朝日が森を照らし始めた頃、レオンは静かに剣を握っていた。
目の前にはオルステッド。
昨日、「三日だけ見てやる」と言われてから、一睡もできなかった。
オルステッドはレオンの前へ立つと、短く口を開いた。
「構えろ。」
「はい!」
レオンは鉄剣を抜き、中段に構える。
父から教わった基本の構え。
一年間、森で磨き続けた自分なりの剣だった。
しかし、オルステッドは一目見ただけで首を横に振る。
「力みすぎだ。」
「え?」
「その構えでは、最初の一撃しか振れん。」
そう言うと、オルステッドは剣を抜くことなく、右手を軽く前へ出した。
「来い。」
その一言で、レオンは地面を蹴った。
「はああっ!」
一直線に踏み込み、袈裟斬りを放つ。
だが、次の瞬間には目の前からオルステッドが消えていた。
「なっ――」
気付けば背後に立たれている。
軽く肩を押されただけで体勢が崩れ、地面へ転がった。
「速さだけを求めるな。」
レオンは慌てて立ち上がる。
「もう一度!」
再び斬りかかる。
結果は同じだった。
右へ踏み込めば左へ。
左へ振れば後ろへ。
何度挑んでも、剣先がかすりもしない。
一時間が過ぎる頃には、レオンの息は上がり、腕は鉛のように重くなっていた。
それでもオルステッドは汗一つかいていない。
「……なぜ当たらない。」
思わず漏れた言葉に、オルステッドは静かに答えた。
「お前は剣だけを見ている。」
「相手を見ろ。」
レオンは眉をひそめる。
「相手を……?」
「肩、腰、足。」
「剣が動く前に、人は必ず動く。」
レオンはハッとした。
父も似たようなことを言っていた。
『剣ではなく相手を見ろ』と。
森での戦いでは、自分は魔物の牙や爪ばかり見ていた。
だから動きを読むことができなかったのか。
「もう一度だ。」
レオンは深呼吸をする。
今度は剣ではなく、オルステッドの身体全体を見る。
肩。
腰。
足。
その瞬間、オルステッドの重心が僅かに変わった。
(右だ!)
レオンは反射的に剣を振る。
しかし、読めたのはそこまでだった。
オルステッドは予想を超える速さで逆方向へ回り込み、指先でレオンの額を軽く弾いた。
「痛っ!」
「見えても、身体が追いついていない。」
レオンは悔しそうに唇を噛む。
「でも、今は悪くなかった。」
その一言だけで、疲れが少し吹き飛んだ。
昼食は干し肉と水だけだった。
食べ終えると、すぐに午後の修行が始まる。
「今度は魔術だ。」
オルステッドが一本の枝を地面へ立てた。
「折ってみろ。」
「はい!」
レオンは左手を前へ出す。
「ウォーターボール!」
三つの水球が枝へ飛ぶ。
だが、枝は揺れただけだった。
「魔力が散っている。」
「魔術は放った瞬間に終わりではない。」
「……え?」
「魔力を最後まで維持しろ。」
オルステッドは人差し指を枝へ向ける。
次の瞬間、小さな水滴が一直線に飛び、枝の中心を正確に撃ち抜いた。
パキッ。
細い枝は真っ二つになって地面へ落ちる。
レオンは目を見開いた。
(こんな小さな魔術で……。)
威力ではない。
魔力の集中。
それだけでここまで違うのか。
レオンは何度も挑戦した。
一回。
二回。
三回。
枝は揺れるだけ。
四十回目。
ようやく枝に小さなひびが入る。
「よし!」
思わず声が漏れる。
オルステッドは黙って見ていたが、小さく頷いた。
「理解は早い。」
その言葉に、レオンは笑みを浮かべた。
夕日が森を赤く染める頃、修行は終わった。
全身が痛い。
腕も足も思うように動かない。
それでも心は、不思議なくらい軽かった。
昨日までできなかったことが、今日は少しだけできるようになった。
ほんの少し。
それでも確かな成長だった。
オルステッドは荷物をまとめると、焚き火の前で短く言った。
「明日も同じ時間だ。」
「はい!」
レオンは力強く返事をした。
その夜、焚き火を見つめながら、レオンは拳を握る。
(もっと強くなる。)
(この三日で、一つでも多く盗んでみせる。)
そう誓いながら、少年は静かに目を閉じた。
_____
二日目
朝霧が森を覆う中、レオンは昨日よりも早く目を覚ました。
身体中が悲鳴を上げている。
腕は筋肉痛で重く、足も思うように動かない。
それでも、不思議と嫌ではなかった。
昨日一日だけで、自分が確かに強くなったと感じられたからだ。
レオンは鉄剣を握り、約束の場所へ向かった。
そこにはすでにオルステッドが立っていた。
「遅くはないな。」
「はい!」
レオンが返事をすると、オルステッドは近くに転がっていた木の枝を一本拾い、地面へ突き刺した。
「今日は剣と魔術だ。」
その言葉にレオンの目が輝く。
