転生ニトロ・兄弟三弟子 作:バナナアイス
容赦なく照りつける太陽の下、乾いた金属音と荒い息遣いが響く。
「おい、次の資材持ってこい!」
「っ、はい!」
俺が大工として働き始めてから、もう何年が経っただろうか。今日も一日、重い木材や石を運び、狂ったようにハンマーを振り続ける。体中の筋肉が悲鳴を上げ、作業着は塩を吹くほど汗でドロドロだ。生きるために命を削る、激しい肉体労働…
しかし、一日の終わりに親方から手渡された給料袋の中身は、まさに雀の涙ほどしかない…
「……これだけ、か」
家路につく夜道、街灯の下で硬貨を数え、俺は力なく項垂れた。今日消費した膨大なカロリーを補うためには、肉や、せめて温かい白米を腹いっぱい食べる必要がある。
だが、この手の中にあるはした金では、今の消費税300%上乗せされたコンビニの安価な惣菜パンを一つ二つ買うのが関の山だった…税は増えても給料は増えないせいで俺は苦しんでいる訳だ…
「…キュルル……」
胃袋が雑巾を絞るようにキリキリと痛む。アパートの自室に戻るが、その時にはもうシャワーを浴びる…いや、買った惣菜パンを食べるための気力すらなく床に倒れ込んだ。限界まで動き続けた身体は急激に冷え、指先一つ動かせない。あぁ、これが餓死、ついでに孤独死ってやつか……
最初は大工として鍛え上げられていた太い腕や厚い胸板、頑丈な太ももの筋肉が、飢えによってみるみる削ぎ落とされていった…発達していた筋肉の痕跡だけが弛んだ皮膚の中に残り、太い骨の輪郭が浮き出ている…
体重100キロを越えていたラガーマンな体型は今や半分以下、40キロと見る影もない…もともと痩せていた人よりもやつれ方、肉体の破壊感のギャップが非常に激しく悲惨な見た目になっちまった…
かすむ視線の先、本棚の隅に大好きな漫画『トリコ』の単行本が目に入った。あそこには、誰も見たことがないような美味い食材があふれている。誰もが食べることの幸福を謳歌している世界…
「お腹空いた……おにぎり……食べたい……」
乾いた唇からは情けないほど切実な本音が漏れ出た…あの世界なら、腹いっぱい食べられたのか――そんな淡い未練を最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
◇
――どれほどの時間が経っただろうか。
「……んあ?」
ふと意識が浮上したとき、奇妙な感覚に包まれていた。死んだはずなのに、身体が全く痛まない。それどころか、前世の貧弱な肉体とは比べ物にならないほどの、圧倒的な質量とエネルギーが細胞一つ一つに満ち満ちているのを感じる。
(生き返った……? いや、ここはどこだ?)
ゆっくりと目を開ける。そこは四畳半のボロアパートではなく、禍々しくも神聖な、見たこともない植物のようなものが生えた場所だった。
身体を起こそうとして、自分の「手」が視界に入った瞬間、俺は息を呑んだ。人間の肌ではない。そこにあったのは、青く、硬質な、まるで鳥の足のような鋭い鉤爪を持つ、異形の「手」だった。
「な、なんだこれ!? 俺の手じゃねえ!」
慌てて自分の身体を見回す。服は着ておらず、全身が青い皮膚と筋肉の塊に覆われている。そして何より、頭のシンキングスピード、周囲の空間を把握する感覚が、人間のそれとは文字通り次元が違うほど研ぎ澄まされている。
パニックになりかけながら、近くの水溜りの前に這い寄った。そこに映っていたのは――鋭い嘴に、すべてを見透かすような黒目のない冷徹な眼光。圧倒的な捕食者のオーラを放つ、大柄な青い二足歩行の鳥人。
「う、嘘だろ?……これ、トリコの……」
前世で死ぬ間際に見ていた、あの世界。その中でも、世界のシステムを裏で操る絶対的な戦闘力の生命体。
「ブルーニトロ……!? 俺が……!?」
ドクン、と、胸の奥で爆発が起きたような衝撃が走った。
「あ、熱い……腹が、減った……!!」
水溜りから目を離し、俺は凄まじい激痛に襲われてその場に転倒した…!胃袋が!細胞が!前世の比ではない異常な悲鳴を上げている!四畳半のボロアパートで死にかけていた時の飢えなんて、これに比べれば愛嬌のようなものだ!今、俺の身体を満たしているのは、底なしの、ブラックホールのような『食への衝動』だった!
