扉が勢いよく開く音と共に、サンズ達研究員が保安監視室に雪崩れ込んだ。
アルフィーが息を整える間もなく端末に駆け寄り「こ、これ! これ……っ!」と震えながら端末を操作する。
コア付近の監視カメラ映像が再生される。
画面の奥、揺れるように歩く人影が見えた。遠すぎて顔までは確認できないが、体格も歩き方も、Aによく似ていた。
その人影は、修理されないままになっている柵の切れ目へと、ふらふらと近づいていく。足を止め、しばらく何かを考え込むようなそぶりを見せたあと――そのまま、ガスターが消えたときとよく似た姿勢で、柵の向こう側に片足を踏み入れ、カメラの画角の外へと、落ちた。
「……え……?」
室内の空気が凍りつく。誰も言葉を発せず、誰もがただ、その場に立ち尽くす。
画面には、誰もいなくなったコアの映像だけが、静かに流れ続けていた。
BとCは無言のまま、ただ食い入るように映像を見つめている。サンズは、焦りにも似た表情で画面を凝視していたが――やがて唐突に、目を画面から離したかと思うと、無言のまま部屋を飛び出していった。
「サンズ!?」
Cが思わず叫ぶ。
続けざまに、Bがアルフィーに向かって声を張り上げた。
「ねえ、それって……いつの映像!?」
固まっていた空間が、一気に動き出す。
Cも我に返ったようにサンズを追って走り出し、廊下に駆けていく。
サンズは走りながら、昨夜の記憶を思い返していた。Aが放ってよこしたパジャマ。泣いてもいい、と言ってくれた声。その優しさが、今は刃のように胸をえぐる。
エレベーターが視界に入る。その電光表示がコアで止まっているのを確認すると「クソ!」と乱暴に吐き捨て、立ち止まることなくすぐ隣の非常階段へのドアへ体当たりするように突っ込んだ。
カンカンと鉄骨を蹴り下りる音が、サイレンのようにうるさい。
――なんで。
――なんでだよ……!
心の中で繰り返し叫びながら防御扉をこじ開け、コアへと続く連絡坑を、観測デッキへの階段を、全力で駆け抜けた。
そして、柵が壊れたままになっているあの場所に辿り着く。
そこには――誰もいなかった。ただ、歪んだ鉄の柵が、静かに残されている。
この先に落ちたら、痕跡すら残らない。サンズは深いオレンジの底を見下ろし、動けないまま、黙って立ち尽くしていた。
Aの事故――いや、事件と言うべきかもしれない出来事のあと、コアの一部は一時的に封鎖された。だが現場の検証がまともに行われることはなく、日常業務だけが何事もなかったように、機械的に回っていく。
事務室には、重たい沈黙が流れていた。
BとCは、サンズよりも長くAと共に過ごしてきた。いつもなら隙あらば仕事をサボろうとするBが、画面を睨みつけて強めにキーを叩き、Cは視線こそ手にした書類に向けられているものの、その意識はどこか遠くに向かっている。誰もが、何かを胸にしまい込んだまま、なんとか日常を動かしている。
二人を失った今後の体制について、副所長のCが王へあらためて相談し、ガスターの執務室の書類やデータの扱いについても判断を仰いだこと。そして時折、Aのパソコンに遺されている記録を見たいといって名前が挙がる程度で、それ以上、誰もその話題に触れなかった。
だが、サンズの中では違和感がくすぶっていた。
本当にこのままでいいのか。何もなかったことにして、日常に戻ってしまっていいのか。
自分でも気づかぬうちに、その思考が口からこぼれるようになっていた。仕事中、ぽつりぽつりと独り言が増える。
そんなある日、背後からアルフィーの声がした。
「事件の調査をしてるの……? すごいすごい、なんだか探偵みたいね! わくわくしちゃうわ!」
その無邪気な声に、サンズは一瞬言葉を詰まらせる。けれど、ふっと肩の力を抜くように笑った。
