転生ニトロ・兄弟三弟子   作:バナナアイス

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アカシアに炭治郎の機能を内蔵させました。


美食屋アカシア

 数日後、王のベッドを施工し、その圧倒的な機能性によってバトルウルフの群れの中で「偉大なる職人」としての絶対的な地位を確立した俺。だが、そんな群れのルールや地位といった概念が、一切通じない相手が一人だけいた。

 

 「ウガアアアアアッッ!!!!!」

 

 地鳴りのような咆哮と共に、凄まじい土煙を上げて迫り来る一つの影。鼻垂れ坊主の「暴獣」二狼である。あいつにとって、俺は「群れの強者」でもなければ「餌付けをしてくれる料理人」でもない。ただの、めちゃくちゃ動く上に頑丈で、最高の『遊び相手(オモチャ)』なのだ。

 

 ドゴォォォォンッ!!!

 

 二狼が一歩踏み出すたびに、地表に巨大なクレーターが穿たれる。障害物となる太い大樹や巨大な岩山を、あいつは避けることすらしない。ただ真っ直ぐ、自らの肉体でそれらを粉々に粉砕しながら、満面の笑み(野生度100%)で俺を追いかけてくる。

 

 (うぉぉぉぉ!!! 逃げろ俺! 捕まったら今度こそ文字通りミンチにされるぞぉぉぉ!!!)

 

 俺はブルーニトロの強靭な脚力をフル回転させ、泣きそうになりながら魔境を爆走していた。王陸鮫戦で分かったが、俺には実戦経験がなさすぎる!いくら身体のスペックがブルーニトロでも、野生のバケモノである二狼と正面から喧嘩して勝てるわけがない!

 

 「遊び(鬼ごっこ)で殺されてたまるかってんだよ!…よぉ〜し、こうなったら……!」

 

 俺は走りながら、ブルーニトロの本能に刻まれた『隠密能力』を発動した。気配を完全に消し、音もなく岩陰へと滑り込んで身を潜める。普通の猛獣なら、これで完全に俺を見失うはずだ!

 

 しかし――

 

 「ヘへっ♪」

 (一秒でバレたぁぁぁ!!!)

 

 岩陰から顔を出した二狼と、バッチリ目が合った。ニトロの高度な隠密スキルなど、二狼のイカれた『野生の勘』の前には何の意味もなさなかった。あっという間に見つかり、即座に地獄の鬼ごっこが再開される。

 

 ◇

 

 『……ハァ』

 

 そんな一人と一匹の、山々を削り取るような大騒ぎを、最高級ベッド(特等席)の上から見つめていた狼王ギネスは重いため息をついた。

 

 『……あの馬鹿め。生まれた時からレッドニトロをエサとして与え、狼の群れの中で自由に過ごさせすぎたか。戦闘力ばかりが肥大化し、あいつには生き物としての『社交性』が決定的に欠如している……』

 

 ギネスの黄金の瞳に、かすかな寂しさと憂いが滲む。いくら我が子のように愛していようと、自分たちは狼であり、二狼は人間だ。このままでは、二狼はただ世界を破壊し尽くすだけの哀しい化物になってしまうのではないか。

  

 『……やはり、人間の赤子は、人間の手によって育てられるべきなのだろうか』

 

 誇り高きエリア2の王が、不器用な親心ゆえに、少しだけ気落ちしながらそんな思案に耽っていた、その時だった。

 

――ピクッ。

 

 ギネスの耳が、そして二狼から必死に逃げ回っていた俺の全細胞が、同時に強い緊迫感を持って跳ね上がった。地平線の彼方。バトルの喧騒を切り裂いて、一つの『気配』がこちらへと近づいてくる。それは狼王ギネスのような圧倒的な暴力のプレッシャーではない。どこまでも穏やかで、しかし底が全く見えない、まるで広大な海そのものが歩いてくるかのような、底知れない強者の気配。

 

 二狼も本能の危険信号を察知したのか、俺を追いかけるのをピタリと止め、その気配の方向を鋭い眼光で睨み据えた。土煙の向こうから、ゆっくりと姿を現したのは、一人の男だった。

 

 旅に汚れたマントを羽織り、しかしその瞳には世界のすべてを包み込むような深い知性と、底なしの食欲を宿した人間の男。後に世界中から「美食神」と崇められ、この世界の歴史を大きく動かすことになる伝説の美食屋――アカシアが、ついに始まりの大陸へと足を踏み入れた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 「ヘへっ♪」

