「ほら全員無駄話はそこまでだ。二鳥の細胞がカカさんの愛で綺麗にリフレッシュされたところで、今日からまた、三虎を交えた新しい限界突破の修行を始めるぞ。ついて来られるかい?」
アカシア様が不敵な笑みを浮かべ、真剣な眼差しを俺たちに向ける。
「――ええ、もちろん。望むところです、アカシア様!」
俺は気持ちを引き締め、干からびていた細胞にグッと力を込めた。
アカシア様は不敵な笑みを浮かべ、俺たち四兄弟を真っ直ぐに見据えながら、本日の限界突破の修行についての驚くべき方針を宣言した。
「よし、それじゃあ今日からさっそく修行を始めるとしようか。……だが、今回の訓練はグルメ界ではなく、『人間界』で行うことにするよ」
「えぇっ!? 人間界ですか、アカシア様!?」
その言葉に次郎が、驚いて身を乗り出した。グルメ界の獰猛な猛獣を相手にドンドンとノッキングを決めてきた次郎からすれば、拍子抜けするのも無理はない。
「先生、今更人間界の猛獣を相手にしたって、俺たちのレベルじゃ大した修行になりませんよ? 歯応えがなさすぎますって!」
「はは、焦るんじゃないよ、次郎」
アカシア様は二郎の不満げな言葉を穏やかな微笑みで受け流し、俺の陰でじっと耳を傾けている小さな三虎へと視線を向けた。
「今回は、まだ戦い慣れていない三虎の肉体と経験を考慮しての判断さ。そう、今回の修行のメインは……『三虎のサポート』なんだよ」
「三虎の、サポート……?」
一龍兄さんが腕を組みながら、その言葉の真意を測るように呟く。アカシア様は深く頷き、俺たち兄弟子たちの顔を順番に見つめながら、一人の偉大な師としての深遠な教えを諭すように語り始めた。
「三虎に、戦場というものをどれだけ経験させ、そのグルメ細胞を安全に開花させていくか。……君たち兄弟子が彼を助けすぎては三虎自身の経験にならないし、かと言って、助けなさすぎて彼を危険な目に遭わせてもいけない――絶妙な間合いを保ちながら、自分たちが積み上げてきた技術を、後続の弟へと正しく相続させていく。これは君たちがいつか誰かの『師匠』になるための試練であり、見方を変えれば次郎たちの方がメインの修行と言っても過言ではないかもしれないね」
「――っ、なるほどな……!」
一龍兄さんが、ハッと目を見張って深く納得したように拳を叩いた。 自分が得た力を、大切な家族や、これから生まれてくる次世代へと誠実に繋いでいくための『技術の継承』
その言葉を聞いた瞬間、俺の腹の底にある大工としての感性もまた、パチリと噛み合った。そうだ。大工の世界だって同じだ。どれだけ一人の棟梁の腕が良くたって、それを次の世代の職人たちへと正しく引き継ぎ、強固な大黒柱の建て方を相続させなければ、どんなに素晴らしい家だっていつかは崩壊してしまう。
「技術の継承、か……。面白いですね、アカシア様」
俺は帽子の位置を少し直し不敵に微笑んでみせた。
「力任せの破壊じゃなく、三虎の成長を完璧に支えるための精密な足場作り。……大工の俺にとっては、これ以上ないほど得意な分野ですよ」
「……二鳥の兄者……」
三虎は俺のロレンチコートの裾をぎゅっと握り締め、じっと俺を見上げていた。人間界へ恐怖はまだ完全には消えていないはずなのに、俺のそのブレない強固な背中と、昨日授けてもらった「自分から手を差し伸べる」という言葉を思い出し、三虎は覚悟を決めるように小さな唇をキッと結んだ。
