三虎が小さな菜園に小麦とじゃがいもの種を植えてから、1週間が経過した。
ある日の午後、実技修行の合間に「三虎の畑はどうなってんだ?」と、次郎がひょっこり裏庭の菜園へと様子を見に現れた。
「おおっ! すっげぇ、三虎! 小っちゃくて可愛い芽がドンドン出てきてるじゃねえか! 順調に育っててよかったな!」
耕された黒い土から、健気に青い新芽が顔を覗かせている。次郎はまるで自分のことのように大喜びしてリーゼントを揺らしたが、当の生産者である三虎は、せっかくの芽吹きを前にしてなぜか凄まじい仏頂面のまま固まっていた。
「なんだよ三虎、そんな怖い顔して。何か心配事でもあるのか?」
気になった次郎が尋ねると、三虎は無言のまま、小さな指先を研究所のさらに奥――鬱蒼と生い茂る森の方向へと真っ直ぐに突き刺し、その顔を険しく歪めて鋭い声を絞り出した。
「……森の奥にいる害獣どもがこの芽を…俺の最初のフルコースを狙ってずっと監視の目を光らせているんだ。本当に……嫌いだ。俺の菜園の構造を荒らす奴らは、ただの一匹も許さない……っ!」
「あはは、なるほどな。そりゃあこんなに甘くて良い匂いのする畑だ、森の腹ペコどもが放っておくはずが――」
次郎が納得したように苦笑いを浮かべた、まさにその瞬間だった。ガサガサガサッ!!! と奥のブッシュが激しく引き裂かれ、凄まじい地鳴りと共に、筋骨隆々とした3匹の巨大な「味サイ」が、鋭い角を向けて一直線にこちらへと突撃してきた。
「――っ、来やがったな! あいつらの狙いはじゃがいもの新芽だ!!」
三虎が小さな拳をぎゅっと握り締め、せっかくの作物を踏み荒らされてたまるかと激しい怒りとイライラで大騒ぎする。極度の飢えを経験した三虎だからこそ、自分の大切な『食』を奪おうとする害獣への拒絶反応は人一倍強かった。
「へへん、慌てるなって三虎! 兄ちゃんのカッコいいところ、特等席でよく見とけよ!」
次郎は不敵にニヤリと笑うと、一歩前に踏み出し、その身からグルメ界の絶対捕食者の気配を纏った空間そのものをバキバキに歪めるほどの凄まじい【強烈な威嚇】をドカンと荒野の空へと解き放った。
キィィィンッ!
脳の神経を直接ノッキングされるような圧倒的な捕食者の殺圧。 突撃してきていた3匹の味サイは次郎のその化け物じみた威圧感の正面に立たされた瞬間、一瞬で白目を剥きそうになりながら急ブレーキをかけ、怯えて尻尾を巻いて、蜘蛛の子を散らすような凄まじいスピードで森の奥へと一目散に逃げ去っていった。
「ふぅ……よし、これで一安心だな!」
次郎はふっと昔の少年の笑みに戻り、誇らしげに胸を張って親指を立ててみせた。
「……すごい…次郎……お前、ただの半裸リーゼントじゃなかったんだな」
「おいっ! 凄いって褒めてくれるのは嬉しいけど、さりげなく半裸リーゼントって悪口を混ぜるんじゃねえよ、三虎ぁ!」
三虎の相変わらずのジト目による呼び捨て毒舌に、次郎はガックリと肩を落として叫んだが、その表情はどこか嬉しそうだった。
しかし、次郎が威嚇を放って巨大な味サイどもが森へ逃げ帰った、まさにその直後のことだった。
「キキキッ! キャッキャッ!!」
草むらから小気味良い、だけど最高に小癪な鳴き声が響き、今度は三虎が一番嫌いな猿のトリオがひょっこりと姿を現した。あいつらは三虎のじゃがいもの新芽を見つけると、ニヤニヤと小馬鹿にするような顔で菜園の柵に手をかけ始めた。
「――っ、またあいつらか……ッ!! 本当に、猿は嫌いだ……!!」
三虎の眉間が一瞬でピキピキと跳ね上がり、激しい仏頂面でイラつき始める。そんな新しい弟の様子を見て、次郎は不敵にリーゼントを揺らしてニヤリと笑った。
