銃声が響く
「───さん。ほら、起きてください。着きましたよ」
微睡みの中で誰かが私の体を動かす。
「……ぃ……ょう……さん…?」
「はい、そうです」
私が電車に乗ったのは……どれくらい前だったか。
「気分はどうですか?」
「き、ぶん…………あたま……いたい……」
「それは申し訳ありません」
穏やかな声でそう言った。
「もうみんな降りていきましたよ」
「ぇ……ああ……降りるよ」
「失礼しますね」
肩を支えられ開いている扉まで歩く。
「これで何度目でしょうか」
「何度……?」
「ですが、今回もちゃんと戻ってこれましたね」
「……?」
私はこの電車にそう何度も乗った事があっただろうか?
電車から降りると扉が閉まり私はホームに降りる喫茶店のお気に入りの席に座る。
「ところで───よぉ、入学式どうだったんだ?」
「え? あ、ああ……生徒会長の話が長かったかな」
「オイオイ他にもっとねぇのかよ。友達できたー、とか」
「店長……私にそれを期待しないでくれないか? 大体、私は昔から……昔……?」
昔……? あれ……?
自宅下の喫茶店で黒豹の獣人の店長と話している今に疑問を覚えた。
「どうした?」
「私さっきまで何してたっけ?」
「はぁ? 入学式だろ? 合格してからずっと──学園の生徒だー、って喜んでたじゃねぇか。嬉しすぎて忘れちまったか?」
「確かにそうなんだが……い、いやそうじゃなくて…」
さっきまで私は電車で……電車? 私は今何で『電車』って……?
……自転車と間違えたか?
─コトン…
目の前に真っ黒のコーヒーが置かれた。
「ま、入学したばかりでいろいろ混乱してるんだろ。これでも飲んでゆっくり考えな」
「……そうさせてもらう。ありがとう店長」
「さっき考えた新作、800円な」
「………いや払うけどさぁ」
手に取り一口。
……うん、やっぱり美味しい。
「てか───はそれ何書いてんだ? わざわざ何冊もノート広げて」
「え? いや高校生になるから武器の使い方を復習してたんだけど……」
「……なんか剣のことばっか書いてねぇ? 『ループは後ろ』? おめー今更厨二病か?」
「ちっ、違う。断じて厨二病なんかじゃない。こう、あれだ。納刀だ」
「イラスト見る限り思いっ切り振り抜いてんぞ?」
「……違うし」
新しい日常はいつも通りの日常だったらしい。
◇
漠然と、自分も含めたこの
最初にそう思ったのが何時だったかは覚えていない。
学校に登校した、クラスメイトと話した、温泉開発に巻き込まれた、バイクに乗った、星を見た、発砲した、ゲームをした……─
いつどんな時でもそう感じている。
『シミュレーション仮説』というものがある。
コンピュータなどの計算機に現実そっくりの仮想世界を作ることができるなら、この現実も何者かによって創られた仮想世界なのではないか、という仮説だ。
『この世界がシミュレーションだとしたら、それを創ったのは一体どんな存在なのだろう?』
その疑問を解消する術を私は知らない。いや、誰もがだ。
シミュレーションの中から外を観測することは不可能であり、そうであるならそれは存在しないものとして扱われる。
例えば幽霊を感じることができる人がいるとする。
その人が『ここに幽霊がいる』と言ったとして、肉眼では見えず、触れず、カメラに写らず、紫外線や赤外線などのセンサをすり抜け、どんな方法でも観測できないとしたら、それは『科学的に幽霊はいない』事になるだろう。
このようにシミュレーションの外側をいかなる手段でも観測できないということは、シミュレーションしている存在はいないということになる。
つまり、外を観測できないシミュレーション仮説というのは科学的には成り立たない仮説であるといえる。
…………であるなら。
仮想の存在では無いことをどうして証明できようか。
「高三にもなって厨二病?」
「断じて違う」
「なら『シミュレーション仮説』だなんて言ってないで進路考えたら?」
「まだそんな時期じゃないだろ」
「早い方がいいよ、特にシュテみたいな人は。不幸続きでどこにも行けないかもよ?」
「……割とありそうだから困る。わかった、考えてみる」
「がんばれ〜」
「頑張るしかないさ……この話前にもしなかったか?」
「そうだっけ?」
──学園第二校舎の屋上で昼食を終えた私たちが適当に会話をする。
いつもの日常。いつものキヴォトス。入学してから今年で3年目、卒業の年だ。
「まぁいいか。さて」
空のプラ容器を持って立ち上がる。
「午後も頑張ろうか」
「私はそこそこでいいかな。あ、放課後空いてる? ダンス部のみんなでミレニアムのゲーセン行くんだけど来ない?」
「あー、私もミレニアムに用事があるから……済ませたら合流できると思う」
「じゃあ行きは一緒に行こうよ」
「わかった」
◆
放課後。
ミレニアム自治区を歩きながら先程までいた『エンジニア部』でのやり取りを思い出す。
『ああ、あと自爆機能はちゃんと付けておいたよ』
『なんで???? 外してくれないか?』
『『『それを外すなんてとんでもない!』』』
『なんだコイツら!?』
結局それ以外が文句のつけどころがないレベルだったのでこちらが折れたが……ウタハめ……何かの拍子に爆発したらどうしてくれようか。
……というか、爆発物という扱いにならないのか? 置き配なんだが……キヴォトスだし平気か?