「うん、兄ちゃんたち。俺、頑張る……。一龍の兄者も、次郎も……よろしく、お願いします……っ」
「おう、任せとけ三虎! 優しい一龍の兄ちゃんが、完璧にサポートしてやるからな!」
「ちぇ、しょうがねえなぁ。三虎に名前負けしないくらいの格好いいノッキング、特等席で見せてやるよ!」
「よし! それじゃあアカシア様、人間界の修行場へ向けて、さっそく出発しましょうか!」
俺たちは賑やかな笑い声と確かな闘志をグルメ界の空へと響かせながら、新しい家族の未来を紡ぐための『人間界・相続修行』へと、四兄弟仲良く力強く踏み出していくのだった。
◆
人間界へと入り、しばらく荒野や森を四兄弟で並んで移動していたときのことだ。 先頭を歩いていたアカシア様が、ふと足を止め、遥か遠方を見つめて、その穏やかな目元を細めた。
「おや、あそこにあるのは……『虹の実』だね。人間界では非常に希少な食材だ。せっかくだから、今日の修行の最初の課題は、あの虹の実の収穫にしようか」
「ほう、虹の実ですか! フローゼ様のお土産にも丁度いいですね!」
一龍兄さんが腕を組んで嬉しそうに声を弾ませる。 その言葉を聞いた瞬間、転生者である俺の脳内にある『原作の知識』がパッと蘇った。
(虹の実……! 確か、後に俺たちの義理の弟分になる『トリコ』のフルコースのデザートに入る、あの果実か。……そして何より、確か原作で虹の実に巣を作っていたのは『トロルコング』だったはずだ……)
俺はすぐに思考を巡らせる。トロルコングの正確な捕獲レベルまでは今すぐには思い出せないが、俺たち三弟子からすれば、蟻を踏み潰すよりも簡単な相手だ。
だけど、戦い慣れていない今の三虎の成長を促しながら、俺たち兄弟子が絶妙な足場を組んで戦わせるには、まさに丁度いい『手頃な弱さ』の猛獣であるはずだった。
「よし三虎、俺たち兄弟子が後ろで完璧にサポートやるからさ。あの実を守ってる猛獣を相手に、思いっきりお前の牙を試してみなよ」
「……うん、二鳥の兄者。俺、やってみる……っ」
三虎は俺の言葉に、繋いだ左手から伝わる温もりを噛み締めるようにコクコクと力強く頷いた。
――だが、俺たちがその虹の実へと静かに近づいた、その瞬間。 俺の研ぎ澄まされた五感と、一龍兄さんたちの卓越した索敵能力が『違和感』を一瞬で捉えた。
「――おっと? おい二鳥、なんか羽音が聞こえねえか?」
「うん……おかしいな…。これは、凄まじい密度の羽ばたきだ……っ!」
現れたのは、俺が想定していたトロルコングの巨体では断じてなかった。虹の実の周囲に巨大で不気味な巣を作り、凄まじい群れを成して大気を震わせていたのは――鋭い毒針を持つ巨大な蜂の身体に、妖しく極彩色に煌めく蝶の美しい翅を持つ『蜂蝶』だったのだ。
ブンブンと凶悪な羽音と、その美しい翅から撒き散らされる、吸っただけで神経を破綻させるような神経毒の鱗粉。それは明らかに今の三虎にとっては一歩間違えれば命を落としかねないほどに危険な、狂暴極まる昆虫獣類だった。
「 なんだあいつら、凶暴そうな蜂だぞ?」
次郎は呑気に近づく。
「……っ!」
しかし三虎は初めて見る狂暴な威圧感に身体を強張らせ、恐怖にその大きな瞳を激しく揺らした。
(トロルコングじゃない、蜂蝶だと!? だけど……!)
