キヴォトスにおける卒業の概念   作:壊れたファングメモリ

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喫茶店で──と2人、放課後ティータイムだ。

 

「コーヒーじゃなくて良かったの?」

「たまにはこういうのもアリかなって。ほら、近々トリニティでエデン条約の調印式があるだろ? だから紅茶にしてみたんだ」

 

トリニティの超高価な紅茶には程遠いだろうが、この味も悪くはないな。別に毎日飲むほどではないが。

 

「へい、てんちょ! 紅茶に合うスイーツある?」

「そうだなぁ、スコーンとかどうだ? 本場じゃジャムとか乗っけて食べるらしいぞ」

「本場ってどこだ?」

「じゃあそれちょうだい!」

「追加で350円な」

「はいはーい」

 

ジャムか……イチゴジャムくらいしか買ったことないな。それも結局余ったし……朝から甘すぎるものを食べるとすぐ眠くなるんだよな。血糖値が上がりやすいのか?

 

お互いに好きなものを食べて、適当に雑談をして話が流れていく。

 

「最近、ゲーム開発部に行き過ぎじゃないか? この前まで進路がどうとか言ってたとは思えないんだが……」

「だってぇ〜テストプレイヤー足りてないって言うんだもん〜」

「テストプレイヤー……モモイのコミュ力なら人くらい集まりそうだが……?」

 

みんなレトロゲームやらないのか? ミレニアムは最先端だからというのもあるのか?

 

─プルルルルルルルル!

 

「あ、悪い、電話だ」

「誰から?」

「ヒナから」

 

店の外に出て通話ボタンをタップする。

 

「ヒナ、どうした?」

『砂狼シロコの事についてなのだけど……その』

「?」

『銀行強盗の計画を立てていたのだけど、これは正常なのかしら?』

「………………一旦、話し合ったほうがいい、と、思う……うん」

『……そうよね』

 

ものすごく心配。

 

……だが、復讐に囚われていないのは良いことか。

 

 

─カランカラン……

 

午後4時半頃。──が帰ってから暫くして来店があった。

 

「いらっしゃい。好きな席にどうぞぉ」

「は、はい……あの!」

「ん? どしたの」

「──学園の─────さんって今いますか?」

 

店長にそう聞いたのは、特徴的なキャラクターのリュックを背負ったブロンドヘアにローツインテールの少女だ。頬に大きなガーゼ、右手の甲から手首に掛けて包帯、少し怪我をしている。

 

「おぉ、そこにいるぞ」

「私です。──学園『捜査部』への依頼ですか?」

「はい。その、友達の白洲アズサちゃんを探してほしいんです!」

「なるほど、こちらへどうぞ」

 

奥の席へ移動し記録用紙を用意した。

 

わざわざ学園の方まで行かせちゃったか? 部室もあるにはあるんだが、ここの方が落ち着けるからなぁ。すぐ上が自宅だし。

 

座ってまずは名前と所属を聞く。

 

「──学園『捜査部』へようこそ。部長の─────です。よろしくお願いします。ではまずお名前は?」

「阿慈谷ヒフミです」

「所属している学校・機関を教えていただけますか?」

「あ、えっと、その……」

 

わけアリか。最近多いな。

 

「言いづらいようでしたら構いません。特別な事情や秘密は誰にでもありますから」

「あ、ありがとうございます。……でも、やっぱりちゃんと言います」

「大丈夫ですか?」

「はい! その、トリニティ総合学園を退学処分になったので、今は無所属です」

「……なるほど、それは確かに言いづらいですね」

 

元トリニティ……それで私服か。あそこで綺麗なのは見た目だけだからな。派閥争い、家柄マウント、スクールカースト……私はやっていける自信が無い。

 

だが退学となると話は別だから言いづらいのもわかる。

 

無所属、と。

 

「では本題に入りましょうか」

 

事情を聞き始める。

 

「その、色々あって退学になっちゃってからアズサちゃんと一度も連絡が取れてないんです」

 

音信不通。

 

「同じタイミングで退学になった子たちとは頻繁に会って、ご飯行ったり買い物行ったりするんです」

 

生活には支障がない……元からトリニティに入れるだけの財力がある訳だし、そうなるか。

 

「学校に居た頃は寮生活だったので、彼女の実家までは分からなくて」

 

それはそうだな。

 

