封印された魔剣士   作:最強主人公2

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魔法

レオンは足を止めた。

 

空気が違う。

 

森が静まり返っている。

 

さっきまで聞こえていた鳥のさえずりも、風に揺れる葉の音さえ聞こえない。

 

「……なんだ?」

 

無意識に木剣へ手を伸ばす。

 

その時だった。

 

ガサッ!!

 

背後の茂みが大きく揺れた。

 

「っ!」

 

反射的に振り向く。

 

飛び出してきたのは、一匹の灰色の狼だった。

 

昨日の夜に見たものより、一回り大きい。

 

黄色い瞳が獲物を見据え、鋭い牙の隙間から唸り声が漏れる。

 

「グルルル……」

 

レオンの喉が鳴った。

 

逃げたい。

 

そう思った。

 

だが、狼との距離は十歩もない。

 

背中を向ければ追いつかれる。

 

父の言葉が頭をよぎる。

 

『狼から目を離すな。』

 

木剣を握る手に力が入る。

 

「来い……!」

 

その瞬間。

 

狼が地面を蹴った。

 

「速っ──!」

 

目で追う暇もない。

 

レオンはとっさに横へ飛び込んだ。

 

ガキィッ!!

 

牙が木剣をかすめ、激しい音が響く。

 

衝撃で腕が痺れた。

 

「うっ……!」

 

木剣が吹き飛びそうになる。

 

狼は着地すると同時に向きを変え、再び襲いかかってきた。

 

「くそっ!」

 

レオンは後ろへ飛び退く。

 

しかし足元にあった木の根へつまずき、そのまま尻もちをついた。

 

狼が牙を剥く。

 

(終わる……!)

 

その一瞬だった。

 

『魔術は落ち着いて魔力を流しなさい。』

 

母の声が頭の中で響いた。

 

レオンは震える右手を狼へ向ける。

 

「ウォーターボール!」

 

ボンッ!

 

拳ほどの水球が飛び出す。

 

だが焦りから魔力が乱れ、水球は狼の鼻先をかすめただけだった。

 

「グァッ!」

 

それでも冷たい水を嫌った狼は、一瞬だけ顔を背ける。

 

その隙を逃さない。

 

レオンは転がるように木剣を拾い上げた。

 

「はああっ!」

 

渾身の一撃。

 

しかし狼は身をひねり、木剣は肩を浅く叩いただけだった。

 

「効いてない……!」

 

狼は怒りをあらわにして飛びかかる。

 

バキッ!

 

木剣で受け止めた瞬間、凄まじい衝撃が腕を貫いた。

 

「ぐっ!」

 

そのまま吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

腕が痛い。

 

息が苦しい。

 

立たなければ。

 

そう思っても足が震えて動かなかった。

 

狼はゆっくりと近づいてくる。

 

獲物は逃げられない。

 

そう確信したような歩き方だった。

 

レオンは唇を噛む。

 

(まだ……。)

 

(まだ終われない。)

 

父との約束。

 

母との約束。

 

まだ何一つ果たしていない。

 

「うおおおおっ!!」

 

叫びながら駆け出す。

 

狼も同時に飛び込んだ。

 

互いの距離が一気に縮まる。

 

その瞬間、レオンは父との稽古を思い出した。

 

『真正面から受けるな。半歩だけ身体をずらせ。』

 

レオンは半歩だけ左へ踏み込む。

 

狼の牙が肩をかすめ、服が裂ける。

 

熱い痛みが走る。

 

だが、止まらない。

 

すれ違いざまに木剣を思い切り振り抜いた。

 

ゴッ!!

 

鈍い音が森に響く。

 

木剣は狼の側頭部を強く打ち据えた。

 

「ギャウッ!」

 

狼が苦しそうな声を上げて地面を転がる。

 

レオンは息を切らしながら距離を取った。

 

まだだ。

 

父は言っていた。

 

『魔物は倒れるまで油断するな。』

 

木剣を構え直す。

 

狼はふらつきながら立ち上がったが、警戒するようにレオンを睨みつけるだけで飛び込んではこない。

 

数秒。

 

いや、数十秒だったのかもしれない。

 

張り詰めた空気が流れる。

 

やがて狼は低く唸ると、ゆっくり後ろへ下がり始めた。

 

「……え?」

 

さらに数歩。

 

そして踵を返し、森の奥へ駆け去っていく。

 

静寂が戻る。

 

レオンはしばらくその場から動けなかった。

 

やがて全身の力が抜け、その場へ座り込む。

 

「勝った……のか?」

 

