転生ニトロは幸せを手放したくない   作:元洋菓子職人II

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原作と違ってフローゼではなく二鳥に拾われたせいで三虎に変化が…あとついでに数年早く拾われたお陰で三虎がショタ化します。


三虎と三弟子

 がむしゃらに料理を貪り食い、初めて腹いっぱいになって落ち着いた様子の三虎を、俺はテーブルの横から見つめていた。

 

 その頬には、さっきまで本人が無自覚のまま流していた涙の跡が白く残っている。泥にまみれ、ただ生きるためだけに獣として足掻いてきたこの小さな子どもが、俺たちの新居の温もりの中でようやく『人間』としての息吹を取り戻したのだ。

 

 俺は傍らに置いていた帽子を手に取り、コートの裾を整えながら、彼に向かって静かに語りかけた。

 

 「……腹が落ち着いたなら、これから、とある場所にお前を連れて行くよ」

 「……どこに、行くんだ……?」

 

 三虎の小さな声が、部屋の空気に消え入りそうに響く。 その細められた瞳の奥を覗き込んだ瞬間、俺は一人の兄貴分としての直感で、彼の本心をすぐに察し、胸がぎゅっと締め付けられた。

 

 その瞳は、はっきりと語っていた。――『ここから離れたくない』、と。 初めて自分を温めてくれ、初めて無償で美味しい飯を分けてくれたこの家から、またあの冷たくて真っ暗闇の荒野へと追い出されるのではないかという、強い恐怖が透けて見えていた。

 

 俺は三虎に安心を伝えるように、はにかむような優しい微笑みを浮かべた。

 

 「お前が……もう二度と、空腹にならない場所さ」

 「――っ」

 

 俺の言葉を聞いた三虎は、一瞬だけ、本当に少しだけ安堵したように小さな肩の力を抜いた。だけど、これまでの過酷な人生で刻まれた警戒心がそう簡単になくなるはずもない。

 

 すぐに、また何かを怯えるような、深い不安を抱えた表情に逆戻りしてしまう。

 

 「大丈夫だよ…」

 

 俺は目線を合わせるように優しく諭し、その小さな頭をもう一度、大きな手掌でそっと撫でてやった。

 

「俺の言った言葉に嘘はないからね。……カカさん、ちょっと出かけてくるよ」

 

 俺が立ち上がると、カカさんが歩み寄ってきた。彼女は俺の胸元にすっと飛び込んでくると、当然のような顔で、俺の唇へと『行ってらっしゃい』の甘いキスを重ねてきた。

 

 「はい、二鳥さん。……それでは、彼の細胞の自律神経がこれ以上動揺を起こさぬよう、その誠実な情愛のエネルギーホールドして差し上げてくださいね。お帰りの時間から逆算して、最高の夜のメニューを計算してお待ちしておりますから」

 

「あはは、分かったよ、カカさん。帰る時間を楽しみに待っているよ」

 

 最後の最後まで熱烈な惚気を交わし、三虎はその様子を、再び顔を少し赤くしながらも、どこか不思議そうにじっと見つめていた。

 

 「さあ少年、乗りなよ。俺の背中は、グルメ界のどんな建材よりも頑強で温かいぞ」

 

 俺は三虎の前に背中を向け、ひょいと彼を背負い上げた。驚くほど軽くて細い身体だ。強靭な肉体と、アカシア様の限界突破訓練で完成させたとはいえ、いくらなんでも軽すぎる…俺はしっかりと三虎の小さな体温を包み込んだ。

 

 引き戸を開け、家を後にする。 目指す先は、アカシア様達の待つ家だ。 

 

「……寒くないかい。しっかり掴まってなよ」

 

 俺はコートを風に翻し、圧倒的なスピードで力強く駆け抜けていった。

 

 ◆

 

 三虎を背負ったままグルメ界の荒野を全速力で駆け抜け、俺はアカシア様の家へと辿り着いた。 木造の頑強なドアの前に立ち、トン、トンと小気味よくノックの音を響かせる。

 

 すると中から小走りする足音が聞こえ、すぐに引き戸が勢いよく開いた。

 