「会いたくないっていうならそれでもいいんです。でも、生きているかは知りたいんです」

「え、そんなに危うい感じの子なのか?」

「危うい……はい、危ういです」

 

なるほど。そんな友達が行方不明なら心配にもなる。

 

「だからお願いします! また会いたいんです!」

 

勢いよく立ち上がって頭を下げた。

 

「わかりました。その依頼、お受けします」

「! 本当ですか! ありがとうございます!」

 

 

ヒフミから詳しい経緯を聞きながら部室へマルを取りに行く。

 

この前のアビドスの一件みたいな事があると困るからな、こういった依頼での準備は万端にしておかないと。ビナーはトリニティだと遠いし、そもそも呼ぶべきじゃない。

 

「補習授業部か……そういう黒いウワサ、本当だったんだな」

 

まさかシスターフッド以外にもそういうことしてるとは……。絶対友だち少ないだろ桐藤ナギサ。

 

「で、でもナギサ様だってやりたくてやったわけじゃないはずです。きっと断腸の思いで……そもそも私が……」

「私が?」

「……と、とにかくエデン条約のためだから仕方なかったんです。悲しいですけど、トリニティ近くのところに転入すれば学業は出来るので」

 

何かあるな。が、詮索はしない。

 

「近くでいいのか? 一旦離れた方がいいと思うが。退学処分となると話の広がり方は単なる噂の比じゃないぞ?」

 

青になった信号を渡る。

 

「それでも、またナギサ様と友だちになりたいんです」

「もう友だちじゃないか」

「……私だって怒る時は怒ります」

「道理だな」

 

……いや、エデン条約の裏切り者候補として纏めて退学処分にされて、『怒る時は怒ります』で済むのか……。割と正当な理由で恨めるだろ。

 

「……だがまぁ、ヒフミ(友だち)を切り捨てることが出来てしまうくらいには追い詰められていたんだろう。聞く限りでは、実質一人でエデン条約に関わる仕事をしていたらしいじゃないか」

「それはそうですけど……」

 

空いている正門を抜け階段を上り部室へと向かう。

 

調印式の警備は連邦生徒会からSRTを出すとは聞いたが、内部から崩されたらトリニティの責任問題だしな……。

 

「……白洲アズサは元々どの学校にいたのかは知らないんだよな?」

「は、はい」

「そうか……」

 

退学になったのならそこに戻っている気はするが……知らないんじゃ調べようがないな。さすがにゲヘナとミレニアムでは無いとは思うが。

 

「とりあえずはトリニティ内で聞き込みをするか……いやそもそも入れるか?」

「あっ、確かに今は厳しいかもしれませんね……」

「調印式が終わるまでは無理か?」

「トリニティの外だとしたら……」

「見つけられる。ならまずはトリニティの外を探すか」

 

ミレニアムなら知り合いが多くて楽なんだが、山海経とかワイルドハントだったら面倒だな……。

 

「だが厄介なのは学区外にいる場合か……」

「それなら私も手伝います! ブラックマーケットなら案内できますので!」

 

思わず足を止める。

 

ちょっと今聞き捨てならない発言があった。

 

「案内出来るほど行ってるのか?」

「え、あ、いや、今のはその……」

「……なぁ、補習授業部に入れられた理由って」

「え゛、いやそんなわけ……」

 

あるだろ……。

 

怪しい以外の何物でもない。

 

 

それから一週間程経った。

 

トリニティ自治区周辺で聞き込みをしたが手がかりは得られず、完全に詰まった。

 

休憩も兼ねて近くの喫茶店に立ち寄った。

 

「とっくにトリニティから離れたか、それともまだトリニティにいるのか……」

「これだけ見つからないとやっぱり心配です……」

「どうしたものか……」

 

ここまで情報が集まらないとは珍しい……とか言ってる場合じゃないな。

 

手元の白洲アズサの写真を見る。

 

長くて白い髪にトリニティ系特有の翼。

 

「…………なぁヒフミ。このワッペンてトリニティで売ってるのか?」

「え?」

「ほらこの胸と肩にある金色の。何か知ってるか?」

 

印刷だから画質はあまり良くないが、それでもこれは何か……骸骨の横顔に見える。

 

「うーん……売ってるかは分かりませんが、アズサちゃんは最初に会った時からずっとそれをつけてました」

 

なるほど……。市販じゃなければ大きな手がかりだな。最初に気がつくべきだった。私もまだまだか……。

 

