時間が経つのは早いもので、あの『1周年記念日』の夜、カカさんの可愛いお仕置きと熱烈な検証実験を経て、俺たちが名実ともに『夫婦』となったあの特別な夜から、すでに数年という歳月が過ぎ去っていた。
この数年間、俺たちの修行環境はさらに苛烈さを極めていた。アカシア様による、グルメ細胞の限界突破の訓練。それは俺だけでなく一龍兄さんも同じだったが、やはり一龍兄さんの才能は群を抜いていた。
兄さんは俺以上の凄まじいペースで、ドンドンと次元の違う強さを身につけていく。俺自身も、ブルーニトロの肉体と職人としての精密な技術が完璧に馴染み、以前とは比べ物にならないほど強くなれている自覚はある。だけど、先頭を走る一龍兄さんの背中には、まだまだ追いつけそうになかった。
そしてこの数年でのもう一つの大きな変化は、まだ少年という幼い年齢であるにもかかわらず、弟分の次郎もこの地獄のような訓練に加わるようになったことだ。
しかし、流石は未来のノッキングマスターというべきか、その才能はすでに恐ろしい片鱗を見せていた。
野生児だった頃の記憶を一部封印され、言葉こそ流暢に話すようになったあどけない少年。それなのに、グルメ界の狂暴な猛獣たちを前にしても、一龍兄さんや俺たち兄弟子の助けなんて一切必要としなかった。
それどころか、あいつは自ら猛獣の懐へと飛び込み、その小さな指先で次々と正確にノッキングを叩き込み、手際よく無力化していくのだ。
その容赦のない、かつ天才的なノッキング裁きには、近くで見ている俺たちの方が思わず舌を巻いてしまうほどだった。
――そんな、ある日のこと。 過酷な訓練が一段落し、それぞれが息を整えていた休憩時間のことだ。
いつもなら「二鳥兄ちゃん、飯!」「カカさんの料理、今日のお代わりは何!?」と無邪気に寄ってくるはずの次郎が、珍しくどこか神妙な面持ちで、俺の羽毛をちょこちょこと引っ張ってきた。
「あの……二鳥兄ちゃん。ちょっと、いいかな」
少年らしくなった次郎が、顔を少し赤くしながらも、真っ直ぐに俺を見上げてくる。
「ん? どうしたんだよ次郎。また腹でも減ったか?」
俺が自分の羽毛を軽く直しながらいつもの言葉をかけると、次郎はゴクリと唾を飲み込み、さらに声を潜めてこう言った。
「ううん、そうじゃなくて……。その、ちょっと、二鳥兄ちゃんに……相談に乗ってほしいんだ。一龍兄ちゃんや、アカシア先生には、ちょっと恥ずかしくて聞けないことで……」
一龍兄さんと師であるアカシア様の手を借りる必要なんてこれっぽっちもないほど、戦場では無敵の強さを誇る次郎。そんなあいつが、あえて俺の元を訪ねてきて、わざわざ「相談に乗ってほしい」と頼んでくるなんて、本当に珍しいことだった。
自分でいうのもなんだが普段から温厚で理性的な「頼れる兄貴」として次郎の面倒を見てきたからこそ、俺を特別に信頼してくれているのだろうか。
「へえ、俺への相談か。いいぞ次郎、俺に話せることなら何でも乗るよ」
俺は丸太に腰を下ろして二郎と目線を合わせ、優しく微笑んだ。 少年の次郎が俺より遥かに強い一龍兄さんやアカシア様を差し置いてまで、大工で既婚者であるこの俺に打ち明けたかった「悩み」とは、一体何なのだろうか?