 「おう、二鳥か! おはよう。どうやら今日の修行に出る前に滑り込めたみたいだな」

 

 出迎えてくれたのは、一龍兄さんだった。 俺がいつもの時間ではなく、こんな朝早くにアカシア様の家を訪ねてくるのは本当に珍しいからな。一龍兄さんは「珍しいな」と笑いながら俺を歓迎してくれたが、すぐに俺の肩越しにあるもう一人の気配に気がつき、その目を丸くした。

 

 「……ん? おい二鳥、お前のその背中にいる子どもは一体誰だ?」

 

 一龍兄さんからの真っ直ぐな問いかけに俺はいつも通りに平然と答えた。

 

 「ああ ――町外れで拾ってきたんだよ、一龍兄さん」

 「ひ、拾ってきたぁっ!?」

 

 一龍兄さんは、まるでグルメ界の超巨大猛獣が目の前に現れた時以上に驚愕の声を上げ、顎が外れそうな顔で俺と背中の三虎を交互に見つめた。

 

 そんな一龍兄さんの大声が家の中に響き渡ったからか、奥の部屋の扉が静かに開き、二人の人物が廊下へと姿を現した。

 

 「おや、朝から随分と賑やかだね。どうしたんだい、一龍、二鳥」

 「あらあら、まあ……」

 

 穏やかな微笑みを浮かべるアカシア様と、圧倒的な母性と慈愛のオーラを纏ったフローゼ様。 二人が歩み寄ってくると、すぐに俺の背中で縮こまっている三虎の存在に気がついた。

 

 三虎の、両目の上下に三本ずつ縦に走った特徴的な傷跡。そして、極度の飢餓を乗り越え、いま必死に周囲を警戒しているその痛々しくも鋭い眼光。 アカシア様とフローゼ様は、背中の三虎とじっと目を合わせた。

 

 偉大なる師たちの視線を受け止めながら、俺は背中の三虎がこれ以上不安にならないよう、その小さな身体をさらに優しく、しっかりと抱え直した。

 

 アカシア様達が出てきてから少し経ち、奥の部屋からさらに足音が近づいてきた。

 

「ふわぁ……朝からなんだよ一龍兄ちゃん、うるさいなぁ……」

 

 目をこすりながら、まだ完全に寝ぼけ眼の状態で出てきたのは次郎だった。つい数年前に反抗期を脱し、節乃ちゃんのために死ぬ気で牙を研ぎ澄ますと誓ったばかりの可愛い弟分。

 

 あいつは頭をガシガシと掻きながら廊下を歩いていたが、玄関先に立つ俺の姿を見つけた瞬間、その瞳を「カッ!」と一瞬で限界まで見開いた。

 

 「――お! 二鳥兄ちゃん!! おはよう! 朝から兄ちゃんに会えるなんて嬉しいぜ!」

 

 さっきまでの寝ぼけっぷりが嘘のように一瞬で目を覚ますと、次郎は無邪気な笑顔を弾けさせて俺の元へと駆け寄ってきた。昔から頼れる兄貴分として可愛がってきた甲斐があるというものだ。

 

 だが、次郎は俺の肩越しから、じっとこちらを警戒している小さな気配――三虎の存在にすぐ気がついた。

 

 「……ん? 二鳥兄ちゃん、その背中に背負ってるガキは誰なんだ?」

 「ああ――町外れで拾ってきたんだよ、次郎」

 「拾ってきたぁっ!? 犬や猫じゃねえんだぞ、二鳥兄ちゃん!!」

 

 次郎からも完璧なキレのあるツッコミが飛んできて、玄関先は一瞬にして大賑やかな男兄弟のコント会場と化した。

 

 一龍兄さんはまだ「拾ってきたって、お前なぁ……」と頭を抱えているし、次郎は「どこに落ちてたんだよ!」と身を乗り出している。

 

 そんな俺たちの騒がしくも温かいやり取りを、奥から現れたアカシア様とフローゼ様は、本当に愛おしいものを見るような眼差しで見守っていた。やがてアカシア様は、肩を優しく揺らしながら笑い声を漏らす。

 