 

 俺という「玩具」に少しだけ飽きたのか、あるいは新しく現れた男の方が頑丈そうで遊び甲斐があると本能で察したのか。鼻垂れ坊主の二狼は、獰猛な笑みを浮かべると同時に地面を爆破するように蹴り上げた。

 

 

 「ウガアアアアアアッッ!!!!!」

 

 弾丸どころではない。山をも穿つ質量兵器と化した二狼が、無邪気な殺意を乗せて、アカシアの胸元へと一直線に飛び込んでいく。

 

 (あ、危ねぇッ……!?)

 

 俺は思わず悲鳴を上げそうになったが、伝説の美食屋の顔に焦りの色は一切なかった。アカシアは深く息を吸い込むと、迫り来る二狼の視界から消えるほどの超高速で右手を突き出す。

 

 その指先が、二狼の首筋の経穴を正確に、かつ優しく捉えた。

 

 パシィン…!

 

 乾いた音が響いた次の瞬間、あれだけ暴れ狂っていた二狼の身体から、嘘のように一切の力が抜けた。二狼は白目を剥き、そのまま地面へとすっと倒れ込む。大人二郎の代名詞となる『ノッキング』その本家本元による完璧な鎮圧だった。

 

 「グルルルルル……ッッ!!!!」

 

 我が子を害されたと思った狼王ギネスが、一瞬で背毛を逆立てて凶悪な牙を剥き出しにする。エリア2が消し飛びかねない凄まじいプレッシャーが辺りを包み込んだ。

 

 だが、ギネスの鋭い嗅覚は、倒れた二狼の肉体に一切の外傷がないこと、そして単に「深く眠らされただけ」であることを瞬時に見抜いた。

 

 王は静かに牙を収め、その瞳でアカシアを見据える。アカシアは倒れた二狼を優しく抱き上げると、その小さな寝顔を見つめながらギネスへ語りかけた。

 

 「……恐ろしい程に力の強い子供だ。だが、それゆえに哀しい。このまま野生の獣として育ち、その力を制御できなければ、いずれ世界を一匹で破壊してしまう可哀想な怪物になってしまうだろう」

 

 男の言葉には、確かな慈愛と深い憂慮が満ちていた。ギネスは短く低く唸り、その言葉に同意するように静かに首を縦に振った。さっきまで一人で悩んでいた不器用な親心。それを、この目の前の人間は見事に言い当てたのだ。

 

 「さて……」

 

 二狼の身の振り方にひとまずの決着がついたところで、アカシアの深い知性を湛えた瞳が、ふと巣窟の奥へと向けられた。そこにあるのは、ギネスがさっきまで至福の表情で居座っていた、あの黄色と白のモダンな寝床。

 

 アカシアはゆっくりとその寝床に近づくと、表面の樹脂ワックスの手触りや、スッポンジの弾力を確かめるように軽く触れた。その瞬間、美食神の眉が驚愕に跳ね上がる。

 

 (……何だ、この構造物は。私が人間界の自宅で使っているベッドよりも、遥かに高品質で、おまけにグルメ界の過酷な気候に耐える高性能な工夫が施されている……!)

 

 世界中を旅してきたアカシアの知識を持ってしても、これほど完璧に「調理・施工」された寝具など見たことがなかった。

 

 「バトルウルフは極めて賢い一族だ。だが、これほど複雑な素材を組み合わせ、ミリ単位の精度で組み立てる程の器用さは持ち合わせていない。とすれば……」

 

 アカシアの視線が、巣窟の隅で気配を消そうと必死に小さくなっている、青い鳥人へと向けられた。

 

 「あの寝床を作り上げたのは……そこにいる、君か?」

 

 世界の理を裏で操るはずのブルーニトロが、バトルウルフのために最高級のベッドを製造しているという、前代未聞の光景。美食神の底知れない瞳が、俺という『異質なニトロ』の存在を、完全に捉えていた。

 

 (あ。完全に目が合った……)

 

 美食神の底知れない瞳に見つめられ、俺の背中に冷や汗が流れる。だが、ここで下手に嘘をついて怒らせる方がリスクが高い。俺は意を決して、ブルーニトロの大きな頭をコクリと縦に振り、肯定の意思を示した。

 

 「……ア、アァ……ソウ、ダ……俺ガ、作ッ、タ……」

 

 たどたどしい、しかし明確な意思を持った返答。だが、その返事一つを聞いた瞬間、アカシアの目がふっと和らぎ、驚きの表情から確信に満ちた笑みへと変わった。

 

 「ふふ、やはりね。……君は、ブルーニトロではないな?」

 

 (――ッ!? 一瞬でバレたぁぁぁ!!!)