思考が真っ白に染まる。自分が誰なのか、ここがどこなのか、そんなことはどうでもいい!とにかく、何かを口に入れなければ、この肉体そのものが
「ガ、アアアアアッ!!」
嘴くちばしの隙間から、人間のものとは思えない狂暴な咆哮が漏れた。俺は四足歩行の獣のように、凄まじい速度で森をを駆け出した。一歩踏み出すたびに、足元の岩盤がクレーターのように爆ぜる。前世の大工の肉体とは次元が違う、惑星を破壊しかねない暴力的な脚力。それが本能のままに解放されていた。
駆けだしながら周囲を観察する。空を突くほど巨大な、肉の繊維のような模様をした大樹。地表を流れるのは水ではなく、黄金色に輝く濃厚なオイルの河。そして、周囲の気圧は人間の肉体なら一瞬で圧殺されるほど重く、空気は肺を焼くほどに濃密だった。だが、今の俺にとってそんな環境は「快適」でしかなかった…!
「何でもいい……肉だ!植物だ!何でもいいから寄こせ!!」
視界の端で、何かが動いた。体長五十メートルはあろうかという、全身が鋭利な刃物のような鱗で覆われた巨大なトカゲ型の猛獣。捕獲レベルで言えば、人間界の軍隊が総出でも傷一つつけられないレベルの化物が、俺の気配に怯えて身を硬くしている。
バキャッ!!
考えるより早く、俺の身体が動いていた。青い鉤爪の一振りが、猛獣の頑丈な頭部をスイカのように粉砕する。返り血が顔中に降りかかる。凄まじい獣臭と血生臭さ…しかし、今の俺の脳が弾き出した判別は『極上の芳醇な香り』だった。
バリィッ!! ズガァッ!!
俺は仕留めた猛獣の肉を、素手で引きちぎり、骨ごと嘴のなかに放り込んだ。バリバリと音を立てて硬質の骨と鱗を噛み砕く。
(美味い……! 美味すぎる、なんだこれ!!)
噛み締めるたびに、溢れ出すのは濃厚な極上の霜降り肉の脂、まるでフルーツジュースのように甘く感じる血液が喉を通り、胃に落ちた瞬間、飢餓で縮こまっていた細胞が歓喜の産声を上げて膨れ上がるのが分かった。だが、まだ足りない。猛獣一匹丸ごと胃袋に収め、辺りを血に染めても砂漠に水の入ったを一杯撒いた程度にしかならない…!
「ガアアッ!!」
次は、周囲に生い茂る巨大な大樹の果実に飛びついた。ボーリング球位の奴があれば気球ほどの大きさの奴もある、真紫に熟した果実を、枝ごと、幹ごと引きちぎって口に詰め込む。パチンと弾けた果汁は、まるで高級な洋酒とハちみつを混ぜ合わせたような、濃厚な甘みと酸味を持って喉を潤した。植物の繊維すら、今の俺の顎と消化液の前には極上の乾麺のようなものだった。
動物、植物、目につくものを手当たり次第に力任せに貪り食う。前世、雀の涙ほどの給料で、安い惣菜パンをかじって飢えを凌いでいた俺の魂は規格外の食材と出会い、完全にタガが外れていた。
「モグ……ゴクン……、ハァ、ハァ……!」
どれほどの数を屠り、喰らい尽くしただろうか。周囲に数キロにわたって広がっていた原生林は無残にハゲ山と化し、猛獣たちの血の海が築かれていた。
ようやく一息つき、少しだけ理性が戻ってくる。相変わらずここがどこなのか、自分が何者になってしまったのかは見当もつかない。だが、血と果汁で汚れた自分の青い両手を見つめながら、俺は、前世では絶対に感じられなかった圧倒的な『満腹感』と『幸福感』に満たされていた。
「……生き返った。腹がいっぱいになるって、こんなに幸せなことだったんだな……」
ぽつりと、そんな人間らしい実感が胸に湧く。そのときだった。
――ピキィン
脳の芯を突き刺すような、絶対的な生物としての「格の違い」を見せつけられるような、凄まじい『
冷汗が、青い皮膚を伝って流れ落ちる。食欲で狂っていた頭が、一瞬で冷え切るほどの恐怖。ゆっくりと首を巡らせたその視線の先…
