キヴォトスにおける卒業の概念   作:壊れたファングメモリ

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アビドス。

 

かつて最も栄えていた都市であり、今は最も寂れた都市の名前である。

 

数年前から頻発し始めた砂漠から吹いてくる砂嵐により都市は砂漠化、それにより快適に住めるとは言えなくなった土地からは徐々に人が減り……。

 

「残ったのはこんな廃墟に、この企業と」

『照合した結果、カイザーコーポレーションの製品と判明しました』

「誰も来ない砂漠なんて基地にするには丁度良い……なんて事なくないか?」

 

絶対に動線悪いだろ……物資の搬送に掛かるコストどのくらいだ? 逆説的にこの砂漠には何かあるって事なんだろうが……。

 

恐らく誰かの忘れ物と思われるライフル銃を壁に立て掛ける。

 

今いるのは僅かに傾いた廃ビルの一階。最近はずっと廃墟の探索をしている。やけに縁があるな。……本当に何度も来ている気がする。

 

廃墟か。しかし……そうか、廃墟か……どうにもあのノイズを思い出してしまうな。

 

あのノイズは何というか……そう、ゲームのバグみたいだった。

 

ゲーム開発部の作ったゲームの中で、アイテム欄の整理でアイテムを選択してから移動させることなくアイテム欄を閉じたら、次のバトルでコマンドのグラフィックがバグりその後のマップも木と家が重なるようなバグを起こした。

 

開発部の3人は『セレクトBB』だなんだと騒いでいたが、その時の画面の表示があのノイズに似ているような気がした。

 

……この世界もゲーム、なんてそんな事はないか。

 

ない…………はずだ。

 

確証は何も無い、というか自分の世界がゲームや作られたものじゃない事ってどうやって証明するんだ?

 

……。

 

考えるな。

 

「すぅ……はぁー……」

 

ライフルを視界から外し、ビルの外に出る。

 

さて、黒見セリカの捜索は難航している。当たり前だが行方不明者は見つけるのが難しい。

 

最後に連絡を取れたのが三週間ほど前らしく、訳あってあの集合写真に写っていた生徒たちは頼ることが出来ないらしい。

 

…………恐らく、何人か亡くなっているのだろう。シロコのそれはそういう目だ。何回かキヴォトスの住民が同じ目をしているのを見た。

 

こうなるんだったらエンジニア部に人を探すセンサを付けてもらえば良かったか。

 

捜査部として人探しは機械に勝っていると思っていたが……そうか、人が居ないところでは人伝に足取りは辿れないよな。

 

今まで砂漠で人を探すことなんてなかったし……反省点だ。

 

すぐ隣の廃工場へフェンスを乗り越え侵入。

 

シロコのアドバイス通りヘルメット団のアジトだった場所をいくつか回っているが、進展はない。

 

「……ここもハズレっぽいか?」

『物音を検知しました』

「物音? 動物かなんか─」

 

─ジャキン

 

後ろからだ。

 

両手を上げてゆっくりと振り向く。

 

「あなた、こんな所で何をしているの?」

「…部活動さ、ゲヘナ学園風紀委員長さん」

「見ない制服ね。どこの生徒かしら?」

「──学園。ついでに、捜査部の部長─────だ」

「捜査部……もしかして、この前のミレニアムの?」

「まぁ知ってるか。でも何があったか聞くのは無しだ。リオ会長との取り決めさ」

 

コチラに向けていたマシンガンを背に戻した。

 

「いいのか?」

「私は戦いに来たわけでは無いもの。あなたと会うのは想定外よ」

「……聞かない方が良いか?」

「そう、ね…………いえ、でも……

 

……え、これは聞いた方がいいやつなのか? それとも無意識か?

 

どちらにせよ、そこまで怯えなくて済みそうだ。

 

「マル、水くれ」

『了解』

 

マルが冷蔵庫からペットボトルに入った冷えたミネラルウォーターをアームで掴んで差し出してくる。

 

なにそれ……

「ミレニアム制の特別なドローンさ。決して冷蔵庫じゃ…いや今回は冷蔵庫としての役割が多いが。ん……うん、砂漠では冷えた水が美味いな。風紀委員長さんも飲むか? まだまだあるぞ」

「え……いえ、私は私のがあるから」

「そうか。なら遠慮なく」

 

─ごくごくごくごく……

 

「……っ!」

ぷはっ……『キンッキンに冷えてやがる』」

「っ、『悪魔的ね』……!」

「おっ、ノリがいい。お近づきの印に1本どうぞ。マル」

『了解』

「……冷たい……もらうわ」

 

─カチカチッ……ごくごくごくごく……ごくごくごくごく……!!

