FSS─翡翠の雷光─ 作:アマテラス、アンタちょっとガメツイよ!
「んんっ……」
ナイアスは呻き、目を覚ました。
「痛ェ……」
全身に走る鈍痛に顔を顰めながらも身体を起こし、周囲を見渡せば目に映るのは自分の泊まってたホテルの寝室ではなく明らかにグレードの低い宿の寝室だ。
いまいち働かない頭でナイアスは暫しの間ボーッと眺めていたが、不意に自分が何をしていたかを思い出し即座に怨嗟の叫びをあげる。
「あ、あのチビ女にわたしのふぁ、ファーストキスがぁあぁあっ…………!!!!」
ナイアス・ブヒュンヒルデ、その見た目とは裏腹に性格はかなりの乙女チックガール。
純情な乙女心をもつ彼女にとってファーストキスというのは命よりも重いものなのだ。好きな人(ダグラス・カイエン)とのロマンチックなデートをし、最後には満天の星空の下で互いに見つめ合い、想いを交わし、最後にはそんなキスを。
しかし、そんな彼女の願望虚しく最悪な出来事によってファーストキスは奪われることとなるのだ。
その日は剣聖ダグラス・カイエンとの再会を夢みて彼の足跡を辿っていた帰り道、ホテルのロビーへ入ろうとした直後に見知らぬ女から声をかけられた。
ナイアスはその女の顔を見て『はて、なんかどっかで見たことあるなー?』と思いもしたが、どうでもよかったのでさっさと部屋に戻ろうとしたが
目の前の無礼者を処さねばならぬ、即座に光剣を抜刀。この間なんと0.1秒以内。しかし相手も光剣を装備し目が会った瞬間に騎士同士の喧嘩が勃発した。
当然、民間人が往来する道のど真ん中でそんなことが始まれば群衆たちが当然騒ぎ、蟻の子を散らすように逃げる混沌とした場面になるだろうが、ここはカステポー。
騎士同士の喧嘩なんぞ日常茶飯事のため、多少の混乱はあったが統率の取れた動きで即座にその場から退避をし始めた。(尚、その中に2人の勝敗で賭けを始めるやつもいた)
そしてなんやかんやあって気がついたら車の中にいてクソ女とマウストゥーマウスをし殴り合いに発展。
荒野でステゴロで殴りあって最後にクロスカウンターをしてから記憶が無い。
気がついたら今に至ると言ったところだ。
暫くの間ナイアスはベッドの上で悶えていたが『あれは事故。だからノーカン』と自己暗示をかけることで何とか平静を取り戻す。
それに加えて現在の自分がなぜこのような場所にいるかの確認も必要だったため、ナイアスはベッドから降りると部屋の出入口へと向かった。
扉を開くとそこはリビングとなっており、多少の散らかりはある。加えて小物の類からどうやらこの部屋の主は女らしい。
「誰もいないねぇ……」
しかし耳を澄ましてみても何処からも足音や呼吸の音、気配などは感じられずナイアスは肩の力を抜くと併設されているキッチンへ向かい、我が物顔で冷蔵庫の蓋を開け内部を物色する。
「お、ラッキー。ラザニアあるじゃない。しかもイスハパン! 最高ね!」
整頓された冷蔵庫の中にはいくつかの食材や飲み物が分かりやすいように置かれ、そのラインナップの中には手作りらしいラザニアが器にラップをかけられ置かれており、そのすぐ側にはナイアスの大好物のスイーツ、イスハパンがあるではないか。
これにはナイアスもニッコリ。ラザニアとミネラルウォーターのボトルを手に取り食後のデザートにイスハパンと決めれば行儀悪く足で蓋を閉じ、ラザニアをレンジへ入れタイマーをセット。
数分で温め終え、熱々になったラザニアをテーブルの上に置いてナイアスは手を合わせていただきますと言うとスプーンでラザニアを掬った。
溶けたチーズが中のソースとパスタと絡んだソレを口に含むと反射的に呟く。
「うっっっま……!」
まろやかなベシャメルソースと酸味と甘みのあるトマトソース、もちもちとした弾力のあるパスタ生地がそれぞれ互いの味を引き立て、さらに蕩けたチーズがいっそう調和のとれとハーモニーを奏でる味わい。
明らかに店で出されるものよりも数倍の美味しいさにナイアスは勢いのままに食らいつく。
ものの数分でラザニアを平らげ、器に残ったソースはテーブルの上に置かれていたパンをちぎり、断面で拭ってキレイに平らげた。
「ふー、ご機嫌な飯だね」
満足気に頷き、ナイアスは食後のデザートとしてイスハパンを食べようと冷蔵庫に向かった時、玄関の扉がガチャリと開く。
「ふぃー、よーやっとエアドーリーの修理の山場を超えましたわねぇ」