「もしかしたら前にいた所の物かもしれない。どこで売ってるかはもちろん調べるが、これからはこれも聞いてみないか?」

「そうですね、何か分かるかもしれません!」

 

調印式が終わるまでの方針が決まったところでその日は解散となり、ヒフミを家に送ってから私もマルを返した後に帰った。

 

ヒフミの家、かなり大きかったな……。

 

喫茶店の横にある外階段を上がって玄関を開ける。

 

─ガチャ

 

「……」

 

靴を脱ぎ荷物をソファーに置き、手を洗う。

 

部屋着に着替え冷蔵庫から買っておいた惣菜を取り出して食べる。

 

……自炊、たまにはした方がいいかな。

 

 

 

 

 

 

目を覚ました場所は自宅ではなかった。

 

「……!?」

 

真っ黒の空間に緑や青、ピンクなどの統一感のない色の文字で構成されたサイバー空間だった。

 

ここは……? あれはコマンドプロンプト?

 

空中に浮かぶウィンドウが視界に入った。

 

ふと自分が立っている地面を見れば、基板のパターンのような青白く発光する線が何本も並んでいる。

 

……もしかしたらまだ目が覚めていないのかもしれない。現実にこんな場所は無い。

 

変な夢……─

 

「やぁ」

「!?」

 

後ろっ!?

 

「驚かせてしまったかな?」

 

振り返るとそこには、狐の耳を持つ金髪で小柄な生徒が、場違いに思える白いガーデンチェアに座っていた。

 

……銃がない。

 

「……それは驚くだろ。なんだここは?」

「私は夢の中だと思っているのだがね、もしかしたらそうじゃないかもしれない」

「つまり分からない、と?」

「そうは言っていない。恐らく、ここは君の夢の中だ」

 

私の夢の中……?

 

「なら君は何なんだ?」

「亡霊さ」

「亡霊? ……死んだのか?」

「君が今いる時間ではそうだ。私からしたらこれからの出来事だからね」

「ならまだ死んでないんじゃないか?」

「いや、死ぬよ。既に私の肉体は二度と目覚めないし、もうそろそろ魂も崩れる。因果の流れの内にある私に、それは絶対だ」

 

因果の流れ……因果の流れとは? 因果……過去と未来……まさか。

 

「未来が視える……のか?」

「さすが探偵、とでも言うべきかな?」

「未来視の能力……いや、予知夢か。それも半分明晰夢のような自分の意思で動ける夢」

「……驚いた」

「今度は私の番だったようだな」

「おやおや」

 

空いているガーデンチェアに座り、目の前の生徒と向き合う。

 

「私を呼んだ理由は?」

「そうだね……包み隠す必要も無い、か。恨み節だよ」

「恨み節? 初対面だろ?」

「会ったことがなくても恨みは成立するさ。君がいなければ、私は死ぬことはなかっただろうね」

「そ、れは……どういうことだ?」

「……君にとっては未来の出来事が原因だからね」

 

未来で私は何を……!?

 

……いや待て。未来の出来事なら過去にこの生徒が死ぬのとは関係なんて……。

 

「詳しく聞かせてくれないか? 君が未来を知っているなら、そうならないように私が変えるから」

「……『未来は変えられる』、か。それは無いと断言しよう」

「なぜ?」

「過去で私が死ぬのは私が未来を視たからだ。原因は未来にあるが、過去とは既に起こり決して変えられない。変えられない過去(結果)未来(原因)を確定させるんだ」

 

確定か……。

 

「例えば、私が明日自殺したら未来は変わるか?」

「出来ないことを考えるのは無駄というものだよ」

 

質問に被せるように答えられた。

 

「…………その『出来ない』、というのは未来を変えることは出来ないという意味か?」

「行動を変えても結末は同じ、という意味さ」

 

スタートとゴールが決まっている……因果の流れ、とはそういうことか。

 

「君がいなかったら、なんて思うのは私の心が弱いからかな? それとも、生まれなければ良かったのは私の方かな?」

「……なぁ、君の名前は?」

「百合園セイア。……これで今、トリニティがどうなっているか分かるだろう?」

 

そういうことか……。

 

「桐藤ナギサが補修授業部を全員退学にしたのは、百合園セイア(ティーパーティーのホスト)がそうなったのと関係があるから……だけど、分からないのは君がなぜ斃れたかだ」

 