「慌てるな、三虎。蜂蝶の動きの構造は、俺が完璧に見切ってやる。兄さん、次郎! 最高のサポートで、三虎の初陣に最高の花道作ってやろうぜ!」
「おう、もちろんだ二鳥! 弟に怪我一つさせたら長男失格だからな!」
「ちぇ、しゃあねえな! 三虎に俺のカッコいいアシスト、バッチリ脳裏に刻ませてやるよ!」
ブンブンと大気を激しく震わせる無数の羽音を耳にしながら、俺はその群れを冷徹に凝視した。
原作の知識にはない猛獣。だが、今の俺の研ぎ澄まされたブルーニトロの五感と、大工としての精密な構造計算は、一瞬にしてその化け物の危険性のすべてを弾き出していた。
「一龍兄さん、次郎、油断するなよ……。あいつらは『蜂蝶』だ」
「蜂蝶? 蝶のように舞い、蜂のように刺すからそう名付けられたのか。見た目は綺麗だが、なかなかに狂暴そうだな」
一龍兄さんが腕を組みながら、群れの動きをじっと見据える。
「ああ。一匹一匹なら、今の俺たちの敵じゃない。だけど……あいつらは『群れ』で襲ってくるのが本当の特徴だ。全方位から一斉に包囲されたらそこいらの猛獣の群れよりも遥かに危険かもしれないよ。…まあ…それでも敵にはならないけど…。……そして、これだけの数がいるってことは」
俺は視線をさらに巨木の最奥、虹の実が実る枝の付け根へと向けた。
「蜂である以上近くに巨大な蜂の巣があり、そこには確実に群れを統べる『女王蜂』が潜んでいるはずだ」
さらに俺の五感は、あいつらが翅を羽ばたかせるたびに周囲へ撒き散らされている、あの妖しく極彩色に煌めく美しい鱗粉の成分の構造すら、ダイレクトに感知していた。
「それにあの翅…鱗粉……ただの飾りじゃない。吸い込んだり肌に触れたりすれば、一瞬で神経を破綻させる強烈な【麻痺毒】と、脳の認識を狂わせる【幻覚成分】が含まれている。戦うときは、あの粉の対処を怠ってはいけないよ」
俺が冷徹に分析をぶちまけると、俺の背後で拳を握り締めていた三虎が、その大きな瞳をギラリと輝かせて叫んだ。
「――なるほど、つまりあいつらの戦い方は、その麻痺と幻覚で獲物の動きを完璧に止めておいてから、巨大な顎で肉を噛みちぎるか、尻の鋭い針による猛毒で確実に息の根を止める……っていうことなんだな、二鳥の兄者!」
「……! ああ、その通りだよ、三虎。お前、構造の理解のセンスがあるな。完璧な正解だ!」
一度の解説で敵の戦術のすべてを本能レベルで理解してみせた三虎の天才ぶりに、俺は驚きつつも、本当に嬉しそうな、誇らしげな兄の笑みを浮かべた。
そんな弟子たちの息の合ったやり取りと、三虎の驚異的な覚醒っぷりを、後ろに立つ美食神アカシアは、じっくりと、本当に満足そうに静かな微笑みを浮かべて見守っていた。
『後続への技術の相続』、俺がただ力任せに敵を粉砕するのではなく、大工の技術で完璧な戦況の解説と分析をし、それを弟が正しく相続して牙を研ぐ。これこそが、アカシア様が求めていた真の修行そのものだった。
「さあ次郎! お兄ちゃん風を吹かせる大チャンスだぞ! 鱗粉の風の動きは、俺の大工技術で完璧に遮断して防波堤を作ってやる。一龍兄さんと一緒に、三虎が突っ込むための最高の足場を組んでやれ!」
「おう! 三虎に俺のカッコいいところみせてやるよ!」
次郎も少し照れくさそうに笑いながらリーゼントを揺らし、その指先をパキパキと鳴らした。
群れを成した蜂蝶が一斉に翅を震わせ、妖しく煌めく極彩色の鱗粉を全方位へと撒き散らしながら突っ込んできた。 だが、俺の職人としての目は、その毒の霧が流れる大気の構造をすでに完璧に読み解いていた。
「――そ〜れッ!!」
俺が体重を乗せて荒野の地面を力強く踏みつける。瞬間、ズゴゴゴゴッ!!! と凄まじい地鳴りが響き、踏み抜いた大地からまるで巨大な畳返しのように、綺麗な長方形を成した土の防壁が何枚もバキバキと跳ね上がった。そしてその防壁を蹴飛ばし、蜂蝶諸共鱗粉を消し飛ばす!
「よし、 行け次郎、兄さん!」
「おう! 三虎、兄ちゃんのカッコいいノッキングを特等席でよく見とけよーーーっ!!」
次郎がリーゼントを揺らして飛び出した。そして手に持っているノッキングライフル・ハードタイプの針が目にも留まらぬ速さで閃くたびに、残っている蜂蝶たちがバチン! バチン!と一切の抵抗もできずに空中でノッキングされ、カチコチになってドンドンと地面へ落ちていく。
「ははっ、俺も負けてられねえな! ほらよっ!」
一龍兄さんも豪快に笑いながら、卓越した戦闘技術で次々と蜂蝶の群れを叩き落としていく。二人の規格外の兄弟子による圧倒的な殲滅。そうして瞬く間に群れのほとんどが無力化され、俺たちは敢えて『たった一匹だけ』の蜂蝶を、三虎の目の前へと残した。
「――っ!」
初めて対面する昆虫獣類を前に、三虎の身体が緊張でピキッと強張る。俺は弟のすぐ隣に立ち、穏やかに、だけど確かな熱を込めて声をかけた。
「三虎、慌てるな。あいつの動きの構造を、その野生の勘でしっかりと考え、弱点を見極めるんだ。お前なら、絶対にできるよ」
「……うん、二鳥の兄者……っ!」
三虎の瞳の奥に飢えた獣の眼光と、一人の人間としての強固な理性がギラリと同時に甦った。三虎は深く考えた。あの美しい翅から撒き散らされる鱗粉を絶対に吸い込まないよう、その場でグッと息を止めて肺の機能を完全に遮断する!