「流石に下半分をごっそり消し飛ばしましたからもっとかかると思ってましたけどね〜」
「金にものを言わせて偏執的な位にブロック構造を導入していたタイプだったから交換が容易だったらしいわね。
ユーバーの成金っぷりに感謝ですわ〜」
「あの人、キレ散らかしてましたけどね。『ワシのエアドーリーを勝手に改造するなー』って」
「騎体を運ぶ輸送艇にバスター砲なんぞ要りませんわよ。そのスペースを格納庫にして運べるモーターヘッドを増やした方が建設的ですわ」
そんな会話とともに部屋に入ってきたのは2人組だ。片方は金髪にデコの広いちんまいのとペイルグリーンの髪を肩口に切り揃えた少女。
片割れのちんまい方がナイアスに気が付き目を瞬かせ、もう片方目を見開きナイアス……もっと詳しくいえばその手に持っているイスハパンを注視していた。
「……おふぁふぇり?」
「ただいま?」
「れ、レイラのイスパハンッッッ!!!!」
「ほーん、イリス・クリィムヒルト・ビスマスねぇ……長くない?」
「まぁ、お好きなようにお呼びくださいなナイアス様」
ワタクシ達だ滞在してるホテルのリビングにてワタクシの淹れたダージリンのファーストフラッシュを優雅に飲むナイアス様。
レイラはというと楽しみにしていたスイーツをナイアス様に食べられたことでショックを受けたらしく、ソファの上でしくしくと泣いてますわ。後で取り寄せますから泣きんで欲しいですわね。
「じゃ、イリスと呼ばせてもらおうか。それで、私の騎士団を雇うって話だったかい?」
「はい。ワタクシのとある目的のために貴方様のような歴戦の騎士の力が欲しいんですの」
ナイアス様の騎士団の保有する騎体数は稼働してるのが4騎、予備機が2騎で凡そ1個小隊規模。
使用してる騎種もバルカス達とおなじサイレンM型ってのがグッド。フィルモア本国で運用されている型式のものよりかは性能は落ちてる国外輸出向けの騎体ではありますが、ワタクシの手ならばデチューンされる前の性能に近づけることができます。
加えて、いざとなれば共食い整備も出来るっていうのもいいですわ。
「へー……」
ナイアス様は興味無さそうですが、何がなんでもヘッドハンティングがしたいワタクシは必死ですわ!
「もちろん、報酬はお約束いたします。いえ、むしろ相場の5割増しで前金のほどは────
「悪いけど、暫くは傭兵は休業だよ」
「なんて?」
一瞬、ナイアス様のお言葉が理解できず思わず聞き返します。
「休業中。悪いけど、他を当たっておくれ」
「いや、ちょ、ま、まってくださいまし! せめて理由! 理由をお教え下さい!!」
流石にはいそーですか、といって諦める訳にゃ行かねぇんですのよ!! こちとら死活問題ですわ!
「聞きたい?」
「それはもう、マジで」
納得できない理由だったらブチ切れますわ。
「そう、なら語るしかないね。あの日私に起きた運命の出会いを……」
〜乙女説明中〜
「……………………………………………………………………………………………………」
「てなわけで私はあの方、ダグラス・カイエン様を探し回っているのよ。
だから傭兵としての仕事はしばらく休業ってわけ」
舐めとんのか? そう言わなかったワタクシはきっと褒められるべきでしょう。
剣聖ダグラス・カイエン、それは騎士ならば知らぬ者はいない最強の騎士。
ワタクシもメイド長ことクロイツェフからは耳にタコができるほど彼のことは聞かされてますわ。主に悪行ですが。
まず第一に女癖が最悪。星団中にガールフレンドがおり、手を出して泣かせた女性は数知れず。着いたあだ名は『種馬子爵ヒッター』
第二に面倒くさくなったり、修羅場になったら即座に逃げ出す情けなさ。
第三に有望な騎士がいると力試しと称して平気で下手したら死んでるレベルの剣技を出会い頭にぶちかましてくるキチガイ。(クロエも幼い頃に慧茄おばあちゃま立ち会いのもと、彼の前に出され洗礼を浴びてしまい肩を砕く大怪我を負いトラウマを患った)
第四に数々の悪行から彼の首にかけられた賞金はかなりの額ですが、前述した通り実力だけはあるために殆ど塩漬け状態etc.
例に出そうとしたらまだまだ出せますが、とにかくダグラス・カイエンという男はロクな男じゃないということですの。そんな男にここまで熱烈なパトスを向けるナイアス様ってめちゃくちゃ男の趣味悪いんじゃないかしら……?