肉体と意識が分かれているなら、それぞれに原因があるはずだ。

 

百合園セイアは一息ついてから答えた。

 

「アリウス分校。知ってるかい?」

「……知らない。トリニティの分校なのか?」

「ああ、そうさ。かつての三位一体(トリニティ)から異端とされ弾かれたはずの解釈(校舎)。恨みは深いだろうね」

「なるほど……。エデン条約(楽園)を破壊するのが目的といったところか。肉体はアリウスの襲撃か? 魂の方は……」

「理解不能の光。といってもどちらも予知はしていたがね。果たして君に分かるかい? 唐突に自分の死が急速に迫ってくる恐怖が。変えられない未来という結果の絶望が」

 

死、か……。

 

「最近、死に触れたばかりだが……とても、いや違うな。……そうだな、悪いが私にはきっと実感するまで本当の共感は出来ない。すまない」

……適当な同情なら、もっと恨めたんだけどね

「私に出来るのは人探しと事件を追うことくらいだ。だから、百合園セイア。エデン条約に関わる全てを解決したいなら、私が君の死を運んできてしまったというのなら……聞こう。襲撃してきたのは誰だ?」

 

暫くの沈黙。

 

 

 

「手を引いていたのはミカ……聖園ミカだ」

 

 

 

……マジか

 

 

 

空間が歪み始める。

 

!?

 

「これは……?」

「……そろそろか。夢から覚める時間らしいね」

「夢……ああ、そっか……」

 

私の夢か。

 

「最期に1つ、ナギサのプライベート用の電話番号は────だ。『百合園セイアの机の裏』とだけ伝えてくれ」

「分かった。伝える」

「さて……さようなら、だね」

 

百合園セイアは目を閉じた。

 

「……さようなら。ありがとう」

 

 

 

 

 

 

朝、か。

 

気がついたら自宅のベッドの上にいた。

 

『7:34』

 

今朝、と言っていいのか分からないが百合園セイアとの会話内容はハッキリと覚えている。

 

あれはもう夢というよりかはもう1つの現実、もしくは仮想現実……いや、ヴァーチャル空間……。

 

そんな事より電話だ。

 

伝えられた番号を入れて通話ボタンを押す。

 

─プルルルルルルル……

 

何度目かのコールの後に繋がった。

 

『……もしもし』

「『百合園セイアの机の裏』、とだけ伝えるように頼まれました」

『はい? 何を言って……?』

「夢で会ったんです。電話番号も百合園セイア、さんに言われました。何かあったらまたご連絡ください。ああ、私は──学園、『捜査部』の─────です」

『いや……いえ、いいです。こちらで調べさせていただきます。もちろんあなたの事も』

「はい、お忙し──」

 

─ツー、ツー

 

電話を切られた。

 

……とりあえず着替えるか。

 

学校へ向かう準備をしながら情報を整理する。

 

まずは……ティーパーティーの2人だろう。

 

アリウス分校が百合園セイアを襲撃して殺害出来るような手引きをしたのは聖園ミカで、今はエデン条約の仕事を桐藤ナギサに半ば押し付けている状態らしい。

 

……エデン条約を阻止したいという一点でアリウスと手を組んだ? ゲヘナが嫌い? ある意味トリニティらしいが……。ただ、アリウス側は聖園ミカと素直に手を組むのか? 裏があるのは確実と考えて良さそうだが、アリウス側のメリットは……聖園ミカからトリニティの内部事情を聞く、とかか?

 

百合園セイアは既に亡くなっているが、世間には全く公表されていない。だが、桐藤ナギサは知っているだろう。

 

桐藤ナギサは補修授業部の中に襲撃の実行犯がいると考えた?

 

だが黒幕は聖園ミカなわけで……これ、桐藤ナギサはそれに気がついていないんじゃないか?

 

襲撃の実行犯は別でいるとして、次に狙われるのは桐藤ナギサが一番可能性としては高いな……。

 

それと、アリウ──

 

─プルルルルルルル!

