FSS─翡翠の雷光─ 作:アマテラス、アンタちょっとガメツイよ!
「ドーモ。ラキシス=様、クローソー=様。イリス・クリィムヒルトです」
どんな時も挨拶は大事。古事記にもそう書かれていますわ。
ユーバーの豚野郎がバランシェ公を恫喝して強引に連れてきた『ラキシス』様と『クローソー』様へ挨拶をすれば、おふたりも微かに戸惑いながらも挨拶を返してくれました。
「……ラキシスと申します、イリス様」
「クローソー……です……」
「おふたりが警戒するのも無理ありませんわね。……此度の非礼、ユーバー大公に代わりてワタクシが謝罪いたします」
ほんと、あの豚野郎面倒なことをしてくれやがりましたわね……
ファティマ、ラキシスとクローソー。彼女たちは領主館の最奥の部屋にて軟禁されており、周囲には武装した兵たちが監視を行っており簡単に侵入もできません。
ファティマ・マイトの中でも最上位のバランシェ公の作品。しかも最新のものとあればユーバーの執着も相応でしょうね。こうも厳重だと連れ出すのも容易ではありませんわ。
こうしてワタクシが彼女たちに会えるのだってユーバーのお気に入りなのと、この部屋の出入口を見張ってる兵とも顔なじみですからあっさり入れただけですからねぇ。
「お二人ともなにかご不便の程は?」
「いえ……皆様は良くしてくれてますわ」
「はい、特に不便と思うことは……」
「そうですか、それは良かった」
世間話をするように部屋の中を見渡し、スキャナーで周囲をスキャンしても特に盗聴器のようなものは無くカメラの類もありません。
懐に忍ばせていた音声中和器を扉に貼り付け、会話が外に漏れないようにすると2人に向けて話します。
「さて、お二人とも。悪巧みの時間ですわ」
「「……」」
ニヤリと笑い、告げるとおふたりは互いに顔をみやりそしてワタクシの顔を見るのでした。
惑星『デルタ・ベルン』上空に浮かぶ空中宮殿『フロートテンプル』にて大国A.K.D.の皇帝『アマテラス』はアドラーのある方角を見つめていた。
「……ボクは行こうと思うよ『リトラー』」
『そう、それが貴方の選択なのね』
彼のすぐ側の壁にかけられた絵画と瓜二つの女性が言葉を返すが、その身体に実態は無く頭上には光り輝く輪があった。
彼女こそ皇帝アマテラスの最初の妻であった女性『メル・クール・リトラ』。
しかし、彼女は既に死んでいるのに現世に留まっているのは彼女の魂が霊体となってアマテラスの守護霊という存在だからである。
『貴方のその選択はきっと過酷な運命を歩むことになるのでしょうね』
彼女は淡く微笑み、夫であった存在の頬を撫でると光となって消えていった。
そして、彼は妻であった人物の霊廟を出ると外に控えていた臣下たちへ向き直る。
「アイシャ、ボクは行くよ。……後は頼むね」
「……承知しました」
「さて、先にお伝えになるならばワタクシは貴方達の味方です。お二人の姉君、アトロポスとは友人で彼女からは貴方たちのことを頼まれてますの」
「アトロポス姉様が……?」
「はい。といっても、このような事態に乗るなんて予想しておりませんでしたがね」
ラキシス様が驚いたような表情をみせ、ワタクシは苦笑しながら懐から取り出した端末の画面を彼女たちに見せるように机の上に置きます。
「さて、まずですがこの部屋の全方位は兵に囲まれ普通じゃまず脱出できません。
窓を突き破ればと考えなくもないでしょうが、特殊素材の超強化ガラスですのでファティマですら破壊するのに一苦労するでしょうね。
扉も同様ですわ。見た目は普通の木の扉に見えるでしょうが偽装しているだけです。蹴破ろうとしたら足首をくじくでしょう」
ワタクシの説明におふたりは僅かに顔を暗くします。ですが、今ここにはワタクシが居ます! 兵の配置、巡回ルート、交代時刻、監視カメラの位置、数、死角……全ての情報は取得済みですわ〜〜〜!!
「お披露目まで時間は少ないですが、その準備で館内はバタバタしております。
加えて、お披露目前には迎賓のパーティがあるのでたくさんの人が出入りするためどうしても監視の目は緩くなりますわ」
「……そこをつくのですね?」
「Exactly! その通りですわクローソー様!」
指を鳴らして大きめに言うと、声量にびっくりしたクローソー様が肩を震わせて猫のように髪の毛がブワッて広がりましたわ。
そして妹君をビビらせたからかラキシス様にジト目で見られちまいましたわ〜! ごめんあそばせ!! 緊張を解したかっただけで悪気は無いのですわ!
