Aの失踪からしばらくたった。
未だ喪失感はぬぐえないが、黙々と仕事は回る。人はこうして日常に戻っていくのだろう。
アルフィーと「ナイショの捜査」を始めて一週間になるが特に手掛かりはなく、その停滞感からアルフィーは少し飽きはじめている。
無理もない、サンズと違って目的の無いごっこ遊びなのだ。
そういうサンズも手掛かりの無さに「単なる事故」や「思いつめた末の行動」の線が強いと思い始めていた。
……悔しいが、彼の気持ちを自分が見抜けなかっただけなのかもしれない。思えばいつも、助けられてばかりだった。
仕事が終わり、勤怠記録のICリーダーに自分のIDカードをかざそうと立ち上がったときだった。
「ピッ」
ICリーダーの音が鳴る。…ICリーダーの前には誰もいない。
故障だろうか。古い設備だから、色んな所にガタが来ているのだろう。
いったい何のエラーだ、とICリーダーに接続されたパソコンに目をやる。
「……は」
サンズの口から間抜けな声がこぼれた。
――ユーザーID169 A 退勤 18:02
呆然とパソコンの前で固まるサンズに気付き「なに?故障したの?」とBとC、アルフィーも画面をのぞき込んだ。
「なにこれ……」
故障にしても気味が悪い。よりによって死んだやつのIDがたった今打刻されている。
Aはたいてい18:00頃仕事を終えるやつだった。普段の行動と妙に合致する時間も気味が悪い。
それにコアに落ちて死んだのなら転落時にIDカードを持っていたはずだ。あそこはIDカードをかざさないと入れない。
ということはIDカードも一緒に燃え尽きてしまったと考えるのが自然だ。
……遺品にはIDカードは見当たらなかったのだから。
「ふ、不思議ね……まるで、幽霊が打刻したみたい」
アルフィーの言葉になんて反応を返すか少し迷い「……そいつは随分仕事熱心な霊だなあ」と中途半端な返しをしてしまう。
ギャグにでもしてやればよかったが、動揺からとっさに思いつかなかった。
Cが「設備が古いからねえ……」と困ったように言う。
続けて「ここしばらく、いろいろあったからね。今日はもう全員、ここで上がりにしよう」とにこやかに笑った。
ただの故障だ。きっと疲れているから変なことを考えるのだ。ゆっくり休んで少し落ち着こうよ。言葉の端にそんな気持ちがにじんでいる気がした。
「……あ~、それもそうだな」
どうせ、王から今後の体制についての連絡も来ていない。元来、少人数のチームだ。誰に何を引き継ぐべきか……いや、もしかすると研究凍結まで含めてどうするべきか決めかねているのかもしれない。
全員が打刻し、事務室を後にする。
無言でエレベーターに乗り込み、何とも微妙な空気のまま寄宿フロアのそれぞれの部屋に散っていった。
部屋に帰って1時間ほどたったころ、サンズの部屋にノックの音が響いた。
「わたしよ、気になることがあって」
アルフィーだ。
正直意外な客だ。コミュニケーションはあまり得意ではなさそうだったし、こちらからのアプローチ以外で積極的にかかわってくるとは思っていなかった。ドアを開けてやると、彼女は困ったようにおびえるように薄暗い廊下に立っていた。
「入っていいよ」
幽霊騒ぎの後だ。廊下の薄暗さにおびえているんだろうと思い、中に入れる。
アルフィーはそそくさと部屋に入ると慌てたように話し出した。
「事件だわ」
突拍子のなさに何のことかわからずポカンとする。アルフィーは続ける。
「退勤記録は出勤記録が無いと打刻できないのよ」
正直驚いた。打刻の動作が日常に組み込まれ過ぎていて、サンズはそんなことはすっかり忘れていたのだ。
これはIDカードの使い方研修を受けたばかりの、アルフィーならではの視点だった。
つまり、アルフィーはまだまだ「ナイショの捜査」に付き合ってくれるらしい。
それも結構、積極的に。
「……やるな、アンタ」
思わず顔がにやけてしまった。いい相棒を持ったかもしれない。
すぐさま自室のパソコンの前に座る。アルフィーは後ろからのぞき込んでいる。
「事務室へは行かなくていいの?」とアルフィーの言葉が降ってきた。
「ああ、このパソコンから勤怠記録にもアクセスできる。……ん、これだな」
勤怠記録のリストを開く。正直、恐怖心と知的好奇心の間で揺れてる。
リストにはまさかというかやはりというか、しっかりとAの勤務記録が残っていた。
「……!」
頭のすぐ後ろでアルフィーが息をのむ音が聞こえる。近くないか。かじりつき過ぎだろう。
「まさか……これ、記録改ざん? それか、管理者権限でいじったりとか……」
アルフィーは驚いて少し声が大きくなっている。
「いや、こういうデータ周りの管理権限持ってんのは俺だ」
だからこそ、今このパソコンからアクセスできている。
「打刻時間も不自然じゃない。“今現在”もあいつが在籍している記録ってことか……?」
自分で言って、おかしくなった。べち、と手で顔を覆う。
生前の出勤時間から考えて不自然ではないが死人が出勤してんのは不自然だろ、普通に。
冷静なつもりだったが、俺も結構動揺しているらしい。
画面に表示されたAの名前の横には、死後も変わらず律儀に勤務している証が並んでいた。
「でも、もういない。俺たちは見た。あの時、確かに……」
そこまで言いかけて、サンズの指が止まる。
ログの一覧。BとCの欄に違和感があった。
「……あれ?」アルフィーも気付いたようだ。
ふたりの名前、「B」「C」というラベルは確かにある。だが、よく見るとその記録が、部分的に文字化けで埋まっていた。
「データの破損かな?」
アルフィーがパソコンに詳しいなら任せられる仕事も増えそうだ…じゃなくて。
確かに古い機器が多いが、自分が入所して、パソコン周りは随分と整えたつもりだった。
「一応バックアップも確認するか」
どうやらデータが破損しているらしい。原因は不明だがバックアップはマメに取っている、どうにか戻せるだろう。
が、バックアップをさかのぼっても、少しずつデータが欠けている。
静かな部屋に、パソコンのファンがカラカラと小さな音を立てていた。
データの破損が始まったのは……ガスターが死んだ日からだった。