恋愛研究部──略して『こいけん!』   作:一等星の夜

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とにかく先生はクソボケすぎる

 〝『青春の物語』とは、つまるところ『恋』と『愛』に帰結するのではなかろうか。

 青い春と書いて、青春。

 青さというのは若さであり、春というのは恋である。つまり、未成年の甘酸っぱい恋愛こそが青春であると定義することが可能であることもなくはないまである。

 夏といえばお祭り。お祭りといえば花火。花火といえば告白。告白といえば恋。恋といえば──青春。

 であるからして、そのうら若き学生時代の恋と愛こそが少女らの青春────青春の物語(ブルーアーカイブ)というものだと私は結論づける。〟

 

 

 

 

 

   ×  ×  × 

 

 

 

 

 

「バカですか?」

「……」

「あほなんですか?」

「……」

「なにが言いたいのかまったくもってわかりませんでした。支離滅裂です。寝ながら書いたとしか思えないのですが、そもそもこれ、一体なんの報告書ですか。内容が微塵も関係していないので、当然書き直しです。よかったですね。首席行政官の目に入る前に止めてもらえて」

「……」

 

 私の作成した報告書をシュレッダーにかけて、天童ケイはため息をこぼした。

 私自身、こんなふざけた報告書を作成した覚えはないのだが、そういえば今朝の5時頃からの記憶がない。

 デスクに突っ伏していた私を揺り起こしてくれたケイの呆れた表情を見たのがたしか9時前だった。

 ケイの言う通り、寝ながら報告書を作成したのだろう。

 そういや、睡魔に抗うためにとにかく文字を打ち込んだのはなんとなく覚えているな。

 

「……まあそれは後回しにしておこう。まずはこっちから先に、」

 

 じとりと睨めつけてくるケイから目を逸らして、手もとに積まれた書類の一番上のものを手に取った。

 

『恋愛研究部設立申請書』

 

 『略してこいけん!』と書かれたところまで目を通し、私はそっと書類をもとの位置に戻した。

 『こいけん!』はまずいだろう。

 いや、なんとなく、まずい気がする。理由はないが、なんとなく。

 

「なんの書類ですか?」

 

 私の動作をめざとく観察していたケイが、不思議そうに訊ねてくる。

 なんでもないよ、と私が応えるよりも早くケイは私の隣へとやって来て、裏返しにしていた先ほどの書類を手に取った。

 

「……なんですか、これ」

「それ、私が訊きたいよ」

「はあ……。たぶん、いたずらでしょう。申請者の名前が書いてありませんし」

 

 言われて、眼前に突きつけられた書類に目を通したが、たしかに申請者の名前はどこにもない。

 

「……とりあえず、それも後回しにしよう。ええと、次は、」

「──恋とは一体なんなのか」

「……? ケイちゃん?」

 

 ケイが手にしていた書類を取り上げようと伸ばした私の手は空を切った。

 そのままケイは先ほどのいたずらまがいの書類に書かれてある文章を、声に出して読み上げていく。

 

「恋とは非合理的である。恋、その形は無数にある。恋とは、理論立てて説明することのできないものである」

「……」

「愛もこれと同様である」

「ケイちゃん」

「以上のことから、恋愛研究部はこれを探り真相を突きとめるものとする」

「ケイちゃん」

「恋愛研究部──こいけん設立にお力添えいただけますようよろしくお願いいたします」

 

 読み終えたケイは手にしていた書類を私のデスクにそっと置いて、なぜだか満足げな表情を浮かべた。

 

「だそうですが」

「うん。なんで読み上げたの?」

「少し、本当にほんの少し、興味を惹かれました」

 

 言って、隣に立つケイは椅子に腰掛けた私をじっと見下ろしたまま、催促するように無言の圧をかけてくる。

 なんだろうか。こいけん設立を承認しろとでも言いたいのだろうか。

 いやべつに、拒否する理由はないのだが、そもそも申請者がわからない時点で保留にすべきだろう。

 そう応えようとしたとき、ふと書類の端にミレニアムサイエンススクールのマークが付けられているのが目に入った。

 

「これ、」

 

 そのマークを指差すと、ケイも気づいたようで、私は言葉を繋げた。

 

「ミレニアムの生徒だと断定するのは早計かもしれないけれど」

「ええ。ですが、可能性は極めて高いですね」

「となると犯人──申請者は割と絞れるかもしれないね」

「今犯人って言いましたよね?」

「言ってないよ?」

 