 

 俺が青い顔をさらに真っ青にして大焦りしていると、アカシアは「図星だな」と悪戯っぽく微笑んだ。

 

 「驚かせてすまない。私はブルーニトロに会ったのが初めてじゃないんだ。彼らは惑星規模の極めて高い知性と調理技術を持ち合わせている。……だが、それ故にどこまでも傲慢で、プライドの塊のような生き物だ。他の生命をエサか道具としか見ていない。だが、君からはそんな冷酷な気配がまったく感じられないんだ」

 

 アカシアは一歩、俺へと近づき、優しく語りかけてくれた。

 

 「君の作る物、そして君の佇まいからは、職人のような真摯さと、どこまでも真っ直ぐで素直な心が伝わってくる。そんな、温かい人間の匂いがするんだよ」

 

 美食神の観察眼と嗅覚は、俺の中身を完璧に見抜いていた。前世で理不尽な労働に耐え、ただひたすらに汗水垂らして働いてきた俺の根性と素朴さは、隠そうとして隠せるものではなかったらしい。

 

 アカシアは足元で眠る二狼に一度視線を落とすと、再び俺を真っ直ぐに見つめた。

 

 「本来は、この暴走してしまう子だけを保護して、人間界へ連れて帰るつもりだったのだが……どうかな? 君も、わたしと共に旅をしないか?」

 

 伝説の美食神からの、まさかの直接スカウト!

 

 「これから進む道は決して安全ではないし、過酷な戦いもあるだろう。だが――世界中のありとあらゆる『美味い食事』だけは、このわたしが君に保証しよう」

 

 (う、美味い食事……!!)

 

 その言葉に、前世でおにぎりを欲しながら餓死した俺の魂がガタッと激しく食いついた。この世界のお米、温かい白米、極上の食材で作る肉巻きおにぎり……アカシアについていけば、その全てが腹いっぱい食べられるかもしれない!行きたい!喉から手が出るほどその誘いに乗りたい!だが…俺はぐっと踏みとどまり、すぐ横で静かに佇む巨大な影を見上げた。

 

 (……だけど、今の俺にはこの群れでの立場がある。みんなに焼き肉を振る舞って、尻尾を振って懐いてくれたバトルウルフたちもいる。何より、俺を拾って合格をくれた狼王ギネスが、そんな勝手な離脱を許してくれるわけが――)

 

 俺を咥えて拉致し、厳しくも群れに迎え入れてくれた王。その恩を裏切るような真似は、職人の義理人情としてもできなかった。しかし、そんな俺の葛藤は――まったくの杞憂だった。

 

 『……フン』

 

 ギネスは、俺とアカシアのやり取りをじっと見つめていたが、やがて鼻から大きく息を吹き出した。そして、その巨大な前足で、俺の背中をポンと優しく――いや、さっきよりはだいぶ加減された力で、アカシアの方へと押し出したのだ。

 

 ギネスの瞳が、無言で俺に語りかけていた。

 

 『行くがいい、人の子よ。お前の中身が人間であることなど、最初から知っている。……あいつには、やはり人間としての教育が必要だ。そしてお前も、トカゲの皮を被ってはいるが、本質はやはりあいつと同じ人間なのだろう。ならば、人間の世界へ帰り、己の求める『食』を掴み取るのが筋だ』

 

 さらにギネスは、自分が座っている最高級ベッドを大切そうに自分の前足の間に引き寄せると、フハハと満足げに喉を鳴らした。

 

 『それに、お前が残していったこの至高の寝床があれば、我は十分に満足だ。この群れの王座は、誰にも譲らん!』

 

 (あ、ギネス……。ベッドが気に入ったから、俺のことはもう用済みってこと!? いや、ありがたいけどさ!!)