俺が優しく微笑むと、次郎はゴクリと唾を飲み込み、意を決したように周囲をキョロキョロと見回してから、さらに声を潜めてこう言った――。
「あのね、二鳥兄ちゃん……。最近、友達の女の子と遊んでいると、なんだか胸のあたりが、きゅーって苦しくなるんだ……! これって、どこか悪い猛獣の毒にでもやられたのかな!?」
大真面目に、けれど本気で困惑した様子で自分の胸のあたりを押さえる次郎。あまりにも年頃の少年らしい、そして初々しすぎる悩みに、俺は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
毒なんかじゃない、恋という名の、世界で一番甘くて厄介な病だ。 そして何より、俺にはその『友達の女の子』の心当たりが完全にあった。
「なるほどな。……なぁ次郎、その女の子ってさ。いつもHMPに次郎が来た時だけ現れる、あの原始人みたいな凄い格好をした、ピンクの髪色をした女の子のことか?」
「ひゃあ!? な、なんで分かるの二鳥兄ちゃん!?」
次郎はまるで、自分のノッキングを完璧に見切られた時以上に驚愕した顔をして、勢いよく跳び上がった。その分かりやすすぎる反応が、また可笑しくてたまらない。
「なんでって、そりゃあ俺はお前の兄貴だからな。弟のことは、いつだってよく見ているんだよ」
俺は帽子の端を人差し指で少し押し上げ、コートを軽く揺らしながら、自慢の弟へとはにかむように微笑み返した。
いつも一龍兄さんや俺たち兄弟子の助けもいらないくらい、グルメ界の猛獣をドンドンとノッキングしていく無敵の天才少年。
そんなあいつが、ピンクの髪をしたあの野生児みたいな女の子――後に『美食人間国宝』と呼ばれることになるあの節乃ちゃんの前でだけは、ただの照れ屋な男の子になってしまうのだ。
「二鳥兄ちゃん、俺、どうしちゃったんだろう……。その子と喋ってると、ノッキングする時みたいに指先がうまく動かなくなったり、顔が熱くなったりするんだ」
恥ずかしそうに俯き、自分の指先をモジモジと動かしている次郎を見つめていると、数年前の…カカさんの姿が不意に重なった。
昔、どんなに過酷な生活を送っていようが、今の俺には、カカさんという最愛の妻がいて、こうして自分のことを全面的に信頼して恋の相談をしてくれる可愛い弟がいる。
大工として、そして一人の男として、この手のひらにある温かい幸せのすべてを、これから先どんな大敵が動き出そうとも絶対に守り抜いてみせる――そう、腹の底にある『執念』が静かに、だけど熱く再燃するのを感じた。
「次郎。それは猛獣の毒なんかじゃない。お前が、その子のことを特別に想ってる証拠さ。……よし、じゃあカカさんとの新居へ行って、美味い飯でも食いながら、その『胸が苦しくなる病』の治し方を、兄ちゃん達がじっくり教えてやるよ」
「本当!? ありがとう、二鳥兄ちゃん!」
さっきまでの緊張が嘘のようにパッと表情を輝かせた二郎の手を引き、俺は最高の我が家へと、足取り軽く歩き出すのだった。
◆
我が家の境界線を越え、ドアを開けると、香ばしい極上の出汁の匂いが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、二鳥さん! ……おや、二郎さんも一緒ですか?」
相変わらず綺麗なロングのストレートヘアを揺らしながら出迎えてくれたカカさんは、俺の隣に立つ次郎を見て不思議そうにパチクリと目を丸くした。
「また二鳥さんの『食欲』を補完する私の手料理をお目当てに、エネルギー補給に来られたのですね。それは味仙人としても大歓迎なのですが、本日用意していた食材の分量から計算するに、次郎さんの凄まじい代謝量を満たすには少々追加の調理が――」
「あはは、違うんだよ、カカさん」
早くも長話の助走を始めようとしていたカカさんの言葉を、俺は苦笑しながら遮った。そして、俺のコートの裾を握ってモジモジしている次郎の頭にポンと手を置く。
「今日は飯を食べに来たんじゃなくてさ。……どうやら次郎が、病気になっちゃったらしいんだよ」
「えっ!? 病気、ですか……!?」
カカさんは驚愕して救急箱を取りに行こうとしたが、すぐに目の前の次郎をじっと凝視した。
どこからどう見ても、ドンドンノッキングできそうな健康体の塊だ。顔色も良く、細胞の活性状態も万全そのもの。カカさんは不思議そうに首を傾げた。