 

「ぷはっ……ごちそうさま。美味しいわね

「お、おう」

 

イッキだ……やっぱ乾燥するよなここ。

 

 

イス代わりで空のペンキ缶に座って昼休憩と雑談。

 

話してしまえば、漠然とした『ゲヘナの生徒』という印象はどんどん変わっていった。

 

特に善性。あのゲヘナで人を助ける仕事の長をしているのだからとんでもない。

 

「しかし、ヒナがいない間のゲヘナは大丈夫なのか? 話を聞く限り、ヒナがいないとキツイ場面が多そうだが」

「普段ならね。今回、暫くは大丈夫よ。詳しくは言えないけれど、万魔殿が風紀委員と協力して治安維持に当たっているわ」

「それはまた……いや本当にすごいな? それだけ重要な任務で来てることになるが」

 

犬猿の仲が手を取り合う必要がある任務……それにかち合わせることになるなんて。

 

「あなたはこの前の、私はこれから。お互い様じゃないかしら?」

「違いない」

 

くつくつ、と笑う。

 

「私もノーヒントで人探しなんて初めてだ。どれだけの時間が掛かるだろうか」

「……見つける気なのね」

「当たり前さ。探偵の本分は人探し、出来なければ意味が無い。元々捜査部と探偵部は別れてたんだが、人が減って統合されたんだ。そういう訳で、途中で猫耳の生徒を見なかったか?」

「猫耳……見てないわね。ヘルメット団にもいなかったわ」

「そっか……見かけたら教えてくれないか? これ、連絡先だ」

「モモトークじゃないのね」

「仕事用のなんでな」

 

ホームページなんかに載せるのはこっちだろ? と言えばヒナは納得した様子でそれを写真に収めた。

 

「さて、そろそろ行くかな。ヒナはどうするんだ?」

「私は一旦部隊に戻るわ。あまり遅れると心配を掛けることになるから。……ねぇシュテ」

「何だ? というかヒナもその呼び方……

「その、水、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

夕方になった。が、それでもまだまだ日差しが強くて困る。

 

廃線になり寂れた線路の横道をマルが伸ばしたアームの上に立ち、そこそこの速度で飛行する。

 

最初からこれで移動すれば……いや、それだとヒナには会えていないか。

 

「……今これ何℃? 本当に夕方か?」

『現在の気温は28.7℃、時刻は午後6時12分です』

「…………」

 

元から砂漠に距離が近い土地だったのも影響しているのだろうか? この乾き具合といい暑さといい、砂さえなければ真っ当な気候らしいがあまり想像出来ないな。

 

……冬に雪とか降るのか? 雪と砂が混ざったら後始末が大変だろうな……。

 

そこら辺はシロコに聞いてみないと分からないが、そのシロコは喫茶店内でぶっ倒れて──学園の保健室送りになったから……恐らくそこから病院に転院しただろう。寝ている人に聞くことはできない。

 

……というか本当に人がいない。

 

「なんか駅着いちゃったな……」

『データベースに該当あり。ここはかつてハイランダー鉄道学園が管理していた駅です』

「鉄道といえばのところだな」

 

マルから降り歩道から階段をのぼり駅構内に入る。

 

途端、ゾロゾロとロボットの住人が現れ私を取り囲んだ。

 

ただの住人じゃないな。どちらかといえば軍隊のように見える。……そのロゴ、カイザーか。

 

「……何か御用ですか?」

「お前もアレを狙っているのか?」

 

何の話か分からないが、恐らく巻き込み事故に遭っているということだけは理解した。

 

「私はここに人を探しに来ただけです」

「ふん、そのような嘘が通用するとでも? この廃墟に人がいるわけないだろ」

 

そうなんだけど……! そうじゃないんだ……!

 

「変な冷蔵庫まで持って、何日も滞在する気か?」

「確かに何日も滞在するが、私は─」

「やはりか! 雷帝の遺産は渡さぬぞ! あれは我々の物だ!」

「いやだから違う! 私はそれを求めてなんて─」

 

銃が一斉に私に向けられる。

 

「マル! スモーク!」

『スモーク展開』

 

マルの胴体部分から大量の白い煙が噴射され、煙幕となり私たちの姿を隠す。

 

「スモーク程度で「しー……」……?? ……!?!?」

 

バゴンッ! ガシャーン!