――地平線の向こうから迫る、世界そのものを圧殺するかのような巨大な影。血と果汁に塗れた青い異形の身体が、本能的な恐怖で硬直する。それが何なのか、その正体を網膜に捉えるよりも早く――俺の意識は、音もなく唐突に刈り取られた。
◇
数分前。エリア2『始まりの大陸』の玉座に君臨する、王者の一瞥が遥か遠方を捉えていた。
『……五月蝿い……』
バトルウルフの長であり、この大陸の絶対支配者である狼王ギネスは、鼻腔をくすぐる不快な血の匂いにわずかに眉をひそめた。遠くの原生林で、何かが狂ったように暴れ、猛獣や植物を貪り食っている。グルメ界において弱肉強食は日常茶飯事であり、本来なら王がわざわざ動くほどのことではない。
だが、少々度が過ぎていた。その怪物は生態系のバランスを省みず、目につくもの全てを力任せに喰らい尽くしている。これ以上、己の庭を荒らされるのは寝覚めが悪い。ギネスは重い腰を上げ、その圧倒的な巨体を一歩、前へと進めた。
『ただの羽虫か、あるいは新顔の猛獣か。どちらにせよ、ここで排除する』
王の歩みは空間を歪め、瞬く間に暴動の現場へと到達する。しかし、荒れ果てたハゲ山の中心に佇む『それ』を目にした瞬間、狼王の鋭い眼光に驚愕の色が混じった。
『……まさか、ブルーニトロとは思わなかったな…』
そこにいたのは、たまに見かけるあの不気味な鳥人だった。今、ギネスが自分の手元で育てている人間の子供には、エサや調教相手として『レッドニトロ』を時折与えている。だが、目の前にいるのはそのレッドニトロとは比べ物にならない、遥かに格上の存在。そして同時に、極上のエネルギーを秘めた『至高のエサ』でもあった。
『ふん、ちょうどいい。あいつへの手土産……いや、格好の栄養源だ。連れて帰るか』
ニトロの肉体は頑強だが、狼王ギネスからすれば泡のようなもの。だが、子供の血肉にするならば、できる限り無傷の新鮮な状態で持ち帰りたい。ギネスは静かに息を吸い込み、その超感覚を解放した。
『
対象の生態、性別、年齢、果てはグルメ細胞の記憶にいたるまで、あらゆる情報を一瞬で吸い上げる王の嗅覚。そのあまりに濃密な生命情報の「抜き取り」は、対象の意識を強制的に、かつ肉体を一切傷つけることなく気絶させる。
狙い通り、ブルーニトロは抵抗する間もなく、糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。しかし、情報を吸い尽くしたギネスの脳裏に、強烈な違和感が突き刺さる。
『……何だ、これは?』
ギネスサーチが暴いたのは、ブルーニトロの冷酷な生態の記憶ではなかった。肉体こそ紛れもなく宇宙最高峰のブルーニトロ。だが、その奥底に眠る「魂」の形は、あまりにも矮小で、脆弱で、しかしどこまでも泥臭く、生きることに貪欲な――
『あいつと、同じ……『人間』の魂だと?』
ギネスの眼が細められる。前世という奇妙な記憶。汗水を垂らして働き、雀の涙ほどの対価しか得られず、最後は米の塊を欲しながら餓死した、一人の男の生涯。その飢餓の執念が、この世界で強種の肉体と結びつき、先ほどの異常な暴食を引き起こしていたのだ。
『人間の魂が入ったトカゲか。面白い……あいつのただのエサにするには、少々惜しくなったな』
今、ギネスの元で狼の群れに揉まれながら獣のように育っている人間の子供と、目の前で行き倒れているこの奇妙なブルーニトロは、もしかすると、あいつの良い刺激になるかもしれない。競い合い、喰らい合うことで、互いを高め合う『最高のライバル』に化けるのではないか?
ギネスは気絶したブルーニトロを見下ろすと、その巨大な顎で、傷をつけぬよう優しく、しかし絶対に逃さない絶対的な力でその身体を咥え上げた。
『行くぞ、人の子よ。我が牙の檻からは、決して逃がさぬ』
王は踵を返し、野生の咆哮を響かせながら、二狼の待つ自らの根城へと駆け出した
◆
ガリッ!ガリッ!