「あの、二鳥さん……。次郎さんのバイタルや細胞の波動を観察する限り、未知のウイルスや猛獣の毒素、あるいは精神汚染の兆候などは一切見受けられないのですが。一体どのような病気だというのですか?」
「ほら、あるだろ?」
俺はカカさんに向かってニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべてみせた。
「昔、カカさんが俺のせいでかかった、あの病気だよ」
「え……? 私が二鳥さんのせいでかかった病気……? そのような、ニトロの免疫系を突破するような特異な疾患のデータなど……あ」
そこまで言って、カカさんは自分の左手の薬指に輝くお揃いの指輪に視線を落とし、それから俺の顔を見て、一瞬で顔をカッと真っ赤に染め上げた。
そう、始めて出会ったあの日に、俺への愛しさと本能で胸をいっぱいにさせていた、あの愛おしい『病』のことだ。
「じ、二鳥さん、何を仰るのですか……っ! あれは『興奮を高めて子どもを産むための検証実験』であって、病気などでは――」
「違う違う、そっちじゃない…カカさん、まだ気づかない?」
俺がクスリと笑うと、カカさんはハッと息を呑み、未だに「二鳥兄ちゃん、カカねえちゃん、俺やっぱり悪い病気なの……?」と不安そうに胸を押さえている次郎へと視線を戻した。
「……なるほど、そういうことでしたか」
すべてを察したカカさんは、先ほどまでのパニックが嘘のように、何とも温かく、微笑ましいものを観るような優しい笑顔を浮かべた。ピンクの髪の女の子を想って胸をきゅーっとさせている少年の初々しさが、たまらなく愛おしかったのだろう。
「次郎さん。安心してください、それは全く恐ろしい病気ではありませんよ。むしろ、生物として非常に尊く、細胞が最も美しく活性化している証拠です。――さあ、中へ入りましょう。その『恋煩い』という素敵な病の処方箋について、二人でじっくりとお話ししましょうね」
カカさんに優しく迎え入れられ、次郎はホッとしたように表情を緩めた。
居間に移動し、テーブルの上にずらりと並べられたカカさんの特製スープや肉料理を囲みながら、俺たちは次郎を交えて腰を下ろした。
「わあ……! やっぱりカカさんのご飯、すごく美味しそう!」
さっきまでの不安そうな顔はどこへやら、二郎は少年らしい無邪気な笑顔を弾けさせ、嬉しそうにパクッと食らいついた。一龍兄さんや俺の手を借りずにグルメ界の猛獣をノッキングする怪物少年が、このテーブルの前ではただの可愛い弟に戻る。
「しっかり召し上がってくださいね、次郎さん。細胞の熱量を補完しつつ、心の動揺を穏やかに鎮めるハーブを配合してありますから。……さて、先ほどお話しした『恋煩い』という病についてですが」
カカさんは、自分の薬指に嵌められたお揃いの指輪を愛おしそうにひと撫でしてから、少し遠い目をして、いつもの流暢な長話を始めた。
「実はですね、偉そうに言っている私も、元々は『恋煩い』という精神疾患……いえ、情動のバグについて、その存在を全く知らなかったのです。当時、二鳥さんと出会い、彼の誠実な職人魂に触れて胸の奥がキュウと締め付けられるような、脈拍が異常な数値を叩き出すような感覚を覚えた時、私は次郎さんと全く同じように、強力な精神性の毒にでもやられたのだと思い込んでおりました」
「えっ! カカねえちゃんも、俺と同じだったの!?」
次郎が驚いて目を丸くする。俺はその横で、数年前の出来事を思い出して少し照れくさそうに苦笑いを浮かべた。
「ええ、まさに同じでした。しかしレッドニトロとしてのプライドがあった私は、自分が『恋煩い』などという人間の情動に侵されていると知らされても、それを激しく拒絶し、頑なに否定し続けたのです。……何しろ、お相手はあのブルーニトロの肉体を持つ二鳥さんです。私が、そんな不倶戴天の怨敵な御方に恋心を抱くはずがない、と細胞レベルで自分を騙し続けました。――その結果、どうなったと思いますか?」
カカさんは少し大袈裟にため息をつき、真面目な顔で次郎を見つめた。
「自己免疫と情動の拒絶反応が激突し、私は重度の自律神経失調状態に陥りました。一時は食事の摂取効率も最悪の数値を記録し、極度に衰弱して、危うく生死の境を彷徨うところまでいってしまったのです」