 

スマホを取る。

 

「もしもし」

『トリニティ総合学園、ティーパーティーホストの桐藤ナギサです。─────さん、貴女に百合園セイアの友人として依頼をします』

「分かりました。内容をお伺いします」

『……百合園セイアさんを襲撃した犯人の捜査をお願いします。エデン条約の調印式が迫っていますので、最優先でお願い出来ますか?』

「はい、お任せ下さい」

 

随分と早かったな。

 

でもこれでトリニティに入れる。

 

「同行者が1人、阿慈谷ヒフミというのですが、大丈夫ですか?」

『っ……! ……構いません』

 

 

学校に公欠届けを出す前にオープン前の喫茶店で店長と話す。

 

「店長、アリウスって知ってるか?」

「アリウス? うーん、宗教のは知ってるぞ」

「宗教か……」

 

トリニティはシスターがいるから無関係ではないだろうが……。

 

「宗教のアリウスってどういうのなんだ?」

「どういう、ってなんと説明がめんどうなんだけどねぇ……簡単に言うと、異端の宗派……だったか? あれ? 違うっけ?」

「いや知らないし。それよりどうして異端扱いされていたんだ?」

「んーとな、確か……父なる神・その子ども・聖霊、の3つは同じひとつの神っていう三位一体の考え方が当時の主流派だったわけよ」

 

……三位一体(トリニティ)か。

 

「んで、その考えに異を唱えたのがアリウスっていう司祭の人。具体的に何言ったかっていうと、『神の子は神から生まれたんだから同じではないだろ』みたいな。あれだ、例えば小説の作者とその中のキャラクターは親子に例えられることはあるが、実際はそうじゃないだろ?」

「哲学にマジレスする人みたいだな」

「それな」

 

…………ん? 司祭? 無名の司祭……いや、こじつけだな。

 

「そのアリウスの考え方はその後になんやかんやで正式な公会議で異端とされて追放されましたー、って感じだ。……追放までいってたっけな

「なるほど……」

 

ほぼこのキヴォトスの歴史みたいになってないか? 初めて聞いたが当てはまる部分が多過ぎる。

 

「てか急にアリウスなんてどしたの?」

「いや……」

「あー、なんかの依頼ってわけ。ならもう一個あるぞ」

「? ある、とは?」

「アリウスより前に起こった異端争いの話に決まってるだろ〜?」

 

なんでもう一個あるんだ……。

 

「そうだな、時間あるし一応聞くよ」

「おっけ、じゃあ『グノーシス主義』の話だ」

「グノーシス……聞いたことないな」

「えっ」

「いや、そんな顔されても知らないものは知らないし……」

 

『コイツなんで知らないんだ?』みたいな顔されても困る。

 

「だってシュテ、お前は──モ──なんだろ?」

「私の名前が───なのは関係なくないか?」

 

─ザザッ……!

 

!? 今、一瞬……? 気のせいか?

 

「あ?…………あー、そー……そうなのね。それならそれでいいか」

「勝手に納得……いやいい。それでグノーシス主義っていうのは?」

「簡単に言えば、神とこの世界は悪であるっていう考え方だな。真なる神は世界の外側にいて、この世界を作ったのは偽物の神『ヤルダバオト』、別名『デミウルゴス』だ、みたいな。ちなみにこの根本的な違いのせいで異端認定された、とかだった気がする」

 

なるほど……?

 

世界は神によって作られたが、その存在が悪か善かで争ったと。

 

「ついでに言えば、グノーシス主義だと人間は元々真なる神の一部であり、魂が肉体という枷に囚われている。だからそこから開放されることで悪の世界から善の世界に戻ることが出来る……つまり、人間は神になれるってのもある。人間と神を格が違うものとしてるヤツらには異端も異端だな」

「…………つまり、死んで神になる? かなり破滅的じゃないか?」

「さぁな。当時の価値観だからなぁ。ま、でも? 肉体があるから苦しまなきゃいけないってのは現代にも通じるところがあんじゃねーの?」

 

確かにそうかもしれないが……。

 

「ところで、真なる神っていうのは?」

「お、さすが。そいつは万物の根源、この世の全てみたいなもんだ。そいつから溢れ出したもので世界が作られたー、みたいな。名前は……あー、なんだったかな。つーか時間大丈夫か?」

 

時計を見る。

 

「もう行かないとか……中々面白い話だった。ありがとう」

「おう」

 

面白い話だった。なのだが……昔聞いたことがあったのか分からないが、何か知っていた気がする。

 

 

公欠届けを出して部室に行ったらヒフミがいた。

 

「おはようございます!」

「おはよう……は、おはようなんだが……なんでいるんだ? 鍵は?」

『回答、当機によるもの』

「おま……」

 