これ言ったら目の前の本人にぶった切られそうなので言いませんが……! でも、胸の内で文句くらい言う権利はあると思いますわー!!
「……あの、ひとつよろしいです」
「なんだい?」
「その、ダグラス・カイエンのいる場所の宛などは?」
「無いね。だからこうして連日連夜探し回ってるのさ」
手がかりもなしにこのだだっ広いカステポーを探し回ってるのこの人? マジ? 行動力ありますわね……
ソファの背もたれから顔を覗かせるレイラと目が合い、あの子からは。
(えー、どうするんですぅお母様? この人、意地でも首を縦に振る気ありませんよぉ?)
(わかってますわ! 明らかにこういうタイプは論理的に説明しても感情面で了承しないのは!!
くそう、目の前に人参ぶら下がってるのに手を出せないってすんげーもどかしいですわよ!!)
ぐぬぬ、と説得する材料が見つからずどうしたものかと迷ってると。
『その話、待ったー!!』
バタンッ! 別室の扉が開かれ、そこから現れたの顔に湿布や包帯を巻いた女性……ノンナ様でした。何故か腰に瑠璃様も抱きついてますが、そこはまぁ良いでしょう。
ノンナ様は腰にしがみついてる瑠璃様をひっぺがすと大股でテーブルに近づき、バンッと天板を叩きました。
「イーリスフィア殿下、こんなタマムシゴス女よりも我がクバルカン法国が貴方の祖国奪還の為にご協力をいたしましょう」
「誰がタマムシ女だチビ女!」
「脳内お花畑のスイーツ脳は黙っててもらおうか!」
「あぁ!?」
「ちょ、ワタクシの泊まってる部屋で喧嘩は辞めてくださいまし!! ここ追い出されると寝泊まりできる場所が無くなりますわ!」
メンチを切り会うおふたりが今にでも殴り合いを始めてしまいそうでしたのでワタクシは慌てて間に入って宥めます。
どうどうと落ち着け、なんとか椅子に座ってくれたお2人ですが、なにか火種があれば即座に燃え上がる爆弾のため1秒でも気が休まる気がしませんわ……
ナイアス様を宥めてくれそうなジゼル様はバスカル達を付け、泊まっていたホテルから荷物を引取りに行ってますからここにはいないのでマジで怖いんですのよねぇ!
「ふぅ……それで、ノンナ様。どうしてクバルカンという大国がワタクシにお力をお貸しになって下さるのかしら?
こういってはなんですが、我が祖国は吹けば飛ぶような小国ですわよ?」
ひとまずノンナ様に尋ねると、紅茶で唇を湿らしたノンナ様はカップをソーサラーへ戻すと微笑んで口を開きました。
「ええ、はい。貴方様の言う通りでしょうね……ですが、我々クバルカンは『法』と『徳』を重んじる国家ですわ。
我が国の諜報部門からの情報によると貴方様はクーデターを起こされる前の統治は素晴らしいものだったと民草からは評判でした。
しかし、イーリスフィア・ゼノ・リガリエッテ様が国を追われた後のリガリエッテ公国は現在圧政によって民草達は苦しんでいます」
「自慢になってしまいますがワタクシの統治はとても良いものだったはずです。
私腹を肥やすしか頭にない愚かな貴族たちを減らし、血筋だなんだとバカバカしい理由で活躍のできない人材を取り立てましたわ。
仕事を増やし、経済を回し、大国と交流をかわし得られた技術などを民草へ還元してきました」
順調に行けば100年もしないうちにコーラス王朝程の規模までとは行かなくとも周囲の小国を吸収合併し広い領土を得ることができたというのに!! あー、今思い出しても腹たちますわね!
それに馬鹿な貴族共にクーされましたからワタクシ主導の建造予定だった貿易港の作業も止まってるでしょうし……
「そうでしょう。故に私は法皇様からの密命で貴方様を秘密裏に援助をするよう仰せつかっています」
ノンナ様は言うと鞄から上等な質感の紙を取り出し、ワタクシへと見せました。
流麗な筆跡で書かれた文は要約すると『
何故? という思いが湧きますが、すぐにワタクシはクバルカンのある惑星、カラミティのことが思い至りました。
「……移住のため、ですか」
「……」
ワタクシの独り言にノンナ様は合わぬ微笑むのみ。……このさい背に腹はかえられませんわね。
「承知しました。ノンナ・ストラウス様、その申し出を受けますわ」
「ではこちらにサインの程を」
「……はい」
数枚の誓約書を机の上に並べられ、万年筆を渡されたワタクシはその書面を1字1句見逃さないように確認します。
「ノンナ様、こちら期限が書いておりませんわ。それにこっちの文もあえて曖昧にされております。
ああ、こちらのほどもかなりぼかされてますがどういう解釈なのかお教えになっても?」
そしたら出るわ出るわ不透明な記述が。視野狭窄になってホイホイサインすると思いになったんでしょうが、生憎様これでも時期女王ですわよ?