「へへん、いいか三虎。農家になるなら自分の畑は自分で守れなきゃな! ほら、さっきの俺の威嚇、お前もここで真似してやってみろよ!」
「……俺の、威嚇……。カカの講義と、次郎の細胞の波形を合わせれば……。よし、やってみる……っ!」
三虎は小さな拳をギュッと握り締め、あの猿のトリオを心の底から追い払うべく、大真面目な顔をして一歩前に踏み出した。 絶対捕食者の気配を纏った、世界を震撼させる未来の覇王の最大の威嚇――が、その瞬間、三虎が披露した『渾身のポーズ』は……
「……しゃ、しゃぁぁぁーーーっ!!!」
両手を頭の上にバンザイのように大きく広げ、小さな胸を目一杯に張って、一生懸命に自分の身体を大きく見せようとする、まるでレッサーパンダかミナミコアリクイが敵を威嚇している時のような、あまりにも可愛すぎるポーズだった。
「どうだ!」と言わんばかりに頬を少し赤くして睨みつける三虎。だが、その姿には恐怖のエネルギーなんてただの一ミリも存在していなかった。
「……キキ?」
当然、効果は全くなかった。 目の前の猿のトリオは、襲いかかるどころか「なんだこいつ?」といった顔で首を傾げ、しまいにはお腹を抱えてキャッキャと三虎を指差して笑い始める始末だった。
「ギャハハハハハハハ!!! 嘘だろ三虎ァ! なんだよその威嚇! 全然怖くねえし、めちゃくちゃ可愛すぎるだろぉおおお!!!」
すぐ横で見ていた次郎が、限界突破したおかしさに大爆笑しながら地面をドンドンと叩いて笑い転げた。
「……う、うるさいっ、次郎……っ! 俺は、大真面目に……っ!」
三虎は顔をこれ以上ないほど茹でダコのように真っ赤に染め上げ、恥ずかしさと腹立ちで涙目になりながら次郎の背中を右手でポカポカ左手でポカポカと殴りつけた。
「わりぃわりぃ! よし、笑わせてもらったお礼に、あいつらは俺が速攻で追い返してやるよ! ほら…失せろッ!」
次郎が涙を拭いながら指先をパチンと軽く鳴らすと、その微かなノッキングの風圧だけで、調子に乗っていた猿のトリオは悲鳴を上げて一瞬で森の奥へと吹っ飛んで逃げ帰っていった。
「ふふ、三虎。お前、本当に最高に可愛い弟だな」
一部始終を研究所の窓から見ていた俺は、コートの袖を引きながら二人の元へと歩み寄った。
「カカさん、今の三虎の威嚇ポーズ、実証データとして完璧に記録できたかい?」
「はい、二鳥さん! 三虎さんの自律神経の高揚、およびあのレッサーパンダ型の威嚇ポーズの愛らしさは、味仙人の私の全記録媒体に永久ホールドとして保存完了いたしました!」
隣から顔を出したカカさんも両手を合わせて大はしゃぎしている。
「……二鳥の兄者にカカまで……みんなで俺をからかって……っ」
三虎は胸の肥料の袋をぎゅっと抱きしめたまま、ぷいっと後ろを向いて完全に拗ねてしまったが、その小さな手の震えは、もうあの荒野にいた頃の孤独の震えでは断じてなかった。家族みんなに愛され、からかわれ、守られているという、これ以上ないほど温かい『幸福』に満たされた、愛おしい日常のワンシーンだった。
◆
三虎のあの「レッサーパンダ威嚇事件」から、さらに1週間が経過した頃。 次郎が威嚇で猿のトリオを追い返してくれたお陰か、はたまた二鳥がさらに頑強な防獣柵を設置したお陰か、菜園を脅かす害獣の影はピタリと息を潜めていた。
その代わり、ふかふかの土と青々とした新芽が育つ菜園には、人間界の様々な小さな虫たちが姿を見せるようになっていた。
「……カカ。ちょっと、これを見てくれ」