「ひゃあ……! 死にかけちゃうほど恐ろしい病気なの!?」
次郎が本気で怯えたように身を縮める。俺は慌てて「次郎、大丈夫だから。カカさん、話を盛りすぎ」とフォローを入れようとしたが、カカさんはフンスと胸を張り、より一層熱を込めて言葉を続けた。
「盛りすぎなどではありません、二鳥さん! 実証データは嘘をつきません! ……ですが次郎さん、そんな死線を彷徨っていた私を、完璧に救ってくれた御方がおられました。――そう、他でもない。私をその『恋煩い』という絶頂の病に侵した張本人であり、世界で一番誠実な私の夫である、二鳥さんです」
カカさんはそう言うと、隣に座る俺のコートの袖をぎゅっと握りしめ、顔を真っ赤に染めながらも、何とも妖艶で、愛おしさに満ちた微笑みを俺に向けてきた。
「二鳥さんは、衰弱した私の話を嫌な顔一つせずに最後まで聞いてくださいました。そして、私のこの不器用な恋心をすべて誠実に受け止め、このお揃いの指輪を私の指に嵌めてくださったのです。その瞬間、私の細胞はかつてないほどの爆発的な活性化を記録し、病そのものが世界で一番幸福な『免疫』へと変わりました」
熱弁を振るうカカさんの言葉を聞きながら、俺は恥ずかしさで帽子を深く被り直した。だけど、前世の孤独を埋めて余りあるほどの彼女の重い愛が、やっぱりたまらなく愛おしい。
「……だからね、次郎。自分の気持ちを否定して我慢しちゃ駄目なんだ。カカさんの言う通り、その子が愛おしいって気持ちをちゃんと誠実に受け入れるのが、一番の特効薬なんだよ」
俺が優しく諭すと、次郎は赤くなった顔のまま、お揃いの指輪を嵌めて寄り添い合う俺たちの姿をじっと見つめ、何かを深く納得したようにコクコクと力強く頷いた。
「うん……! 俺、自分の気持ちにノッキングしないで、その子に伝えてみる!!」
「ふふ、応援していますよ、二郎さん。明日の食事には、さらにその恋の成就率を数パーセント引き上げる特製の料理を用意いたしますからね!」
「ありがとう!カカねえちゃん!」
◆
元気百倍になってカカさんの特製スープを飲み干した次郎を見て、俺はふっと数年前の『大焦りしたあの夜』を思い出し、未来のノッキングマスターへ向けて、兄貴分としての極めて重要かつ実践的なアドバイスをさりげなく付け足すことにした。
「あ、そうだ次郎。これからその子と仲良くなっていったら……絶対に、付き合い始めた『記念日』だけは忘れるなよ? 女の子との記念日を忘れたら、本当に大変な目に遭うからな」
「えっ、そうなの?」
「ああ。一龍兄さんから聞いたんだけど、あのアカシア様だって昔、うっかりフローゼ様とのパートナー記念日を忘れた時、しばらく口をきいてくれなくなったらしいからな? だから、どれだけ忙しくてもそれだけは脳にノッキングして刻み込んでおけよ」
そう言って、俺は苦笑した。
――が、その瞬間、俺のすぐ隣からドス黒い……いや、恐ろしく甘くて重いオーラが立ち上る。
「……あら? 二鳥さん」
お揃いの指輪を光らせながら、黒いワンピースの袖を意図的に揺らしたカカさんが、なんとも艶やかで、それでいて有無を言わせない満面の笑みを浮かべてこちらを覗き込んできた。
「ご自身が1周年の記念日を完全に忘れていたにもかかわらず、まるで他人事のように次郎さんに指南されるとは……。さては二鳥さん、今夜は再び、私のあの濃厚な『お仕置き』がお望みである、という細胞からの逆シグナルと受け取ってもよろしいのですね?」
「あ、いや、カカさん、これはその――」
「次郎さん」
俺の弁明を流れるように遮り、カカさんはテーブルの上の食器を手際よく片付けながら、次郎へと極めて穏やかな、だけど拒絶を許さない笑顔を向けた。
「本日の恋煩いに関する実証データの収集およびカウンセリングは、これにて終了といたします。アドバイスは以上ですから、次郎さんはもう、アカシア様の家へお帰りになって大丈夫ですよ」
「えっ? あ、うん……!」
カカさんの背後に渦巻く、味仙人としての、そして一人の妻としての圧倒的な気迫を察したのか、次郎が珍しくゴクリと唾を飲み込んで小さく身を縮めた。
こ、これはマズい。このまま二人きりで寝室に連行されたら、明日のアカシア様の限界突破訓練に支障が出るレベルで身体中の細胞を貪り尽くされてしまう……!