……ある意味、ちょうどいい。
アルフィーは新人で、Aや父との面識がない。人間関係のしがらみも、事の深刻さも、まだ本当には分かっていない。けれど、それだからこそ、彼女は余計な先入観なしに協力してくれるかもしれない。何より、今の自分の執着に、深く踏み込まれずに済む。
「なあ、アンタも興味あるなら……二人だけでナイショの捜査をしようぜ」
サンズは、軽口めかしてそう言った。
コアで何が起きたのか。父はなぜ“死”を選び、なぜAが消えたのか。
答えはきっと、すぐには見つからない。
「えへへ……王立探偵団結成だね」
「……勝手に王立名乗るのはダメなんじゃないか?」
それでも、何かが始まった。二人だけの静かな捜査が、ゆっくりと動き出した。
深夜の研究所を、ひっそりと足音を忍ばせながらふたりは歩いていた。
目的地は保安監視室。事件当日の記録映像を確認するため、サンズとアルフィーは“秘密の捜査”を始めていた。アルフィーは目をきらきらさせ、少し演技じみた挙動で懐中電灯をあちらこちらに向けている。まるで探偵アニメの世界に入り込んだかのようなその様子に、サンズは苦笑を浮かべる。
――ちょっとくらい不謹慎なほうが、やりやすいかもな。
軽口を叩ける相手がいる。それだけで、気持ちの負担は少し和らぐ。
保安監視室に入り、椅子に腰かけたふたりは、暗がりのなか録画の再生を始めた。無言で事故映像を見続けるのは、あまりに空気が重かった。案の定、アルフィーはさっそく口を開いた。
「ふふ……探偵アニメの王道展開ね! なんだかエドガーの助手になった気分だわ!」
「少年探偵エドガーってアニメ知ってる? エドガーは子供なんだけど推理力がとってもすごくって! あ、ちょっと気取ってるとこなんかサンズに似てるわ! “真実とは、塗り替えることのできないものなのさ!”って決め台詞がとってもいいのよ!」
「……俺の事、ガキンチョって言ってる?」
アニメのことになると随分口数が多くなるらしい。適当に相槌を打ちつつ、サンズは目の前の映像に集中する。だが、アルフィーの饒舌さは止まらない。
――怖いんだろうな。
サンズは思う。彼女なりの防衛反応なのだ。ああして話していないと、不安に呑まれそうになるのだろう。"こんな映像"を無言で見続けるなんてのは常人の精神力ではまず無理だ。
映像にはAの姿が映っている。事故だったのか、それとも…。判断のつかないまま、サンズは眉間に皺を寄せて黙り込んでいた。
そのとき、あれほど饒舌だったアルフィーがぴたりと言葉を止めた。
間。
それから、ぽつりと呟いた。
「……犬だわ」
サンズは、思考を中断されたまま振り返る。
「……は?」
「ここ。白い犬が……ほら」
アルフィーが指差す先、モニターの隅。確かに――白くて、四角い、異様にシンプルな造形の“犬”が、画面端に映っていた。
「……犬ぅ!?」
思わずサンズは声を上げる。目を見開き、画面にぐっと身を乗り出した。
その犬は、Aが転落した直後の録画に現れていた。ちょうど、歪んだ柵の前に立ち、じっとその先を見つめているように見える。
しかし、そんな場所に犬がいるはずがない。コアの入り口は通常、施錠されており、IDを持った関係者以外が出入りできるような場所ではない。ましてや動物など、ありえない。
「……ありえねぇだろ」
呟いた直後、モニターに一瞬ノイズが走った。古い設備だ、珍しい現象ではない。
だが次の瞬間。
――犬は、ノイズとともに消えてしまった。
そこには、何もいなかった。
記録が嘘をついている。あるいは、見ている自分たちの感覚のほうがおかしいのか。
ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。
なんだ。
なんなんだ――これは。