大体2週間後くらいには大きく動き出しますよ。
人里の賑やかな街に到着したものの、カカさんはお面を被った頭を少し伏せ、黒のセットアップの袖をぎゅっと握りしめていた。
カモフラージュしているとはいえ、本来の姿はレッドニトロ。人里の雑踏に本当は変装に自信がなくて内心とても不安だったのだ。カカさんはたまらなくなったように、俺の胸元へと、両手でぎゅっと抱きついてきた。
「二、二鳥さん……やはりこれほど高密度の人間の群衆の前に姿を晒すのは…私は僅かに動揺を隠しきれません……っ」
「あはは、大丈夫だよ、カカさん。俺がついてるからさ」
俺は愛おしそうに微笑むと彼女の不安を完璧にくみ取り、その細い腰へと優しく手を回して、自分の身体へとグッと力強く抱き寄せた。頑強な肉体から伝わる圧倒的な温もりがカカさんの緊張を一瞬で完璧にホールドして解きほぐす。
だけど、お面を被った女性を大柄な男が至近距離で抱きしめているその光景は、はたから見たらただの…いや、どこからどう見てもこれ以上ないほどの『バカップル』にしか見えなかった。
「あら……二鳥とカカさんは、今日も本当に仲が良くて羨ましいわねぇ、次郎、アカシア?」
それを見た節乃ちゃんとフローゼ様が、なんとも楽しそうな、ほんわかとした笑顔を同時に浮かべた。そして二人は「あたしたちも負けてられないわ!」とでも言うように、間髪入れずに隣に立つ次郎とアカシア様の胸元へと、パッと同時に嬉しそうに抱きついたのだ。
「ひゃ、ひゃあぁっ!? 節っちゃん、突然何すんだよぉおおっ!?」
突然の好きな子からのダイレクトな密着に、次郎は一瞬で顔を茹だるような真っ赤に染め上げて大焦りした。だけど、昨日俺から「男ならシャキッとエスコートしろ!」と死ぬ気でお説教を叩き込まれていたお陰か、大声を荒げて拒絶したり逃げ出したりはせず、真っ赤な顔のまま一生懸命に節乃ちゃんの背中に手を回そうと不器用にもがいていた。
「おや……。ふふふ、これは一本取られたね、フローゼ」
一方で、アカシア様はフローゼ様からの突然の愛らしい抱擁に一瞬だけ驚いて目を丸くしたものの、すぐに卓越した余裕の微笑みを取り戻した。そして、俺がカカさんにしているのと全く同じ手際で、フローゼ様の細い腰へとその逞しい大きな手を優しく回し、愛おしそうにその身体をグッと自分へと引き寄せたのだ。
街の入り口で繰り広げられる、三組のカップルによる限界突破の惚気合戦が展開された。
お面の下で「二、二鳥さん、周囲の恋愛エネルギーのシナジーが強すぎて、私が完全にオーバーヒートを起こしてしまいます……っ!」とさらに赤面して俺の胸に顔を埋めるカカさん。そんな照れる彼女が愛おしくて抱き寄せている腕に力が入る。
置いていった一龍兄さんと三虎には本気で申し訳ないけれど、この手のひらにある世界で一番甘くて温かい日常のすべてが愛おしい。
「さあ次郎、アカシア様! 最高のパートナーたちのエスコート準備は万全だね! 次郎、まずは節乃ちゃんの手を引いて世界一似合う最高のお洋服を探しに――この無敵の『トリプルデート』、ドカンと華やかに街へ繰り出すぞ!!!」
「大声で言わないでくれ兄ちゃん!恥ずかしいだろ…っ!」
そんなこんなで、俺達はトリプルデートの熱気で街の視線を集めながら、賑やかな大通りを仲良く歩いていた、その時のことだ。 少し離れた雑踏の向こうから、「あら、二鳥さんじゃないの!!」という、何ともまあ聞き覚えのある活気ある高い声が響いてきた。