随分と勝手な機械だな……。というかなんで電源入ってるんだ。……もしかして。

 

マルの収納スペースを開ける。

 

中にはアイスやケーキなんかのお菓子が入っていた。

 

「えっ、なんで中にお菓子が?」

「むしろ私が聞きたい……」

 

冷蔵庫じゃ……ないんだけどな……。

 

……というかどこに行ったと思ったら……誰だ、私の護身用の機械剣を傘立てに雑に突っ込んだのは。

 

─パタン

 

「とりあえず、お菓子は置いていこう。ヒフミ、トリニティに入れるようになった」

「本当ですかシュテさん!? やりましたね! でも、どうして急に?」

「なんというか……結論から言うと桐藤ナギサから依頼をされたから、だな。悪いけど内容は明かせない」

「ナギサ様から……」

 

ヒフミは難しそうな顔をしている。

 

「とにかく、探しに行くんだろ? 白洲アズサを」

「……はい!」

 

よし。

 

まずは……他の冷蔵庫にケーキとかを移し替えることからだな。

 

部室を出て廊下を歩く。

 

アリウスについての情報はトリニティ内で手に入るだろうか? いや、入ったところで白洲アズサの居場所と、百合園セイア殺害の実行犯に繋がるかどうかは分からないな……。そもそも実行犯が複数の場合はどうすべきか。それに、トリニティの政治に関わる問題でもあるわけだし……。

 

上手く考えが纏まらないな……。後でマルに伝えて一緒に整理してもらおう。……AIって便利だな。

 

隣を歩くヒフミの顔を見る。

 

そういえば……ヒフミのその怪我まだ治らないんだな。

 

出会ってからずっと頬のガーゼが取れたところを見ていない。

 

何かしら特別な事情があるし、あまり気にしないでおいた方がいいか? 自分から話さないことを聞くのもな。

 

「その……これ、やっぱり気になりますよね」

「えっ!? あ、いや……すまない」

 

しまった、見すぎたか。

 

「……あはは、隠すのもエネルギーが必要で困っちゃいます」

 

─ベリッ

 

ヒフミは乱暴に頬のガーゼを剥がした。

 

「ちょ……!?」

「怪我自体は治ってるんです、ほら」

 

そこには横向きに何かで切られたような傷痕があった。

 

「そ、れは、痛くないのか? あ、いや治ってるんだったな。でも心配だ……」

「……」

「あっ、そうだ。ミレニアムの病院ならその傷痕治るぞ。私もこの前かなり怪我をしたが完璧に治してもらったし─」

「いえ、このままで……このままがいいんです」

「……治したくなったら言ってくれ」

「ありがとうございます」

 

その後、なんとなく気まずくなって少ない会話でトリニティまで移動した。

 

 

私たちは特に何事もなくトリニティに入ることができ、白洲アズサの所在地の調査を開始した。

 

……とは言え進捗は芳しくない。

 

夕焼け空に照らされながら、私たちは道をとぼとぼ歩く。

 

「一日二日で見つかるとは最初から思っていなかったが……」

「そろそろ一週間経ちますね……。もう少しで調印式の日ですが、大丈夫でしょうか?」

「締結されたからといってトリニティから追い出されることはないと思うが……早く解決するに越したことはないからな」

 

現状、桐藤ナギサが襲撃されるようなことは起きていない。不審な人物を見たとか物音を聞いたとかの話も無い。

 

まずいな……。

 

このまま進めば恐らく調印式で桐藤ナギサは襲撃される……と、思う。まだ確証はないけど、人前に出るタイミングというのは狙われやすい。

 

ヒフミには悪いが、白洲アズサは後回しに…………?

 

待て。何かおかしい。

 

そもそも桐藤ナギサは理由があったから補習授業部のメンバーを集め退学にした。それはいい。

 

なら、ヒフミ含め補習授業部全員が襲撃犯の可能性、もしくは聖園ミカと協力関係にある可能性がある。

 

もしアズサが襲撃犯でそれを聖園ミカが隠しているのだとしたら……いや、聖園ミカだけじゃない。そもそもアリウスの所属なのだとしたら……。

 

……やや強引な決め打ちのようになるけど、辻褄だけは合う。何の証拠もないが、とにかく今はひとつこう考える。

 

白洲アズサはアリウス自治区にいるんじゃないか?