自分が最も知りたかったことだった。
「お前は剣と魔術を同時に使おうとしている。」
「はい。」
「だが、それは”二つの技”になっている。」
レオンは首を傾げる。
「二つの技……?」
「剣を振る。」
「その後に魔術を放つ。」
「あるいは魔術を放ってから剣で斬る。」
「それでは意味がない。」
オルステッドは一本の枝を拾い、軽く振る。
すると枝の先端から小さな風が生まれ、落ち葉だけが綺麗に吹き飛んだ。
魔術を使ったようには見えなかった。
「今……何を?」
「剣を振っただけだ。」
レオンは驚く。
魔術の詠唱もなければ、大きな魔法陣もない。
それなのに風が発生した。
「魔術は”後から使う”ものではない。」
「剣を振る前から流れているものだ。」
レオンはその言葉を頭の中で何度も繰り返す。
魔術は流れている……。
今まで考えたこともなかった。
「やってみろ。」
レオンは剣を構える。
魔力を左手へ集める。
「違う。」
オルステッドがすぐに止めた。
「剣へ流せ。」
「剣へ……?」
「身体全体を流れる魔力を、そのまま剣へ繋げろ。」
レオンは目を閉じた。
魔力の流れを意識する。
頭から胸へ。
胸から腕へ。
腕から剣へ。
ゆっくりと魔力が鉄剣へ流れ込んでいく感覚があった。
「今だ。」
レオンは一歩踏み込む。
「はっ!」
剣を振る。
その瞬間、剣先から小さな風が弾けた。
ヒュンッ。
風が木の枝を揺らす。
「できた……!」
思わず笑みがこぼれる。
しかし、オルステッドは首を横に振った。
「偶然だ。」
「もう一度。」
そこから何十回も繰り返した。
魔力が乱れる。
剣が重くなる。
風が出ない。
逆に魔力だけが暴発する。
昼になる頃には、レオンは地面へ座り込んでいた。
「難しい……。」
「当然だ。」
オルステッドは淡々と言う。
「剣と魔術を一つとして扱う者などほとんどいない。」
レオンは驚いて顔を上げた。
「じゃあ……。」
「俺にもできない。」
「え?」
「俺は必要としない。」
その一言でレオンは理解した。
だから誰もやっていない。
できないのではなく、必要がないのだ。
だが、自分には必要だった。
剣だけでは足りない。
魔術だけでも足りない。
だからこそ二つを合わせたい。
その思いは昨日よりも強くなっていた。
◇
午後。
オルステッドは森の奥へ歩き出した。
そこには数匹のゴブリンがいた。
「相手をしろ。」
レオンは頷く。
剣を抜き、ゆっくり近付く。
ゴブリンが一斉に襲い掛かってきた。
「ギャアッ!」
一匹目。
剣を振る。
同時に魔力を流す。
ヒュッ。
小さな風が剣を押し出した。
ザシュッ!
いつもより速い。
ゴブリンは何が起きたか分からないまま倒れた。
「……!」
成功した。
ほんの少しだけ。
それでも剣が速くなった。
二匹目が横から飛び掛かる。
レオンは身体を捻りながら斬り上げる。
その瞬間、水魔術を流す。
水滴が剣へまとわりつき、斬撃と共に飛び散る。
視界を奪われたゴブリンは体勢を崩す。
そこへもう一閃。
戦いは数分で終わった。
息を整えながら振り返る。
オルステッドは腕を組み、静かに見ていた。
「……悪くない。」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの胸が熱くなる。
だが続く言葉は厳しかった。
「動きはまだ粗い。」
「魔力も無駄が多い。」
「今のお前では、強敵には通用しない。」
レオンは深く頷いた。
「はい。」
「でも……。」
剣を見つめる。
昨日とは違う。
一年前とも違う。
確かに一歩前へ進めた。
オルステッドはそんなレオンを見ながら、心の中で静かに考えていた。
……異常だ
一日教えただけでここまで形にするとは
表情は変わらない。
だが、レオンの吸収力はオルステッドの予想を少しずつ超え始めていた。
明日で最後。
その一日で、この少年がどこまで成長するのか。
竜神であるオルステッド自身も、わずかに興味を抱き始めていた。
3日目は次回書きます!
今後の展開
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一気に歳をとって成長する
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修行
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魔法を極める
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剣術を極める