振り向くと、人混みをかき分けるようにして、息を切らせながらこちらへと走ってきている女性がいた。なんと、以前に自宅の劇的な改築を行ってあげて、数日前に三虎を連れていた時にバッタリ出会った、あのおばさまではないか。
「ハァ、ハァ……! やっぱり二鳥さんだわ! いやだ、また会ったわねぇ二鳥さん! こんなにすぐ再会できるなんて、本当に奇跡だわ!」
「お久しぶりです、おばさま。 偶然ですね、本日も街へお買い物へ?」
俺がシいつもの営業スマイルと言葉遣いで気さくに応じると、おばさまは嬉しそうに両手を叩いて雑談を始めた。
「そうなのよ! 二鳥さんに新調してもらった家具が快適すぎて、毎日のお買い物が楽しくて仕方ないの!二鳥さんがついでに作ってくれたこの買い物バッグも綺麗でおまけに頑丈だし……あ、そういえば、そちらの黒いお洋服を着てお面を被ってらっしゃる可愛らしい方は、もしかして……?」
「ああ、ご紹介します。俺の妻のカカさんです。ちょっと恥ずかしがり屋で、今日はお面をつけているんですけどね」
「あらぁ、二鳥さんの奥様! 髪留めがとっても素敵ねぇ! 初めまして、よろしくね」
おばさまが気さくに頭を下げると、お面の下で顔を真っ赤にしているカカさんも、黒のセットアップの裾をきゅっと握りしめながら
「は、初めまして。カカと申します。……ご挨拶ができて大変光栄です……いつも夫の工房をご愛顧いただき、誠にありがとうございます」
緊張しながらも嬉しそうに丁寧な一礼を返した。すると、おばさまは俺たちの後ろに並んで立っている、これまた尋常ではないオーラを放つ美男美女と、顔を真っ赤にしてリーゼントを揺らしている青年たちの姿に気がつき、その大きな目を丸くした。
「……ところで二鳥さん、そちらの、まるで絵画から飛び出してきたみたいに立派で素敵なお連れの方々は、一体どちら様かしら?」
おばさまからの素直な質問を受け、俺たちの後ろに控えていた未来の伝説のコンビと師匠夫婦が、それぞれ大人の余裕と初々しさを交えながら、一歩前へ出て自己紹介を始めた。
「初めまして、お上品な奥様。私はアカシアと申します。普段は少し離れた場所で研究生活をしておるのですが、今日は久しぶりに、こうして最愛の妻と街の空気を楽しみに来ましてね」
アカシア様が圧倒的な気品を纏いながらも、一人の優しい紳士として極上の微笑みを浮かべて頭を下げた。その大人の完璧なスマートさに、おばさまは一瞬で「まぁ……! なんて素敵なおじ様なのかしら!」と顔をぽっと赤くして胸をときめかせている。
「初めまして。アカシアの妻のフローゼと申します。いつも二鳥には我が家の大工仕事や、美味しい食材の収穫でとってもお世話になっています。これからもよろしくお願いします」
フローゼ様も圧倒的な母性と慈愛の笑顔を弾けさせ、おばさまの手を優しく包み込むようにして挨拶を交わした。至高の夫婦からのこれ以上ない丁寧な自己紹介に、おばさまはすっかり感激して夢見心地になっている。
「え、あ、次は俺の番か……っ! は、初めまして、俺は次郎です! 二鳥兄ちゃんの弟分で、今は……その、隣にいる節っちゃん…あ、いや、節乃と、コンビ結成の特訓をしてます……っ!」
次郎が顔を真っ赤にしたまま、お揃いの花の指輪を嵌めた手でリーゼントをガシガシと掻きながら不器用そうに頭を下げた。
「あたし、節乃って言います! 次郎の一生の大事な料理人になるために日々修行中の身です! 今日は次郎が、あたしに一番似合う服をプレゼントしてくれるって言うから、すっごく楽しみにしてます!」
節乃ちゃんもピンクの髪を揺らしながら、次郎の腕にぎゅっと抱きついたまま、無邪気で最高に可愛い笑顔をおばさまへと向けた。
