これを自然に起きたものだと判断するほどバカじゃない。

 

 これは、エクレリの仕業か?

 

 魔導書の作成者を怪しんでいると何もないページが、紫色の光を放つ。エクレリが好んでいた色。

 

『なによ、ちゃんと生きてるじゃない!死んだなんてふざけた噂が流れてきたから、びっくりして生存確認したあたしがバカみたいじゃない』

 

 本から聞こえてきた知り合いの声。それは紛れもない魔導書の作成者───エクレリのものだ。

 

『あら、反応がないってことは驚いているのね!ふふふ!ロゼも知らない機能がこの魔導書にはあるのよ!作成者である、あたしだけの特権がね!』

 

 自慢げに語っている。対面していたら平たい胸を張ってドヤ顔していた事だろう。あのウザったい顔を見る度に殴りたくなる。

 

『気になるだろうから、種明かしをしてあげる。本の所有者が近くにいる時だけ、作成者特権でこうして干渉ができるのよ。つまり、ロゼが生きているっていう証明になるわけ』

 

 なるほど、それで第一声に『生きてるじゃない!』と、叫んでいたわけか。流石は英雄。流石は天才。俺の理解の及ばない事を平然と行っている。

 

 これが魔法の力か。

 

『それで、どうしてロゼが死んだことになってるか、あたしに教えてくれるかしら?』

 

「分かった、ちゃんと説明する」

 

 エクレリは既に俺が生きていると確信を持っている。ロゼは死んだと告げても納得はしないだろう。それにこの女になら、話しても問題はない。

 

 俺と同じで隠居を選んだ英雄だ。俺の考えも理解してくれるだろう。何があったか話そうとしたら、何故かエクレリの舌打ちが魔導書から聞こえてきた。

 

『誰よ、あなた』

 

 久しぶりに聞く、突き放すような冷たい声。

 

 エクレリと初めて会った時も同じような対応をされたな。出会った頃を思い出して懐かしい気分になった。

 

 さて、どうするか。エクレリの態度が急変した理由は既に分かっている。性別が変わったことで俺の声も女のものになっているからだ。

 

 事情を知らないエクレリからすれば、知らない女が急に割って入ってきたように感じるだろう。

 

 まずは事情を説明しないとな。

 

「俺は───」

 

「話さなくても別にいいわ。どうせあのバカが連れ込んだ女でしょ?それにロゼが対応しないってことは寝てるのね⋯⋯まぁいいわ。英雄色を好むなんて言うけどいい加減にして欲しいわね」

 

 いい加減にして欲しいのは俺の方だ。こっちは事情を説明しようとしているんだぞ。それに勝手に俺が女を連れ込んだって決めつけやがって。

 

「あのな───」

 

「先に言っておいてあげる。ロゼはあなたが思っているような英雄ではないわよ。女にだらしないし、何でも直ぐに金で解決しようとする」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「女心を微塵も分かってないから、記念日を忘れるなんていつものこと。最悪なのはデートよりも筋トレを優先する脳筋ってところね。普通、女の子との約束すっぽかして筋トレする?バカじゃないの」

 

 酷い言いように自然と口が閉じる。

 

 なんでこんなに貶さないといけないんだ。俺が何かしたか?

 

 いや、実際にしたから言われているわけか。うん、まぁ確かにエクレリとの買い物をすっぽかしして筋トレしてた事はある。けど、一回だけだ。どうやらその一回を根に持たれてるらしい。

 

 それと、エクレリの言う記念日に関しては何を指しているかすら分からん。俺とエクレリの間に何か記念になるような事はあったか?特にないな。

 

 流石にこうも一方的に言われると腹が立ってくるな。よし、言い返してやろう。

 

「いい加減に───」

 

「そう!いい加減にして欲しいのよ!あたしという女がいながら、そこら辺の女に鼻の下を伸ばして!

もしかしたら、あなたもそこのバカに抱かれて勘違いしているかも知れないから、言っておいてあげるわ!」

 

 語気が強い。

 

 顔の見えない女の俺に対してまるで威嚇するように、エクレリは口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロゼ・アレクサンドロスの童貞はね!世界最高の魔法使いエクレリ・スノーフレイクが貰ったの!そこのバカはあたしで童貞を捨てたのよ!覚えておきなさい!」

 

 ───何言ってんだこいつ。




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