 

リーダー格を右ストレートで殴り飛ばした。

 

派手な音を立て改札の隣にある窓口を突き破り中へゴール。

 

「隊長……隊長!?」

「どうした!?」

「隊長がやられた!」

「何だと!?」

 

よし。逃げよう。

 

スモークから出て、改札を抜けホームへ走る。

 

「いたぞ! 撃て!」

マル、私が正面のガラスを撃って壊す。そしたらスモークを頼む

『了解』

 

10メートル以内なら外しはしない……!

 

新調したPDWを片手で構え素早く撃った。

 

『スモーク展開』

「奴は窓から逃げる気だ! 撃て!」

 

放たれた弾丸は誰もいない窓へと向かっていく。

 

私はホームへ続く階段をマルに乗って進む。

 

ホームに降りたら速攻で線路側から駅の上に行ってくれ

了解

 

恐らく彼らはすぐに窓の外に私がいないことに気づく。そしたらホームに来るだろう。

 

スピード勝負。あまり得意ではないがな。

 

 

駅の屋根の上で冷えた水を飲む。

 

あー……かなり動いたから背中が汗で気持ち悪い。

 

「でも案外なんとかなったな」

『……否定。この場所からの速やかな脱出を提案します』

「確かに、留まっていたら見つか─」

 

─ガンッ……!

 

景色が右に傾いていく。

 

ペットボトルが手から離れ空へ飛んでいく。

 

あ……私の、水が…………。

 

ぐるぐると世界が回る。

 

そして、浮遊感。

 

『狙撃を確認。─────の身の危険を確認。プロトコルに従い防衛を開始します』

 

マルがアームで─────の体を掴む。

 

『意識の回復のため電流を流します』

 

アームを伝い微弱な電気が─────へ流れ込む。

 

瞬間、─────は大きく目を見開いて落ちてきたペットボトルをキャッチした。

 

「……なっ、どういう……狙撃か!」

 

頭への衝撃とは恐ろしい……そして、何処からだ?

 

中身が半分くらい体に掛かったが、残りの水を一気飲みし空となったペットボトルを潰してマルの中へ戻す。

 

『建物内へ避難を開始しま─』

「まッ…! あそこで今反射した!」

 

─チュンッ……!

 

「ぐっ……」

 

顔を覆った左腕に大口径の弾丸が直撃しながらも、近くの窓ガラスを蹴り破って構内に戻る。

 

マズイな……どうやって逃げる? 軍隊とやり合いながらなんて……。

 

駅の外では射撃音がけたたましく響いている。

 

……待て、なんか急に戦闘始まってないか?

 

「カイザー以外に誰か……風紀委員? しかしアビドスの土地で勝手に戦闘なんてするか?」

「簡単な話よ。ここはもうアビドスの土地ではないというだけ」

「ヒナ?」

 

改札を抜けてヒナが歩いてきた。

 

「アビドスの土地じゃないならカイザーの土地なんじゃ? それは問題だろ」

「そうね、大問題よ。でも」

 

ヒナはそこで一呼吸区切る。

 

「雷帝の遺産が彼らの手に渡る方がもっと問題」

「雷帝……そういえばそんなことを言っていたな。何かしらの危険な兵器もしくは革新的な技術、ということでいいか?」

「随分と頭が回るのね。前者が正解よ」

「なるほど」

 

風紀委員と万魔殿が協力する理由としてはもっともだな。

 

─ダダッ……!

 

「! 来た……!」

 

曲がり角からカイザーの兵士が現れた。

 

PDWを構えようとしたところでヒナが一歩前に出た。

 

「いい、私がやるわ」

「いや私も─」

 

ヒナは自分の背丈ほどの大きさのマシンガンで素早く掃射し、一人残らず地に伏せた。

 

……いらなかったか。

 

「ありがとう、ヒナ。助かった」

「当然のことをしたまでよ」

「はは、それをサラッと言えるなんてまるでヒーローだな」

「別にヒーローなんかじゃ……」

 

そういうところもヒーローらしい……が、何度も言うのはくどいか。

 

◆◆

 

戦闘に巻き込まれる形となった私は、風紀委員達のいる仮設拠点に向かうヒナに付き添いながら話を聞く。

 

列車砲シェマタ。

 

ただの兵器では済ませられないスペックと、『雷帝の遺産』という悪名だがネームバリューがある。

 

と言ってもこれはヒナから聞いた話で、私が知っている情報は名前以外に何も無い。その名前もかつてのアビドス高等学校に伝説的な生徒会長がいたから知っているだけだ。

 

ヒナはこの列車砲のスペックが誇張されたものでは無いと言うが、私としては尾ひれのひとつは付けられていると思う。

 

