賑やかで、どこまでも温かかった夕食の時間が終わり、全員がお腹いっぱいに満たされた頃。テーブルの上を片付けようとすると、次郎がすっと立ち上がり、少し照れくさそうに頭を掻きながら節乃ちゃんの方を見た。
「あのさ、二鳥兄ちゃん、カカねえちゃん。もうすっかり暗くなっちゃったし……夜は危ないから、俺、節っちゃんを家まで送ってくるよ」
少年から青年へと成長しつつある次郎の、男の子らしい誠実な申し出。隣に立つ節乃ちゃんは、顔をポッと赤くして嬉しそうにハニカミを浮かべている。
「うん、それがいい。次郎」
俺は一人の既婚者として、そして兄貴分としての最大の熱を込めて、優しく微笑みかけた。
「大切な
「――っ、うん! 分かってるよ、二鳥兄ちゃん!」
俺の言葉に、次郎は一瞬だけ力強く胸を張り、真っ直ぐに俺を見つめ返した。すると、俺のすぐ隣で食器を重ねていたカカさんが髪をふわりと揺らし、自分の左手の薬指に輝くお揃いの指輪を俺に見せつけるようにして、何とも妖艶で、かつ強気な満面の笑みを浮かべてきた。
「それでは二鳥さん、次郎さんたちが立派なエスコートに出発されるのですから、私たちは私たちの大切な日常を進めましょう。……まずは、二鳥さんはこちらの空いたお皿洗いを手伝ってください。そして、その作業がすべて完璧に終了いたしましたら――」
カカさんはわざと俺の耳元へとすり寄り、熱い吐息と共に、最後の最後まで一切の容赦のないストレートな逆惚気を紡ぎ出した。
「――寝室へと移動し、未知の領域における『検証実験』のデータを、朝までたっぷり、限界を迎えるほど濃密に貪り尽くす時間といたしましょうね……!」
「うっ……! カ、カカさん、本当に愛を隠さないね……」
玄関先で靴を履きながらそのやり取りをバッチリ目撃してしまった次郎と節乃ちゃんは、同時に顔をこれ以上ないほど真っ赤にして、「うわぁ……本当に隠さないんだなぁ」と呆れ返ったような、だけどどこか羨ましそうな笑顔を浮かべながら、俺たちの新居のドアを開けた。
「じゃ、じゃあね、二鳥兄ちゃん、カカねえちゃん! お邪魔しました!」
「カカおねえちゃん、また今度、料理教えてね! バイバイ!!」
パタン、と小気味良い音を立てて引き戸が閉まり、二人の仲睦まじい気配がゆっくりと夜のグルメ界の闇の中へと遠ざかっていく。
◆
夜道を節乃ちゃんと並んで歩きながら、次郎は、先ほど二鳥が授けた「大切な恋人を、しっかり守るんだぞ」という、あの重みのある言葉を静かに胸の中で反芻していた。
二鳥兄ちゃんは、最愛の妻であるカカさんを守るためだけにあの地獄のような限界突破訓練を耐え抜いてみせたのだ。
(俺だって……節っちゃんのために、絶対に強くなる。あいつの作ってくれる『好きの詰まった料理』を、この先どんな猛獣が来ても笑顔で食べられるように……!)