 「ふふふ、やれやれ……相変わらず賑やかな兄弟だね。二鳥、立ち話もあれだから、まずはその子を背負ったまま部屋に入りなさい」

 「ええ、ありがとうございます、アカシア様」

 

 俺はシルクハットの端を少し指で直し、おんぶしている三虎を落とさないようしっかりと支えて部屋の中へと一歩を踏み出した。

 

 背中の三虎は、一龍兄さんや二郎の騒がしさに最初はビクついていたものの、俺の背中の温もりと、この家に満ちる「誰も自分を害そうとしていない」という圧倒的な安心感に、どこか呆然と毒気を抜かれたような顔をしている。

 

 居間のテーブル席に着き、俺は三虎を背中からそっと椅子へと下ろした。 急に見知らぬ立派な部屋に置かれた三虎は、生まれて初めて経験するあまりの環境の変化に、身体を小さく縮こまらせながら不安そうに視線をキョロキョロと彷徨わせている。

 

 そんな少年の様子を優しく見守っていたアカシア様だったが、やがて美食神としての鋭い光を宿し、俺に向かって単刀直入に尋ねてきた。

 

 「二鳥、君がこの朝早くにこの子を連れてきたのは……ただ行き倒れていたから、というだけじゃないね? ――この子が、非常に強力なグルメ細胞の『因子』を持っているから……だろう?」

 「……ええ。その通りです、アカシア様」

 

 俺は真っ直ぐに肯定した。原作の知識があるからではない。今の俺の研ぎ澄まされたブルーニトロの五感は、三虎の内に眠る『飢餓の悪魔』の凄まじい出力を正確に捉えていたのだ。

 

 「俺の力では、この子の持つ細胞の本当のポテンシャルを引き出してやることはできません。……だからアカシア様。この子を、あなたの元で預かって、育てていただけないでしょうか」

 

 俺がそう言って、師へと深く頭を下げたその時だった。

 

 「――っ、嫌だ……!!!」

 

 それまで黙って縮こまっていた三虎が、突然悲鳴のような鋭い声を上げて、椅子から飛び降りてきた。そして、俺の腰回りを、小さな両手で千切れんばかりの凄まじい力でぎゅっとしがみついてきたのだ。

 

 「やめろ……! 俺を、別の奴に渡すな……っ! どこにも行かない……俺は、お前のところにいる……っ、離れるのは嫌だ……!!」

 

 三虎は、初めて自分を温めて、無償で美味しい飯を分けてくれた俺という居場所(存在)を、失うのが怖くて堪らないのだ。

 

 そのあまりにも必死で、寂しさに震える『執念』を受け止め、俺の胸は熱い愛おしさでいっぱいになった。

 

 「大丈夫だよ。誰も、お前をどこかへ追い出したりなんかしないからさ」

 

 俺はその場に優しくしゃがみ込み、しがみついてくる三虎の身体をそっと抱き上げると、自分の膝の上に乗せて、その小さな背中を包み込むようにギュッと抱き寄せた。

 

 「ここにいる人たちはみんな、俺の大切な師匠と、大好きな兄弟たちなんだ。お前がもう二度と、空腹で泣くことのないようにしてくれる、世界で一番温かい人たちだからさ……。だから、安心していいんだよ」

 

 俺の胸の中で、トクトクと激しく打っていた三虎の鼓動が、俺の温もりに触れて、少しずつ穏やかに落ち着いていく。

 

 「……ふふん、なるほどなぁ」

 

 その様子を特等席で見ていた一龍兄さんが、腕を組んだまま、なんともニヤニヤとした意地悪そうな笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。

 

 「おい二鳥、拾ってきたって言ってた割には、随分と最初から懐かれたじゃねえか。お前、いつの間にそんなに子供の扱いが上手くなったんだよ?」

 「本当だな! 怒って威嚇してるくせに、二鳥兄ちゃんから絶対に離れようとしないなんて、これじゃあまるで、拾われてきたばかりの猫だな!」

 

 次郎も先ほどまでのコントのようなノリのまま、大爆笑しながら三虎のことを楽しそうに指差している。男兄弟たちのそのいつもの騒がしいやり取りに、三虎は俺の胸に顔を埋めたまま、再び赤くなって硬直していた。

 

 俺の胸に必死にしがみつき、どこにも行かないと震えていた三虎の身体から――

 

――グ〜〜〜……ッ!!!