いや、違う。

 

倒したわけではない。

 

生き延びただけだ。

 

肩から流れる血を見て、レオンは苦く笑った。

 

「父さんの言う通りだ……。」

 

「本当の戦いって、こんなに怖いんだな……。」

 

レオンはしばらくその場から動けなかった。

 

肩で荒く息をするたび、左肩に鋭い痛みが走る。

 

恐る恐る傷口を見る。

 

服は牙で裂かれ、皮膚が浅く切れていた。

 

血は流れている。

 

だが、腕は動く。

 

「……助かった。」

 

その一言を口にした瞬間、全身から力が抜けた。

 

木剣を手放し、その場へ座り込む。

 

手が震えていた。

 

今さらになって恐怖が押し寄せてくる。

 

もし半歩踏み出すのが遅れていたら。

 

もし魔法が出なかったら。

 

もし木剣を拾えなかったら。

 

考えるだけで背筋が冷たくなった。

 

「怖かった……。」

 

ぽつりと漏れた本音は、誰にも聞かれることなく森へ消えていく。

 

しばらく目を閉じ、呼吸を整える。

 

父が稽古の後によく言っていた。

 

『焦ったら負けだ。まず呼吸を整えろ。』

 

レオンはゆっくり息を吸い、ゆっくり吐いた。

 

少しずつ鼓動が落ち着いていく。

 

「帰ろう……。」

 

そう言いかけて、言葉が止まった。

 

「……帰る場所なんて、ないか。」

 

自嘲するように笑う。

 

それでも立ち上がった。

 

ここで立ち止まっていても何も始まらない。

 

傷口を水で洗うため、小川を探して歩き始める。

 

 

ほどなくして、水の流れる音が耳に届いた。

 

レオンは足早に川辺へ向かう。

 

透き通った水へ傷口を浸す。

 

「っ……!」

 

焼けるような痛みが走った。

 

思わず歯を食いしばる。

 

「こんなの……父さんなら平気だったのかな。」

 

父の腕には、昔からたくさんの傷跡があった。

 

子どもの頃は不思議だった。

 

どうしてそんなに傷があるのか。

 

父は笑って言っていた。

 

『強い奴ほど傷がある。傷は逃げなかった証だ。』

 

その言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。

 

レオンは荷物から布を取り出し、肩へ巻き付ける。

 

ぎこちない手つきだったが、何とか血は止まった。

 

「よし……。」

 

まだ痛む。

 

けれど歩けないほどではない。

 

 

腹が鳴った。

 

そういえば昼から何も食べていない。

 

レオンは周囲を見渡す。

 

その時、視界の端で何かが動いた。

 

一羽の野鳥だった。

 

木の実をついばみながら枝へ止まっている。

 

「……。」

 

レオンはゆっくり腰を落とした。

 

音を立てないよう、小石を拾う。

 

狙いを定める。

 

息を止める。

 

そして、投げた。

 

カンッ。

 

石は枝に当たり、鳥は驚いて空へ飛び立ってしまう。

 

「はぁ……。」

 

思わず肩を落とした。

 

そう簡単にはいかない。

 

空を見上げると、鳥はもう小さな点になっていた。

 

「狩りって難しいな……。」

 

父はいつも当たり前のように獲物を捕っていた。

 

その姿を思い出すたび、自分との違いを痛感する。

 

「もっと……強くならないと。」

 

剣だけじゃない。

 

魔法だけでもない。

 

生きる知識も、経験も、全部足りない。

 

レオンは木剣を握り直した。

 

その時だった。

 

ゴロゴロ……。

 

遠くで雷が鳴る。

 

空を見上げると、黒い雲が森を覆い始めていた。

 

「雨……!」

 

慌てて辺りを見回す。

 

このままでは焚き火も起こせない。

 

身体も冷える。

 

日が落ちる前に雨をしのげる場所を見つけなければならない。

 

レオンは荷物を背負い直し、駆け出した。

 

ぽつり。

 

頬に一滴、冷たい雨が落ちる。

 

それはすぐに二滴、三滴と増え、やがて森全体を激しく叩き始めた。

 

雨音にかき消されるように、どこからか獣の遠吠えが響く。

 

レオンは思わず足を止める。

 

「急がないと……。」

 

少年は雨の中、必死に走り続けた。

 

雨は夜になっても止まなかった。

 

木々を叩く雨音が、森中へ響き渡る。

 

レオンは必死に走り続け、ようやく大きな岩山の麓へたどり着いた。

 

岩陰には小さな洞穴がある。

 