次郎の瞳の奥に、かつて狼王ギネスの巣にいた頃のような本物の野生の光と、一人の男としての強固な覚醒がギラリと宿る。
次郎は心の中で、明日からのアカシア様の修行を、絶対に、一秒たりとも手を抜かないことを強く、深く胸に誓うのだった。
◆
一方、二鳥の家のリビング。 パチパチと薪が爆ぜる温かい暖炉の光の中で、二鳥はカカと並んで、新居の台所に立ってお皿を洗っていた。
「カカさん。お皿洗い、終わったよ」
「ふふ、お疲れ様でした、二鳥さん」
カカさんは嬉しそうに俺の胸へと飛び込み、俺の首元を優しく抱きしめてきた。
「それでは……未知の領域の、膨大な反復実験の続きをはじめましょうか?」
「うん。いくらでも付き合うよ、カカさん」
俺は愛しい妻を優しく抱き上げ、世界で一番温かい我が家の寝室へと、一歩を踏み出した。 お揃いの指輪が、静かな夜の闇の中で、どこまでも永遠を証明するように、無敵の輝きを放ち続けているのだった。
寝室の扉がパタンと閉まり、世界で一番温かい光が背後へと遠ざかっていく。何年経とうとも変わらぬ愛がそこには満ち溢れていた。
◆
夜の
その時、前方の草陰が不気味に揺れ、獰猛な夜行性の猛獣が、鋭い牙を剥いて突如として二人の前に飛び出してきた。普通の人間なら腰を抜かすような圧倒的な殺気。 だが、次郎の動きには、一ミリの焦りも迷いもなかった。
「――節っちゃん、危ないっ!」
次郎は叫ぶと同時に、節乃を愛おしそうに自身の背後へと完璧に庇い、地を蹴った。
昼間、二鳥との激闘で完全に取り戻した、あの『野生の勘』、それが次郎の指先を月明かりの中で一瞬だけ目にも留まらぬ速さで閃く。
――バチンッ!
一撃。正確無比に放たれたノッキングは、猛獣の運動神経を完璧に捕らえ、その巨躯を一切の抵抗も許さずにドスンと、その場へカチコチに無力化して横たわらせた。息一つ乱れていない、完璧な立ち振る舞いだった。
「ふぅ……よし、もう大丈夫だ、節っちゃん」
次郎はふっと昔の少年の頃の笑みに戻り、振り返って節乃の様子を気遣った。
次郎の背中を見つめていた節乃は、その胸の奥が、ぎゅっと熱く締め付けられるのを感じていた。
いつだってこの男の子は、自分のことを第一に考えて、命がけで守ってくれる。さっきだって、二鳥さんから「大切な恋人をしっかり守るんだぞ」と言われた時、真っ直ぐに、力強く頷いてくれていた。
次郎が自分のために、死ぬ気で、格好よく成長しようとしてくれている。その一途な愛の深さを五感で受け止めた節乃は、その小さな拳をぎゅっと握り締め、茜色の夕暮れからずっと胸に秘めていた、ある絶対の決意を口にした。
「……ねぇ、次郎ちゃん」
「ん? どうしたの、節っちゃん?」
「あたしね、さっき次郎ちゃんがあたしの作った小鉢の料理を食べて、一番美味しい!って言ってくれたの、本当に、本当に嬉しかったんだよ。……それに、あの花畑で枯れない花の指輪をくれたときも、いつか本物の指輪をあたしにくれるって言ってくれたときも、すっごく嬉しかった」
節乃は一歩、次郎へと歩み寄り、髪を揺らしながら、その純粋で熱烈な瞳を真っ直ぐに次郎へと向けた。
「今だって、あたしを第一に考えて、こうやって猛獣から守ってくれたでしょう? だから……次郎ちゃんが、あたしのために一生懸命に強くなろうとしてくれているように、あたしも次郎ちゃんのために……次郎ちゃんの【コンビ】になるために、世界一の料理人になる努力をする!」
それは、後に世界中にその名を轟かせることになる『伝説のコンビ』が、歴史の闇の中で、初めてお互いの魂に生涯を共にする誓いだった。
「せ、節っちゃん……っ!」