「……ん、んん……?」
頭頂部に、ガジガジと硬いもので力任せに齧られるような、奇妙な感覚と鈍い音を感じて意識が覚醒した。痛くはない。だが、不快極まりない。ゆっくりと目を開けると、視界のド正面に、泥と血にまみれた顔があった。どこからどう見ても、ただの野生の鼻垂れ小僧だ。そいつが四つん這いになり、俺の頭をまるで頑丈な骨でもかじるように必死でガジガジと噛みついている。
(な、なんだこの小僧……。っていうか、まさか俺はこいつにやられたのか……?)
一瞬、そんな阿呆な考えが頭をよぎった。だが、すぐに違和感に気づく。小僧の後ろにある、荒々しい「黒い岩壁」のようなもの。それが規則正しく上下に動き、凄まじい熱の息吹を放っている…壁じゃねぇ!巨大な獣の、足だ!視線を上に巡らせた瞬間、心臓が跳ね上がった。見上げるほど巨大な、世界そのものを威圧する漆黒の狼!
(狼王ギネス……!! 間違いない、トリコの…八王の一角だ……!ということはギネスサーチにやられたのか…!)
ギネスサーチの恐怖がフラッシュバックし、全身の細胞が恐怖で総毛立つ。ということは、だ。今も俺の頭を必死にガジガジと噛みちぎろうとしている、この眼の前の鼻垂れ小僧の正体は――
(ノッキングマスター二郎!? ……あ、いや、まだアカシアに出会う前、ギネスに育てられてる時代の『二狼』か…)
原作で世界を震撼させた、あの「暴獣」の幼少期。ギネスの英才教育(という名の野生のスパルタ)を受け、レッドニトロを生きたまま貪り食っていた、あの最凶の時期の二狼である。
(いやいやいや!! 二郎より今の状態の方が圧倒的に危険じゃねえか!! 理性ゼロの獣そのものじゃん!!)
心の中で全力のツッコミを入れる。そんな俺たちの様子を、狼王ギネスは「こいつ、一体何をやっているんだ?」と言いたげな瞳でじっと見つめていた。ニトロの肉体を持った人間が、心の中で爆速の言語でパニックになっている姿は、王の目には奇妙に映ったのかもしれない。
だが、王の目的は二狼のエサを連れてくることだけではないらしい。ギネスは低く短く唸ると、二狼を鼻先で制し、再びその巨大な顎で俺の身体を咥え上げた。
「ガア!?(ちょ、また拉致!?)」
抗う間もなく、景色が音速で後ろへと流れていく。ギネスは、今度は意識のある状態の俺を連れて、ある特定の場所へと向かっていた。それは、新入りがこの群れに加わる「資格」があるかどうかを確かめるための、王なりの試練だった。
ズウウゥン……!!
(イテッ!俺、痔なんだけど?!あ、それ前世か)
降ろされた場所は、荒涼とした大地が広がる、一見すると何もない平原だった。しかし、地響きと共に、足元の地面
――いや、広大な「陸地」そのものが、まるで海のように大きく波打ち、脈動している。不意に、巨大な『背びれ』のような岩盤が、土煙を上げながら地表を突き破って現れた。地球の地殻を泳ぎ、陸地そのものを捕食する、グルメ界屈指の超巨大狂暴鮫。
(……王陸鮫……!!)
人間界の生態系など一瞬で崩壊させるレベルの化物が、地中からこちらを睨みつけている。俺はギネスの視線を感じて、ハッと察した。
(あ〜……もしかしてこれ、一人で狩ってこいって言ってます……?)
当然、狼王ギネスの言葉は理解できない。だが、その絶対的な王の眼差しが『喰うか、喰われるか。証明してみせろ』と語っていることは、何となく、しかし痛いほどに伝わってきた。
手元にあるのは、前世から受け継いだ大工の魂と、目覚めたばかりのブルーニトロの肉体のみ。生き残るための、二度目の暴食のゴングが鳴り響こうとしていた。
ぶっちゃけニトロのデザインがめちゃくちゃ好きですねぇ〜最初のGTロボの登場シーンとか鳥肌が立ちましたもん!