契約書の類を流し読みはしないようにシンクレアからは耳にタコが出来るほど言い含められてますからねぇ!
ノンナ様は思ったよりもワタクシが手強かったのか、微かに眉を動かしましたがすぐに誓約書の内容を幾つか訂正しつつも最終的にはそこそここちらが不利な条件になりますがサインをします。
「確かに確認いたしました。これでは約束の時になれば我らクバルカンは貴方様の戦列に加わることでしょう」
「ええ、その時はどうぞよしなに」
「はい。では私の方はこれで失礼致します。瑠璃、行くわよ」
「あ、はい。色々とご迷惑をおかけしました」
ノンナ様は微笑み、瑠璃様を連れて部屋を出ていきました。
「イーリスフィア・ゼノ・リガリエッテ。どっかで聞いた覚えがあるね……」
そして座っていたナイアス様は顎に手を当ててワタクシの名前を呟き、記憶の引き出しを漁っています。
(やっべ)
そういやナイアス様いたんでしたわ! うっちゃりかっちゃりですわよ!!
冷や汗がダラダラと流れる中でナイアス様は顔を上げ、指を鳴らすと。
「あぁ、思い出した! 20年ちょい前にレーダー閣下の孫相手に城の地下でスクラップのモーターヘッドで決闘して勝ったやつ!!」
「ワタクシの黒歴史!!」
なんでよりにも寄ってそれを知ってるんですの!!? いや、そもそもこの人元ノイエ・シルチスなんですから知ってて当たり前ですわねぇ!!
「アハハハハ、どーりでなんか見覚えあるなーって思ってたんだよ!
あの跳ねっ返りの殿下をボコボコにした女の子って当時はノイエ・シルチスで話題になってたけどアンタだったとはねぇ?」
「あー、えー、うー……」
「加えて言うならリガリエッテ公国ってクロエの奴が転がり込んだ国だろう?」
「え、ナイアス様はクロエのこと知ってるんですの?」
「知ってるも何も学校の同級生でクラスメイトだよ」
「まじィ?」
まさかの情報ですわね。ナイアス様とクロエが同級生の御学友だったなんて……彼女、フィルモア帝国に所属していた頃の話をあまりしませんからねぇ。
「にしても、あのチビの言う通りならアンタ、国追われてんの?」
「ええ、まぁ、はい。腹立たしいことに中学校へ進学する時のパーティーにクーされましたわね」
そのせいでワタクシの最終学歴小卒ですわよ? いちおう大学は飛び級してますけども!!
「へー、だから私の騎士団を雇いたいって言ってたわけか」
「ですわね。といっても、ご本人は休業中みたいですが」
恨めしげに見ると、ナイアス様は笑いながらワタクシのおでこをペシペシ叩きます。おやめくださいまし!
「んー、どうしようかねぇ。クロエの奴の顔見てみたいし……」
ナイアス様がそう悩んでいると、彼女の端末に着信音が鳴り響きます。手に取り、電話に出ると。
『お嬢様ぁ〜!!』
「うわ、うるさっ……どうしたんだいジゼル? 私の荷物回収できたのかい?」
『出来ましたけど、出来ましたけどピンチです!!』
「なに、ナイトポリスに追われてんの? なら逃げりゃいいだろ」
『そーじゃありませんよぉ! お部屋の弁償代を請求されたんです!!』
「はぁ? んなの、あのチビ女のクバルカンに請求すりゃいいだろ!」
『最初は私もそう言いましたけど、証拠になるようなものが無いんですぅ!!
じゃあ、払おうにもお嬢様が散財しすぎたせいで騎士団の財政が傾いてるのご存知ですよね!?』
「…………あー」
ナイアス様はバツが悪そうに腕を組みました。あれ? ひょっとしてコレチャンス?
「もし、ナイアス様?」
「あん? なんだい」
「お金にお困りなら、ワタクシが立て替えましょうか? それに、先のお話の通り前金を払いますし、相場の5割増しで報酬もお支払いしますが」
『お願いしますぅ!! そうしないと破産するんです!』
「あ、おい勝手に決めんなジゼル!」
『じゃあお嬢様は素寒貧の状態でダグラス・カイエン様に会うんですかぁ!?』
「ぐぬぅ……わかったよ! アンタに雇われてやるさ!!」
てなわけでナイアス様の騎士団が仲間に加わりましたわ!! 結果オーライですわね! おほほほほほほ!!!
次回からコーラス侵攻始まりまーす。イー様と愉快な仲間たちが参戦するぜ