キィィィンッ! と、残された一匹の蜂蝶が、鋭い顎を剥いて三虎の喉元へと一直線に突っ込んできた。
「そこだアアアアアッ!!」
三虎は野生の爆発的な踏み込みでその突撃を正面から迎え撃ち、迫る化け物の巨体をその小さな両手でガシッ!!! と力強く捕まえた。
凄まじい風圧と暴れる脚の衝撃が三虎を襲うが怯まない。そのままの勢いで、極彩色の美しい翅を力任せにバリバリと毟り取り、蜂蝶の飛行能力を完全に奪い去って地面へと叩きつけた。
「今だ、三虎! 胸と腹の継ぎ目を狙え!」
「うおおおおおおおッ!!!」
俺の指示が飛んだ刹那、三虎は全エネルギーをその小さな拳へと乗せ、飛べなくなってのたうち回る蜂蝶の弱点へと、その小さな拳を精一杯、何度も、何度も激しく殴りつけたのだ。
ドガァッ!!! という鈍い破壊音が響き渡り、三虎の放った渾身の打撃によって、蜂蝶は完全にその場に沈んで動かなくなった。
ハァ、ハァ、と、止めていた息を一気に吐き出しながら、自分の拳を見つめる三虎。 物陰で見守る次郎は「うわぁ、本当に一人で叩き伏せやがった……!」と驚愕し、一龍兄さんも「いいぞ三虎ぁ!」と盛大に拍手を送っている。
そして後ろに立つアカシア様もまた、俺たちが紡ぎ出した完璧なサポートと、三虎の最高の初陣の結末に、深く、満足そうに頷いていた。
俺は誇らしげな笑顔で三虎の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「最高に格好よかったぞ、三虎! さあ、この奥にある女王の巣をノッキングして、カカさんとフローゼ様への最高のお土産『虹の実』をみんなで収穫しようぜ!」
「……うん! ありがとう、二鳥の兄者……っ!!」
三虎は本当に嬉しそうに、世界で一番安心したような最高の笑顔を弾けさせた。
そして俺たちは一龍兄さんと二郎がカチコチにノッキングした蜂蝶の山を通り抜けて、ついに希少食材『虹の実』が実る巨木の核心へと足を踏み入れた。
七色に輝く果実に近づいてみると、俺はすぐに気がついた。虹の実のすぐ後ろ、陰に隠れるようにして、当初の想定よりも遥かに巨大で立派な『蜂蝶の巣』がドカンと鎮座していたのだ。
その見事な巣の構造と、そこから漂ってくる超高密度の芳醇な匂いを嗅いだ瞬間、俺の頭脳が、猛烈な勢いで極上の実証データを弾き出し始めた。…俺って知的キャラのつもりは無いんだけどよく分析してるよな…。カカさんの癖が移ったかな?