 私はケイから目を逸らして、もう一度書類へと視線を落とした。

 ミレニアムサイエンススクールのマーク。現状これ以外のヒントはひとつもない。

 先ほどケイが読み上げた文章から紐解いて申請者を割り出すのは不可能だろう。

 

「とりあえずミレニアムの生徒に限定するのならば、怪しいのはやはりトキ、ヒマリ、ノア、リオあたりだろうね」

「リオが? 彼女はこういったことをするようには思えませんが」

「たしかに、リオひとりなら絶対しないと思う。けど──うまく口車にのせられたのだとしたら? たとえば、トキやヒマリ、ノアに、あるいはその全員に説得されたとしたらあり得ない話じゃない」

 

 べつにこれといって特定しなければいけない理由など微塵もないのだが、こういった推理ごっこ的なものを一度でいいからしてみたいとは思っていた。

 意図などはなく、申請者の名前が記されていないのは単なる記入漏れである可能性が9割ほどだとは思うのだが。

 それでも私は言葉を繋げた。

 初歩的なことだよ、ワトソン君──と。

 

「つまり、もともと部活なんだからひとりに絞るのがおかしいんだ。犯人──申請者は4、5人。あるいはそれ以上と見ていいかもしれない」

「今犯人って言いましたよね?」

「言ってないよ?」

 

 ──と、そこまで言っておいてなんだが、ただのいたずらである可能性も否めないので、やはりこの件は保留にしておこうと思う。

 ただの記入漏れである場合は放置しておくのも可哀想なので、一応以前私が独断で作成したシャーレ公式ホームページに記載しておこう。

 

「あ、なんならいっそのことケイちゃんが部長にでもなる? ほら、それなら承認できるし」

 

 などと冗談のつもりであははと軽く笑って提案してみると、意外なことにケイは握った拳を口もとにあててなにやら考え込む素振りを見せた。

 

「……このまま申請者から音沙汰がなければ、私が部長になって部を設立する。そして申請者が現れたときに部を明け渡す──そういうことですね?」

「あ、いや、え? そう、なの?」

「なるほど。先生にしては考えましたね」

「えっと……」

「わかりました。納得はいきませんが、引き受けます」

「……」

 

 なんだかよくわからないまま、なんだかよくわからないケイの勢いに押されて、私は恋愛研究部──略して『こいけん!』の申請を受理してしまった。

 本当にこれでいいのか、と考える間もなく、ケイは先ほどの話などなかったかのようにもう次の書類に手をつけ始めていた。

 カチカチと、壁にかけられた時計の秒針が刻む音だけが執務室にこだましていて、その妙な静けさが逆に私の思考を停止させるノイズへと化している。

 

 ……結局、恋愛研究部ってなんだよ。

 

 そう思ったが、口には出せなかった。

 

 

 

 

 

   ×  ×  ×

 

 

 

 

 

「お見事ですね」

 

 盗聴器の電源を切り、明星ヒマリはくるりと腰かけていた椅子を回して、特異現象捜査部に集まっていたメンバーへと向き直った。

 

「ヒントと呼べるものはほぼ皆無と言って差し支えありませんでした。ですが、先生は見事私たちのことを嗅ぎつけたようです」

 

 先生の迷推理になぜかヒマリは得意げだった。

 今にも「さすが私の先生」──などと言い出しそうなほどに、喜びを隠し切れてはいない。

 

「先生も素晴らしかったですが、主演女優賞はやはりケイさんではないでしょうか」

 

 と、手にしていた手帳を口もとにあてて、生塩ノアは嫣然と微笑した。

 

「先生に微塵も悟らせなかったケイの演技も大したものだったけれど、あなたの書いたシナリオ通りに事が進んだわね。怖いくらいに」

 

 と、生塩ノアに対して若干ガチで引き気味な調月リオ。

 

「これでようやくスタートラインです。そしてここからが、この完璧なメイドエージェント飛鳥馬トキの出番ですね。先生を堕とすのは私です、ぶい」

 

 と、両手でピースサインを作ってドヤ顔を浮かべた飛鳥馬トキに、いやいやと全員がツッコミを入れる。

 

「なにを言っているのですか、トキ。先生が選ぶのは超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり立てば芍薬座れば牡丹、眉目秀麗、万年雪の結晶ことこの明星ヒマリに決まっています」

「ふふ。先生の好みは全て記憶していますので、ここから先は私の独壇場だと思いますが」

 

 三者三様。トキ、ヒマリ、ノアがバチバチと笑顔で火花を散らすのを横目に、リオはきゅっと胸もとを握りしめ、困り眉を作って小さくため息を落とした。

 