「シュテー! おーい!」
私服の──が車道を挟んだ反対側から大きく手を振っている。
わざわざ店の前で待たなくたっていいだろうに。
というか隣にいるのは誰だ?
変な猫耳と金髪の双子……いやあの耳と尻尾は作り物。制服がミレニアムっぽいな。
近くの横断歩道を渡って店に行く。
「シュテ! 遅いよ〜!」
「いや用事なんだから仕方ないだろう。ところで、そこの2人は?」
「紹介するね! 今日ここのゲーセンに来る前にお友達になった双子の子たちで、姉の『才羽モモイ』ちゃんと、妹の『才羽ミドリ』ちゃんでーすっ! イェーイ!」
「うおー!? 背ぇ高! 足長っ!? あっ、よろしく! シュテ先輩!」
「ちょ、お姉ちゃん…! あ、よろしくお願いします」
双子の姉妹……明るい姉と大人しめの妹。対称的な2人だな。
「ああ、よろしく。早速なんだが私はシュテじゃなくて─────という名前なんだ。あだ名ってやつさ」
「じゃあ、───先輩?」
「でもシュテ先輩の方がかわいくない?」
「だよね〜!」
いぇーい、と言って笑い合う──とモモイ。
案外2つ年が離れてる方が仲良くできるっていうのはあると思う。
……1年だよな? 無意識で1年生だと思ったが違ったら失礼か。ネルみたいに身長がやけに低い生徒もたまにいるし。
「基準が分からん。はぁ…ま、いいさ。ミドリも楽しくやろうか?」
「は、はい!」
初々しいな。
「とりあえず中に入ろう。いいよな?」
「おっけ〜」
◆
クレーン、アーケード、メダル……プリ機!? 最近ウチの自治区では見なくなったがこんな所に……!
「というか──、みんなは?」
「あー……えーと、それがね〜……」
「?」
「な、なんか〜ペロペロ様? とかのゲリラライブがある〜とかでどっか行っちゃって……」
ペロペロ様? なんだその変な名前は。てかゲリラライブってアーティストか?
「それで仕方ないからソロゲーセン決めようと思ってたんだけど〜そこにちょうどたまたま! 偶然この2人が通りかかってね!」
「そう! 私たちも2人だけでゲーセンはちょっと寂しい? 味気ない? から、──先輩と遊んでみよーってね!」
「本当は部活動の一環で来たつもりだったんですけど……」
なるほど、あるあるだな。テスト勉強しようとして部屋の掃除で終わるくらいにはよくあるな。
「あ、そうだシュテ! プリ撮ってこ?」
「そうだな、撮るか」
「あ、はいはーい! 私たちも写っていい?」
「えっ」
折角だ。
「もちおっけ〜! だよね?」
「ああ、みんなで撮ろう」
「やった!」
「ま、まぁいっか」
◆
『徒歩で来た』
絶妙にアホっぽくデコられた写真を財布にしまい、クレーンゲーム機の前でミドリと話す。
「─いえその、実は廃部の危機でして……」
「早くないか? まだ春だぞ? というか純粋な疑問なんだが、ここでゲームしてて大丈夫なのか?」
「ま、まだなんとか……」
「えぇウソぉっ!? 今のコンボ繋がるのぉ!?」
「非確定だけどそのキャラの暴れ5フレでしょ? 3フレまでなら繋がるからね〜!」
「くっ、なら回避で…!」
「はいどーん」
「ぐわぁぁ! はっ! もしかして今のを誘うために!?」
「ふっふっふ……! まだまだ甘いね〜モモイちゃん!」
「も、もう1回!」
「……なんとかなるか?」
「……ま、まだなんとか……!」
いけるか?