「プラズマを撃つなんてにわかには信じ難いが……」

()()()()()()、というものよ。雷帝の遺産に関しては最悪を想定しておくべきだわ」

「…わかった。ヒナ(風紀委員長)がそこまで言うのなら。とは言え、私は争奪戦に参加する予定はない。戦闘に巻き込まれないようにするさ」

「ええ、そうしてちょうだい」

 

その後到着してからは仮設拠点で風紀委員に混じって夕食をした。

 

行政官は色々と言ってきたが、ヒナがねじ伏せていた。何から何まで有難い。

 

……ただ一個、なんなんだろうかあの服装は。

 

…………ま、まぁ、ゲヘナは自由な校風だから服装もそこそこ自由なんだろう。

 

さて、明日も引き続き捜索だ。

 

 

風紀委員達と別れ、昨日はたどり着かなかった場所までやってきた。

 

周囲よりも高い土地へと続く道路の上、ガードレールを超えれば崖下へ真っ逆さまに落下するような開けた場所だ。

 

広い広いアビドス砂漠の中、僅かな建物と……遠くに見えるカイザーの軍事基地がそこにある。

 

やはりこの砂漠には何かあるんだろうか。

 

「砂に埋もれている校舎を除くと、残りはあれ……合ってるか?」

『正確な地図がないため不明。しかし、衛星からの映像ではあの校舎以外に確認できません』

「わかった」

 

事件に巻き込まれた、という事で考えたのだが……黒見セリカもカイザーに襲われたんじゃないか?

 

シロコが起きたら聞けるだろうが……起きたとしても、あの精神状態の子に直接聞くのは少し抵抗があるな……。

 

しかしそうなら……。

 

想像したくはないが……この砂漠のどこかに埋められているとしたら、生きている内に見つけるのは不可能に近いだろう。

 

「……この砂漠でキヴォトスの生徒を誘拐するなら、トラックか?」

『同意。人を運ぶ場合、通常の車両では砂が走行の障害となります。その点トラックはタイヤのサイズが大型のため、走行への支障は少ないと判断します』

「だよな。……今まで訪れた場所で、トラックはあったか?」

『……否定。アビドス自治区に訪れてから今に至るまで、当機のカメラにトラックは写っていません』

「そうか、分かった。ならまずは、ここから見える景色にトラックがあるか教えてくれ」

 

マルが私の前に出る。左から右へゆっくりとカメラの向きを変え、景色を撮っていく。

 

解析が終わったようだ。

 

『トラックはありませんでした。しかし、コンテナと思われる物体を確認しました』

「今すぐそこに行く」

『了解』

 

マルに乗り、そこまで直線で飛行した。

 

 

「ぐっ、重いな……!」

 

─ギギギ……!

 

全体の9割が埋まったコンテナの角を掴んで思い切り引っ張る。

 

─ギィ……!!

 

『提案。周囲の砂を先に退かすことを─』

「いや、いける……!」

 

─ズサァァァーッ!! ドォン!

 

海からイルカが跳ねるように、砂の中からコンテナが勢いよく飛び出した。

 

「よしッ!!」

『理解不能。なぜ一人の力で砂に埋まったコンテナを引き上げられるのですか? 物理法則から逸脱していると考えます』

「逸脱ってそこまでか? 私は力が強いだけだ。いつからかは分からないが……多分、昔から」

 

ダンボールをビリビリに破るようにあっさりとコンテナの扉を開けた。

 

「……うっ」

 

異臭。

 

放置した生ゴミが液状化している時の、思わず鼻と口を押さえるような酷い臭い。

 

「な、ん……」

 

コンテナに光が差し込み、中のモノが見えるようになった。

 

「…………っ、すまない……! 遅れた……!」

 

黒見セリカと思われる生徒を()()した。

 

 

ヒナに連絡をしたら、『今の私たちにはそれを処理する余裕が無い』と言われたが、代わりにハイランダー鉄道学園に連絡することを提案された。

 

もっともだな。少し気が動転していたようだ……。

 

……ヒナの仕事が終わったら色々と感謝を伝えないとだな。

 

「─はい、今から向かいます」

 

ハイランダーへの電話を終えた。

 

……何だかよく分からないが、常駐している生徒とは別に、ハイランダーの副会長と監理室からそれぞれ一人ずつ来ることになった。

 

「十六夜ノノミと朝霧スオウ、何か情報はあるか?」

『十六夜ノノミはネフティス社の令嬢で、次期生徒会長です』

 

会社の令嬢が生徒会長……何かしらの陰謀を感じるというか、ほぼ確定な気はするが……トリニティだとよくあるか。

 