節乃の真っ直ぐで愛に満ちた逆告白のような宣言に、次郎は瞬時に顔をボッとこれ以上ないほど真っ赤に染め上げ、嬉しさと気恥ずかしさで頭をガシガシと掻きむしった。
「う、うん……! ありがとう、節っちゃん! 俺、節っちゃんのコンビに相応しい、世界一の男に絶対になるから……! だから、明日からの修行、一龍兄ちゃんやアカシア様にも絶対に負けないくらい、死ぬ気で頑張るよ!」
「ふふ、約束だよ、次郎ちゃん!」
夕闇のグルメ界の道を、二人は再びしっかりと手を繋ぎ直して歩き出す。次郎の薬指には何もはめられていないけれど、節乃の薬指に輝く、あの『絶対に枯れない花の指輪』が、未来への無敵の輝きを放ちながら、二人の歩む道をどこまでも温かく照らし出していた。
◆
あの最高に賑やかで温かい夜から、後日のこと。 いつものように修行の場へと向かった俺と一龍兄さんは、研究所の敷地に入った瞬間、思わず同時に足を止めた。
そこには、なんといつもなら俺たちが声をかけるまで起きてこなかったり、文句を垂れていたはずの次郎が、誰に言われるでもなく一人で黙々と猛烈な筋トレに励んでいる姿があった。
大気をも揺らすほどの重い建材のような岩を背負い、汗を流しながら己の肉体を極限まで追い込んでいる。俺たちが近づいてきたことすら、全く耳に入らないほど限界まで集中しきっているその真剣な横顔と、引き締まった逞しい背中は――もう反抗期の子供なんかじゃない、誰が見ても間違いなく一人前の、立派な『漢』の佇まいをしていた。
「おい、見ろよ二鳥……。あいつ、本当に別人のようじゃねえか……っ」
一龍兄さんが、感極まったように声を震わせ、大きな手のひらで涙を拭うように目元を覆った。長男として、弟の不器用な反抗期に心を痛めていただけに、その感激はひとしおなのだろう。
「うん……。本当に、すごいな、次郎は」
俺も一龍兄さん同様に、心の底から弟の立派な成長を喜んでいた。 大切な『家族』に俺がカカさんを守るための執念を込めた大工の技術が、あいつに本物の野生を思い出させたあの地獄の指導が、節乃ちゃんという最愛の恋人の存在と完璧に噛み合い、これ以上ない最高の経験となってあいつを突き動かしている。
「ふぅ……っ! ――あ、一龍兄ちゃん、二鳥兄ちゃん!」
ようやく俺たちの気配に気づいた次郎は、背負っていた大岩をドゴォンと地面に下ろし、軽く息を整えてから、こちらを振り返った。
茹でタコみたいに真っ赤になって暴れていた昨日までとは違い、その表情には、一本の頑強な大黒柱のような揺るぎない覚悟と、本当に晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
「おはよう。…ちょうど良かった」
次郎はまず、俺の前へと真っ直ぐに歩み寄ってくると、少し照れくさそうに、だけど誠実な瞳で俺を見つめた。
「二鳥兄ちゃん。昨日、俺の野生を本気で叩き直してくれて、本当にありがとう。兄ちゃんが俺の力を誰よりも信じて、正面から来てくれたから……俺、自分の本当の気持ちに気づけたよ」
「はは……。どういたしまして。お前が立派になってくれて、兄ちゃんも嬉しいよ」
俺がいつもの「二鳥兄ちゃん」に戻って優しく微笑むと、次郎は次に、一龍兄さんの前へと進み出て、深く、誠実にあたまを下げた。
「それから、一龍兄ちゃん。……ごめんなさい。俺の反抗期のせいで、一龍兄ちゃんが今まで俺に注いでくれたたくさんの優しさを、ずっと踏みにじるような真似をして……本当に悪かったと思ってる」
「――次郎……っ! お前、お前なぁ……っ!!」
その真っ直ぐな謝罪の言葉に、一龍兄さんの涙腺は完全に崩壊した。「よく言った、バカ野郎ーっ!」と叫びながら、次郎の大きくなった身体を壊れんばかりの力でガシッと抱きしめ、盛大に男泣きを始めている。