「まぁまぁ、なんて賑やかで素敵なご家族なのかしら! 二鳥さん、本当に素晴らしい方たちに囲まれて暮らしているのねぇ!」
おばさまは四兄弟(留守番の一龍と三虎を除く)の、そしてアカシアファミリーの絆の温かさに深く感銘を受け、本当に嬉しそうに目を細めていた。
しかし、おばさまは俺の胸元でお面を被ったままモジモジしているカカさんをじっと見つめた後、深く大きな溜息をついて肩を落とした。
「いやだ、二鳥さんにこんなに可愛らしい奥様がいらっしゃったなんて……本当に残念だわ! 実はね、うちの娘をぜひ二鳥さんのお嫁さんに紹介しようって、ずっと狙っていたのよ。本当に、本当に残念だわぁ!」
その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、俺の腕の中にいたカカさんの空気が一変した。カカさんは仮面越しでも「ムッ!」と分かりやすく眉根を寄せると、瞳をギラリと光らせて俺を掴む両手にギュッと千切れんばかりの力を込め、さらに深く抱きついた。
「二鳥さんは私の、世界一大好きな旦那様です…! 他のどこの馬の骨とも知れない娘さんに二鳥さんは絶対に渡しませんからね……っ!!」
普段の流暢な長話を完全に独占欲に変えて、凄まじい熱量で強い意思表示をする最愛の妻。
「あはは! 嬉しいお言葉ですけど、おばさま、諦めてください。俺たち、こう見えて結婚してからかれこれ20年近く経っている、超おしどり夫婦なんですよ」
「ええっ!? に、20年近くですってぇーーーっ!?!?」
俺がニヤニヤと笑いながら告げると、おばさまは本日一番の衝撃にその目を限界まで引っくり返して驚愕した。ブルーニトロとレッドニトロの種族の壁を越えて愛し合い、俺が建てた我が家で過ごしてきた、濃密で甘い約20年もの歳月。 だが、見た目がどう見ても20代前半の若々しい大柄な男にしか見えない俺のその姿に、おばさまはガタガタと戦慄し始めた。
「ちょっと二鳥さん、あなた一体おいくつなのよ!? 20年前からそのお顔なわけ!? 若返りの秘訣でもあるの!?」
「あはは、俺の年齢は『企業秘密』ってことで濁させてくださいね」
俺がいつものように笑って煙に巻くと、おばさまは「もう、相変わらず謎の多い大工さんねぇ!」と笑いながらも、トリプルデートの一行に「それじゃあね、お邪魔虫は退散するわ! みんな、最高のデートを楽しんでね!」と元気に手を振って雑談を終え、人混みへと去っていった。
おばさまを見送った後、後ろに立っていた美食神アカシア様が、本当に嬉しそうに穏やかな目を細めて俺の肩をポンと叩いた。
「ふふふ。二鳥、君がこの人間界の街の人々にこれほど深く受け入れられ、信頼を築いて馴染んでいる姿を見られて、私は本当に嬉しいよ。最高に誇らしく、素晴らしい弟子だね」
「ありがとうございます、アカシア様」
「――だからこそ、だぞ次郎」
アカシア様はすかさず、隣で節乃ちゃんの手を握ったまま顔を赤くしている次郎へと、視線を向けてさりげなく師としての指導を付け足した。
「お前も二鳥の背中をよく見て、ただ力で猛獣をノッキングするだけでなく、こうして人間界の人々と心を通わせ、社会に馴染む努力を怠らないようにしなさい」
「う、うぅ……っ。はい、分かってますよ、アカシア様……っ」
次郎がリーゼントをガシガシと掻きながら頭を下げようとした、まさにその瞬間だった。 アカシア様の隣に寄り添っていたフローゼ様が、その美しい人差し指をアカシア様の唇へとそっと優しく当てて、クスクスと鈴の転がるような笑い声を響かせた。