 

 と、居間全体に響き渡るほど、とてつもなく大きな腹の虫の音が鳴り響いた。あまりの凄まじい音量に、部屋の空気が一瞬だけピタリと静まり返る。

 

 数秒の沈黙の後、俺と一龍兄さん、そして次郎は同時にこらえきれずにドッと笑い出し、アカシア様も肩を優しく揺らして穏やかな微笑みを浮かべた。

 

 「あはは! さっき俺の家でカカさんの極上スープや手料理をたらふく食ったばかりなのに、もうそんなに腹を空かせたか。この食いしん坊め!」

 

 俺が頭をガシガシと撫で回すと、一龍兄さんも豪快に笑いながら三虎に視線を向けた。

 

「いいじゃねえか! 腹を空かせているやつがいるなら……とびっきりの飯を食わないとな! 遠慮すんじゃねえぞ、小僧!」

 「そうそう! 飯を食わなきゃ力は出ねえからな! ほら、二鳥兄ちゃんの膝の上ばっかりにいないで、早く美味いもん食おうぜ!」

 

 次郎も先ほどまでの頼もしい漢の顔から一転、無邪気に賛同してテーブルの上をパタパタと整え始める。

 

 「ふふ、お腹を空かせた可愛い子がいるわね?」

 

 その時、廊下の奥からフローゼ様が微笑みながら現れた。その両手には、湯気をもうもうと立てる、できたてで最高の香りを放つ特製の料理が大皿に美しく盛られて握られていた。

 

 五臓六腑が歓喜の悲鳴を上げるような、劇的な『美味しい』匂い。 三虎はその匂いに弾かれたように顔を料理へと向け、次に、それを運んできたフローゼ様の顔をじっと見つめた。

 

 三虎は自分を抱きしめて温めてくれた、あの家の怪物たちとフローゼの表情を見て、そこに宿る光が、あの二人と全く同じ【深い慈愛】に満ち溢れていることを、本能レベルで完璧に理解した。

 

 ここには、自分をゴミのように扱う下等な人間は一人もいない。殺意の代わりに、温かい飯と、これ以上ない無償の愛を差し出してくれる。

 

 三虎の瞳から張り詰めていたトゲのような警戒心がゆっくりと溶け出し、彼はここで、初めてこの家の人々へと一度、真っ直ぐに心を開いてくれたのだった。

 

 三虎は俺の膝からそっと降り、改めて大人しく椅子の席へと座り直した。目の前には、フローゼ様が運んできてくれた湯気立つ極上の料理がずらりと並んでいる。たらふく食ったはずなのに極度の飢餓状態にある三虎の口元からは、ジュルリ…と涎が垂れていた。

 

 すぐにでも獣のように食らいつきたいはずなのに、彼はその場から動くことなく、じっと姿勢を正して全員が揃うのを待っていた。

 

 その光景を見て、一龍兄さんが本当に深く感心したように目を細め、大きな声を上げた。

 

 「おいおい見ろよ! みんなが席に座るまでちゃんと待てるなんて、なんて偉い子じゃないか! 昔の飯を出す前から野生剥き出しでがっついてた次郎とは大違いだぞ!」

 「え!? なんで今、俺が突然けなされてんのさ、一龍兄ちゃん!?」

 

 とばっちりを受けた次郎が、顔を真っ赤にして本気で困惑の声を上げる。その分かりやすすぎる凸凹兄弟のやり取りに、食卓にはドッと温かい笑いが広がった。

 

 「はは、偉いぞ〜!」

 

 俺は頭を撫でながら誇らしげに微笑んだ。 

 

「さっき俺の家にいたときにな、カカさんと一緒に『食べる時はみんな一緒に』って教えておいたんだ。一度教えただけで完璧にできるなんて、本当に賢いよ」

 

 俺の言葉を聞き、最後に大きな大皿を置いて席に着いたフローゼ様も、その慈愛に満ちた瞳を細めて優しく三虎を見つめた。

 