「――一龍兄さん、次郎、三虎。よく見てみなよ。あの立派な巣の中にはさ、さっき話した『女王蜂』の他に、高タンパクで極上の滋養強壮に富んだ蜂の子と、虹の実の糖度を極限まで濃縮した蜂蜜がたんまりと詰まっているはずだよ」
「ほう、蜂蜜か! そいつはフローゼ様やカカのお土産に最高じゃないか!」
一龍兄さんが腕を組んで嬉しそうに目を細める。
「それだけじゃないよ。これだけの規模だ。虹の実から溢れ出た果汁が蜂蝶の持つ特殊な体内酵素と長年混ざり合い、あの巣の中で自然と発酵を繰り返しているはずだ……そうなると、巣の最奥からは、人間界の技術じゃ簡単には作れない特殊な『天然の虹の実ハニーワイン』なんかも採れるかもしれないな!」
俺がそう告げた瞬間、隣にいた次郎の目がまるで満月のようにギラギラと輝き始めた。
「ハ、ハニーワインだって……っ!? 虹の実の果汁が発酵した酒……っ! 頼むよ二鳥兄ちゃん、それ絶対に美味いよ! 俺、それ絶対に飲みたい!!」
未来の呑兵衛ノッキングマスターの、酒に対する本能が一瞬で大爆発したらしい。俺はそんな次郎の様子に苦笑しながら、さらに言葉を続ける。
「おまけにさっき言った蜂の子はね、香ばしく煎って、そのハニーワインの最高のツマミとしてそのまま食べるのもいいだろうね」
「うおおおおおっ! ハニーワインに蜂の子のツマミ! 最高のフルコースじゃないか! 早く、早く収穫しようぜ二鳥兄ちゃん!!」
次郎はさらに、これ以上ないほどに目を限界まで輝かせ、未だに実はまだ気にしていた股間の痛みすら完全に忘れた様子で身を乗り出してきた。
一方で、一龍兄さんは「うーん、俺は酒が弱いからなぁ……。ハニーワインと言われても、あんまり惹かれねえな」と頭を掻きながら苦笑している。
未来の世界最強の男は、相変わらずお酒の耐性だけは下等なミジンコ以下らしい。
「あ、それと三虎」
俺は隣でハニーワインという言葉に首を傾げている小さな弟分へと視線を向けた。
「お前はまだ子どもだから、そのお酒はまだ早いからね? お前には、カカさんとフローゼ様がその蜂蜜を使って作ってくれる、最高に甘くて温かいおやつが待ってるからさ」
「……うん、兄者。俺、酒はいらない。カカやフローゼの、甘いおやつの方がいい……」
三虎は俺の言葉にコクコクと素直に頷いてくれた。本当に聞き分けのいい
「よし! 何はともあれだ」
俺は左手にグッと力を込めて拳を固めた。
「あの奇跡のハニーワインと蜂蜜の結合分子を損なわないためにも……虹の実の他に、あの『蜂蝶の巣』も、完全無傷のまま、丸ごと綺麗に我が家へと持ち帰りたいものだね。俺の一番得意な解体、運搬作業の見せ所だ」
「おう、そういうことなら俺達の出番だな、二鳥! 巣が自重で壊れねえように、完璧に受け止めてやるぜ!」
「…いや…」
巨木の枝の付け根に鎮座する巨大で見事な『蜂蝶の巣』。 俺はその形状を冷徹に、精密に観察した。
「一龍兄さん、次郎。あの巣の構造だけど、さすがはハチの仲間だな。完璧な『ハニカム構造』によって信じられない強度で組み上げられているよ。だから、大工の目で見ても、落下による衝撃で巣そのものが木っ端微塵に崩壊する心配は、まずしなくていいだろうね」
「ほう、そいつは助かるな! じゃあ問答無用で叩き落としちまっても――」
「いや、ダメだよ一龍兄さん」
俺はいつもの接しやすい言葉遣いのまま、大工としての最大の懸念点をピシッと人差し指を立てて指摘した。
「本当に問題なのは、落としたときに地面の砂や泥がついて、せっかくの最高級の蜂蜜やハニーワインが台無しになっちゃうことなんだよ。汚染だけは絶対に避けなきゃならない……だから収穫の手順としては、まずは中に潜んでいる邪魔な蜂蝶どもを、完全に外へと『追い出す』ところから始めようか」
「おびき寄せるって、一体どうやるんだよ二鳥兄ちゃん?」
次郎が指先をパキパキと鳴らしながら尋ねてくる。
「匂いを使うんだよ、次郎。丁度いいことに、この目の前にある『虹の実』を使えばいい」
原作知識を使えばすぐに解決する問題だ。
「虹の実は、たった一滴の果汁でプールを濃厚なジュースにするほどの甘みを持つ。更にこのままの状態でも匂いを嗅げば理性を忘れて反射的に飛びかからずには居られないほどの凄まじい糖度の匂いを放つんだ。だから、ほんの少しだけ虹の実に傷をつければ……ほら、出てきたぞ!!」
――ブゥゥゥゥゥンッ!!!!!