「……ですが、この作戦で逃げ出せるのはおひとりだけですの。
下手におふたりが逃げてしまえば……あぁ、おふたりがダムゲート・コントロールされてないことは知ってますのでお気になさらず。
とにかく、ダムコン(めんどいので訳した)をされてない事が知られてしまい、バランシェ公が星団法違反でしょっぴかれてしまいますわ」
本来、ファティマに思考制限を掛けるダムコンは施さないと星団法で厳重に処罰されます。下手したら死刑ですわね。
それゆえ、この作戦で逃がせるのは1人のみ。もう1人については無論策がありますゆえご安心をば。
「ということで、どちらかが先にお逃げになるかをお決めになって欲しいのですが……どうなさいます?
ワタクシとしてはどちらでもといった感じなのですが」
ワタクシがそう問えば、ラキシス様が即答いたしましたわ。
「では妹を。クローソーをお願いできますか?」
「そんな、姉様……」
「大丈夫よクローソー。私にはあの人との約束がありますから。……ですので、妹をお願いしますイリス様」
「約束というのが気になりますが……ええ、問題ありません。責任をもってクローソー様をモラード師匠の元へ送り届けますわ」
「……ご迷惑をおかけします、イリス様」
「いえいえ、友達の妹を助けるのなんて当たり前ですわ! それに、あんな豚野郎にみすみすファティマを食い物にするなんてマイトの端くれとして絶対許せませんもの!」
ワタクシのぺったんこの胸を叩きそう宣言すれば、おふたりは漸く安心したように薄く笑ってくれましたわ。そうそう、可愛い顔は笑顔が1番! にっこり笑うのがいいんでしてよ〜!
「では、一先ず作戦会議は終わりですわ。何かあればこの端末をお使いくださいませ。何があってもワタクシか配下の誰かがひとっ飛びで駆けつけますから!」
最後におふたりそう言い、ワタクシは部屋をあとにします。もちろん、装置の回収も忘れずにね。
ユーバーはまだ朝日が高い位置にある時間帯だというのに酒浸りとなっており、彼の周りには露出度の高い服の用途を成していない美女たちが甲斐甲斐しく世話をしている。
そんな男の隣には彼にとって側近とも呼べる頭にターバンを巻いた褐色肌の男『ビョイト』が控えていた。
お披露目を目前にし、本来ならば来客の対応などで酒盛りなどするような暇などあるわけがないがユーバーは代わり映えしない面々と同じく代わり映えしない社交辞令の挨拶には飽き飽きしており、適当に理由をでっち上げ、こうして怠惰に酒を浴びるように呑んでいるのだ。
「それにしても、ワシにはツキが回っておるわ。ミッション・ルースめが行方知れずとなり、貴族連中がワシを推してワトルマを失脚させ後釜として領主となった。
加えて、デコースとトローラのような騎士が手駒となっておるのだからな!
だが、なによりもイリス・クリィムヒルト! あの娘がワシの元に来てから笑いが止まらんわ!!」
1年前にデコースが拾ってきた美少女のイリス。彼女が来てからユーバーのツキは益々巡っており、甲斐甲斐しく世話をしてくれるのは勿論。領主としての仕事や商人としての雑務を年齢からは想像できないほど上手く回してくれていた。
そして何よりもその美貌だ。サラサラとした綺麗な金髪、勝気な光を宿した翡翠のごとく澄んだ大きな瞳、花が咲く前の如くの蕾のような唇。
あの年齢特有の朱の差したスベスベとした玉肌、細くバランスの取れた指先。
ファティマにも勝るとも劣らない至高の芸術のごとき彼女の美しさを何度ユーザー自身、己の手で汚したいと思ったかも分からない。
未成年であの美しさならば、成人した時はどれ程のものかとユーバー最近の楽しみなのだ。
「くくく、ワシがこのトランの王となった暁にはあの娘を妻と迎えるのも悪くはないのぅ。
パートナーファティマのレイラインもちと他者に怯えすぎる所があるがバランシェ・ファティマに勝るとも劣らない出来ゆえ共に楽しむのもいい」
粘つく笑みとともに下卑た欲望を隠そうともしないユーバーであったが、その妄想に水を差す声がビョイトから齎される。
「閣下、『レディオス・ソープ』という名のMHマイスターが貴方様に謁見を望んでいます」
「性別は?」
「男でございます」
「ふん、ワシは忙しいと適当に告げて追い返せ。そもそも、既にMHマイスターならばイリスが居るではないか」
