夜が明けた。
雨はすっかり止み、洞穴の外には雫をまとった木々が朝日に照らされている。
レオンはゆっくりと目を開けた。
焚き火は灰になり、ほんのりと温もりだけを残している。
「……よく眠れた。」
森で迎える三度目の朝。
昨日までとは少し違っていた。
胸の奥にあった不安は消えていない。
それでも、魔術を使えたという小さな自信が、レオンの心を支えていた。
革袋から魔術の入門書を取り出す。
母が何度も読んでくれた本。
レオンは火の魔術のページを閉じ、その次のページを開いた。
『魔術は回数を重ねることで精度が増す。焦って強い魔術を求めてはならない。』
「回数……。」
レオンは立ち上がり、洞穴の外へ出る。
右手を前へ突き出し、ゆっくりと魔力を集める。
「ウォーターボール。」
ぽちゃん。
小さな水滴が落ちた。
「……失敗。」
もう一度。
「ウォーターボール。」
今度は親指ほどの水球が浮かぶ。
しかし、すぐにはじけて消えた。
「まだ駄目か。」
それでも諦めない。
何度も、何度も繰り返した。
失敗。
失敗。
また失敗。
やがて十回目を超えた頃。
「ウォーターボール。」
ふわり、と拳ほどの水球が浮かび上がった。
「できた……!」
レオンは思わず声を上げる。
まだ不安定だ。
少し集中を切らせるだけで消えてしまう。
それでも昨日より長く維持できている。
「母さん、本当だった。」
繰り返せば、少しずつ上達する。
魔術は才能だけではない。
積み重ねることも大切なのだと、レオンは初めて理解した。
⸻
昼頃。
練習を終えたレオンは、小川へ向かった。
喉を潤い、水筒へ水を汲む。
その時、川面に落ち葉が流れていくのが目に入った。
レオンはふと本の一節を思い出す。
『水は形を持たない。だからこそ、術者の意思が形となる。』
「意思……。」
レオンは小さな葉へ向かって手をかざした。
「ウォーターボール。」
水球が現れる。
そのまま葉へ向かって飛ばすことをイメージする。
すると、水球はゆっくりと前へ進み、葉へ当たった。
ぴちゃっ。
葉がくるりと回りながら流れていく。
「飛んだ……!」
偶然かもしれない。
それでも、昨日まではできなかったことだ。
レオンは何度も同じ練習を繰り返した。
十回に一回。
二十回に一回。
成功率は低い。
だが確実に魔力を操る感覚が身についていく。
⸻
その日の夕方。
練習を終えたレオンは木剣を握った。
父から教わった素振りを始める。
一。
二。
三。
百回。
腕は重くなり、肩の傷も痛む。
それでも止めなかった。
素振りを終えると、今度は木剣を構えたまま左手を前へ出す。
「……できるかな。」
木剣を持ちながら魔術を使う。
昨日までは考えたこともなかった。
「ウォーターボール。」
魔力が乱れる。
水球は現れず、霧のように消えてしまった。
「やっぱり難しい。」
剣に意識を向けると、魔力が散る。
魔術に集中すると、剣がおろそかになる。
「父さんの剣。」
「母さんの魔術。」
レオンは木剣を見つめ、小さく呟いた。
「いつか……両方を一緒に使えるようになりたい。」
その言葉は、誰に聞かせるでもない。
ただ、自分自身へ誓うような一言だった。
夕日が森を赤く染める。
レオンは木剣を背負い、入門書を大切に革袋へしまった。
まだ旅は始まったばかり。
学ぶことも、乗り越えることも、山ほどある。
それでも少年は前を向き、一歩ずつ森の奥へ歩き出した
次回は一気に時が進むかも