「朝霧スオウは?」

『ハイランダー鉄道学園の監理室に所属する生徒。それ以外は不明』

「……案外、社長令嬢とその護衛かもな。行こう」

『了解』

 

黒見セリカを冷蔵庫部分に入れ、私をアームに乗せたマルは駅に向かって飛んだ。

 

……シロコになんて言えばいいんだ。

 

そのまま事実を伝えてしまえば、相当なショックを受けるのは明白。かといって伝えないということも出来ない。

 

「……つらい

 

誰が実行犯か、それはきっと分からないだろう。

 

だが元凶は間違いなくアビドスを狙ったカイザーにある。

 

 

 

 

セリカちゃん!!

 

 

 

十六夜ノノミが叫んだ。

 

こんなっ、こんなの……!

「……っ」

 

……友だちだったか。

 

何も出来なかった自分に、そして掛ける言葉を見つけられない自分に腹が立つ。

 

電車に乗せるため黒見セリカは運ばれていく。

 

「っ!」

 

十六夜ノノミが泣きながら付いて行った。

 

「あっ……砂狼シロコには私から連絡する!」

「! お願いします!」

 

驚いた顔をした後、また走り出す。

 

その場に私ともう1人が残された。

 

「……というか、君は行かなくていいのか?」

「ああ。私は……いい」

「そうか」

「……」

 

暫くお互いに何も言わない時間が流れた。

 

「…………アビドスをどう思う?」

「?」

 

唐突に朝霧スオウがそう聞いてきた。

 

アビドスに対してか……。

 

「そうだな…………個人的な印象なら、一言。『瀕死状態』かな」

「……呪われていると思うか?」

「呪い? ……呪いか。確かに最も栄えていた都市が今はこれなら、そうだな。何かに呪われている、のかもな」

「無くなると思うか?」

「無くなる? ……無くなって欲しいのか?」

そうだ

 

そ、そうなのか……。

 

「あー、土地そのものが消えるような事は無いんじゃないか? カイザーが土地を購入したらしいから」

「……そう、か」

 

その後はあまり会話という会話をしなかった。

 

何を思って私にあんな質問をしたのだろう。何故アビドスが呪われているかを聞いてきたのだろう。何故アビドスは呪われていると思ったのだろう。

 

「……」

 

ただ、彼女がアビドス砂漠を睨むように見ていたことははっきりと覚えている。

 

 

駅を後にしてマルと一緒に道を歩く。

 

「……戻るか」

『疑問。何故彼女らに同行しなかったのですか? 自治区までは乗り換えで行くことができますよ?』

「そうだな……だけど、早いと思いつかないんだ。シロコになんて言えばいいのか」

 

時間稼ぎ、もしくは問題の先送り。

 

どちらにせよ悪あがきだ。

 

今の科学じゃ壊れた脳細胞を元には戻せない。きっと葬式の手配がもう……。

 

「……正直に言うしかないか。葬式に出ることすら出来ないなんて、シロコはきっと望まない」

『同意』

「病院からの連絡は流石に……無いか」

 

マズイな。シロコの意識が回復する前に葬式が執り行われる可能性がある。

 

ドォォン!!

 

「っとと……!?」

 

大きな爆発音と立っていられないほどの揺れ。

 

なんだ!?

 

「……もしかして、ヒナたち(風紀委員)か?」

『不明』

 

心配だ……。

 

いくらヒナがいるとはいえ、私たちは子どもだ。

 

もし列車砲が使われるような事があれば、それが本当にプラズマを撃てるなら……双方大きな被害は免れないだろう。

 

正直言うとカイザーは自業自得だろうが、風紀委員から死人が出るなんてことはあって欲しくない。

 

「行こう」

『疑問。何故危険な場所へ向かうのですか? 賛成出来ません』

「助けられたら助け返す、それだけ。足を引っ張るようなことはしない。私もそこは弁えているさ」

『……了解』

 

進む方向を変え、爆発音の元へ向かう。

 

 

マルに乗ってその場所から離れた高い位置で惨状を見下ろす。

 

あれは戦争だ。ただの銃撃戦なんて比じゃない。

 

誰かの嘆き、悲しみが砂埃と共に伝わってくる。私みたいな力があるだけの素人が立ち入るべきではないのだろう。

 

だが、それでも。

 

「風紀委員と被らないようにカイザーの部隊に突っ込む……のは流石に考え無しだな。グレネードは……」

『現在所持していません。武装は剣とピストルのみです』

「な……!?」

『他には水と解毒剤しかありません』

「解毒剤……そういえば『蠍がいるかも』、で入れたな」

 

……。

 

本格的に何も出来ないのか?