「あら、アカシア。今日は修行じゃなくて、わたしたちの特別な『デート』の日なのよ? せっかくの素敵な逢瀬の最中なんだから、難しいお説教は無しよ?」
「あ、あはは……すまない、フローゼ。つい職業病が出てしまったね……」
フローゼ様からの有難い?お叱りを受け、アカシア様は、一瞬にして形無しといった様子で顔をほんのりと赤くして照れ笑いを浮かべた。その大人の威厳とウブさのギャップに、次郎と節乃ちゃんは「あはは!」と笑い、カカさんも仮面越しに楽しそうに目を細めていた。
「よし! それじゃあアカシア様、フローゼ様! お説教も無しになったことだしさ、カカさんの手を引いて、いよいよ目的地の『人間界一番の大きな服屋』へ賑やかに突撃しましょう!!」
◆
おばさまと別れた俺たちは、人間界で一番大きな呼び声高い高級服仕立て屋の扉をくぐった。店内には、世界中から集められた極上の生地や、色鮮やかな衣装が美しく整然とディスプレイされている。
「それじゃあカカさん、俺たちの服選びを始めようか」
「はい、二鳥さん。……大変恐縮なのですが、私のレッドニトロとしての特殊なデータ特性上、あまり華美な装飾や目立つ原色は、細胞の波形を刺激するため好ましくありません。シックで落ち着いた配列のものがありがたいのですが……」
お面の下で少し照れくさそうに、黒のセットアップの裾をきゅっと握りしめて要望を伝えてくれるカカさん。
「はは、もちろん分かっているよ、カカさん。カカさんのそのしっとりとした髪の美しさを極限まで引き出せる完璧な一着を俺の目で一瞬で見抜いてみせるからね」
俺はお揃いの指輪を光らせて、カカさんのための上質な普段着の物色を開始した。視線を店内の最奥へと向ければ、アカシア様とフローゼ様の二人は、自然な足取りで最も高価な最高級ドレスエリアへと入っていっていた。
「フローゼ、この『妃蜘蛛』のシルクで織られた深い藍色のドレスなんて、君の瞳の輝きに完璧に調和すると思うんだが、どうだい?」
「あら、素敵ね、アカシア。それなら、あたしはあなたのその広い肩幅に合わせて、こちらの裏地に金の刺繍が入った上着を合わせてみたいわ」
師匠夫婦は並んで歩くだけで一枚の完成された宗教画のように優美で、お互いにこれ以上ないほどスマートに衣装を勧め合いながら、大人の極上の逢瀬を満喫していた。流石の風格である。
……対して、我が家の麒麟児、次郎はというと…
「う、うわあああああ……っ! なんだよこれ、フリフリが多すぎるだろ!? こっちの服は、節乃ちゃんのお腹が隠れちゃうからワイルドさが足りねえし、でも昨日二鳥兄ちゃんに『ハレンチなのはダメだ』って怒られたし……ああっ、どれを選べば正解なんだよぉおおおっ!!」
大量の婦人服のジャングルを前に、次郎は脳細胞の構造が完全にオーバーヒートを起こし、リーゼントを両手でガシガシと掻きむしりながらど派手にパニックに陥っていた。ありゃ完全に迷子になっているな…
「次郎、どうしたのぉ? そんなに頭を掻きむしったら、せっかくの格好いいリーゼントが崩れちゃうよぉ」
見かねた節乃ちゃんが、次郎を落ち着かせようとして「パッ!」と彼の逞しい右腕へと自分の身体を全力で隙間なく密着させた。
「う、う、うひゃあぁぁぁぁーーーーっッ!?!?!?」
だが、それは完全に逆効果だった。 大好きな女の子の甘い香りと体温、そして胸部の柔らかさがダイレクトに脳の神経へと突き刺さり、次郎は気絶寸前の顔をしてさらに顔を真っ赤に染め上げ、呂律すら完全に崩壊してガタガタと震え始めた。
当の節乃ちゃんは、自分のその愛らしい密着が、かえって愛しいパートナーのパニックの構造を限界突破させていることには、ただの一ミリも気づいていない様子で無邪気に小首を傾げている。