俺はコートの裾を翻し、何でもない風を装って立ち上がった。
「あーそうだ! グルメ界は夜になると危ない猛獣も出るしさ。次郎、一人じゃ危ないから、俺がアカシア様の家まで着いていってやるよ。うん、それがいい。カカさん、ちょっと次郎を送り届けてくるから――」
さりげなさを全力で演出しながら、玄関へ向けて一歩を踏み出し、この窮地から脱出しようとした――その時。
「ううん! 二鳥兄ちゃん、俺、もう一人でグルメ界の猛獣をドンドンノッキングできるし、お兄ちゃんの助けがなくてもちゃんと家に帰れるよ! じゃあね、カカねえちゃん、ご飯ごちそうさま!」
「えっ、ちょ、次郎、待っ――」
空気を読まない、いや、空気を読みすぎたのか未来のノッキングマスターは、自慢の脚力を爆発させて、脱兎の如き勢いで玄関の引き戸を開けて走り去ってしまった。
バタン、と小気味良い音を立てて閉まる扉。 頼みの綱だった可愛い弟分は、一瞬にして俺を置いて行ってしまった。
「……あはは、次郎のやつ、本当にたくましく育ったなぁ……」
冷や汗を流しながら引き戸を見つめる俺の背後に、すうっ、と影が落ちる。
ガシッ!
強固な肉体であるはずの俺の肩が、逃がしませんよ、と言わんばかりの確かな力で、後ろからガッチリと掴まれた。振り返ると、カカさんが髪を妖しく揺らしながら、底知れない、かつ極上の愛に満ちた妖艶な笑みを浮かべていた。
「次郎さんも一人で帰れると言っていますし、邪魔者は誰もいなくなりましたね。……さあ、二鳥さん……『お仕置き』の時間です。今夜は朝が来ても、絶対に眠らせてあげませんからね?」
耳元で囁かれる熱い吐息と、掴まれた肩から細胞へと直撃する強烈な興奮。 前世の冷たい孤独をすべて上書きするようなカカさんの重すぎる愛に、俺はもう、完全に降参するしかなかった。
「……はい…喜んで……」
俺は覚悟を決めてカカさんの細い腰を引き寄せ、お揃いの指輪をはめた手をしっかりと繋ぎ直すと、世界で一番温かい我が家の寝室へと、諦めと極上の幸福の混ざった足取りで連行されていくのだった。
◆
翌日
新居を出て、アカシア様の研究所へとやってきた俺は、どうにも足取りが重かった。 カカさんのあの猛烈で熱烈な『お仕置き』により、ブルーニトロの頑強な肉体からエネルギーというエネルギーをすべてを根こそぎ吸い尽くされ、文字通り干からびた様子になっていた。
コートの袖から覗く青い皮膚も、いつもより心なしか瑞々しさを失っているように見える。 そんな抜け殻のようになった俺の姿を見るなり、ちゃぶ台の前で待っていたアカシア様が、ふっと目元を和ませて声を上げて笑った。
「おはよう、二鳥。……おや、その様子だと、また何か記念日でもうっかり忘れて、カカさんに手酷い『お仕置き』でも受けてきたのかい?」
すべてを見抜いている全知の美食神からの、楽しげなからかいの言葉。 俺はシルクハットの位置を少し直し、自嘲気味な苦笑いを浮かべながらも、職人としての、そして兄貴分としてのプライドを保つようにいつもの言葉遣いで答えた。
「あはは、人聞きが悪いですよ、アカシア様。俺は別に忘れたわけじゃありません。……次郎に女の子との記念日を忘れると将来どんな恐ろしい目に遭うのかっていうのを、身をもって教えてやっただけですよ。実証データは嘘をつきませんからね」
俺が少し遠い目をしながら言うと、そのすぐ横で、一龍兄さんと共に次の訓練の準備をしていた次郎が、ゴクリと唾を飲み込んだ。
次郎は、目の前で干からびている兄弟子の姿を、これまでにないほど真剣かつ怯えたような目で見つめている。天才少年ですら、この「お仕置き」の凄まじさには恐怖を覚えたらしい。
「二鳥兄ちゃん、大丈夫……? カカねえちゃんのお仕置きって、兄ちゃんの身体でもそんなに干からびちゃうくらい強力なんだね……。俺、絶対に記念日だけは忘れないって、今、心に強く誓ったよ……!」
自分の小さな胸に手を当てて、神妙な顔で誓いを立てる次郎。 そのあどけなくも真剣な姿に、俺とアカシア様、そして事情を知っている一龍兄さんまでが同時に吹き出した。
これで未来のノッキングマスターが記念日を忘れて節乃ちゃんを怒らせる悲劇は、数十年先まで未然に防がれたに違いない。
次回からは次郎と節乃の甘い時間になります。とはいえ、二鳥レベルではありません。
※作者がゲームにハマったので更新ペースを落とします。
皆さんはどっちだと思います?二鳥は…
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攻め?
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受け?