三虎が菜園からトコトコと歩み寄ってくると、小さな手のひらをそっと広げてカカさんに見せた。そこには、赤くて丸い甲殻に黒い水玉模様をあしらった、一匹の小さなテントウムシがちょこんと乗っていた。
「この虫、さっきから俺のじゃがいもの葉っぱの上をチョロチョロと動いているんだ。……こいつも、俺の大事な作物の構造を荒らす『
他者から奪うことで生きてきた三虎は、自分のテリトリーに現れる未知の生命体に対して、まだどこか警戒の眼光を向けてしまう。そんな新しい弟の様子に、髪をきらめかせたカカさんは、本当に温かく優しいジト目を向けて微笑んだ。
「いいえ、三虎さん。安心してください、その虫は『害虫』などでは断じてありませんよ――むしろ、それとは完全に真逆の性質を持つ【益虫】と呼ばれる、農家にとっての最強の味方なのですからね!」
「えき、ちゅう……? 味方、なのか……? こいつが?」
三虎が不思議そうに大きな瞳をパチクリとさせる。カカさんは人差し指にテントウムシをそっと移し替えながら、知性を輝かせて流暢な特別講義を開始した。
「そうなのです、三虎さん。そのテントウムシは、作物の新芽の結合組織に寄生し、その栄養成分を内側から根こそぎ奪い尽くして枯死させてしまう最悪の害虫『アブラムシ』を、片っ端から恐ろしい捕食スピードで貪り食べてくれる、畑の『
「アブラムシを、食べる……。奪うやつを、こいつが退治してくれるんだな」
「その通りです! ですから三虎さん、農業の設計図を完璧に創り上げるためには、ただ全ての虫を排除すれば良いというわけではありません。畑の生態系分子のバランスを読み解き、どれが作物を害する『害虫』で、どれが畑を助けてくれる『益虫』なのかを、完璧に峻別して共生していく必要性があるのですよ!」
カカさんの熱烈な解説に、三虎の瞳には、初めて知る大自然の精緻なバランスへの深い興奮と楽しさが、ギラリと熱く灯り始めていた。
「なるほど……。排除するだけじゃなくて、味方と手を取り合うことも、農業には絶対に必要なんだな。カカ、俺、その虫たちの構造をもっと詳しく勉強したい……っ!」
「ふふふ、大変素晴らしい知識欲です三虎さん! それではその知性のフルコースを満たすために、本日のカリキュラムである『人間界における害虫・益虫の生体配列、およびその捕食サイクルの方程式』の座学講義へと、さらに出力を上げて突き進みましょうね……!」
カカさんは嬉しそうに髪を揺らし、テーブルの上に新しい虫の解説書をズラリと広げ始めた。三虎も「うん!」と最高の笑顔を弾けさせて、ノートとペンを握り締め、カカさんの美しい長話に魅入るように集中し始めるのだった。
その様子を研究所の入り口から見守っていた俺は、本当に誇らしげなお兄ちゃんとしての笑顔を浮かべていた。
(はは……。益虫を味方にする、か。お前がそうやって世界の優しさを一つずつ学んでいく姿を見られるのが、俺にとって一番の極上の栄養だよ、三虎)
俺は愛しいカカさんと可愛い三虎の、どこまでも温かくて熱い座学の時間を、誇らしげな笑顔で静かに見守り続けた。
カカさんと三虎がちゃぶ台を挟んで、それは楽しそうに昆虫や植物の生体サイクルについて熱弁を振るっている。俺は研究所の柱に寄りかかりながら、そのほんわかとした光景を「本当に仲の良い姉弟だなぁ」と穏やかな笑顔で眺めていた。
――だが、講義が進むにつれて、俺の脳内にある『原作の知識』のアンテナに、なにやら猛烈に引っかかる言葉が次々と飛び出し始めた。
「なるほど、アブラムシを食べてくれるテントウムシは、畑の防衛システムなんだな……なぁ、カカ。もしも、世界中のいろんな虫を自分の手足みたいに完璧に『使役』できるような人間がいたら、農家としてはもの凄く助かるよな?」