俺が大工の指先で虹の実の皮を僅かに突いた刹那、巨木が揺れるほどの芳醇な甘い香りがまるで風船を割ったかのように周囲に爆発的に広がり、それと同時に、巨大な巣の穴から怒り狂った蜂蝶の二次先遣隊、および巨躯を誇る近衛兵どもが、黒い雲のような群れを成して一斉に這い出してきた。
「一龍兄さん、次郎! 三虎のサポートを頼む!!群れの意識がこの虹の実の匂いに引っ張られている今が完璧な陣形の組み所だ! 」
「おう! 待ってました、二鳥! 三虎に怪我一つさせずに、極上の蜂の巣を無傷で手に入れてみせるぜ!」
一龍兄さんが豪快に笑いながら、引力を制御する卓越した覇気を解放する。
「うおおおおおっ! 蜂の子のツマミと酒のために俺の完璧なノッキング、あの群れにドンドン刻み込んでやるよーーーっ!!」
二郎も酒の執念でモチベーションを限界突破させ、弾かれたように跳び出した。
「……うん! 兄者たち、俺も、息を止めて弱点を狙う……っ!」
俺の背後で小さな拳を構えた三虎の瞳にも「家族のために戦う」誠実な光が、ギラリと熱く灯っていた。
そして虹の実の香りに誘われ、怒り狂って這い出してきた蜂蝶の近衛兵どもが空を埋め尽くした。
「うおおおおおっ! ハニーワインを寄越せぇ!!」
次郎が酒への凄まじい執念を爆発させ、弾丸のように空中を跳び回る。その指先が閃くたびに、近衛兵どもが次々とノッキングされて空からボトボトと落ちていく。
「ははっ、次郎の勢いが凄まじいな! ほらよっ!」
一龍兄さんも豪快に笑いながら、卓越した力で群れを翻弄し、一網打尽に狩り取っていく。二人は前線で率先して敵を叩き落としながらも、アカシア様から与えられた『サポート』を完璧に実践していた。
必死に息を止めて目の前の一匹と戦っている三虎の背後から、別の蜂蝶が鋭い針を剥いて襲いかかろうとしたその刹那、一龍兄さんの拳が、あるいは次郎の目にも留まらぬ突きが、三虎に気づかせることすらなくさりげなくそれを撃破し、弟を完璧に守り続けていたのだ。
(よし……! 前線は一龍兄さんたちに任せて、俺は大工の本領発揮だ!)
俺はスピードを全開にし、巨木の下の地面へと滑り込む。ハニカム構造の巣がどれだけ頑丈でも、落とした時に地面の砂や泥がついて蜂蜜が汚れてしまっては職人失格だ。
俺は周囲の巨大な葉や柔軟な蔓を一瞬で編み上げ、地面の上にふかふかとした完璧な『クッション』の防護マットを隙間なく敷き詰めた。
「汚染対策は完了だ! 一龍兄さん、二郎、巣を落とすぞ!!」
見上げれば、一龍兄さんたちの猛攻によって、空中を埋め尽くしていた蜂蝶の大半がすでに撃破し終えたところだった。 俺は枝へと跳び上がると巣を支えている付け根の蔓だけを寸分の狂いもなくスパッと切り落とした。
ズゥゥゥンッ……!!!
当初の想定よりも遥かに立派で巨大な蜂蝶の巣が、俺の作ったクッションの上へと、砂をただの一粒もつけることなく、完全無傷のまま完璧に収まった。大成功だ!