 

 言葉は分からないし、多分間違ってると思うけど、王の不器用な優しさと親心は痛いほど伝わってくる。周囲のバトルウルフたちも、寂しそうにクゥンと鳴きながらも、俺の門出を祝うように優しく尻尾を振っていた。

 

 「……感謝する、狼の王よ。彼らのことは責任を持って育てよう」

 

 アカシアがギネスに向かって深く一礼する。こうして、前世で餓死した大工のブルーニトロは、暴獣・二狼と共に、美食神アカシアの弟子として人間界へと旅立つことになった。すべてが新しく始まる第一歩へ向かって。

 

 ◆

 

 人間界へと向かう過酷なグルメ界の道中。アカシアはふと足を止め、「ここで少し、小休憩と軽い食事にしよう」と提案した。

 

 彼はまだノッキングが解けずにすやすやと眠っている二狼を、近くの平らな岩の上へと優しく横たえた。そして、近くにあった手頃な丸太に腰を下ろす。俺も促されるまま、その丸太にアカシアと正面から向かい合う形で腰掛けた。

 

 「長旅で疲れただろう。これを食べるといい」

 

 アカシアが懐から取り出し、俺の青い両手の上へと手渡したもの。それを見た瞬間、俺の思考は完全に停止した…

 

 そこにあったのは、一つの大きなおにぎりだった。真っ白な米粒が美しく輝き、海苔の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。前世のあの四畳半のボロアパートで、激しい肉体労働の末に、雀の涙ほどの給料袋を握りしめながら、死ぬ間際までずっとずっと恋い焦がれていた、あの『おにぎり』だ。

 

 「あ、あ、……っ……」

 

 喉の奥から、言葉にならない掠れた声が漏れる。気がつけば、ブルーニトロの大きな瞳から、大粒の涙がボロボロと溢れ出し、青い皮膚を伝って地面へとこぼれ落ちていた。ずっと張り詰めていた緊張と、前世からの果てしない飢餓の執念が、その温かい塊を前にして一気に決壊してしまったのだ。

 

 そんな俺の様子を、アカシアはどこまでも温かく、優しい眼差しで見つめていた。そして少し悪戯っぽく微笑みながら俺を茶化してくる。

 

 「おや。君の目から流れているその液体は……もしかして、美味しそうな食べ物を前にして溢れてしまった『涎』かな?」

 「……っ、な、涙ですよ……」

 

 俺は涙を袖で拭いながら、たどたどしい声で懸命に言い返した。その言葉を聞いたアカシアは、我が子の成長を喜ぶ親のように、深く、満足そうに何度も頷いた。

 

 「そうか、涙か。……いい食いしん坊だ。今は旅の途中だからそれくらいしか用意できないが、わたしの家に着いたら、もっと美味いものを腹一杯食べさせてあげよう。だからまずは、それを食べなさい」

 「……はい」

 

 俺は両手でおにぎりを包み込むように持ち、深く頭を下げた。

 

 「……いただき、ます!」

 

 前世と、そして一人の人間としての敬意を込めて一礼し、おにぎりをゆっくりと口元へと運ぶ。パクリと一口、齧り付いた。

 

 その瞬間、米の優しい甘みと、絶妙な塩加減、そして海苔の風味が口いっぱいに広がった。ブルーニトロの強靭な味覚細胞が、そのシンプルな料理の奥にある膨大なエネルギーと美味さを余すことなく感知する。温かい感覚が喉を通り、胃に落ち、全身の細胞へと染み渡っていく。

 

 美味い…!信じられないほど、ただただ美味い…!

 

 俺はそれから、少しずつ、惜しむようにしておにぎりを食べ進めた。噛み締めるたびに、前世の辛かった記憶が全て救われていくような気がした。最後の一口を飲み込んだ後、俺は指先に付いていた、たった一粒の米すらも見逃さず、名残惜しそうに綺麗に口に含んだ。

 

 「……ごちそうさまでした」

 

 包みを丁寧に畳み、再びアカシアに向かって深く一礼する。

 

 「お粗末様でした。…ほら、水だ。少し休んだら、また移動を始めよう」

 

 アカシアは微笑みながら、水の入った竹筒を差し出してくれた。冷たい水を喉に流し込みながら、俺は静かに決意していた。この人についていこう!そして、この世界で再び大工としての腕を磨き、いつかこの人や二狼、そして群れの仲間たちに、俺の手で最高の『食』と『住』を恩返しするんだ!

 

 俺の人間界への足取りは、先ほどよりも遥かに軽く、そして希望に満ち溢れていた。




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