 「あらあら、まあ……! 本当に、なんてお行儀のいい子かしら」

 

 全員がテーブルの周りに着席し、準備が完璧に整う。 一龍兄さん、次郎、俺、そしてアカシア様とフローゼ様が胸の前で大きな両手をそっと合わせ、声を綺麗に揃えた。

 

 「「「「「いただきます」」」」」

 

 すると、三虎も仕草をなぞるように、小さな両手をきゅっと合わせて、掠れた声をはっきりと響かせた。

 

 「……いた、だきます……」

 「まぁ……! 本当に、本当にいい子ねぇ……っ!!」

 

 三虎のその不器用で、だけど何よりも誠実な感謝の仕草に、フローゼ様は感激のあまり胸を熱くして、涙ぐむような笑顔で三虎を大絶賛した。

 

 その横でアカシア様もまた、三虎の中に眠るグルメ細胞の恐ろしいポテンシャルを感じ取りつつも、一人の温かい父親のような微笑みを、本当に穏やかに浮かべていた。

 

 三虎が「いただきます」の後に、まるでこれまでの飢えを取り戻すかのようにガツガツと猛烈な勢いで料理を食べていく。その凄まじい食いっぷりを、俺たちは微笑ましく見守っていた。

 

 すると、肉をごくりと飲み込んだ次郎が、ふと真面目な顔をして俺を振り返る。

 

 「なあ、二鳥兄ちゃん。……拾ってきたってことは、こいつも、俺たちと同じなのか?」

 

 親もおらず、孤独に世界を彷徨っていたみなしご。その次郎の問いかけに、俺は頭を少しだけ軽く傾け、深く、優しく頷いて肯定した。

 

「ああ。俺たちと同じだよ、次郎」

 

 俺がそう言って、隣で必死に口を動かしている三虎に目を向ける。その視線に気付いた三虎が、頬にソースをつけたまま、不思議そうに俺の顔を見上げてきた。

 

 俺は彼に向けて兄弟たちの紹介?を開始した。

 

「…あっちのテーブルの端に座ってるのが、恋人の居ない一龍兄さんだ」

 「ゴフッ…!おいっ!!! もっと他の紹介の仕方があるだろ、二鳥!!! なんで独り身の寂しい部分を強調されなきゃいけねえんだよ!」

 

 一龍兄さんが立ち上がって盛大にツッコミを入れてくるが、俺はそれをスルーして、隣の弟へと指を向けた。

 

 「で、そっちのリーゼントで半裸の変態が次郎。数年前、好きな女の子に告白して茹でタコみたいになってたやつな」

 「ちょっと二鳥兄ちゃん!! 半裸は家の中だけだし、昔の告白のことは今ここで言わなくていいだろ! 節っちゃんが来たらどうすんだよ!」

 

 次郎からも間髪入れずに鋭いツッコミが飛んでくる。相変わらず息の合った男兄弟の賑やかなコントに、見守るアカシア様とフローゼ様は楽しそうにクスクスと笑っていた。

 

 一通り騒がしい兄弟たちの紹介を終えると、俺は胸元にそっと手を当て、三虎に向かって真っ直ぐに微笑んだ。

 

 「そして、俺が二鳥だ。これからよろしくな」

 「……ニトリ……」

 

 三虎は俺の名前を、その幼い喉で確かめるように小さく呟いた。一龍兄さんや次郎がどれだけツッコミを入れていようとも、この家の中には、自分を害そうとする悪意なんてただの一ミリも存在しない。

 

 殺意の代わりに、温かい飯と、これ以上ない賑やかで優しい愛を差し出してくれる。三虎はその様子をじっと見つめながら、先ほど俺たちの新居で一度開いた心を、さらに深く、この家族たちの元へと開いていくのだった。

 

 三虎がふと箸を止め、不思議そうに俺の顔を見上げてきた。

 

 「……なぁ。あの家にいた、あの赤い鳥は誰なんだ……?」

 

 昨夜、死の淵にいた自分へ最初に温かいスープを飲ませてくれた、あの黒いワンピースの女性。その質問に、俺は胸元に手を当て、お揃いの指輪をきらりと光らせながら、これ以上ないほど堂々と、はっきりと胸を張って答えた。