(はは……。二郎のやつ、完全に節乃ちゃんにノッキングされて魂が口から抜けかけてるな。恋愛の座学をしたばかりだけど、実技の実証データはまだまだからきし不器用だね)
俺はそんな哀れな弟の様子をニヤニヤとした笑みを浮かべて見つめていた。
「よし、もう少しあいつが男の意地で足掻くのを見届けてから、俺の完璧なコーディネートのアドバイスをして助けてやることにしようか。カカさん、まずはカカさんの最高の衣装を完璧に決めてしまおうね」
「はい、二鳥さん……っ。このデートの主導権を握られた二鳥さんのその鋭い視線、お面越しであっても私の脈拍データが急上昇してしまいます……っ」
お面の下でさらに大赤面して俺のロレンチコートの裾にぎゅっとしがみつくカカさん。 お揃いの指輪を優しくカチリと響かせ合いながら、俺は愛しい妻を世界一綺麗にするための服選びへと、幸福な気持ちで再び集中するのだった。
(…あっ…あれは…ふふふ、こっそり確保しておこうっと♪)
◆
カカさんにこれ以上ないほど調和する、極上のシックな生地の衣装を選び終えた俺は、それを片手に、未だに婦人服のジャングルでパニックを起こしている次郎の元へとゆっくり歩み寄った。
節乃ちゃんの無自覚な密着ホールドによって「あう、あう」と白目を剥きかけている次郎の肩を俺はガシッと力強く叩いてやった。
「落ち着け次郎。……昨日、俺と一龍兄さんがお前に言った『構造』を、もう一度よく思い出すんだ」
「――っ、二、二鳥兄ちゃん……っ」
俺の声音に弾かれたように、次郎の瞳に僅かな理性が戻ってきた。俺は優しく、だけど男としての確かな熱を込めて諭した。
「お前自身が、節乃ちゃんに何を贈りたいのか。……どんな姿の彼女を隣に立たせて、どんな笑顔で喜ばせたいのか。表面上のデータに支配されてないで、お前の腹の底にある『本音の設計図』をしっかり頭の中で組み立てろ」
「俺が、節乃ちゃんに……贈りたい、もの……」
次郎はゴクリと喉を鳴らし、その大きな瞳を閉じてゆっくりと深呼吸をした。腕にすがりついて小首を傾げている節乃ちゃんの温もりを感じながら、あいつは自分の脳裏を猛烈に検索していく。
――浮かんできたのはただ一つ、厨房の湯気の中で、誰よりも楽しそうに、自分の一生のご馳走を創り上げるために嬉々として包丁を振るっている、誇り高き料理人としての恋人の美しい姿だった。
「――よし。決めたぜ、二鳥兄ちゃん。俺、お兄ちゃんたちの言いたかったことが、今完璧に分かったよ!」
次郎の瞳から迷いの霧が吹き飛び、代わりに強固な『漢の覚悟』がギラリと熱く灯った。あいつは意を決した様子で、腕にすがりついていた節乃ちゃんの小さな手を優しく、だけど解けないほどの強固な力でぎゅっと握り直すと、「ちょっとこっちへ来てくれ、節乃ちゃん!」とストレートに彼女の手を引いて、婦人服の華やかなエリアを素通りし、ある別の特殊なコーナーへと迷いなく突き進んでいった。
「ふふ、さすがは俺の自慢の弟だ。完璧な答えに自力で辿り着いたね」
あいつが向かった先を確認し、俺は本当に誇らしげな兄の笑みを浮かべて、隣に立つ最愛の妻へと振り返った。
「さて、カカさん。あいつの男の見せ所が終わるまで、俺たちは俺たちのお買い物ももう少し続けようか。ほら、これが俺がカカさんのために完璧に計算して選び抜いた最高の一着だよ…!」
「おや……? 二鳥さん、これは……」
俺が提示した衣装を見た瞬間、カカさんはお面越しでも完璧に分かるくらいに顔を真っ赤に染め上げ、裾をきゅっと握りしめてなんとも愛らしく「ぷいっ」と少し不満げにいじけた。