水を刺されたユーバーは不機嫌そうに返すが、すぐにビョイトはユーバーが興味を示す情報を口に出す。
「閣下、この者ですが私の耳にも活躍が入っています。なんでもイリス嬢のように腕が立ち、そしてなによりも大層な美形の若者だとか……」
「何! それを先に言わぬか。うむ、であるならば一度会っておかねばな。通せ!」
ユーバーにとって性別など関係はない。美しいもの、愛らしいものは何がなんでも傍に起き愛でる為ならば労力は決して惜しまない。その執念がある意味で今の地位を得たのだから。
そして、その人物はすぐにユーバーの元へ案内されればユーバーは姿を見て思わず息を飲む。
男言われなければ女と見間違うほど整った美貌、均衡の取れたプロポーション、伸ばされ編み込んだブラウンの髪。
領主の前に出るにはお粗末と呼べる簡素な衣服でも、彼が着ればどんな礼服よりも静謐さを感じるほど神秘的で気品のある雰囲気を纏うのがソープという人物だった。
「うむ、これはまた……」
目を奪われていたユーバーにすかさずビョイトが僅かに聞こえる咳払いをし、ユーバーは意識を取り戻し仕切り直すように椅子へ背をあずける。
「して、ソープとやら。聞けば大層高名なマイスターとか……何故ワシの所へきた?」
「はい、私にも色々と思うところがありまして……トラン連邦の事実上の総裁、ユーバー閣下のところならばと思い罷り越してざいます」
「ほほぉ? よく知っておるではないか。それに……なんとも耳心地の良い美声よ。まるで、小鳥のようではないか!」
上機嫌にユーバーは粘つく視線を不躾にソープへと向け、頭から順に爪先へとヘドロのごとく睨め回す。そんな視線を向けられたソープは嫌悪感から僅かに頬を引き攣らせるが、距離のあったおかげがユーバーには気付かれない。
「して、その顔は本物か? 年齢は幾つになる?」
「はい、109歳になります。顔も身体もまだ一度も再成を受けておりません」
地球人換算でちょうど20歳頃と告げられた上で天然ものの身体だと知ったユーバーは即座にソープを手元に置くことに決める。
「よし、気に入った!
「はっ、有り難き幸せであります大公閣下」
「うむうむ、もう下がって良いぞソープよ。後で部屋を教えよう」
その言葉を送り、ソープが下がると機嫌が良さそうにユーバーはワインの注がれたグラスを揺らしてビョイトへ尋ねた。
「んぐふふふ、ラキシスとクローソーはどうだ?」
「はい、閣下。イリス嬢が2人と交流をしたことで多少緊張が解れたようで、軽く会話をするようになりました」
「うむうむ、イリスちゃんは良い仕事をしてくれとるのぅ。その2人が変な気を起こさないように監視を密にしておけよ?」
「はっ、御意に。しかし閣下、昨日来た連邦の犬……『ボード』といいましたか? 随分とまた頼りない男を寄越したものですな。
ですが、宜しいので? MHの持ち込みを許すなど……」
「ふん、お前も心配症よな? なぁにあの程度と騎士は心配いらんわ。
大金払ってデコースとトローラを雇っておるのだからな。あれしきの存在、容易く捻り潰してくれるわ。
それに、周囲を嗅ぎ回っても無駄なこと。証拠などひとつ足りたも見つかるものかよ」
「ふっ、それもそうですな。あの男よりも大事なことがありますしな」
「うむ、連邦には我々の動きは気取られてはおらん。あの方々もお力を貸してくれるのだ。近いうちにこの星はワシが王として君臨するのは決まったようなものよ」
「ですな。あの大国が閣下を支援してくれるおかげでかの勇名なる『ブーレイ傭兵騎士団』をお貸しいただいたのですから」
「ぐふ、ぐふふふふっ! 運命はワシの味方だ!!」
謁見の間にユーバーと高笑いが響く。その喧しい音には自分の野望が失敗するという未来など決して起こらないという確信に満ちた感情が込められている。
……しかし、物事には決して思い通りになることなど無いのだ。しかし、この時のユーバーは知る由もない。
そして、少し時間が経ってから。
「初めまして、ボクはレディオス・ソープ。君の名前は?」
「イリス、イリス・クリィムヒルトと申しますソープ様。そして、貴方に会える日を心待ちにしておりましたのよ?」
イーリスはソープと邂逅することとなる。