――だが、せっかくの極上食材を傷一つなく確保し、誰もが安堵の息を吐きかけた、まさにその瞬間だった。
キィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
大気そのものが悲鳴を上げるような、これまでとは完全に次元の違う、鼓膜を激しく突き刺す不気味な高周波の羽音が蜂の巣最奥から轟いた。
「――気をつけろ、 本物の『支配者』のお出ましだ!」
俺が叫ぶと同時に、虹の実のすぐ後ろから、巨大な影がゆっくりと姿を現した。それは、この群れを統べる正真正銘の主――『女王蜂蝶』だった。
その体長は、まだ幼い三虎の身長とほとんど同じほどに巨大だった。極彩色に妖しく煌めく蝶の巨大な翅を激しく羽ばたかせ、蜂の肉体には、あらゆる建材を一噛みで粉砕するであろう巨大で鋭い顎が、ギチギチと凶悪な音を立てて蠢いている。
尻の先には、鈍い黒光りを放つ、刺さっただけで細胞を根本から腐らせるような猛毒の針…あまりにも残虐で、あまりにも凶悪な捕食者の佇まい。
「……っ」
その圧倒的な女王の威圧感の正面に立たされた三虎の身体が、恐怖と緊張でピキッと硬直する。
「慌てるな、三虎! 女王の動きは、俺たちお前の『兄貴たち』が一ミリの狂いもなく完璧に見切ってやるからな!!」
一龍兄さんと次郎がいつでも飛び出せるよう、その肉体に神経を張り巡らせた。
だが、その二人を制するように、三虎は小さな拳を強く握り締め、荒野の空へと響き渡るような鋭い声を張り上げた。
「――待ってくれ! 手を出さないでほしい、兄者たち!!」
「……ん? 三虎、お前……」
一龍兄さんが驚いて足を止める。
「どうすればいいか、どう戦えばいいかだけを、二鳥の兄者が教えてくれれば……俺一人でも、こいつを絶対に狩れる!!」
それは、ただの子供の無謀なワガママでは断じてなかった。それは…三虎の中に眠る本物の『飢えた獣の本能』そのもの…それが、格好いい兄者たちの背中を追いかけ、自分も早く一人前の男としてその隣に立ちたいという、強固な想いとなって激しく燃え上がっていたのだ。
俺は三虎のその真っ直ぐで熱烈な覚悟の瞳を、正面からしっかりと見つめ返した。
「――いいよ、三虎。お前の一途な覚悟、俺が完璧に支えてあげるよ」
「おいおい二鳥、本当にいいのかよ!?」
次郎が焦ってリーゼントを揺らすが、俺は不敵にニヤリと笑ってみせた。
「ああ。一龍兄さん、二郎、手出しは無用だ。俺はあの子の兄貴として、口の『指示』だけを完璧に飛ばすことにするよ」
そう告げると、背後で見守るアカシア様も俺のその「弟の覚悟を尊重し、言葉だけでサポート」という行動に、深く、満足そうに頷いていた。
「よし三虎、指示を出すぞ! 耳の穴かっぽじって聞き逃すなよ!」
俺は女王蜂蝶の肉体のすべての『弱点』を一瞬で見切った。
「女王蜂蝶のあの巨大な顎の噛み合わせは、右側にほんの僅かな『歪み』がある! 突っ込んでくるときは、必ずお前の左側へと大きく回り込んで、その顎の死角を突くんだ!」
「……っ、分かった、二鳥の兄者!!」
キィィィィンッ!!! と大気を切り裂く高周波の羽音と共に、女王蜂蝶が鋭い猛毒の針とおののく大顎を剥いて、三虎の小さな身体を一噛みで粉砕せんと一直線に突っ込んできた。 凄まじい風圧と凶悪な殺気。
「…まだ待て…まだだ…」
「………っ……!」
三虎の瞳には、もう恐怖なんてただの一ミリも存在していなかった。三虎は二鳥の指示通り、頭で冷徹にその軌道の構造を計算しつつ、同時に失くしかけていた野生の本能を爆発的に解放し…
「今だ、三虎! 」
迫る化け物の顎の死角へと、弾かれたように完璧に滑り込んだ!
「うおおおおおおおおおッ!!!!!」
俺の最大の叱咤のナビゲートが響いた刹那、三虎は息を止めて肺の機能を完全に遮断したまま、内に眠る飢餓の悪魔の全エネルギーをその小さな右拳へと乗せた。
そして、死角を突かれて完全に無防備になった女王蜂蝶の顎の継ぎ目へと――その小さな拳を、精一杯、大気をも爆砕するほどの凄まじい威力で叩き込んだ。
ドガァァァァァンッ!!!!!