「……酷いです、二鳥さん。私は先ほど、あまり派手で華美な装飾を持つものは、私の細胞を過度に刺激するため避けてほしいと明確にオーダーいたしましたのに……」
そう、俺が彼女のためにこっそり選び抜いたのは…シンプルでありながらも、カカさんのあの美しいロングの黒髪と抜群のスタイルを極限まで妖艶に引き立たせる、洗練された最高級のシックなロングドレスだったからだ。
俺は彼女の左手をそっと引き寄せ、シルクハットの下から、これ以上ないほど優しく、ニヤニヤとした最高の惚気をその耳元へと囁いてやった。
「だってさ、カカさん。夫の俺としては、誰よりも愛を隠してくれない最愛の妻の、世界一綺麗なドレス姿を独占して見たいに決まってるだろ? 」
「――っ、はわ、はわわわわわわわわっ!? 二鳥さんのバカァーーーッッ!!」
お面の下から今度こそ限界突破して破裂しそうなほどの熱い蒸気を吹き出し、髪を激しく揺らしながら大赤面するカカさん。奥の高価なエリアからは、アカシア様とフローゼ様が「ふふふ、二鳥たちも相変わらず本当に仲が良いねぇ」と楽しそうなクスクスという笑い声が聞こえてくる。
「さあカカさん、家に帰ったら観念してこのドレスに着替えてもらうよ! 俺の心臓の脈拍数はカカさんのその姿を見る準備で、もう限界突破して待ちきれないからさ!」
「もう、二鳥さん……。そんな惚気をされては、私の脳が修復不能になってしまいますってば……っ!」
お面の下で顔を真っ赤に染めながら、カカさんは小さく唇を尖らせて、まだ少しだけいじけたように黒のセットアップの裾をきゅっと握りしめていた。
俺はシルクハットの端を指でツンと押し上げながら、「ごめんごめん、機嫌を直してよ」といつもの姿に戻り、頭を優しく撫でて再び彼女に似合う普段着の服選びへと戻った。
今度は真面目に脳を働かせて物色する俺。だが、どうやらカカさんは、ただ大人しく俺に頭を撫でられて機嫌を直したわけでは断じてなかった。彼女の驚異的な脳内ログには、今さっき俺にドレスの提案で完璧に主導権を握られ、大大赤面させられたことへの、最高に可愛い【仕返しの方程式】が着々と組み立てられていたのだ。
俺とカカさんの普段着をどれにしようかと棚の前で悩んでいると、背後からカカさんが、すっと一着の格式高い衣装を持って俺の隣へと音もなく滑り込んできた。
「おや? 二鳥さん。それなら、こちらのデザインなど、いかがでしょうか?」
カカさんがお面越しにジト目を向けながら、俺の目の前へと提示したその衣装。 目がその輪郭を捉えた瞬間、俺は思わず「――っ!?」と喉を詰まらせて困惑の声を上げた。
そこに美しく仕立てられていたのは、シンプルながらも圧倒的な気品を放つ、漆黒の最高級『タキシード』だったからだ。
「か、カカさん? なんで急にタキシードなんて……俺は普段、大工仕事の時もこのコートを愛用してるし、こんなカチッとした正装なんて着る機会は――」
「いいえ、二鳥さん。逃げ道を構築するのは論外です」
カカさんは俺の胸元へと一歩、ぐいっと力強く詰め寄ってきた。彼女の両手が、俺のコートの襟元をガチリと掴んでホールドする。
「よく考えてみてください。私たちはあなたが建てたお家でこうして20年近くおしどり夫婦として睦み合っておりますが………私たちは人間の言う『結婚式』という儀式のプロセスを、未だにただの一度も挙げておりませんよね?」
「あ……」