 

「とりあえず降下してくれ」

『了解』

 

近くにあったビルの屋上に着地した。

 

傷付いている誰かを見ているだけなんて、私は─

 

 

「お困りのようですね。手を貸しましょうか?」

 

 

「!? 誰、いや何だお前は……!?」

 

振り返って銃を構える。

 

後ろから話しかけてきたのは、黒いスーツの異形。漏れ出す光がどことなく目と口を思わせる。

 

いつの間に後ろに……?! だが、武器は持っていないように見える。

 

「私はゲマトリアという組織の者です。『黒服』、とでもお呼びください」

『推奨、最大限の警戒』

「分かってる」

「クックック……そう警戒なさらずに。私はただ、あなたに契約をさせていただきたく来たに過ぎません」

「け、契約? この状況で……?」

「ええ、むしろこの状況だからです」

 

意味がわからない。

 

悪魔との契約みたいなものか? だとしたら誰が受けるんだ、そんなもの。

 

「─────さん、あなたはこの戦争を止めたいと思っていますね?」

「……はい」

「しかし、その方法がない」

「……まぁ、そうですが」

「そこで提案です。私はあなたにこの地に眠っていた特別なモノを与えます。その代わり、あなたにはそれであの戦争へ参加して戦闘をおこなってもらいたいのです」

「……黒服さんにどんなメリットがあるんですか?」

「あなたの神秘を観測できます」

 

神秘……ヘイローと関係があるとは聞いたことがあるが、観測出来るのか。となるとコイツは研究者か?

 

「特別なモノ、とは? 私に害があるなら受けませんよ?」

「ご安心ください。特別なモノ、というのはとある機械ですよ。きっとあなたの力になるでしょう」

「機械が力?」

 

この地に眠っていた機械……?

 

「まさか、列車砲以外の雷帝の遺産のことですか?」

「いいえ違います。確かにそれらはこの地に眠っていますがね」

 

『それら』って、複数あるのか。呪われてるって……いうのは違う意味か。

 

「私があなたに与えるのはデカグラマトンの預言者が一体、BINAH(ビナー)です」

「……そのビナーとやらが何かは知らないが、私に扱えるものなんですか?」

「ええ、可能ですよ。あなたが─────であるなら」

「? 確かに私は─────ですが……」

 

そっくりさんでもいるのか? なんだか要領を得ない……。

 

「よく分からないが、それがあれば風紀委員の助けになれるんですよね?」

「それはあなたの頑張り次第、としか」

「……時間は掛けたくないな。分かりました、その契約を結びます」

「ではこの契約書にサインを」

 

黒服は一枚の紙を取り出し、私に差し出した。

 

「サインは─」

 

何を使えば、と言いながら手に持った瞬間、署名欄に私の名前が現れた。

 

「!?」

 

なんだそれは!?

 

というかまだ内容を読んでないぞ……!?

 

契約書が手から離れ黒服の元へヒラヒラと飛んでいった。

 

「クックック……契約成立です。では今からここにビナーを呼びますので、あなたの戦いを始めてください」

 

黒服が小さなデバイスで何かの操作をした。

 

「待っ─」

 

─ゴゴゴゴゴッ!!

 

うわっ!?

 

倒れそうになったところを、マルにアームで持ち上げられる。

 

『警告。巨大な何かが砂漠からこちらに近づいてきます』

「黒服さん! ……どこ行った!?」

 

揺れに気を取られて目を離した一瞬の内に、黒服さんは最初からいなかったかのように姿を消した。

 

「なんなんだ一体……?! って今はそれどころじゃないか。恐らくビナーってやつが向かってきているんだよな?」

『肯定』

「……契約が言葉の通りなら私の力になるはずだが─」

 

砂を巻き上げてビナーが私の前に姿を見せた。

 

機械の……蛇。

 

バッチリと目が合う。

 

そのままお互いに硬直。

 

「──」

『──』

 

─シジ……!

 

「はぁっ……はぁ……っ、はぁ……!」

『バイタルに異常を検知。大丈夫ですか?』

「多分っ……いやっ……なんとかっ……!」

 

息が苦しい。

 

一瞬視界が赤く染った……ような?

 

『──GYAAAA!!』

「っ!?」

 

ビナーの体が変化していく。無機質な白から星空を思わせる不思議な色へ。

 

「何が……!?」

『ERROR,ERROR!!』

 

マルがエラー音を鳴らしながらビルから離れようとするが、私はそれを止めてビナーを見た。

 

これは……私に扱える、のか?