「おやおや、それは素晴らしい発想です、三虎さん! もし特定の昆虫の神経ネットワークを支配し、アブラムシだけをピンポイントで駆除する特殊な使役者が存在すれば、畑の生産効率は理論上、従来の140%以上を記録することになりますね!」
「……空気を扱えるやつ、熱消毒……」
三虎はノートにカリカリとペンを走らせながら、顎に手を当ててさらに深く思考を巡らせる。
「それから、さっきカカが言っていた、植物の光合成を高めるために『周囲の二酸化炭素濃度を高める』っていう構造。……それなら、大気や空気を思い通りに扱えるやつが仲間にいれば、いつでも畑の成長速度を限界突破させられるよな。……それに、収穫後に土壌を『熱消毒』してカビの菌を死滅させる必要があるなら、やっぱり、もの凄い炎や熱をコントロールできる役割のやつも欲しいなぁ……」
三虎はフンスと頼もしく鼻を鳴らし、自分の未来の壮大な菜園を夢見るようにぽつりと呟いた。
「一龍の兄者の創る世界のために、最高の生産者になるには、色んな能力を持った役割が必要だ。……将来は、とにかく信頼できる『
「ん……?」
その三虎のピュアで、だけど恐ろしいほど的確な未来の
(――待てよ? 虫を使役する人間って……それ…『美食會』のトミーロッドじゃないか……?)
俺はシルクハットの下で目を限界まで丸くし、脳味噌をフル回転させる。
(大気や空気を扱うやつって……ゲロを反芻する気持ち悪いグリンパーチだろ?そして土壌を熱消毒する炎の役割って……副料理長のスタージュンじゃねぇか……っ!!!)
原作では世界中の食材の独占を目的としていた『美食會』。 だが、今のこの世界線では、ボスである三虎が「世界一の農家になって一龍の兄者を助ける!」と、カカさんの高度な農業座学の元で死ぬ気で知性の牙を研ぎ澄ましているのだ。
そうなると、三虎が将来そのカリスマ性でスカウトして集めることになるあの最凶の化け物幹部たちの役割は――食材の独占なんかじゃ断じてない。
(あれ? これ……未来の『美食會』が、敵組織じゃなくて、【世界最強の超科学的ハイテク農業法人】に丸ごと生まれ変わる可能性、めちゃくちゃ高くないか……っ!?!?)
トミーが害虫駆除の防衛システムを担い、グリンパーチがハウス内の気圧と二酸化炭素濃度を完璧にコントロールし、スタージュンが土壌の熱消毒と焼き畑をミリ単位の火力でこなす――そんな、大工の俺の設計図すら遥かに超越した、不条理なまでに完璧すぎる無敵の農業組織の誕生を予感して、俺は焦りではなく、尋常じゃないおかしさと感動で、お腹が捩れそうになるほどの笑いを必死に噛み殺していた。
…グリンパーチだけは摘み食い…いや摘み吸い要素があるけど…
(ぶっ……! 最高すぎるだろその未来! 人間界の食糧問題が三虎たちのハイテク農業で完璧に解決しちまうよ……っ!)
「はは、いい夢だね、三虎! お前がいつか集めるその仲間たちのために、兄ちゃんが世界一デカくて頑強な最高の『ハイテク超巨大温室』をいくつでも建ててあげるからさ! カカさんの講義、もっと死ぬ気で楽しんでいきなよ!」
「うん、ありがとう、二鳥の兄者! 俺、絶対に最高の仲間を見つけて、世界一の農家になるよ……っ!!」
理解するとわかる。美食會、めちゃくちゃ農業適性が高え…
皆さんはどっちだと思います?二鳥は…
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攻め?
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受け?