そんな二人の熱い抱擁を見て、俺も胸の奥がじんわりと温かい幸福感で満たされていくのを感じていた。
「ふふふ。どうやら、本当に素晴らしい『牙』を取り戻したようだね」
ふと見上げると、研究所のテラスから、アカシア様がいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべて、俺たちの様子を温かく見つめていた。一人の師として、そして親代わりとして、弟子たちが不器用ながらも固い絆を結び直し、真の覚醒を遂げた姿が、何よりも嬉しかったのだろう。
――だが、そのアカシア様の背後の暗がりに、さらにもう一つの小さな人影があることに、俺たち三人は同時に気がついた。
俺が視線を凝らし、一龍兄さんと次郎がハッと目を見張る。テラスの光の中に、ひょっこりと姿を現したのは、見間違えるはずもない、あのピンクの髪色の女の子だった。
「せ、節っちゃん……っ!? なんでここにいるんだよ!?」
次郎が驚愕のあまり、先ほどまでの立派な漢の顔から一転、声を裏返らせて跳び上がった。そんな次郎の様子を見下ろしながら、アカシア様はクスクスと楽しそうに笑い、ことの顛末を穏やかに話し始めた。
「いやね、次郎。節乃さんがいれば、例え君が反抗期でなくても、日々の修行のやる気がさらに上がるだろうと思ってね。私が直々に彼女の家まで迎えに行ったんだよ。……だが、まさか節乃さん本人から、直々に『私にも修行をつけてほしい』と頼まれてしまうとは、私としても予想外だったな」
「えっ……節っちゃんが、修行を……?」
呆然とする次郎。アカシア様はシルクハットを被った俺たちの姿を優しく見つめながら、その時の節乃ちゃんの様子を思い出すように、少し真面目な声音になる。
「グルメ界は過酷だ。ただの料理人を目指す少女には危なすぎるから、最初は止めた方がいいとは思ったのだがね……。あの、絶対に引かない『強い覚悟の目』を見てしまっては、それを言うのは野暮というものだろう。――というわけで、今日から節乃は私の元で修行をすることになった。とはいえ、君たち三人の化け物と直接手合わせをさせる、なんて無茶なことはさせないがね」
アカシア様はそう言って、再び不敵に、だけど本当に嬉しそうに微笑んだ。
「次郎ちゃん……! あたしね、昨日約束したでしょ? 次郎ちゃんの【コンビ】に相応しい、世界一の料理人になる努力をするって。だから、ここで待ってるだけじゃなくて、あたしも自分の足で、次郎ちゃんの隣に立てるくらい強くなるって決めたんだ!」
テラスの上から、原始人さながらの衣装を揺らしながら、真っ直ぐに想いをぶつけてくる節乃ちゃん。
「節っちゃん……っ」
次郎は完全に言葉を失い、彼女のその強い覚悟が、自分の想像を遥かに超えて深いものだったということを改めて思い知らされていた。
大好きな女の子が、自分のためにそこまでの覚悟を決めて、このグルメ界の地獄に飛び込んできてくれたのだ。一人の男として、これ以上に魂を震わせる薪、燃料があるだろうか。
次郎の瞳の奥から甘えが完全に消え去り、狼王ギネスの巣にいた頃のような本物の野生の眼光に、節乃ちゃんを生涯かけて守り抜くという強固な『男の覚悟』が、より深く、無敵の強度で宿っていく。
「……あはは。参ったな。これは俺たちも、うかうかしてられないね、一龍兄さん」
俺は横にいる一龍兄さんに笑顔を向けた。一龍兄さんも「おう、全くだ。弟のコンビ結成の瞬間ってのは、見てるこっちまで熱くなるなぁ!」と、涙の跡を拭いながら豪快に笑っている。
「正式なコンビ結成は免許皆伝をしてからだけどね」
◆