 

 「ああ、彼女か。彼女は俺の奥さんのカカさんだ。俺が世界で一番愛している、最高の女性さ!」

 「せ、世界一愛してるって……ッ!」

 「そして世界一早く同棲を始めて結婚までしたバカップルだ!」

 

 俺のあまりにも一切の迷いのないストレートな大惚気に、三虎はまたしても顔をボッと真っ赤にして硬直した。一龍兄さんがなんか言ったが、もう受け入れた事実なので否定はしない。

 

 そんな俺たちの様子を微笑ましく見守っていたアカシア様が、やがて優しく目を細めて口を開いた。

 

「ふふふ。一龍たちと同じように、今日からここで一緒に暮らすことになるのなら、やはり彼にも『名前』が必要だね」

 

 アカシア様のその有難いお言葉を聞いた瞬間、次郎が我が意を得たりとばかりにパッと身を乗り出し、得意げに胸を張った。

 

 「よし! 俺の弟になるんだから、名前は『三郎』だな!」「嫌だ」

 

 次郎の提案が終わるか終わらないかの瞬間、三虎はものすごく素早く、かつ明確に嫌悪感を露わにしてぴしゃりと否定した。そのあまりのスピード感に、一龍兄さんが腹を抱えて大爆笑する。

 

 「ギャハハハハ! そら嫌だろうな!次郎、 お前みたいな半裸リーゼントの弟にされて、しかも三郎なんて安直な名前にされちゃ、小僧もたまんねえよな!」

 「な、なんだよ一龍兄ちゃん! 三郎のどこが不満なんだよ!」

 

 次郎が本気でショックを受けたようにガックリと肩を落とす中、アカシア様は穏やかな笑顔のまま、しかし迷うことなく確かな声音でこう告げた。

 

「では、彼の名前は『虎』にしよう」

 「え? 虎、ですか?」

 

 一龍兄さんが頭を少し軽く傾けて尋ねると、アカシア様は深く頷き、兄弟のこれまでの歩みを振り返るように優しい眼差しを俺たちへと向けた。

 

 「そう。この子は4人目の弟子とはいえ、二鳥と二狼は同時に私の元へやってきたから、同じ『二』の文字を分け合って使った。だから、数字の順番としてはそれに続けて――彼の名は『三虎』だ」

 「……ミドラ……」

 

 三虎は、自分の幼い喉で、新しく貰ったその大切な『名前』を噛み締めるように静かに呟いた。

 

 生まれた瞬間から何も持たず、ただゴミのように荒野に打ち捨てられていた飢えた獣。そんな彼に、今、世界で一番温かい【名前】と、それを呼んでくれる【家族】という無敵の土台が完璧に与えられたのだ。

 

 三虎の瞳の奥から張り詰めていた警戒心が今度こそ完全に溶け出し、彼は自分の新しい名前をくれたアカシア様、そして俺たち兄弟たちを、本当に嬉しそうに見つめ返すのだった。

 

 アカシア様から『三虎』という立派な名前を貰い、その響きを嬉しそうに何度も反芻している食卓の中。 急に我に返った次郎が、大皿の肉を口に放り込みながら目を丸くして叫んだ。

 

 「虎だって!? アカシア様、こんな、拾われてきたばかりでウチの二鳥兄ちゃんにべったり甘えてる『にゃんこ』みたいなガキに、虎なんて強そうな名前を付けるんですか!?」

 

 その「にゃんこ」という言葉に、三虎の眉間がピキッと跳ねた。 せっかく心を開きかけていた三虎だったが、飢えた獣の本能が次郎の無神経な煽りによって一瞬で再点火する。

 

 「……表へ出ろ、リーゼント」

 「あぁ? やってやろうじゃねえか、小僧!」

 

 二人は立ち上がると、お互いにバチバチと火花を散らしながら、一瞬で家の外へと喧嘩をしに飛び出していった。廊下の奥では、フローゼ様が「あらあら、もう元気になったのねぇ」と微笑ましく見送っている。

 