凄まじい打撃の衝撃音が人間界の森一帯に轟き、三虎の放った渾身の『野生の一撃』によって、あの巨大な女王蜂蝶の外骨格がバキバキと音を立てて砕け散り、荒野の地面を転がって完全にその場で沈んで動かなくなった。
ハァ、ハァ、と、止めていた息を一気に吐き出しながら、勝利の余韻の中で自分の拳を見つめる三虎。一龍兄さんと次郎は「うわぁ…本当に口頭の指示だけで一人で叩き伏せやがった……!」と驚愕のあまり大はしゃぎで拍手を送っていた。
「…立派だったぞ、三虎。お前、本当に最高の弟だよ」
俺は三虎のすぐ隣に歩み寄り、本当に嬉しそうな誇らしげな兄の笑みを浮かべてその頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。隙あらば撫で回してる気がするな…
「……うん! ありがとう、二鳥の兄者……っ!! 兄者の指示、完璧だった……っ!」
三虎は本当に嬉しそうに、世界で一番安心したような最高の笑顔を弾けさせた。
激闘の砂煙がゆっくりと収まっていく荒野の中、静かに戦況を見守っていた美食神アカシア様が、穏やかな足取りで俺たちの元へと歩み寄ってきた。
その瞳には、弟子たちの見事な連係プレーと、三虎の目覚ましい覚醒に対する深い満足感が満ち溢れている。
「実に見事だったよ、みんな。二鳥、君のあの瞬間的な状況分析と的確な指示は、本当に素晴らしかった。君のサポートがあったからこそ、三虎は一ミリの迷いもなく自分の牙を振るうことができたんだ」
「……! ありがとうございます、アカシア様」
俺は嬉しい気持ちが込み上がりつつ、誇らしげに笑ってみせた。次郎の時のように自分の積み上げてきた力が、こうして新しい弟の最高の足場になれたことが何よりも嬉しい。
そしてアカシア様はゆっくりと三虎の前へとしゃがみ込み、その小さな肩に優しく手を置いた。
「そして三虎。……格好いい兄たちの力にただ頼るのではなく、自らの力で戦いを挑んだその勇気、実に素晴らしいよ。君はもう、立派な私の弟子であり、彼らの自慢の弟だ」
「……っ、あ、アカシア……」
偉大な美食神からの至高の賛辞に、三虎は先ほどまでの野生の鋭い顔から一転、生まれて初めて受ける直々の誉れ言葉に、これ以上ないほど照れくさそうに頬を赤くして俯いた。
「さぁ、それじゃあこの見事な蜂の巣と、最高の『虹の実』をみんなで家に持ち帰ろうか」
アカシア様は楽しそうに声を弾ませながら立ち上がると、俺たちの前に立ち、改めて俺と一龍兄さん、次郎に向けて優しく、だけど確かな師としての教えを諭した。
「修行は家に帰るまでが修行だ。それまで、しっかりとみんなで三虎をサポートしてあげるんだぞ」
「「「…はい!!!」」」
俺たちの息の合った返事が人間界の空へと響き渡る。 アカシア様は七色に輝く巨大な『虹の実』をその手で軽々と一つ持ち上げると、フローゼ様の待つ家への帰路へと歩き出し始めた。
「よし三虎、その小ぶりな奴を頼むぞ!兄さん、次郎、俺は蜂の巣を運ぶから虹の実を頼む」
俺は大工の精密な超技術を駆使し、ハニカム構造の完全無傷な『蜂蝶の巣』を背負い、 一龍兄さんと次郎は、巨大な虹の実をそれぞれ持ち上げ、三虎は自分の体つきに合わせた小ぶりな、だけどずっしりと甘い匂いを放つ虹の実を一生懸命に胸に抱いて、アカシア様の後を追いかけてトコトコと走り出した。
「ほら次郎、ハニーワインが採れたら今夜は大宴会だからな! 」
「分かってるよ二鳥兄ちゃん! 酒のためなら、俺は全力で頑張るぜ!」
俺たちは賑やかな笑い声と確かな幸福を人間界の夕暮れの空へと響かせながら、最高のディナーが待つ、世界で一番温かい家へと向けて、4人仲良く、力強く歩み進めていくのだった。
蜂蝶 捕獲レベル7 群れてる時15
女王蜂蝶 捕獲レベル21
虹の実ハニーワイン(天然)捕獲レベル37
捕獲レベル21を小学生くらいの年齢で狩る三虎…
あ、そうそう。次回はほのぼの回として「虹の実ハニーワイン」の飲み比べをします。もちろん一龍も強制参加です。
皆さんはどっちだと思います?二鳥は…
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攻め?
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受け?