 

「……なぁ、ヒフミ」

「なんですか?」

「白洲アズサがいつトリニティに入ったか分かるか?」

「え? えっと……多分去年の初め頃だと思います。それがどうかしたんですか?」

「いや……ただ、誰がそれを処理したのか気になったんだ」

「うーん……ナギサ様は転入の手続きをしたとは言ってなかったので、多分ナギサ様以外の人だと思います」

 

もし聖園ミカなら……ほぼ確実に黒だよな。百合園セイアが黒幕と語った……待て。手を引いたのは聖園ミカだとしても、アリウス側のトップだって黒幕ということになるはず……。

 

なぜ百合園セイアはアリウス側のトップについて言及しなかった? 予知夢は完璧ではないと言われればそれまでだが……。

 

考えがまとまらない……!

 

連日の疲労が積み重なっているのか、それともトリニティの環境と任された仕事に対してのプレッシャーか。私の頭の回転はきっと目に余るものだろう。

 

「あ、それじゃあ私はこの辺で」

「ああ、また」

 

ヒフミと別れた私はマルを戻しに学校へ戻る。

 

今日は晩ご飯は買って帰ろう。料理する気も起きないくらい進捗が無かった。

 

暫く歩いて学校が見えてきた。

 

転入か。私のところはそういう生徒はいないんだよな。

 

部室に着いた。

 

……机に砂糖菓子を置きっぱなしにするのはやめて欲しいな。誰が置いたんだ? 

 

「なぁ……やっぱりアズサって、アリウスの元生徒だったりしないか? トリニティに編入できる生徒なんて、まずゲヘナ側じゃない。襲撃を手引きしたのが聖園ミカであるのなら、アリウスの生徒も引き入れることは不可能じゃないはずだ」

『聖園ミカが白洲アズサおよびアリウスと手を組む動機が不明。さすがに推測が過ぎると判断します』

「む……」

 

それは……確かに推測に過ぎない。

 

「……いや、そんなこと言い出したらキリがないと思うんだが」

『提案。白洲アズサのワッペンの照合』

「忘れてた。そうだな、頼む」

 

 

 

 

 

 

「おはよう店長」

「おう。調印式当日だな」

「ああ……それ、ゲームか?」

「んー? あー、なんか久しぶりにアイコン見たらやるかぁってなったんだわ」

 

店長は窓際の席に座り、スマホを横にして熱心に画面をタップしていた。

 

開店準備は終わっているしゲームなんてしてないでオープンしてもいいと思うんだが……まぁいつもこんなだしいいか。

 

「てかさー! 聞いてくれよ───ちゃんよぉ!」

「ちゃんとか言うなよ。で何?」

「いやさ、最近のソシャゲってなんか設定複雑過ぎない? 最初の方はそこまででもないんだけど、こう、なんだろうな……サービスを続けるっていうかユーザーを離れさせないためなのか、数ヶ月やってなかっただけで設定もキャラもめっちゃ増えてんじゃん?」

「ソシャゲあるあるだな」

 

この人はいつでも平常運転だな……。

 

vol.1の内容は割とまとまってんだけど、vol.2から後付け感が増えてねーか? 黄昏とか怪異関係は割と前から出てたからいいとして、スバルとかはどこで何してたんだよあの時。いやこれからか。それ言い出したら地下生活者とフランシスも唐突に出てきたなぁ。てかスオウ周りはちゃんと話作ってんのかあれ? ホシノと気持ちが一致するとは思わなんだ

 

ジジッ……

 

っ、また……てかなんかすごい独り言だ店長。そんなにソシャゲって不満出るものなのか?

 

「っと悪い悪い。いつもの飲んでくか?」

「そうだな、頼む」

 

 

 

 

 

 

ミサイルが降る。

 

キヴォトスでは特段珍しくもないと思えるそれは、巡航ミサイルとなると話は別になる。

 

ヒフミっ、いッ……!

シュ─

 

結局、私は調印式までに襲撃犯および白洲アズサを見つけ出すことは出来なかった。

 

アズサのワッペンが市販のものでは無いことは分かったが、その先で人の流れに繋がるものが何も無かった。

 

─ガシャン!

 

私の目の前でスクラップが1つ生まれた。

 

……マルチタスクという割に、お前は簡単に壊れるんだな。

 

『──』

「……ッ」

 

拾ったCPUとストレージを破れ掛けのブレザーのポケットに仕舞い、ヒフミを抱えて爆心地から離れた。

 

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