 「やれやれ……。次郎のやつ、ついこないだ反抗期を脱したばかりだってのに、今度は新しい弟相手に兄貴ぶろうとして空回ってやがるな」

 「本当にね。一龍兄さん、俺たちも見届けに行こうか」

 

 俺はコートの裾を整えながら一龍兄さんと共に外へ出た。 外の荒野では、すでに二人の喧嘩が始まっていた。 

 

……が、やはり体格差とこれまでの修行の蓄積は大きい。三虎がむしゃらに突っかかっていくものの、次郎の超スピードにいなされ、子供の遊び相手のようにひらひらとかわされてしまっている。

 

 「ほらほら、どうしたにゃんこ! 虎の名前が泣いてるぞー!」

 「くそっ……! チョロチョロと……!」

 

 次郎に完全に遊ばれ、悔しさと腹立ちで今にも泣き出しそうな顔をしながら暴れている三虎。その姿を見て、俺の中の「お兄ちゃん」としての本能が疼いた。

 

 俺は隣に立つ一龍兄さんの袖をツンツンと引っ張り、耳元へ口を寄せた。

 

 「ねぇ、一龍兄さん。ちょっと協力してよ。あそこ、次郎が調子に乗って三虎が可哀想だから……ゴニョゴニョ……」

 

 小声で企みを伝えると、一龍兄さんはみるみるうちにニヤニヤとした悪〜い笑みを浮かべ、力強く親指を立ててみせた。

 

 「おう、任せとけ二鳥。たまにはあいつにも、兄弟の恐ろしさを叩き込んでやらねえとな!」

 

 一龍兄さんは一歩前に踏み出すと、グルメ界の大気をも震わせるような凄まじい大声で、わざと声を荒げて叫んだ。

  

 「――おい、次郎ォッ!!!」

 「ひゃあッ!?」

 

 突然の長男からの怒号に、次郎は文字通り心臓が止まったかのような顔をして、ビクッとその場で完全に動きを止めてしまった。そしてそこから一龍兄さんの説教が始まる。

 

 俺はすかさず、三虎に向けて、自分の右足を後ろへ引き、前へと『蹴り上げる』ジェスチャーを全力で伝えた。

 

 (三虎、今だ! 股下を俺の動きを真似して思いっきり蹴り上げろ!)

 

 俺の意図を瞬時に理解した三虎は、それまでの怒り狂っていた顔から一転、ニヤリと、本当に楽しそうな、そして底意地の悪い最高の笑顔を浮かべた。

 

 そして、完全に向こうを向いて油断しきっているっ郎の股下に向かって――。

 

    キーーーーン!!!!!

 

 小さな、だけどグルメ細胞の怒りが詰まった渾身の『金的』が、寸分の狂いもなく次郎の最も脆い急所へと直撃した。

 

 「――、……あ、っ……ぐ、ふぅううううっ……!!」

 

 次郎の口から、この世の終わりを告げるような、文字通り声にならない悲鳴が漏れ出た。あいつは白目を剥き、リーゼントを激しく揺らしながら、まるでノッキングされたかのようにその場にゆっくりと崩れ落ち、股間を押さえて荒野の地面を悶絶しながら這いつくばった。

 

 「ギャハハハハハ!!! 見ろ二鳥、次郎のやつ完璧に入りやがったぞ!!」

 「あはは! ナイスキックだ、三虎! あそこは生物の最大の弱点だからな!」

 

 俺と一龍兄さんは荒野のど真ん中で大爆笑しながら、見事な一撃を決めてフンスと鼻を鳴らしている三虎の頭を代わる代わるぐしゃぐしゃに撫で回した。

 

 「ほら次郎、いつまでそこで三虎にノッキングされてるんだよ。早く中に入って、残りの飯、食べようぜ!」

 「う、動ける、わけ……ねぇだろ、二鳥兄ちゃんの……バカ野郎ぉおおおっ……!!」

 

 涙目で這いつくばる次郎を、俺と一龍兄さん、そして三虎は3人仲良く笑いながら見つめ、世界で一番温かい我が家の食卓へと、賑やかに連行していくのだった。




三虎が次郎に勝つにはこれしかなかろう…!

皆さんはどっちだと思います?二鳥は…

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