節乃ちゃんの覚悟を目の当たりにし、次郎の内に眠るモチベーションは完全に限界を突破していた。全身から凄まじい野生の闘気がパチパチと弾け飛び、「一龍兄ちゃん! 俺と手合わせしてくれ!!」と叫んでいた。
昨日まで半べそをかきそうになって俺の後ろに隠れていた男の子は、もうどこにもいなかった。
次郎はテラスにいる節乃ちゃんに自分の本当の強さを見せるため、そして彼女の覚悟に応えるため、自ら拳を固めて一龍兄さんへと正面から戦いを挑んだのだ。
「――ははっ! いいねぇ、次郎! 昨日よりもずっといい顔をしてやがるじゃねえか!!」
一龍兄さんはその弟の熱い変化を大歓迎するように、胸のすくような豪快な笑い声をグルメ界の空へと響かせた。
「お前がその気なら、兄ちゃんも全力で付き合ってやる! 覚悟しろ、次郎ッ!!」
一龍兄さんの背後から、世界の重力を根底から歪めるような底知れない覇気が吹き上がる。俺とアカシア様、そして節乃ちゃんが見守る中、二人は凄まじい爆発音と共に、お互いの拳を激突させて修行を開始したのだった。
――しかし、それから数分後のこと。
場所はグルメ界のさらに奥地。アカシア様と節乃ちゃんが安全に修行をしている場所から、戦闘の余波が届かないようにと遠く、遠く離れた荒涼とした岩場でのことだった。
「ゔえ゛ぇぇぇん!!! ひっ、ひぐっ……ゔわ゛あああああああんッ!!!」
静まり返った荒野に、なんとも情けない子どもの大泣きする声が響き渡っていた。そこには、一龍兄さんの圧倒的な、それこそ今の次郎では影すら踏めないほどの異次元の強さを前に、完膚なきまでにボロクソに叩きのめされ、地面にひっくり返って大粒の涙をボロボロと零している次郎の姿があった。
いくら野生の勘を取り戻して俺(三弟子最弱)に勝利したからといって、一龍兄さんの才能と進化スピードは完全にバケモノの領域だ。
格好いいところを見せたかったはずの節乃ちゃんから見えない位置まで連れてこられ、容赦のない愛の鉄拳を叩き込まれた結果、次郎のプライドは文字通り木っ端微塵に粉砕されてしまったのだ。
「あー、もう! 悪かった、悪かったって次郎! ほら、俺の負けだから泣きやめよ、な?」
その横では、あまりにも全力でボコボコにしすぎて弟を本気で泣かせてしまった一龍兄さんが、ガシガシと頭を掻きながら大焦りで次郎を宥めていた。
「おい一龍兄さん、手加減って言葉を知らないのかよ……」
俺は完全に呆れ返った顔で二人の元へと歩み寄った。
「しょうがねえだろ、次郎があまりにもいい気迫で突っ込んでくるもんだから、ついつい嬉しくなっちまってさぁ……」
ばつが悪そうに言い訳をする一龍兄さんの前で、次郎は「ゔわ゛あん! 一龍兄ちゃんの分からず屋ー! 鬼ー!」と泣きじゃくっている。
未来のノッキングマスターと、未来の世界最強の男、グルメ界を揺るがす規格外の強さを持つ男兄弟二人が、戦闘に巻き込まれた猛獣の死骸の真ん中で繰り広げているこのあまりにもおマヌケで温かいやり取りが、俺にとってはたまらなく愛おしかった。
俺は泣きじゃくる次郎の頭を優しく撫で、お兄ちゃんとしての穏やかな笑顔を浮かべるのだった。
「ほら次郎、泣きやめって。一龍兄さんの負けってことで、今日の飯は一龍兄さんの奢りだからさ、みんなで帰ろうぜ」
「…!う、うん……っ。一龍兄ちゃんを、破産させてやるんだからな……っ!」
「えっ…?!ちょ待てよ二鳥!それはねぇだろ!」
「これで泣きやんでくれるなら御の字だろ?」
「そら…そうだが…わかったよ!奢ればいいんだろ、奢れば!」
一龍兄さんから盛大にお代わりを奢ってもらう約束を取り付け、ようやく次郎がズビズビと鼻を鳴らしながら涙を拭った、その時だった。 ふぅ、と一安心した俺の横で、一龍兄さんがギロリと、なんとも楽しげでギラついた視線をこちらに向けてきた。