「愛する夫である二鳥さんが先ほど私にあのシックなドレスを選んでくださったのは……本当は、私との『結婚式』を挙げたいという、熱烈な思惑が脳内にあったからなのではありませんか? さあ、どうなのですか、二鳥さん!」
「っ、はわわわわわわっッ!?!?」
カカさんのあまりにも鋭すぎる、だけど斜め上を爆走する妄想交じりの直撃アタックを受け、今度は俺の方が顔を一瞬で茹だるような真っ赤に染め上げて大パニックを起こした。
ドレスを贈ろうとしたのは純粋にカカさんの綺麗な姿を独占して見たかったからだけで、結婚式なんて高度な予定は一ミリも考えていなかった。
「ち、違うよ、カカさん! そんな隠された思惑なんて一切ありませんってば……っ!」
俺が必死に呂律を回しながらも弁明すると、カカさんは俺の胸元に顔を埋めるようにして、そのお面を少しだけズラし、夕陽よりも赤い、世界一愛おしい大赤面のハニカミを俺の瞳へと真っ直ぐに上目遣いで向けてきた。
「……ですが、二鳥さん。もしも……もしも私との結婚式を、挙げられるチャンスがあるのだとしたら……本当は、挙げたいと思ってくださいますか……?」
「――っ」
その、上目遣いで紡がれた健気で切実な本音のデータを前に、俺の抵抗する気力は一瞬で崩壊した。俺はカカさんの小さな手をそっと両手で包み込み、それから恥ずかしさを全部引き連れたまま、はっきりと自分の本音を口にした。
「……うん。挙げられるなら、カカさんと世界一温かい結婚式を、死ぬ気で挙げたいって……心の底からそう思ってるよ」
「ふふ、最高の言質をいただきました! ……なら、二鳥さん。この選んでいただいたドレスは、家に帰ってから、二人きりの寝室で完璧に着てあげます。……ですから、その代わりとして……二鳥さんも、この私が選んだタキシードを、お家で一緒に……着てください……っ」
恥ずかしがりながら指輪をきらめかせながら、俺のコートの裾をきゅっと握りしめて潤んだ瞳で見つめてくる最愛の妻。
「……あはは。まいったな……。カカさんのその可愛いおねだりには、完璧に押し負けちゃったよ」
俺は苦笑いしながらも、これ以上ないほど愛おしい気持ちで、そのタキシードの購入をその場でバチリと決意した。
…分かっている。俺たちの正体はブルーニトロとレッドニトロの怪物だ。この先、世界の激動が訪れれば…俺がこのドレスとタキシードを袖に通す機会なんて、きっと今日という日を終えたら、一生の間に二度と訪れることはないだろう。
原作の過酷な運命を考えれば、人間界の人々を大勢呼んで、華やかな結婚式を正式に挙げることだって、この先絶対に叶うことはないのかもしれない……だけど――それでもいい。
一から俺が建てた我が家の寝室で、二人きりでこの衣装を纏う。それだけで、俺たちの20年間の愛の証明として、これ以上ない最高の記念になり、生涯絶対に色褪せない無敵の『思い出』になる……俺はそう確信しながら、愛しい妻をもう一度腕の中にそっと引き寄せるだった。
「よし! じゃあカカさん、ドレスとタキシード、両方とも最高の思い出として持って帰ろう。次郎が終わったら、急いで新居へ帰って……今夜の『お披露目会』、最初から最後まで、お互いの正装姿で徹底的に楽しもう!」
「はい……っ! 望むところです、二鳥さん……っ!」
独自の仮説を立てて、AIの意見も取り入れながら推測を重ねたあの仮説。もうそろそろかね〜…。
皆さんはどっちだと思います?二鳥は…
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攻め?
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受け?