◆
一通り遊んで、今はゲームセンター内の自販機の近くにあるベンチに座って少し休憩をしている。
どうやらモモイ・ミドリの2人は『G.Bible』という最高のゲームを作る方法が記された情報媒体を探しているらしい。
探している、と言ってもほぼ諦めていたようだ。廃部までは1ヶ月無い程度だからゲーム開発部の3人─部長も含めた人数─で『G.Bible』無しに作ることも視野に入れていたとの事。
ただ、そこに──と会って私のことを聞いたと。
「それで私にか」
「そゆこと! ねシュテ、いいよね?」
「もちろん、と言いたいところなんだが……あー、
「うん! ヴェリタス…えーと、ハッカーの人達が『ミレニアム郊外の廃墟にある』って」
「ヒマリ先輩も言ってましたし、確実だと思います」
なるほど、ミレニアムの廃墟……。
「そこは確か連邦生徒会によって立入禁止区域に指定されてなかったか? 許可があるならとも思ったが、そもそも私はミレニアム学区外の生徒だぞ?」
「「う……」」
「そこを何とかするのがシュテの仕事でしょ?」
「違うが? ……だがまぁ、やるだけやってみるか」
学区外生の私が様々なところで捜査することは珍しくはない。大体は『入ってもいいけど自己責任だよ?』となるからだ。
装備を整えてから行く必要があるな。
携帯電話を取り出す。
「ホントに!? いいの!? やったぁ! ありがとうシュテ先輩!」
「ありがとうございます、先輩」
「気にするな……ただ、──学園『捜査部』への依頼という形になるが構わないな?」
「手伝ってくれるならなんでもいいよ!」
「お姉ちゃん! あの、それってお金掛かるんじゃ?」
「えっ!? そうなの!?」
そりゃあ慈善事業じゃない。ただ─
「シュテ、どうするの?」
「分かってて聞いてるだろ」
「まーね」
「はぁ……2人とも、最高のゲームを作ると約束してくれるか? 依頼料はそれでいいさ」
「! わかったよ! いいよねミドリ!」
「うん!」
「よし、ここだと電話しづらいから外に行ってくる」
まずはミレニアムの方から電話して──
◆
「─立ち入る予定の生徒は──学園『捜査部』部長の─────と、ミレニアムサイエンススクール『ゲーム開発部』から才羽モモイ・才羽ミドリの三名です」
『少し待ってちょうだい。確認するわ。……問題なさそうね』
「では」
『承認するわ。ただ、連邦生徒会長にも許可を得なければ意味が無いことは理解しているわね?』
「もちろんです」
『なら、好きにするといいわ。連邦生徒会長が承認したなら私には連絡しなくて結構よ』
「ありがとうございます。では失礼します」
『ええ』
電話が切れる。
「シュテ、どうだった?」
「来たのか──」
「うん。気になっちゃってね」
「『連邦生徒会長が許可するなら入っていい』らしい」
初手から会長さんに繋がるとは思っていなかった。だが流石ミレニアムのトップと言うべきか、トリニティと違って無駄な会話が少ないから話しやすくていいな。合理主義者というのは本当らしい。
「連邦生徒会長の許可ってなると結構手続き面倒じゃない? 行ったことあるけどかなりお役所仕事というか……」
「それでも頼まれた以上はな。そこそこ急ぎの要件でもあるし、なんとかなってくれるといいんだが……」
連邦生徒会の電話番号を入力し、コール。
「正直望み薄だよね〜。会長さん自ら禁止した場所でしょ?」
「まぁな」
……繋がった。
「も『お待ちしてました。─────さん』……連邦生徒会長ですか」
二連続でいきなりトップに繋がるとは……しかし、なんだこの違和感は……?
「…わざわざ自己紹介する必要はなさそうですが、一応。『捜査部』部長の─────です。用件は─」
『ミレニアム自治区郊外にある廃墟への立ち入り許可ですね? どうぞ、許可します』
「──…そうですか。多忙の中ありがとうございました」
分かった、私この人と仲良くなれないんだ。
─ツー……ツー……
未来が視えるだなんてのは嘘だと思っていたが……だがもし、本当にそうで、その上で許可を出したというのなら大丈夫なのだろう。
まぁゲーム開発兼探し物の一環だしな。何かトラブルなんて精々が瓦礫や金属片とかだろう。
「ん? え、終わり? 早くない? 1分どころか30秒も経ってなくない?」
「……私もよく分からないが、とにかく入れることになったぞ」
「ウソっ!? 今ので!?」
だよな、それが普通だよな。
……立入禁止区域なのは理由があるはずだ。うん、装備を整えてから向かおう。何事もなければそれでいいんだ。
◆
「─というわけで入れるぞ」
「やったぁ! やったねミドリ!」
「うん! やったねお姉ちゃん!」
「よーし、なら私も「言っとくけど──は入れないからな?」なんで!?」
「なんでも何も、部活違うだろ?」
「そうだった」
忘れるなよダンス部。
……だがやはり気になる。何故だ?
連邦生徒会にミレニアムの会長さんから連絡が行ってたのか? 可能性は高いな。バリキャリって感じだし。同い歳だけど。
「
「マジで?」