奥行きは浅いが、雨風をしのぐには十分だった。

 

「はぁ……はぁ……。」

 

全身ずぶ濡れのまま洞穴へ入り込む。

 

肩の傷がじんじんと痛む。

 

服からは雫が絶え間なく落ち、体温が少しずつ奪われていく。

 

「火……。」

 

震える指で火打石を取り出す。

 

父が何度も教えてくれた通りに石を打つ。

 

カチッ。

 

カチッ。

 

何度やっても火花はすぐに消えた。

 

「お願いだ……。」

 

もう一度。

 

カチッ。

 

乾いた枯れ草へ火花が落ちる。

 

小さな煙。

 

そして、ぽっと小さな炎が生まれた。

 

「ついた……!」

 

レオンは急いで細い枝を重ねる。

 

炎はゆっくりと大きくなり、冷え切った体を温め始めた。

 

「あったかい……。」

 

思わず火へ両手をかざす。

 

たったそれだけのことが、今は何より幸せだった。

 

 

しばらくすると雨音だけが聞こえる静かな時間が流れた。

 

レオンは革袋を開く。

 

干し肉はあと少し。

 

水筒。

 

毛布。

 

そして、一番奥にしまっていた一冊の本を取り出す。

 

母の魔術入門書。

 

雨に濡れないよう布へ包んでいたため、傷一つ付いていなかった。

 

「母さん……。」

 

表紙をそっと撫でる。

 

本を開くと、見覚えのある文字が並んでいた。

 

幼い頃、母が何度も読んでくれたページだ。

 

『魔術とは、魔力を世界へ働きかける技術である。』

 

レオンは小さく声に出して読む。

 

母はいつも言っていた。

 

「ただ呪文を覚えるだけじゃ駄目。どうして魔法が生まれるのかを理解しなさい。」

 

あの頃は難しくて分からなかった。

 

でも今なら、一つでも多く覚えたい。

 

生きるために。

 

 

ページをめくる。

 

そこには初歩魔術について書かれていた。

 

『水球を作るには、水を想像すること。』

 

『風を起こすには、空気の流れを感じること。』

 

『炎を生み出すには、火種を育てるように魔力を集めること。』

 

レオンは焚き火を見つめた。

 

「火……。」

 

右手を前へ突き出す。

 

母の真似をするように目を閉じた。

 

体の奥にある何かを意識する。

 

温かい。

 

小さな流れ。

 

それを腕へ。

 

指先へ。

 

ゆっくり流していく。

 

「ファイア……。」

 

何も起きない。

 

もう一度。

 

「ファイア。」

 

また失敗。

 

レオンは息を吐いた。

 

「そんな簡単じゃないか。」

 

諦めかけた時、本の隅に母の字で書かれた小さな文字が目に入った。

 

『焦らないこと。魔力は力ではなく、呼吸と同じ。』

 

思わず笑みがこぼれる。

 

「母さんらしい。」

 

レオンは深呼吸をした。

 

一度。

 

二度。

 

そして三度目。

 

体の中を流れる魔力をゆっくり感じ取る。

 

「……ファイア。」

 

ぽっ。

 

指先に豆粒ほどの小さな火が灯った。

 

「え……。」

 

炎はすぐに消えた。

 

けれど、確かに生まれた。

 

レオンは目を丸くする。

 

「できた……。」

 

嬉しさのあまり、思わず立ち上がる。

 

もう一度。

 

「ファイア。」

 

今度は少しだけ長く火が灯く。

 

まだ焚き火の代わりにはならない。

 

戦いで使えるほどでもない。

 

それでも、昨日の自分にはできなかったことだ。

 

「少しだけ……前に進めた。」

 

レオンは本を抱きしめた。

 

「ありがとう、母さん。」

 

洞穴の外では、まだ雨が降り続いている。

 

しかしレオンの胸の中には、小さな炎が静かに灯っていた。

 

その夜、少年は眠る直前まで何度も魔力を練り、小さな火を灯す練習を繰り返した。

 

火はまだ弱い。

 

水球も風も安定しない。

 

それでも一歩ずつ、一歩ずつ。

 

レオンは父から受け継いだ剣だけではなく、母から受け継いだ魔術も、自分の力に変え始めていた。




誤字脱字あったら報告ください!
あと一応赤ゲージ目指してます!
面白いと思ったら評価待ってます!
皆さんの意見に基本的に合わせるのでこうなって欲しいとか誰との絡みが欲しいとかあったらメッセージください!
作者はにわかなのでそこのとこよろしくお願いします
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