世界最強の剣士がTSして隠居する話   作:シターチッチ

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始まりの思い出

 エクレリが言っている事は事実だ。否定はしない。

 

 ただ、エクレリ視点では俺は初対面の女の筈だ。その相手に伝えるような内容ではないだろ、それ。

 

 どういう意図でそんな事を伝えているのか疑問に思っていると、エクレリが更に言葉を続ける。

 

『今でこそ英雄として持て囃されて、名声や財産目当てであなたのような女が群がってるけどね、あたしがロゼと出会った時はまだ無名の冒険者だった』

 

 エクレリと出会ったのは今から17年ほど前。俺とエクレリが20歳の時だ。

 

 村を出て冒険者として活動を始めて5年の歳月が過ぎ、駆け出しを抜けた辺りでダンジョンの攻略に行き詰まっていた。

 

 その当時から冒険者としては突出した強さだったと自負しているが、経験の浅さから物理に対して耐性のあるモンスターに対抗する手段がなかった。

 

 どうしたものかと、悩んでいた俺の元に凄い魔法使いがいると耳に入ってきた。それが当時、俺よりもギルドで名前が知られていた魔法使い、エクレリだ。

 

『はっきり言うけど、英雄として扱われる前のロゼは全くモテなかったわ!顔は見ての通り悪くないけど、性格が良くなかったわ』

 

 事実ではあるが、エクレリから言われるのは癪だな。自分は違うとでも言いたげだが、お前も大概尖っていた記憶があるぞ。

 

 実力のない冒険者は話しかけないでとか、凡人との会話は時間の無駄とか、男は近寄らないでとか、そんな当たりの強い言葉を平然と言っていたよな?

 

 俺も性格は良くなかったが、やはりお前にだけは言われたくないぞエクレリ。

 

『あの頃のロゼは大した結果も出していないのに自信家で、自分は必ず英雄になるなんて豪語していた。あの当時の冒険者は、誰もがロゼをバカにしたわ。あたしを除いてね』

 

 自分だけは疑っていなかったと、自信満々に語っているところに補足を加えるのは申し訳ないが、ダンカンも俺の事を信じてくれていた。

 

 ダンジョンの攻略に行き詰まって相談した時も、『お前ならできる筈だ、英雄になるんだろロゼ!なら、やれ!』と背中を押してくれたものだ。

 

『周囲の反応が変わったのはあたしと共にダンジョンを制覇して、英雄として扱われた後。誰もロゼの魅力に気付いていなかった癖に、名声が手に入るや否や近寄ってきた』

 

 思い返せば、英雄として扱われる前はエクレリ以外の女性と関わることは殆どなかった。懇意にしている公爵家と知り合ったのも英雄として扱われるようになった後。

 

 女にモテ始めたのもダンジョンを制覇した頃だな。それだけ英雄という名声には人を引き寄せる力がある。ダンジョン制覇者という肩書きに付属する莫大な財産の存在も大きいだろう。

 

 その恩恵を十分に得ている立場なので、それをどうこう言うつもりはない。掌返しされようと、俺には他人の意見など関係ない。

 

 そんな俺の代わりにエクレリが強く反応していたな。掌を返して俺に擦り寄ってくる冒険者や貴族に対して、怒ったり文句を言う場面も何度か見た。友達想いのいい女だと、当時は思ったものだ。

 

「そういう存在が、気に食わないと?」

 

『そうね、気に入らない。ロゼを利用しようとする王族も貴族も、何の努力もしないで甘い汁を吸おうとする連中も⋯⋯みんな嫌い』

 

 俺の事だけじゃない、自分自身の体験もある為かその言葉には強い感情が籠もっていた。そうだな、エクレリも同じだ。

 

 英雄になった後の扱いに関して言えば、エクレリの方が苦労した筈だ。

 

 ダンジョンの制覇者、世界でも有数の魔法使い。その名声はエクレリの望んでいない者たちを引き寄せた。

 

 王子に求婚された、会食の席で薬を盛られた、家に侵入された、手篭めにしようと企む者に襲われた。etc⋯⋯。

 

 容姿の優れたエクレリは名声と財産だけでなく、その体すら狙われた。

 

 国によっては女性の地位が著しく低いところもある。嫌な思いをどれほどしてきたことか⋯⋯。

 