「……泣き止んだ次郎を見てたらよぉ、なんだか俺のグルメ細胞も、もっと滾ってきたぜ。なぁ、二鳥?」
「え……?」
嫌な予感がして、俺は一歩後退りする。だが、一龍兄さんは満面の笑顔を浮かべ、拳をパキパキと鳴らしながら、逃げ道を塞ぐようにじりじりと距離を詰めてきた。
「弟があんなにボロクソに泣くほど頑張って俺に向かってきたんだ。……お兄ちゃんである二鳥が、ここで『最弱だからお留守番』なんて、そんな寂しいこと言わねえよなぁ? 勿論……やるよな?」
「あはは……。拒否権、なさそうだな…一龍兄さん」
俺は降参するように苦笑いを浮かべつつも、ブルーニトロとしての細胞のをグッと引き締め、職人としての冷徹なスイッチをパチリと入れた。
過度に力を求める必要はないと納得したばかりだけど、世界最強の男になるこの長男からの本気の誘いだ。衰えないためのキープを兼ねて、俺はシルクハットを近くの大岩へ丁寧に置くと、拳を固めて一龍兄さんへと突っ込んでいった。
――そして、数分後のこと。
「…………」
グルメ界の奥地の荒野に、なんともシュールな光景が広がっていた。 そこには、一龍兄さんのあまりにも次元の違う、理不尽なまでの圧倒的な強さを前に完膚なきまでにボロクソにへし折られ、地面に頭から真っ直ぐ突き刺さって上半身が完全に埋められている俺の姿があった。
まるでどこかのM字ハゲの野菜人がパイナップル頭の乳製品と戦ったかのようだ。
コートの裾だけが、冷たいグルメ界の風に虚しくパタパタと揺れている。大工の精密な解体技術も、限界突破したブルーニトロのスペックも、一龍兄さんの領域の前にはただの端数に過ぎなかった。
さすがに次郎のようにみっともなく泣き喚くことはしなかったが、俺は地面に埋まったまま、怒りと羞恥心で声を限界まで張り上げて、足元に立つ長男へと叫びをぶつけた。
「兄さんのバカ野郎ーーーッ!! 自分だけカカさんみたいな可愛い恋人がいないからって、当てつけで弟たちに厳しすぎるぞ長男ーーーッ!!」
「そうだそうだ! 一龍兄ちゃん、絶対に嫉妬だ! 寂しいからって俺たちを八つ当たりでボコボコにするなーーーっ!!」
隣で大岩に腰掛けていた次郎も、ここぞとばかりに大喜びで便乗し、俺と一緒に一龍兄さんに向かって「そうだそうだ!」と怒号のコールを上げ始めた。
「ぶふっ……!? お、お前らなぁ、兄ちゃんの純粋な修行への情熱をなんだと思ってやがる!!」
まさかの『恋人がいない嫉妬』という理不尽すぎるイチャモンを兄弟揃って大合唱され、一龍兄さんは顔を真っ赤にして大焦りで頭を抱えた。
戦場では世界をひっくり返すほどの怪物たち。そんな俺たちが、再び巻き込まれて増えた猛獣の死骸が転がる荒野の真ん中で、地面に埋まりながらこんなにもおマヌケで、温かいやり取りを繰り広げている。
「一龍兄さん、早く抜いてくれよ! 体に土がついてカカさんに『どこで泥遊びしてきたのですか?』ってお説教されちゃうだろ!」
「ははは! 悪い悪い、今抜いてやるよ、二鳥!」
笑いながら俺の足を引っ張る一龍兄さんと、それを見て大爆笑している次郎。俺たちは賑やかな笑い声を夕暮れのグルメ界へと響かせながら、アカシア様と節乃ちゃんが待つ場所へと3人仲良く歩き出すのだった。
一龍はぶっちぎりで強くなければ…
皆さんはどっちだと思います?二鳥は…
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攻め?
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受け?