 

「……何が何だかよく分からない!」

 

息は苦しいし頭も痛い。それでも、私はこれを扱える気がしてきた。

 

「マル、ビナーの頭の上にっ……私を乗せてくれ!」

『再起動完了……了解』

 

ふわりと浮かんで、ビナーの頭に乗った。

 

「いいんだな? 進め!」

『GYAA!!』

 

ビナーに乗って戦場へ向かう。

 

「……いたい」

 

ズキズキと痛む頭にたくさんの情報が流れてくる。

 

このビナーの情報だけじゃない。この土地で起こった物語が、アビドス高校の生徒に起こった奇跡と悲劇が。

 

テレビのチャンネルが次々と切り替わるような不連続な情報でも、確かに心が伝わってくる。

 

 

戦場が見えてきた。

 

物量という、戦争において確実なアドバンテージを得ているのはカイザー側だ。

 

ヒナがいくら強くてもヒナは1人。風紀委員は押されている。

 

「マル、列車砲ってどれだ?」

『……不明。列車砲の情報が不足しています』

「分かった」

 

誰もが近づいてきた私たちを見て、戦争が一瞬止まる。

 

「ビナー、ミサイル」

 

私が思い描いた通りの攻撃がカイザー側にだけ放たれて、爆発。戦況が風紀委員側に大きく傾いた。

 

その隙に長く大きな体で障害物をなぎ倒しながら動き、両者の間へ割って入る。

 

「ビナー、砂嵐」

 

振るわれた尻尾が作り出した人工的な砂嵐が相手に襲いかかる間に、マルに乗って地上に降りる。

 

「ヒナ! いるか!?」

 

遠くから滑空してきたヒナが私の正面に着地した。

 

「シュテ、これはどういうこと? 説明して」

「アイツはビナー、機械だ。今は私の指揮下にある。手に入れた経緯は後で話すが、助けられたら助け返すのが私のやり方だ。ヒナ、列車砲はどうなってる?」

「……まだ運び出せていないわ。でも、やるなら今ね」

 

トランシーバーを使って何か指示をした。

 

「私たちでカイザーを相手取る。ヒナは……」

「……あなたのことは信じている。けれど、アレを信じるには早すぎる」

 

どうやら一緒に残るようだ。

 

「マル、私たちをビナーの上へ」

『了解』

「……これで2人を持ち上げられるなんて」

「ヘリがあの重量で飛べるんだし、むしろこっちの方が納得できそうなものだが……」

 

ヒナの翼でも滑空出来るんだから空力って不思議だよな。

 

「そういうものかしら」

「機関銃の付いたドローンも同じだろうに」

 

カイザー側の砂嵐が晴れる頃、ビナーの頭の上に乗った。

 

「ビナー、尻尾」

『GYAA!』

 

砂の中から飛び出した巨大な尻尾が戦車を突き上げる。

 

「……下手したら、雷帝の遺産よりも……

「ビナー、ビーム」

 

 

戦争が終わった。終わらせた。

 

大量の機械の残骸が砂漠一面に転がっている。

 

「……降りましょう」

「……ああ、そうだな」

 

一言、悲惨。

 

ビナーの力はオーバーパワーとしか言いようがない。危険すぎる。

 

こんなものを渡してきた黒服も、作った誰かも、使った私も……纏めてバカだ。

 

ビナーから降りると、地上の風紀委員達が私とビナーを取り囲んでいた。まぁ……そうなるか。

 

「ヒナ委員長! そいつから離れ─」

必要ない

「え……」

「だから、必要ないと言っている」

 

肌がビリビリとするような威圧感だ。向けられていない私でもちょっと怖いな。

 

「ビナー、潜れ。ありがとう。また……いつか。うん、またいつか」

『GYAA……』

 

ビナーの色が元の機械らしい色に戻り、それと同時に地面へと潜り砂漠へと去っていった。

 

ビナーと繋がっていた何かが切れた……と思うのだが、まだ何かに繋がっているような気がする。

 

誰だ、お前は?