 人間嫌いに拍車がかかったエクレリは英雄になって間もなく、俗世を離れた。

 

 俺もエクレリから愚痴として聞かされていたので、女になって直ぐに隠居を決めたわけだ。

 

『あなたも一緒でしょ?ロゼの名声に近寄ってきた有象無象の一人。⋯⋯否定しなくていいわ、言い訳も耳が腐るほど聞いてきたから』

 

 深いため息が聞こえた。

 

『あたしから言えることは一つ。ロゼから離れなさい。───あいつは特別な存在よ。この世界の頂きに到達し得る唯一の人間。最高の男⋯⋯あたしの愛しい人』

 

 まるで歌うように言葉が紡がれる。

 

『ロゼの傍にいて、あいつの足を引っ張るような存在はあたしが許さない。もし、あたしの忠告を聞いても自覚できないバカな女なら⋯⋯』

 

 

 

 ───その時は、あたしが殺すから。

 

 

 

 その場にいない筈のエクレリから強烈な殺気が叩きつけられた。

 

 体が硬直する俺の視界の先で、本の周りに影が集まり人の手を象っていく。

 

 さりとて、それは人の手と呼ぶには禍々しく、凶器と呼ぶにはあまりに女性らしい手で⋯⋯。

 

「っ───!」

 

 ほんのわずかだが、恐怖を感じた瞬間に黒い手が真っ直ぐに俺に伸びてきた。

 

「なにっ」

 

 反射的に手で払った筈が、気付けば黒い手は俺の首を絞めていた。それは殺気が見せた幻覚だと、数秒経って気付いた。

 

 思わず唇を噛む。油断していたとはいえ、この俺が臆した? 一瞬でも恐怖を感じた?

 

 世界最高の魔法使いエクレリ・スノーフレークによる殺気だとしても、素直に受け入れる事ができない屈辱。

 

「やってくれたなぁ」

 

『あら、あたしの殺気に耐えたの?凄いじゃない!これまでの有象無象はみんな泡を吹いて倒れたのに⋯⋯』

 

 感心するような声にふつふつと怒りが込み上げてくる。

 

 エクレリに対する怒りではない。弱くなった自分への怒り。

 

 体だけじゃない、心まで弱くなったと自覚させられた。ふざけやがって!!

 

「腹だたしい限りだが、感謝する!!」

 

『へっ?』

 

「お前のお陰で俺自身が腑抜けていた事がわかった!隠居するからって心まで怠けていいわけがない!鍛え直しだ!!」

 

 女になって弱くなった。

 

 かつてのように剣を振るえなくなった。

 

 だから、冒険者を辞めて隠居を決めた。

 

 早い話、強くなることを諦めた。

 

 死んだわけじゃない。

 

 四肢をもがれたわけじゃない。

 

 病に伏したわけじゃない。

 

 ただ、性別が変わっただけだ。

 

 それだけで諦めた? バカか、俺は。

 

 俺は誰だ? 世界最強の剣士 ───『剣聖』ロゼ・アレクサンドロスだ!!

 

 弱くなったなら、また強くなればいい。そんな簡単な事すら見失って自堕落な生活を謳歌しようとしていた。

 

 あまりに愚か!!

 

 鍛え直しだ。肉体も、精神も一から全て鍛え直す。

 

 都合がいいことに今は隠居の身。

 

 誰からも縛られず誰にも邪魔されない。ただ鍛錬だけに時間を費やすことができる。強くなることだけに全てを捧げることができる。

 

「ありがとうエクレリ、お前のお陰で気付くことができた」

 

『なにを、言ってるの?』

 

 エクレリの声が震えている。

 

 信じられない⋯⋯信じたくない、言葉の裏からエクレリの考えが伝わってくる。

 

「忘れたか、あの日のことを」

 

 初めてエクレリに会った時、お前は他の有象無象の冒険者と同じように英雄になんてなれないと否定した。

 

 俺とパーティーを組むことも時間の無駄だと一蹴した。

 

 そんなエクレリに対して、あまりに腹が立って冒険者が集まっていたギルドの場で言ってしまった。

 

 それが俺とエクレリの始まり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の胸と違って、俺はまだ成長できる」

 

『ぶっ殺すわよ!!』

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