「私も……」

 

 先生に選ばれたい。

 そう言おうとして、けれど言葉は出なかった。

 

「……いったん冷静になりましょう。私たちは争い合うために集まったわけではありません」

 

 こほんと、病弱美少女系儚げため息をついて、ヒマリは言葉を繋げる。

 

「恋愛研究部──略して『こいけん!』はいわば不戦の約定です。シャーレの当番を私たちで独占して、ひとり1ターン制で交互に自身をアピール、先生が誰を選んでも恨みっこなしのものです」

「つまり、最終的には『不戦の約定、解かれ申した!』というわけですね?」

「トキ、少しだまっていてください」

「そんな。ひどいですヒマリ部長。ぴえん」

 

 両手を目もとにあてて泣いているふりを見せるトキを受け流し、ヒマリは腰かけている椅子をくるりと反転させ、3人に背中を向けた。

 そしてふるふると肩を震わせたかと思うと、ダンっと握った拳でデスクを叩いた。

 置いていた湯呑みに入っているお茶が少し波打った気がする程度の威力でしかなかったが、迫力だけはたしかにあった。

 

「だいたい! それもこれもぜんっぶ! 先生がクソボケすぎるのがいけないのです!」

 

 と、怒りをあらわにしているものの相変わらずの病弱美少女系の儚げな声で言ったヒマリはもう一度椅子を反転させて3人に向き直った。

 

「トキ! 先生のクソボケエピソードはありますか!?」

「はい、ヒマリ部長。以前私が先生のスマートフォンを後ろから覗き込むと、先生はSNSで『#合コン募集』を検索していました。見かねた私が『先生には私がいるのになぜですか』と訊ねると、『いやいや、君たちから見たら私なんてもうおっさんだよ。恋愛対象外でしょ』と呑気に笑っていました」

「クソボケ認定です! 次、ノア!」

 

 声量はないが、取り乱したままのヒマリはノアへと標的を変えた。

 

「はい、ヒマリ部長。以前私は雨の降る日に結露した窓ガラスに指で文字を書きました。『Qui aimes-tu le mieux, homme enigmatique, dis?』と。伝わらなかったのはお察しかと思いますが、先生はこう言いました。『ノアになら豚さんと呼ばれたいと常日頃から思っているけど、今だけは私も真面目な気持ちを書いてみるよ』と。続けて『私は夏目漱石みたいな文才もなにもないけれど』と言って、〝吾輩は豚である〟と書きました」

「……」

「……」

「……」

 

 静まり返る特異現象捜査部。

 引き攣った笑顔を隠しきれないまま、ヒマリは聞かなかったことにしてリオへと視線を移した。

 

「つ、次はリオですが、なにかありますか?」

「ええ、ヒマリ。その……聞いてちょうだい……」

 

 ちらとノアへ視線を向けたリオは、気まずさのあまりすぐにヒマリへと戻して、言葉を繋げた。

 

「以前私の隠れ家に先生を招待したことがあるのだけれど、その、私はあまり片付けが得意ではなくて……少し、いえ、かなり散らかっていたわ。見かねた先生が掃除をしてくれたのだけれど、掃除が終わって最後になぜだか先生は私の頭を何度も撫でてきたの」

「……? それで?」

「……? 話は終わりよ」

 

 ことりと首を傾げて続きを促したヒマリに、リオも同じようにことりと首を傾げた。

 

「それはただの惚気です!」

「リオ会長。残念ですが、さすがの私も庇えません。有罪(ギルティ)没収(コンフィスケイション)死刑(デス・ペナルティ)です」

「ま、待ってちょうだい。けれど先生はなにも言ってくれなかったし、撫でられたのはあとにも先にもその一回だけよ」

 

 ぎゃーぎゃーと争い合う3人を窘めるかのように、ノアは手にしていたボールペンをバキッと音が鳴るほど勢いよくへし折った。

 

「私だけなにかおかしくないですか? 先生──いえ、豚さんは私のことをどういう目で見ているのでしょうか」

 

 生塩ノアの笑顔に影がおちる。

 うふふ、と笑ってはいるが、その場の3人がごくりと息を呑み、言葉を出せなくなるほどその声は低く冷たかった──とのちに3人は語っている。

 

「と、とにかく! 次にシャーレに行く順番を決めてしまいましょう。私はノアが適任だと思うのですが……」

「私もヒマリ部長の意見に異論はありません……」

「それが合理的だと私も思うわ……」

「あら、よろしいのですか?」

 

 3人は、引き攣った笑顔でこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

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