 

「それよりもアレはどうなったの?」

「ぶ、無事に運び出しました! 指示があれば今すぐに解体に取り掛かれます!」

「そう。なら解体を始めなさい」

「はい!」

 

私の周りから生徒が離れていく。

 

私とヒナがその場に残された。

 

「これで2人きり」

「……随分と強引だな。まぁいいか。で、経緯か。最初は─」

 

黒見セリカを駅に送ってからの事を全て話した。

 

もちろん黒服の事も。

 

「ゲマトリア……黒服……初耳ね……」

 

ヒナでも知らないのか。意外だな。

 

「その黒服という男はあなたがビナーを動かせると知っていたということになるけれど……シュテ、何故動かせたの?」

「それが……自分でもよく分からないんだ。ただ、動かせると思ったから動かした」

「それ以外は?」

「…………強いて言うなら……ヒナはビナーの頭に乗った時、何かこう、情報が頭に入ってくる感覚はなかったか?」

「なかったけど……あなたはあったから、それが理由って言いたいのね」

 

あれは私だけなのか……。

 

自分を特別な何かだと思うことはあまりないが、分からない。私の体に何かあるのか? ……いやでもそれなら、ミレニアムで入院した時に検査くらいするよな。なら何だ?

 

あなたの神秘を観測できます

 

あっ、これか。

 

「ちなみにだけど、どういう情報だったの?」

「最初はビナーの情報だったな。武装とか他にもいろいろと」

 

この『いろいろ』がかなり危険というか、ちょっとマズイかもしれないから後で纏めて送るか。

 

「その次はビナーが今までにしていた行動とか。最後の方は……なんて言うのかな……誰かの祈り、叫びって言うのかな。『アビドスを守りたい』っていう強い想いと、『私が。私が。』って深い後悔。それを強く感じた」

「…………その生徒の見た目とかは分かる?」

「いや、かなり断片的だからな……」

 

もしかしたらシロコの先輩なのかもしれない。

 

私はそれを知らないからどんな気持ちだったのかは薄っぺらい推測しかできない。

 

それでも、伝わってきた感情は心に響いた。痛いほどに。

 

「……そうなのね。もう出来ないのかしら?」

「ああ、今は……ぅ」

 

ぐわん、と視界が歪む。

 

「どうしたの?」

「その……少し気分が……」

「ちょ縺」縺ィ大丈夫?」

 

─ザザッ……!

 

ノイズ……!? なんで今……!?

 

「いえ、無理繧ゅ↑いわね。あれだけの力を陦御スソしたんだもの。肩を貸すわ。戻って休縺ソ縺セしょう」

「あ、ああ、助かるよ…ありがとう…」

 

な、なんだ……?! よく聞き取れないというか、まるで傷付いた円盤で音楽を再生しているような本来の意味でのノイズが……!?

 

「蟋泌藤髟キ!」

「菴輔°縺励i? 繧キ繝・テ、豁ゥ縺代k?」

 

ぅ、ぁ……??

 

「繧キ繝・テ? ちょっと!?」

 

力が……入ら、ない。

 

「マ゛ル……! 運んで……!」

『ERROR! ERROR!』

 

なん、でっ……あ、ああ、運んでくれるのか。いや紛らわしいな……。何のエラーだそれは。

 

 

 

 

 

 

─カランカラン……

 

「いらっしゃい。好きな席にどうぞぉ」

「では……」

 

スーツの男が席に着いた。

 

「お、そこに座るとはセンスあるじゃん。常連に『店内がよく見える』って好評なんだよ」

「おや、そうでしたか」

「そうなの」

「その常連は……このコーヒーでしょうか?」

 

メニュー表からひとつのメニューを指して言った。

 

「その通り。なんだ、アイツと知り合いか?」

「知り合いと言うには時間が経ってはいませんが……契約相手、でしょうか」

「契約ぅ? よくわかんねぇな」

 

店長がコーヒーを用意する。

 

「クックック……!」

「ん? やけに上機嫌だな。いい事でもあったか?」

「ええ、ええ、最近諦めかけた実験で諦める必要が無くなる出来事がありまして。つい笑ってしまいました。なんせ、長年追い求めていた存在に手が届くというのですから」

「へぇ、そいつは良かったな。ちなみにその『追い求めていた存在』ってのは、俺が聞いてもいい感じかな?」

「『崇高』ですよ」

「ふーん、崇高ねぇ。よくわかんねぇな」

 

─ことん

 

カラーコード#000000のコーヒーが置かれた。

 

 

 

 

 

 

アビドスの住宅街だった場所にて。

 

「シロコ、着いたぞ」

「……ありがとう」

 

シロコはマルから降りてアビドスの地を歩いた。

 

片足を引きずるような不安定な姿勢で、よろよろと黒見セリカの自宅へ入った。

 

参列者は2人。

 

私の隣に朝霧スオウが立つ。

 

「……この土地に生まれていなければ、アビドスに入学しなければ……別の結末があったはずだ」

「……それは、そうなっていたら多分……その人は黒見セリカじゃない、と思う」

 

どうか……安らかに。

 

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